俗物少年合理君 作:この俗物怪物くん
桜が舞っていた。平成の春。暖かい日差しの中、野比のび太の教室に、その少年はやってきた。
「今日からこのクラスに入ります。合理 正義(ごうり まさよし)です。どうぞよろしくお願いします」
にっこりと笑って軽やかにお辞儀をする姿に、教室の空気が一瞬止まった。
その仕草は無駄がなく、声の響きも落ち着いていて、なんというか――大人びている。
「まあ!すごく礼儀正しいわ!」
しずかちゃんが思わず目を輝かせる。
「ふむ、なかなか興味深い人物だな」
出木杉は指先でアゴに触れ、観察者の目を光らせた。
一方で、ジャイアンとスネ夫は、互いに目を細める。
「おい、なんかムカつかねえか?」
「うん。なんか“できるやつ感”が鼻につくんだよ」
そんな反応の違いが教室の空気を揺らす中、合理くんは静かに指定された席に歩いていった。
――のび太の隣だ。
「よ、よろしくね」
のび太は半ば緊張しながらも小声で挨拶する。
合理くんはにっこりと、まるで太陽みたいな笑顔を浮かべて頷いた。
「うん、よろしく」
しかし、その微笑の裏側で、彼の心は冷たい計算をしていた。
(ターゲット、野比のび太。身体能力・知能ともに著しく低い。
だが、彼の生活圏には『22世紀の猫型ロボット』という規格外の存在が確認されている。
まずは対象に接近し、“友人”という最も効率的なアクセス権を確保する。
これが僕のミッションだ)
――合理正義は、笑顔のまま目を細めた。
授業が始まっても、合理くんは完璧だった。
ノートは端から端まで整然と記され、先生の問いかけにはスッと手を挙げて的確に答える。
字は丸みを帯びて読みやすく、声は落ち着きがあり、周囲からの好感を自然に集める。
「すごいなあ、合理くん!」
「さすが都会のエリート校から来た子だな!」
クラスメイトたちがざわめく中、のび太だけは小さく肩をすぼめていた。
(ああ…出木杉くんでさえ完璧なのに、また僕の周りに“すごい人”が…)
のび太が机に突っ伏しかけると、横からそっと声がかかった。
「野比くん、君、字がちょっと歪んでるね」
「え、ええっ!?やっぱり下手だよね!」
「違う違う。個性があるって意味さ。ああいう自由さは、都会の学校にはなかなかないよ。うん、素晴らしい」
にっこり笑ってそう言う合理くんに、のび太は一瞬きょとんとした。
褒められた…のか?けなされた…のか?
わからないけど、なんとなく悪い気はしなかった。
(対象との距離、縮小成功。友好度アップ)
合理くんは心の中でチェックマークを入れた。
休み時間になると、さっそくジャイアンとスネ夫が絡んできた。
「おい合理!お前、なんかカッコつけてんじゃねーの?」
「そうだそうだ。都会の学校出身って自慢してんだろ?」
合理くんは首を傾げ、にっこり。
「いや、自慢なんかじゃないよ。僕はただ、与えられた環境を最大限に利用しただけさ」
「……なんかムカつく言い方だな!」
スネ夫が眉をひそめるが、合理くんは気にしない。
むしろ「予想通りの反応」とでも言いたげに穏やかな笑みを崩さない。
(力で来るタイプは制御しやすい。問題は感情をどう動かすかだ)
「そういえば、君たちの家は商売をしているんだろう?」
「ん?」
「商店も、会社も、地域に根ざした素晴らしい事業だよね。僕はそういうの、尊敬してるんだ」
唐突なほめ言葉に、ジャイアンもスネ夫も思わずポカンとする。
「お、おう…まあな」
「フフ…そういうことなら、悪くないかも」
(対象周囲の有力人物との関係、軟化傾向。順調)
合理くんは淡々と内心に記録を取った。
放課後。のび太は下駄箱で靴ひもを結びながらため息をついていた。
「はぁ…また今日もテスト、0点かぁ」
そんな彼の横に立ち、合理くんはさらりと言った。
「大丈夫だよ、野比くん。君には君の強みがある」
「えっ、どこに!?」
「それを見つけるのが、僕の楽しみだから」
完璧な笑顔で肩を叩く合理くん。
のび太は照れくさく笑う。
その笑顔の裏に潜む冷徹な“目的”には、まだ気づかないまま。
(22世紀の猫型ロボット――君の隣にいる限り、必ず接触できる。
それまで“優しい友人”を演じるのが最も効率的だ)
放課後の空き地は、今日も子どもたちの声でざわついていた。だが、その中心では、いつもと変わらぬ“お約束”が展開されている。
「のび太!てめえの漫画、俺様が読んでやるから貸しな!」
ジャイアンが腕を組み、にやりと笑う。その横ではスネ夫がうんうんとうなずきながら、わざとらしく囃し立てていた。
「そうだそうだ!どうせお前が読んでも面白さわかんないんだから、ジャイアンに貸しなよ!」
のび太は胸に漫画本を抱え、必死に後ずさる。
「だ、だめだよ!これは僕が自分のお小遣いで買ったばかりなんだ!」
その声は弱々しく、風にかき消されそうだった。
「なんだと?俺様に逆らうだとォ!?」
ジャイアンの額に青筋が浮かぶ。怒りで顔を真っ赤にして、拳を振り上げた。のび太の目がぎゅっとつむられる。
その瞬間だった。
「そこまでだ、剛田くん」
乾いた声が響き、ジャイアンの腕が止まる。いや、正確には止められた。細いはずの腕が、がっちりとジャイアンの手首を掴んでいたのだ。
「な、なんだお前!?」
「合理 正義。クラスメイトだよ」
にこやかに笑う転校生、合理くん。その微笑はやわらかいが、眼差しは冷静で、手の力も意外なほど強い。
スネ夫は思わず声を上げた。
「で、出たぁ…都会のエリート校から来たインテリ小僧!」
「インテリ小僧は余計だよ」合理くんは肩をすくめると、のび太に目を向けた。
「野比くん、どういう経緯で?」
「えっ…えっと…ぼ、僕の漫画を無理やり取ろうとして…」
「なるほど」合理くんは頷き、くるりとジャイアンへ向き直る。その動作は芝居じみていながら、妙に堂に入っていた。
「剛田くん、君の行為は理不尽の極みだ。彼の所有物を一方的に要求し、拒否されたからといって暴力に訴えるとは――法に照らせば、これは強要罪と暴行罪に該当する」
空き地にいたほかの子どもたちが、ざわざわとどよめいた。
「きょ、強要罪…?」
「なんか難しいこと言ってる…」
「即刻、その野蛮な行為を中止したまえ」
合理くんの言葉は淡々としていたが、ジャイアンにとっては挑発にしか聞こえなかった。
「なにをゴチャゴチャ言ってんだ!理屈っぽいんだよ、お前は!」
ジャイアンの顔は怒りで真っ赤に燃え上がり、その拳が今度は合理くんめがけて振り下ろされた。
ドゴッ!!
「ぎゃああ!」
「ぐふっ!」
合理くんとのび太は仲良くまとめて吹っ飛び、地面に転がった。砂埃がもくもくと舞い上がる。
スネ夫は口を押さえて笑った。
「アハハ!インテリでもジャイアンには敵わないね!」
「……くっ」
合理くんは苦痛に顔を歪めながら、制服の胸ポケットに手を忍ばせた。
そして――カチリ。小さなボタンが押される。
(録音、開始。剛田くんの暴言と暴行、証拠確保完了)
のび太が涙目で隣を見れば、合理くんは顔に泥をつけながらも冷静そのものだった。
「ご、合理くん…?今のボタン…?」
「マイクロカセットレコーダー。まあ、都会の常識だよ」
合理くんはにっこり笑うが、その笑顔はどこか黒い。
ジャイアンは肩をいからせ、まだ拳を振り上げようとする。
「もう一発いくかぁ!?」
「おっと」合理くんはすぐに手を挙げた。
「追加攻撃は不要だよ、剛田くん。これ以上は傷害罪のリスクが高い。既に証拠は揃っている」
「しょ、証拠?」
「そう。君が『貸せ』と強要し、暴力を振るった音声が、今ここにある」
合理くんはポケットを軽く叩いた。
スネ夫の顔がサッと青ざめる。
「や、やばいよジャイアン!これ本当に録音してるよ!」
ジャイアンは一瞬たじろいだが、すぐに強がった。
「お、おどしても無駄だ!んなもん、証拠になんかなるか!」
「ふふ、そう思うなら、それでもいい。だが教師に提出すれば校内での立場は揺らぐ。さらに親御さんに伝えれば、剛田商店の評判にも関わるかもしれないね」
「ぐ…!」
合理くんの声はあくまで穏やか。だがその内容はえげつないほど現実的だった。
のび太は唖然として、思わず言った。
「す、すごい…合理くん、こんな時でも冷静なんだね…!」
合理くんはにっこりと笑った。
「冷静でいるのが、僕の合理性さ」
その笑顔の裏では、冷徹な計算がめぐっていた。
(ターゲットのび太との距離、さらに縮小成功。ジャイアンへの抑止力も確保。証拠は取った。これで次の一手が打てる)
ジャイアンは歯ぎしりをしながらも、拳を下ろした。
「ち、ちくしょう…!覚えてろよ!」
そう吐き捨て、スネ夫を引き連れて走り去る。
砂埃の残る空き地に、のび太と合理くんだけが取り残された。
のび太は震える手で漫画を抱え直し、合理くんを見つめる。
「ありがとう…合理くんがいなかったら、僕、またボコボコにされてたよ…」
「気にしないで。僕はただ、非合理な暴力が嫌いなだけさ」
合理くんはポケットの中のカセットを軽く押さえ、にやりと笑った。
(そして、証拠があれば僕の交渉材料になる。…それが本当の狙いだ)
桜の花びらがまたひらひらと舞い落ちる。
空き地に響くのは、のび太の安堵の笑い声と、合理くんの冷静な笑みだけだった。
映画版に突入
-
する
-
しない