俗物少年合理君 作:この俗物怪物くん
しずかちゃん:お風呂好きが高じて、生態の謎と化しているヒロイン。
合理 正義:善意と下心が複雑に絡み合った、やりすぎな介入者。
のび太、ドラえもん:覗き見に葛藤する、哀れな共犯者。
しずかちゃんのママ:娘想いだが、合理くんの謎の説得力に屈する。
黒塗りのセダンが、練馬区の住宅街に静かに停車した。後部座席のドアが音もなく開き、合理正義が優雅に姿を現す。制服は皺ひとつなく、手には小さな包み。背後には黒服の運転手が、無表情で直立していた。
合理くんはメガネを押し上げながら、心の中で計算する。
(源しずか――野比のび太が執心するクラスのアイドル的存在。彼女への接近は、野比くんとの絆を強化し、ひいては観測対象A『ドラえもん』へのアクセスを強固にする重要な布石。単なる「忘れ物の届け物」でも、貸しを作る価値は充分にある……ふふ、完璧だ)
ピンポーン。
玄関のチャイムを鳴らすと、やがてドアが開き、しずかちゃんのママが笑顔で現れた。
「あら、合理さん。ごきげんよう」
「こんにちは、奥様。源さんが学校にこれを忘れていかれました。僕がお届けに」
ママは目を細めて微笑む。
「まあ、ご親切にありがとう!でもごめんなさいね、しずか、今ちょうどお風呂に入っているのよ」
合理くんはにっこり笑った。
「なるほど、入浴中ですか。健康管理に余念がない、素晴らしい生活習慣です」
一礼して立ち去る合理くん。しかしその瞳には、妙な光が宿っていた。
数時間後。
再びチャイムが鳴る。
「先ほど言い忘れた伝言がありまして。再度伺いました」
ママは苦笑しつつもドアを開ける。
「助かるわ!でも、ごめんなさいね、しずか、またお風呂に入ってるの」
合理くんはピクリと眉を動かした。
「……なるほど。入浴とは一日の疲れを癒すための行為。しかし通常は一日一度、夜間に行われるのが一般的な統計。午後三時と午後六時の二回連続入浴は……統計上2.3%未満」
メモを取る合理くんを前に、ママは少し引き気味に笑っていた。
翌日。
「昨日の件で追加の用件がありまして」
ドアが開く。ママは開口一番、申し訳なさそうに言った。
「本当にごめんなさい!しずか、やっぱりお風呂なの…」
カチリ。電子手帳の電源が入る。合理くんの指がカタカタと走る。
(……訪問三回連続で「入浴中」。通常確率は0.12%。これは偶然とは考えにくい。むしろ必然的なパターンが存在すると見るべきだ)
そして五回目の訪問を終えた夜。合理くんは自室で、データを並べた電子手帳を睨んでいた。
【訪問記録】
1回目:入浴中
2回目:入浴中
3回目:入浴中
4回目:入浴中
5回目:入浴中
「……97%の確率でこれは偶然ではない」
彼は真剣な顔で考え込む。
(仮説①:源しずかは水棲人類である可能性。水が無いと生きられない体質――つまり半魚人の末裔だ。学校に来ているのは、陸上生活への実験的適応か?)
(仮説②:彼女は重度の入浴依存症患者。日常生活に支障をきたすほど湯船に執着している。もしそうなら、いつ授業を受けている?いや、もしかして授業中も校舎裏に秘密のバスタブが……!?)
合理くんは天を仰いだ。
「……どちらにせよ、危険だ!このままでは野比くんの将来に甚大なリスクが発生する!」
机の上の電子手帳には、大きくこう記されていた。
【源しずか=常時入浴生命体の可能性 要追加調査】
そして合理くんは、湯気と水しぶきに満ちた妄想の中で、固く拳を握りしめたのだった。
◇◇
のび太の部屋。カーテンは半分閉ざされ、ちゃぶ台の上には宿題も放りっぱなしのまま、ひどく真剣な空気が漂っていた。中央に座るのは合理正義。まるで国会の答弁に臨む大臣のような顔つきで、目をぎらりと光らせていた。
「野比くん、ドラえもんくん!我々は今、人類進化の岐路に立っているのかもしれない!」
のび太は鉛筆を落とし、目を丸くした。
「え、え、なんのこと?また変な実験とかじゃないよね!?」
合理くんは電子手帳をピッと開き、堂々と宣言した。
「源しずかさんだ!彼女は一日に何度も入浴している。これは偶然ではない!もしかすれば人類の中に新たな水棲種族――ホモ・アクアティクスが誕生しつつあるのかもしれない!」
「な、なんだってーっ!?」と叫ぶのび太。
「ちょっと待ってよ合理くん、しずかちゃんを半魚人扱いするなんて!」とドラえもんが慌てふためく。
だが合理くんは微動だにしなかった。
「これは人類の未来を左右する科学的調査だ。僕は感情ではなくデータに従う。そこでだ、ドラえもんくん。君の『タイムテレビ』を貸していただきたい」
「タイムテレビ!? 過去や未来を映すやつ!? だめだよ、そんなのに使っちゃ!」
「な、なに言ってるんだよドラえもん!しずかちゃんの入浴を…いや違う、調査をするなんて!あ、いやでも科学的なら…」
のび太は顔を真っ赤にしながら両手で顔を覆い、しかし指の隙間からはガッツリ覗いている。
「やめなよのび太くん!目の保養にするつもりでしょ!」
「ち、違うよ!ぼ、僕はただ、しずかちゃんの健康を心配して…」
「心配という名の好奇心だな」合理くんが冷徹に断じた。
結局、合理くんの理屈に押し切られ、ドラえもんは泣く泣くタイムテレビを取り出した。画面が光り、しずかちゃんの家の浴室が映し出される。
そこには、湯気に包まれながら楽しそうに歌うしずかちゃんの姿が。
「わーっ!!!」
のび太は飛び上がり、両手で顔を覆う。だが指の隙間からビームのような視線が突き刺さっていた。
「だめだだめだ、見ちゃいけない!いやでも今こそ観察するべき時!いやいややっぱりだめだぁぁぁ!」
一方ドラえもんは、鼻から湯気を出して真っ赤な顔をしていた。
「ぼ、僕たちが見てるって知ったら、しずかちゃんに殺されちゃうよ!いや、殺すどころか、社会的に抹殺されちゃうぅぅ!」
だが合理くんだけは冷静だった。いや、冷静すぎた。
「静粛に」
彼はストップウォッチを片手に、電子手帳を開く。
「入浴開始から現在108分経過。湯温低下に伴う追い焚き行為を確認。泡の生成量から判断するに、バスソルトを使用している模様。ふむ……」
メモを取るカチカチという音だけが響き、浴室からは「ランランラン~♪」というしずかちゃんの歌声が心地よく流れ続けていた。
日を追うごとにデータは蓄積された。
合理くんは朝も放課後も、部活の帰り道さえも、のび太の部屋に押しかけてはタイムテレビを覗き込んだ。ドラえもんは青ざめて「やめろぉぉ」と叫ぶが、合理くんは一切耳を貸さない。
「入浴時間、平均137分。1日の平均入浴回数、4.2回。追い焚き回数、1日あたり平均3.7回。使用されるシャンプーの残量から算出すると、一週間でボトルの1/5を消費している。これは尋常ではない……!」
「尋常じゃないのは君の調査だよーっ!」とドラえもんが絶叫する。
のび太はもう観察に夢中で、頬にティッシュを貼りながらうっとりしている。
「野比くん、君は完全にサンプルバイアスに陥っている!」合理くんが指差す。
「さ、サンプルバイアス?」
「そうだ!観察対象に恋愛感情を抱いた時点で、科学者として失格だ!」
「ぼ、僕は科学者じゃないもん!」と情けない声を上げるのび太。
そして一週間後。合理くんはついに電子手帳を閉じ、重苦しい顔で立ち上がった。
「結論が出た」
のび太とドラえもんがごくりと息を呑む。
「彼女は――入浴依存症の末期段階にある」
「ま、末期!?」「そんなぁぁぁ!!」
「このままでは皮膚のバリア機能に深刻なダメージが発生する。角質層はふやけ、免疫も低下するだろう。人類の宝たる源しずかさんの健康を守るためには、今こそ僕が介入せねばならない」
合理くんは力強く拳を握った。
「僕が、彼女を救う。科学的に、そして合理的に!」
部屋の空気が一瞬シーンとなった。のび太はただ口をパクパクさせ、ドラえもんは呆然と宙を見つめる。
「……でもそれって、要するに風呂をやめさせたいってこと?」
「その通り!」合理くんは頷いた。
「人類進化の鍵を握る少女を救うために、僕は浴室という絶対防壁を突破する!」
その宣言は、まるで世界を救うヒーローのように高らかだった。だが、のび太とドラえもんには、どう見ても「ただの変態の覗き魔予告」にしか聞こえなかったのだった。
◇◇
ピンポーン。
源家の玄関に響き渡るチャイムの音。ドアを開けたしずかちゃんのママは、すでに「また来たのね」という顔をしていた。
「あら合理さん……あの、しずかがまたお風――」
「存じておりますッ!」合理くんはママの言葉をバッサリ遮った。「これは緊急医療案件です!今すぐ対応しなければ取り返しのつかない事態になります!」
「えっ、えぇ!?な、なにが?」
質問など聞く耳持たず。合理くんは靴を脱ぐ暇すら惜しみ、玄関マットを吹き飛ばす勢いで家に上がり込んだ。カバンを抱え、廊下を突き進むその姿はまるで突入部隊。
「ま、待って合理さん!?そこは浴室――!」
ママの悲鳴が届く前に、バーン!と浴室のドアが蹴破られる。
「きゃああああああああっ!!!」
しずかちゃんの絶叫が風呂場を突き抜け、源家全体を震わせた。
浴槽の湯気の中、タオルで胸を隠したしずかちゃんが大慌てで立ち上がる。
「な、なによ!誰!へ、変態ーーーっ!!!」
しかし、侵入者である合理くんは眉一つ動かさない。むしろ冷静に、冷徹に、手に持った電子手帳を掲げた。
「黙りたまえ、源さん!感傷に浸っている場合ではない!君の入浴時間は異常だ!」
「はあああ!?!?」
しずかちゃんが怒りと羞恥で顔を真っ赤にしているのに構わず、合理くんは腰のホルダーから巻物のような長大な紙を取り出した。バサバサと広げると、浴室の床いっぱいに数字とグラフが広がる。
「見たまえ、これが君の過去168時間の入浴記録だ!」
「はぁ!?そんなのいつの間に――」
「一日の平均入浴時間、5.3時間!適正入浴時間を大幅に超過している!さらに一週間の総入浴回数は31回!これは皮膚の常在菌バランスを崩し、脱水症状や免疫力低下を招く極めて危険な行為だ!」
「な、何言ってるのよ!やめてよ!出てってぇぇぇ!」
湯気の向こうから、バシャバシャと水しぶきが飛んでくる。
「これは治療だ!抵抗は無意味だ!」
合理くんはザブザブと湯船に靴ごと突入し、豪快にしずかちゃんを抱き上げた。
「きゃーーーーーーっっっ!!!???」
廊下に駆け付けたしずかちゃんママは、目を疑った。浴槽の中から、全身びしょ濡れの合理くんが「プリンセス抱っこ」の体勢で娘を持ち上げている。
「合理さん!?な、何をしてるんですの!?」
「ご安心ください奥様!」合理くんは堂々と宣言した。「これは人類の未来のための治療行為です!」
「未来!?人類!?何の話を――」
「彼女は入浴依存症の末期段階にあります!今ここで強制的に入浴習慣を断ち切らなければ、手遅れになるのです!」
「ど、どういう理屈よおおお!!!」
しずかちゃんは顔を真っ赤にして暴れるが、合理くんはびくともしない。
「落ち着きたまえ源さん!まずは湯船から物理的に隔離する!これが最優先だ!」
「いやぁぁぁぁ!おろしてぇぇぇぇ!!!」
浴室の外でドタバタ音を聞きつけ、のび太とドラえもんが駆けつけた。
「うわああっ!!なにやってんの合理くん!!」
「これもう完全にアウトだよぉぉぉぉ!!!」
のび太は鼻血を吹き、ドラえもんは青ざめながら四次元ポケットに手を突っ込む。
「そ、それはぼ、暴走だよ合理くん!警察に通報されるよぉ!」
しかし合理くんは冷静沈着。
「黙れ!このままでは彼女は皮膚バリアを失い、人類進化の歴史から脱落する!ここで僕が救わずして誰が救う!」
「誰も救ってって頼んでないわよぉぉぉぉ!!」
絶叫するしずかちゃん。
騒ぎはさらに拡大していった。
合理くんは脱衣所にしずかちゃんを連行し、用意していたドライヤーを並べる。
「よし、熱風乾燥作戦だ!強制的に湯気を飛ばし、擬似的な断浴環境を作り出す!」
「やめてぇぇぇ!髪が乾いちゃうぅぅぅ!」
「乾いた方がいいだろうが!」
のび太とドラえもんは必死に止める。
「合理くん落ち着いて!しずかちゃんはただお風呂好きなだけだよ!」
「そうだよ!人類の未来とか関係ないからぁぁ!」
だが合理くんの耳には届かない。すでに狂気じみた科学魂に支配されていた。
「人類の存亡に関わるんだ!僕は合理的に行動しているだけだ!」
「合理的に!?」全員が声をそろえてツッコむ。
◇◇
しずかちゃんの部屋。
ピンクのカーテンとぬいぐるみに囲まれた空間の中央で、合理くんはすでに全身びしょ濡れのまま仁王立ちしていた。彼の手には、どこで入手したのか分からないプラチナ製の容器。ふたを開けると、きらめくほど高級そうなクリームが現れた。
「入浴後の保湿ケアは、出浴後3分以内がゴールデンタイムだ」
合理くんの声は、まるで学会発表のように冷静かつ堂々。
「君のような依存症患者にセルフケアは任せられない。ここは僕が手本を示そう」
「い、いや!自分でやるから!」
しずかちゃんは必死にタオルを巻き、後ずさる。
だが合理くんは容赦しなかった。豪快にバスタオルで彼女の体をゴシゴシ拭き、湯気と羞恥を一気に吹き飛ばしていく。
「きゃあああああ!ちょ、ちょっと!どこ触って――」
クリームをすくい取った合理くんの手は、芸術家のそれ。まるで彫刻を修復するかのごとく、腕も背中も、余すところなく塗り込んでいく。
「な、なんでそんなに丁寧なのよ!」
「な、なんでそんなところまで塗るのよぉぉぉ!!!」
「皮膚は全身を覆っている。部位によってケアを怠るのは非合理的だ」
合理くんの声は落ち着き払い、むしろ誇らしげだった。
「いいかね、保湿の基本は角質層の水分保持にある。セラミドとNMF(天然保湿因子)の相互作用を考慮した塗布が重要なのだ。これを怠ると――」
そのまま裸のしずかちゃんを前に、延々とスキンケア講義が始まった。
しかも彼は一切赤面しない。むしろ真剣そのもの。
「――ゆえに、背中の中央部は特に乾燥しやすい。ここを丁寧に――」
「ぎゃあああああ!!もうやめてぇぇぇ!!!」
レクチャー終了から5秒後。
ついにしずかちゃんの堪忍袋が決壊した。
「この変態ーーーっ!!」
彼女は泣きながら合理くんを叩きにかかる。
しかし、合理くんは驚異的なフットワークでひらりひらりとかわす。
「なぜ怒る?僕のレクチャーに何か科学的誤りでもあったかな?」
「裸を見られたからよ!女の子の裸をジロジロ見るなんて、最低の行為よ!」
「ほう」合理くんは目を細め、顎に手を当てた。
「君は、他人に見られて怒るほどの、自信のない身体をしていると、そう自己評価しているのかい?」
「な、なにそれ!そ、そんなことないわ!」
「ならば問題ない。自信があるなら堂々としていなさい。合理的だろう?」
「…………」
あまりに常軌を逸した論理に、しずかちゃんは怒る気力すら失った。
「え……?」
目の前の男が何を言っているのか、脳が処理を拒否したのだ。
その頃。
ドアの外では、のび太とドラえもんが青ざめて耳を押し当てていた。
「ど、どうしようドラえもん……完全にアウトだよね、これ……」
「うん……これ、もし警察に知られたら、合理くんの人生終わるよぉ……」
ガチャッ、とドアが開く。出てきた合理くんは、何事もなかったかのように髪を整え、にこやかにしずかちゃんママへ言った。
「奥様。入浴は今後、必ずご家族の許可制にしてください。彼女には依存症の疑いがあります」
「まあ……そうなのね!」
なぜか完全に納得してしまうママ。
「さすが合理さん。お詳しいのね……」
「当然です」合理くんは一礼し、颯爽と帰っていった。
しずかちゃんの部屋に戻ると、彼女は怒り狂ってベッドにダイブ。
「もう絶対合理くん、許さないんだからぁぁぁ!!!」
しかし、ふと自分の肌を触ると……つるつる、もちもち。
「な、なんか……くやしい……くやしいけど、このクリームだけは……すごい……」
彼女は枕に顔を埋め、さらに真っ赤になった。
一方その夜。
合理くんは自室のパソコンの前に座り、静かにキーボードを叩いていた。
デスクトップには新しいフォルダが。
『生態資料S - 入浴データ』
中には、タイムテレビで収集した入浴ログと、今日の「治療」記録がびっしり。
「ふむ。この画像データを好事家に売れば億単位の利益になるだろう。しかし、社会的信用の失墜リスクが高すぎる」
合理くんの指は、一度だけ「共有」ボタンに触れ、すぐに引っ込んだ。
「だが――水棲人類への進化の可能性を示唆する学術的資料としての価値は計り知れない。これは……僕だけの、極秘コレクションとして保存しておこう」
彼は満足げに微笑み、フォルダにパスワードをかける。
「これぞ合理的判断だ」
映画版に突入
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