ミセス・マクドナルドは生徒たちを外面から鍛えた。
ミス・ステイシーは内面を育て上げた。
この2年間で高学年クラスの半数は入れ替わっていたが、着実に成果は生まれている。
さて、その跡を継ぐミスター・ドビンズは果たしてどんな先生であろうか。
見違えるほど清らかになった、と昔を知る者は皆、驚嘆する。
貧しいなりだが所作は悠然としており、厳しさと切なさを湛えた瞳は誰に対しても慈しみを投げかける。
喧嘩する二人がいればまずは暴力を止めさせ、順に言い分を聴いてやる。どちらにも言いたいだけ言わせてやる。
案外それだけのことで問題は解決するものだ。
余計なことをしなくとも、ドビンズは仲裁の名人として頼られるようになった。
人々は信じられないという顔をする。
あの男が、これほどまでに、変わるとは。
少年少女の多くは、ミス・ステイシーが去っていったあと、人生の目標を喪失して虚空を彷徨った。
ドビンズは彼女ほど放任主義ではなかったが、相談を受ければ親身になって考えてやり、解決の糸口が家庭にあると確信すれば訪問して、ここでもやはり双方に言いたいだけ言わせてやって、次の段階へ進ませた。
ミュリエルと自称する、ミス・ステイシーを格別に尊敬する一派が、ドビンズを味方だと認めはじめたあたりから、流れが加速していく。
個人単位の創作集団であるミュリエルは作品の販路を求めていたが、インターネットが使えない村であるから、大人の手助けを、より必要とした。若者向けのトレンドに疎い両親たちでは、理解はしてもらえてもビジネスパートナーには向かなかったのである。
ドビンズだって合格とはいかなかったけれども、外部の業者と契約する上では代理人になってくれた。
しかも生徒たちに経理面で嘘をつかないことが絶対的な信頼感につながった。
ドビンズとしても金銭的余裕はまったくなかったのだが、つまらぬ疑いをかけられて大きなものを失うような愚は犯さなかったのである。
評判はぐんぐん高まった。もはや、昔の姿を引き合いに出して嗤う者の方が冷たい視線を浴びせられるのだ。
まさかここまで変わるとは。
ダイアナやギルバートを含む進学組はドビンズに興味を抱かなかった。
彼の知識量が足りないことは明らかだったし、これは心を入れ替えたくらいで容易に体得できるスキルではなかったので、相談するべき対象と見做すことがなかった。
クイーンズ・カレッジへ入学するのに小学校卒業は必須条件でなかったから、来年7月の入学試験へ臨む者は受験対策に全力を投入する。
アンも毎日かれらの特訓につきあった。
アン「19世紀後半に活躍した風刺画家アンリ・ジュリアンが晩年完成させたピトレスク絵画、空飛ぶ
ダイアナ「ラ・シャス・ガルリ号!」
アン「世界で最も寒暖差が激しく、50フィート
ダイアナ「ファンディ湾!」
アン「カトリックは様々な会派に分かれていますが、このうち17世紀にイエズス会と提携して独占布教許可と植民事業支援
ダイアナ「ノートルダム・ドゥ・モンレアル会!」
アン「別名ハドソン湾会社領。1811年に
ダイアナ「レッドリヴァー植民地!」
アン「休憩しようぜ。ったく、なんでこんなのいちいちわかるんだよ」
ダイアナ「コツがあるのよ。出題者は、途中までは二通りの正解があるような文章で問うてくるの。
そのどちらかがわかった瞬間にすかさず動くのね」
アン「答えを両方とも知ってなくちゃ使えない攻略法だな。なにを読んだらそんな知識が身につくんだ」
ダイアナ「本・雑誌・新聞に広く満遍なく目を通しておくんだけど、基本は出題者の目線で頭に入れておくことね。
クイズの正解に使える単語って案外限られていて、それを説明するためのキーワードと関連づけて覚えるの。
文章全体の意味はまったく考えないようにしてる。そこに気をとられると数をこなせなくなるから」
アン「さっぱりわからん。もういい。そんな特訓をしてて、入学後に普通の読書ができるような頭に戻せるもの?」
ダイアナ「どうなんだろうねえ。ミステリでも、よっぽど面白くなければ、かったるく感じちゃうような気がする。
いきなり推理ショーから読んで、ハイ納得!とかね。
就職先によっては必要なスキルなのかもしれないわ。期限内に新人賞の応募作全部を下読みしておくなんて、普通の人には無理でしょう」
アン「できる・できない以前に拷問だと思うんだけど、そんな発想もしなくなるのか。おそろしいなあ」
ダイアナ「アンがその気になったら、あたしやギルより高得点をとれると思うから、受験しないでくれるのありがたいわ。でも、いいの?ほんとに」
アン「おまえたちのライヴァルになんか、なりたくもねえ。安心しろ。
それより全力で応援するから、2人ともまず、受かれ。
そして将来大金持ちになって、おれを養ってくれるのが最高のシナリオだ」