俗物少年合理君 作:この俗物怪物くん
合理 正義:美の探求者であり、冷徹な契約者。そして、ただの思春期の少年でもある。
しずかちゃん:事の発端。美と価格の板挟みになる。
クラスの女子たち:美を渇望する、純粋で強欲な乙女たち。
とある女子生徒(鈴木さん):合理くんの「好み」のスペックを持つ、幸か不幸か特別な被験者。
デパートの高級化粧品売り場。
スポットライトが白く輝くショーケースの前で、しずかちゃんのママは硬直していた。
手にしているのは、プラチナのように光る容器。そこには控えめにこう書かれていた。
【保湿クリーム・ロワイヤル・プレミアム 50,000円】
「ご、ごまんえん……!?ひとつ五万円!?」
ママの声は売り場に響き渡り、近くの奥様方が一斉に振り向いた。
「奥様、こちらは最高級のナイトクリームでございます。セレブやモデルの間で大人気でして……」と店員が微笑む。
「う、嘘でしょ……。しずかに塗ったら、あの子のお肌がつるつるになったのは納得だけど……でも五万円なんて……っ!」
ママはその場でガクッと腰を抜かし、担架で運ばれる寸前だった。
翌朝、学校。
しずかちゃんはショックを隠せず、しょんぼりと机に突っ伏していた。だが彼女の肌は、まるで発光体。
太陽の下でも蛍光灯の下でも、どの角度から見ても“つるつるもちもち”。
「ねえ、しずかちゃん」
女子Aが目を丸くした。
「最近、なんか……お肌つやつやじゃない?エステでも行ってるの?」
「え、ええっ!?そ、そんなことないわよ!」
「ほんと!むきたてのゆで卵みたい!どんな洗顔料?どんな化粧水?ねえ教えて!」
女子Bが机に身を乗り出す。
クラスの女子たちがわらわらと集まってきた。
「ちょっと見せて!」
「わあ、すごーい!すべすべー!」
「キャー!触らせて!」
しずかちゃんは顔を真っ赤にしながら、机の端で縮こまる。
昼休み。
ついに彼女は意を決し、合理くんの席へ歩み寄った。
「ご、合理さん……」
「うん?」とメガネを光らせ、電子手帳を広げていた合理くんが顔を上げる。
「この間いただいた保湿クリームなんだけど……その……もう一度いただくことは……」
その一言に、教室が静まり返った。
次の瞬間、耳ざとい女子たちがバッと立ち上がり、合理くんの席へ猛ダッシュ!
「私も!ちょうだい!」
「ねえ、お願い!どんなクリームなの!?」
「お小遣いならあるから!500円までなら払う!」
「わたし1000円!いや、2000円出す!」
ハイエナの群れのように取り囲む女子たち。
合理くんは冷静に、椅子に座ったまま指を組んだ。
「ふむ……需要は爆発的だな」
◇◇
「諸君、落ち着きたまえ」
メガネがキラリと光る。
「需要と供給のバランスが理解できないのか?このクリームの価値を理解せず、無償で得ようなど――市場原理に反する愚行だ」
女子たちは一瞬たじろいだが、すぐに「でも!」「どうしても欲しいの!」と再び迫る。
その時。
クラスの片隅でひっそり存在感の薄い田中さんが、勇気を振り絞って袖を引いた。
「……あ、あの、合理くん……」
「なんだね?」
「わ、私……その……体のひとつやふたつ……触ってもいいから……クリーム、ちょうだい……」
教室の空気が凍った。
一斉に「えぇぇぇ!?」と女子たちの悲鳴が上がる。
合理くんは無言で田中さんをじろりと見た。
頭のてっぺんからつま先まで、スキャナーのように一瞥。
「田中さん、だったかな」
「……は、はい」
「残念ながら、君の身体的スペックは僕の好みではない。その取引は不成立だ。あしからず」
「…………」
田中さんは硬直し、次の瞬間、机に突っ伏して石像と化した。
しかし、女子の勢いは止まらない。
「お願いー!」
「どうしたらもらえるの!?」
「キーッ!早くしなさいよ!」
ワーワーと騒ぐ女子たち。合理くんは深いため息をついた。
「やれやれ……これだから感情的な群衆は困る」
そして、冷ややかな笑みを浮かべ――
「うるさい!」
ビシッとチョークで黒板を叩く。
「君たちがそれほどまでに“美”を渇望するというのなら、こちらも相応の対価を要求する!――僕が貸し切った風呂に全員で入り、僕が満足するまで君たちの体を隅々まで触らせるというのなら、考えてやらなくもない!」
教室は、沈黙。
(……バサァァ……)
誰かの教科書が床に落ちる音がやけに響いた。
「な、なに言ってんのよアンタ!!」
「変態!?頭おかしいの!?」
「きもっ!」
女子全員がドン引きし、後ずさる。合理くんは「フン」と鼻を鳴らし、内心こう思っていた。
(これで静かになるだろう。市場原理を理解できない者には、あえて非常識な条件を提示し、強制的に交渉を打ち切る。それが最も合理的な収束法だ)
……しかし。
「……い、いいわ」
場を切り裂くように、震える声が上がった。
女子Cだ。頬を真っ赤にしながら、勇気を振り絞って叫んだ。
「それで……それでお肌がキレイになるなら……私、やる!」
「えええええええ!?」
クラスが大混乱に陥る。
「マジで言ってんの!?」「正気!?」「でも……合理くんに触られるなら、それはそれで……」
揺らぐ空気。集団心理とは恐ろしい。
女子たちは互いに顔を見合わせ――
「……じゃあ私も!」
「わ、私もやる!」
「乗り遅れるなー!」
一斉に手を挙げた。
合理くんは一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐに妖しく笑った。
「……ほう。正気かね?まあいい。ならばこれは正当な取引だ」
彼は鞄から、美しいデザインの小瓶を人数分取り出した。
金色のキャップ、透明なボトルに入った淡いピンク色のクリーム。
「こちらが最新ロットのサンプルだ」
女子たちは歓声を上げ、小瓶を奪い合うように受け取る。
「キャー!かわいい!」「いい匂い!」「これで私もつるつる肌!」
合理くんは、満足げに頷いた。
「契約成立だ。諸君。忘れるな、取引は対価を伴うものだ。そして――僕は必ず“回収”する」
その不気味な笑みに、女子たちは背筋を震わせたが……それ以上に、クリームへの欲望で頭がいっぱいだった。
◇◇
夜の銭湯。
入り口には「貸切」の札。
その奥で、十数人の女子たちが、緊張と期待でソワソワしながら裸で体を洗っていた。
「……ほんとに来るのかな」
「来るでしょ、合理くんだもん」
「でも条件が『触らせろ』だったよね……やっぱ変態……?」
湯気の中でひそひそ話が飛び交う。
そのとき――
ガラッ!
脱衣所のドアが開いた。
現れたのは、白衣に身を包んだ合理くんだった。
片手には防水仕様の電子タブレット、もう一方の手には医療用のペンライト。
メガネがキラリと光り、髪は完璧に七三分け。
女子たち:「(ポカーン)……え?」
「さあ、諸君、脱ぎたまえ」
「……ああ、すでに脱いでいたか。効率的でよろしい」
合理くんは頷き、タブレットを操作する。
「これより君たちには、僕が開発中の新作保湿クリーム――『プラチナム・モイスト Re:』の最終臨床試験に参加してもらう」
「え?……実験なの!?」
「当然だろう?君たちの肌という貴重な生体サンプルを提供してもらう。その対価がクリームだ」
「えっ、エステとかじゃないの?」
「エステ?馬鹿を言うな。これは科学だ。まずは全員、湯に15分間浸かり、角質層を軟化させたまえ!――タイムキーパー、始動!」
誰もいない空間に向かって声を張る合理くん。もちろんタイムキーパーなどいない。
しかし、女子たちは半ば呆れながらも湯船に浸かることになった。
15分後。
「よし、角質層の軟化を確認。君、右半身にはクリームを塗布しない。対照群だ」
「えっ!?ちょ、ちょっと待って、なんか難しいことになってきた!」
「次、被験者C。上腕三頭筋後部の皮膚水分量、入浴前比15%上昇……記録」
「え、えええっ!?わたし三頭筋とか言われても!」
合理くんはタブレットを素早く操作し、次々とデータを打ち込む。
ペンライトで肌の色を照らし、細かく観察。
「君、背中を向けろ」
「は、はい……」
「脊柱起立筋に沿って塗布する。力を抜け」
合理くんの指がクリームをすくい、背中に滑らせる。
その手つきは驚くほど滑らかで、無駄がなく、プロのエステティシャンさながら。
「ふむ……塗布直後の表皮水分量、7%上昇。血流改善効果あり……」
「(思わず)な、なんか……すごい気持ちいい……」
「プロみたい……ちょっとクセになりそう……」
合理くんは淡々と塗り続ける。
「被験者D、下腿前面にクリームを。塗布後の反応を記録。うむ、いい数値だ」
女子たちは次第に、最初の緊張を忘れ、うっとりと彼の施術に身を委ねていった。
「やばい、マッサージ店より気持ちいいかも……」
「エステ行ったら高いんだろうな……これ、タダなんだよね?」
「条件は……その……触られることだけ……」
合理くんは涼しい顔で指を動かしながら、心の中で計算していた。
(このクリームは確かに保湿効果抜群だが、それ以上に重要なのは“体験価値”だ。つまり、僕の施術という付加価値込みで――市場価格は跳ね上がる!)
◇◇
夜の銭湯を貸し切って行われた合理くん主催の「最終臨床試験」。
十数人の女子生徒が湯気の中でそわそわしながら並んでいる光景は、まるで異様な宗教儀式のようだった。
白衣に身を包み、電子タブレットを抱えた合理くんは、研究者さながらの冷静な声で宣言する。
「よろしい。諸君、人体は最大のデータベースだ。これより各部位ごとに、塗布後の水分量、弾力指数、羞恥反応レベルを測定する。抵抗は非合理的ゆえ、速やかに協力したまえ」
女子たちは「えええ…」と声を揃えつつも、次々と彼の「施術」を受けていく。
クリームを塗り込む手つきはやたらに滑らかで、首筋を撫でれば「ひゃん!」と悲鳴が上がり、足を撫でれば「な、なんか変な感じ!」と赤面。
それでも終わった後の肌の仕上がりを見れば、「うわ、すべすべ!」と歓声が上がり、最初の嫌悪感はあっという間に「クセになりそう…」という快楽に塗り替えられていった。
――しかし、その中で。
合理くんは、ひとりの女子生徒に特別な視線を向けていた。
鈴木さん。図書室で本を読むのが好きで、普段は目立たない物静かな少女だ。
合理くんはタブレットに小声で記録を残す。
「(被験者S、鈴木。僕の嗜好に最も合致するサンプルだ)」
彼の手は他の誰よりも長く、ねっとりと鈴木さんの肌を這った。
肩から腕へ、腕から背中へ、背中から腰、そして大腿部。
まるで大理石の彫刻を磨き上げる彫刻家のように、指先で彼女の輪郭をなぞっていく。
鈴木さんは顔を真っ赤にして、「や、やめて…」と蚊の鳴くような声を出すが、その声が逆に合理くんのデータ収集魂に火をつける。
「(羞恥閾値、予想より低い。塗布延長時間を1.5倍に修正。胸部の弾力性…良好。臀部の反発係数…極めて優秀)」
彼はにやりともせず、無表情のまま次々と記録を加えていく。
周囲の女子たちは自分の仕上がりに夢中で、その「特別扱い」には誰も気づかなかった。
翌日の教室。
臨床試験に参加した女子たちの肌は、まさに「光を放つ」レベルに到達していた。
頬はつややかに輝き、髪までもしっとり潤って見える。
「ねえ見て!昨日ニキビがあったのに、もうない!」
「私なんか、お母さんに“アンタ整形でもしたの?”って言われた!」
「キャー!合理くんすごい!」
男子たちは呆然。
「なにこれ…クラスがアイドルグループになったみたいだぞ…」
「合理くん、完全に美の独裁者だな…」
そして、その中心に立つのは――鈴木さんだった。
地味で控えめだった彼女は一夜にしてクラスのリーダー的存在へと変貌していた。
透明感のある肌と、不思議な艶めかしさが合わさり、自然と人々の目を惹きつける。
合理くんはそんな鈴木さんの隣に堂々と腰かけ、まるで当然のように肩を抱いていた。
鈴木さんは「べ、別にいいけど…」と俯きながらも、距離を取ろうとはしない。
合理くんは、その胸元に偶然を装って触れ、彼女の反応を冷静に観察する。
タブレットには「羞恥反応:微弱。接触耐性:高」と記録。
合理くんは内心で満足げに微笑む。
「(ふむ。有用な臨床データと、僕好みの忠実なサンプルが同時に手に入った。副産物としてクラス内での発言力も向上。実に、実に合理的な取引だったな)」
教室の端で、のび太とドラえもんはため息をついていた。
「……なんか、合理くんって、天才なんだか変態なんだか、よくわかんないよ」
「いや、どっちかって言うと変態寄りだと思うよ…でも、結果は出てるから誰も文句言えないんだよねぇ」
二人がぼやくのもどこ吹く風。
合理くんは、輝く女子たちに囲まれ、お気に入りの鈴木さんを侍らせながら、まるで社長が株主総会を見下ろすかのような顔で満足げに笑っていた。
その笑みは恋でも友情でもない。
ただただ、「合理的な判断が正しかった」という事実をかみしめる、冷徹な研究者の笑みだった。
こうして今日も、合理くんの周りには奇妙な熱狂と、美しくなった“忠実なサンプルたち”が群がるのであった。
映画版に突入
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