アンが低学年クラスの教室へ行くと、マチルダの姿がなかった。
ジェニファーと目が合う。
泣きそうな眼差しを向けられる。
ホームルームが終わるまで待った。
ぐずぐずと要領を得ない説明だったが、内容はシンプル。
マチルダは寄宿学校へ入れられることとなり、転校した。
今朝、母親が一人でやって来て、担任のミス・ジェニファー・トランチブルに事後承諾を求めた。それだけ。
随分あっさりしたものである。
ウォームウッド家にとって学校なんて銀行の貸金庫と同程度のサーヴィスでしかなかったようだ。顧客が解約しますと言ったらとっととテキパキ事務手続きをやんなさいよと。
一介の事務員ジェニファーは、言われた通りにした。
転校先が州都のミンチン・スクールだと聞き出しただけでも、上出来だと褒めるべきかな。
マチルダは学校に私物を置かず、本だって自宅へ持ち帰ったことはなかったので、余計な業務も発生しなかった。
ミス・トランチブルが預かっていた本を彼女が返却するくらいだ。その際にミセス・フェルプスへも伝えられる形となろう。
アンが預けていた段ボール数箱分のペーパーバックは全部ジェニファーの下宿にある。それは先生が読み終えた分から返してもらえればいいですからと伝えて、下校する。
帰宅して、さっそくシャーロットの市街地図で確認した。
ミンチン・スクールはタウンハウス街にある。一軒まるごと買うか借りるかして、教室と寄宿舎に分けて使っているようだ。上流階級御用達の、お嬢様養成所かなと想像する。
マチルダ自身が半年ほど前から覚悟していたことだし、ついに来たか、というところ。
マチルダからの手紙がくれば、それはそれでありがたいが。新生活にも慣れなきゃだろうし、監視もきついことだろう。
書くなら先ずは家族に宛てて、安心させてやれと思う。
アンは自分のスケジュールをあらためた。
6月に学期末を迎え、夏休みに入る。いま7年生だから小学校へはあと1年いられることになるが、お別れだ。
7月、クイーンズ・カレッジの入学試験。ダイアナやギルバートが受験するので、ついて行く。
このときミンチンへ寄ってみよう。面会くらいはさせてもらえるだろう。
ダイアナたちが合格すれば9月からシャーロット暮らし。アンはコッパー・ビーチズ、すなわちマダム・クラリス邸に居候する。
そこから先は……クックック。
やりたいことがいっぱいあって困っちゃうぜ。
こんな調子だったから、アンはそれ以上悩まず、目の前の仕事にとりかかった。
納屋に防寒設備を取り付け、作業の効率化を図る。火を使わずに暖房し、万が一出火しても壁が延焼を阻んでくれる。
もちろんコストもかかったが、シェパードの売り方が良いのか受注が衰える気配を見せないので、夏まで生産を続ければ元がとれそうだ。それ以上続ければやっと利益が出せるところなのに。
むしろここが悩みどころ。
同じ悔しさは香水づくりでも味わった。趣味のうちは採算すら気にしなくてよいが、いざ売り出そうとすれば安定供給と品質維持の方がずっと重要視される。その態勢を整えるために投資が必要だ。あたりまえだが、稼いでもないうちから。
借金をする。
利息も払わされる。
一般的にはこの上に税金までかけられ、生産活動になんら貢献していない連中から稼ぎの幾割かを感謝もされずに毟り取られる。
作業員を一人でも雇えば、そいつが休んだり遊んだり家族にプレゼントを贈ったりする金まで支払ってやらなくちゃならなくなる。
とくに近年は働かせるために雇った人間をとことん甘やかして働かせまいとする法律が次々とつくられて事業主の首をギュウギュウと捻り上げ縊り殺すまでやめない風潮が全盛だ。
それをさせればさせるほど政治家は票数を集められる。企業が力をつけて自分たちに逆らうことを抑止することもできる理屈だから懸命になるのもわかるが、際限なくやっていると憎悪という副産物が市のいたるところに溢れ出すぞ。
ラヌンキュラスの濃縮物や、肥料と泥の混合物が、求められるのもこれまた当然。
さらに、さらに強力な武器を民衆は求めているに違いないよ。
アンは、ひとまず今の制作を夏まで続けるつもりだけれど、それから先の仕事については入念に長期的なプランニングをしてからだと学習しているところだった。
過去2例、いずれも趣味が昂じて収益化を目論んだ事業展開だったけれど、アン自身の評価としては失敗なのだ。さっぱり儲かっていないのだから。
そりゃ最終的には黒字化してるし、借金を残していないだけでもラッキーだと考えることはできようが、一歩でも踏み外していたらマッサカサマだったと思うから、反省は山のようにある。
シェパードの支えがなくなるこれからは尚一層、慎重に取り組まなくては。
そして儲けるならばもっと長い期間続ける必要がある。
自由に金を動かせるのは、投資を回収してからなのだ。そのときモチヴェーションを維持できるものなのか。
これもアンには味わったことのない課題だったが、構えておかねばならんだろう。飽きても続けなくちゃならんてのは苦しいらしいぞ。
やりたいことがいっぱいあるからこそ困っちゃうのだ。まさに。