俗物少年合理君 作:この俗物怪物くん
空き地には、いつものメンバーが集まっていた。ジャイアンは石の上に腰を下ろし、スネ夫は得意げに前に立つ。のび太は蚊帳の外、ドラえもんはため息をつきながら座っている。つまり、日常風景そのものだ。
だが、その日、スネ夫の自慢話は一際輝いていた。
「やーい、みんな!聞いて驚け!次の連休、パパが箱根の超高級旅館を貸し切りにしたんだ!」
彼は手を広げ、壮大なパノラマを描くように身振りを交える。
「庭にはプライベート露天風呂!料理は三つ星シェフのフルコース!セレブ専用のエステだってついてるんだぞ!まあ、のび太には関係ない話だけどね!」
スネ夫の笑顔は、富と権力を振りかざす悪役令嬢そのものだった。
のび太は悔しそうに拳を握りしめる。
「キーッ!いじわる!僕だってどこでもドアで世界中どこにだって行けるんだぞ!」
ドラえもんは呆れ顔でツッコミを入れる。
「連休くらい、家でゆっくりしたらどうなの、のび太くん」
そこへ、カツカツと靴音を響かせて合理くんが現れた。片手には電子手帳、もう片手にはアタッシュケース。背筋をピンと伸ばし、まるで外交官が国際会議に乗り込んできたかのようだ。
「剛田くん、いたか」
合理くんは淡々と切り出した。
「次の連休のトレーニングスケジュールだが、ハリウッドで伝説のボーカルコーチによる集中セッションを組んでおいた。二泊三日、発声とリズム矯正の徹底講座だ」
「え?」とスネ夫が振り向く間もなく、ジャイアンが両手を挙げて遮った。
「おっと悪いな、合理!このスネ夫様が、スゲーとこに連れてってくれるんだ!お前の特訓は休みだ!」
スネ夫はニヤリと笑い、胸を張る。
「そうそう。ジャイアンはボクと最高の連休を過ごすのさ。ハリウッド?そんなのテレビで見れば十分だろ?」
その瞬間、合理くんは心底不思議そうな表情を浮かべ、スネ夫をまじまじと見つめた。
「箱根?」
スネ夫は得意満面だ。
「そう!超高級旅館だぞ?庶民には一生泊まれないんだから!」
合理くんは小さく首を振り、ため息をつく。
「ずいぶん貧乏くさい計画だね」
空き地が一瞬で静まり返った。ジャイアンですら口を開けてぽかんとしている。
「温泉に浸かっている暇があったら、世界最高峰のエンターテイメントに触れるべきだ」
合理くんはアタッシュケースを開けた。そこには整然と並んだ数枚の封筒。金色に輝く航空券が顔を出す。
「伝説のボーカルコーチ、マダム・ロペスの特別レッスンを予約しておいた。さらに、君の憧れのハリウッドスター──トム・クルーズ(風の俳優)とのディナーもセッティング済みだ。もちろん、君のためにね、剛田くん」
ジャイアンの瞳が一気に輝き出す。
「トム・クルーズだと!?しかもマダム・ロペス!?その二人が同時に!?俺のために!?」
スネ夫は蒼白になった。
「そ、そんな……パパのコネでも無理なのに……」
ジャイアンはスネ夫を片手で突き飛ばすと、合理くんの肩をガシッと掴んだ。
「ご、合理!お前こそが!お前こそが俺の──心の友だーーーっ!!」
夕日に照らされる空き地に、ジャイアンの魂の叫びが響き渡る。
合理くんは、にこやかに微笑んだ。
「ああ、君こそ僕の重要な投資……いや、心の友だとも」
その瞬間、スネ夫の心は完全に粉々になった。のび太は口をあんぐり開け、ドラえもんは「またややこしいことになるぞ」と心の中で頭を抱えていた。
そしてジャイアンは、合理くんの両肩をつかみながら大声で歌い始めた。
「おれはジャイアーン!ハリウッドデビュ〜〜ッ!!」
合理くんはさりげなく耳栓をして、電子手帳に「計画成功」の文字を打ち込んでいた。
◇◇
空き地に突如吹き荒れた合理旋風の余波は、その日のうちにクラス全体を震撼させていた。
ジャイアンは「心の友」コールを繰り返し、スネ夫は放心状態。のび太としずかちゃんは夢見るような目をして、合理くんの手帳を覗き込んでいた。
のび太は、指をくるくる回しながら小さくつぶやいた。
「いいなぁ……ハリウッド……。ぼ、僕も……」
すると合理くんが、すっと視線をのび太に向けた。
「おや、野比くん。君さえよければ来たまえ。君の潜在能力には、常に興味がある」
「えええっ!ほんと!?」のび太は飛び上がった。
「ぼ、僕、潜在能力あったんだ!」
「もちろんだとも。宿題をやらない能力、昼寝を極める集中力、試験で狙ったかのように0点を取る正確性……いずれも凡人には不可能な芸当だ」
「……それ、褒めてるの?」
そこへしずかちゃんが、おずおずと手を挙げる。
「あ、あの、合理さん……。ハリウッドスターに会えるなんて夢みたい……わ、私も……ご迷惑でなければ……」
合理くんは笑顔を浮かべ、紳士的に一礼した。
「もちろん!君のような美しい花には、本物の輝きに触れる機会が必要だ。将来、僕のパートナーの友人として、箔がつく」
「パ、パートナー!?」
しずかちゃんは一瞬赤面し、思わずのび太の方をチラッと見た。のび太はガーンと固まる。
さらに当然のように割り込んできたのは、読書好きの鈴木さん。
「もちろん、私も同行させていただきますわ、正義さま」
「うむ、当然だ」合理くんは即答。
「君は僕のデータ収集に不可欠な存在。もはや同行は義務だ」
こうして次々と仲間が増えていく中、一人だけ取り残されていたのがスネ夫だった。
「ぼ、ボクは……?」
震える声で問いかけるスネ夫に、合理くんは冷たく首を振る。
「残念だが、君は箱根に行く予定があるのだろう?無理だね」
スネ夫は「え?え?」と口をパクパクさせたが、誰もフォローしてくれなかった。哀れ、セレブの座から転げ落ちた瞬間である。
その夜、野比家の居間では「ハリウッド行き作戦会議」が開かれていた。
ちゃぶ台の上には地図と時刻表と謎の書類が散らばり、合理くんがレーザーポインターでプレゼンを進めている。
「我々の目的地はロサンゼルス。フライト時間はおよそ10時間。機内での過ごし方も計画済みだ。剛田くんはボイスレッスン、しずかさんは所作訓練、野比くんは……睡眠学習に徹してもらう」
「睡眠学習って……つまり寝るだけじゃん!」とドラえもん。
合理くんは真剣な顔で頷いた。
「そう、彼の唯一の才能を最大限に生かすのだ」
のび太は「褒められてるのか馬鹿にされてるのか分からない……」と涙目だった。
そこでドラえもんが、どこからともなく『ほんやくこんにゃく』を取り出した。
「これさえ食べれば、言葉の心配はいらないよ!」
合理くんの目がギラリと光る。
「待て!『どんな言葉でも』だと!?古代シュメール語は?クジラの鳴き声は?まさか、未接触の地球外知的生命体の言語にも対応するのか!?」
「え、えーっと……た、たぶんね……」とドラえもんは冷や汗をかいた。
合理くんはガバッと立ち上がり、両手でドラえもんの肩をがっしり掴む。
「ドラえもんくん!この技術の独占販売権を僕に!初期投資10億円でどうだ!?言語の壁がなくなれば世界経済は一変する!これはノーベル平和賞と経済学賞の同時受賞案件だぞ!」
「だ、だめだよ!売り物じゃないんだから!」
「ぐはっ……!」
合理くんはその場でガクリと膝をついた。
「僕の……ビジネスプランが……」
鈴木さんは彼の肩を支え、囁いた。
「正義さま……あなたが崩れ落ちる姿も、また素敵ですわ」
「……ありがとう、鈴木さん」
合理くんは弱々しくも笑い、タブレットに「交渉失敗:再挑戦必要」とメモを残した。
のび太はその横でこんにゃくを頬張りながら、ぽつりとつぶやく。
「僕、こんにゃく嫌いなんだけどなぁ……」
ドラえもんは頭を抱えた。
「ハリウッド行く前に、まずこのチームの調整が必要だよ……」
◇◇
泣きじゃくるスネ夫の声は、まるで救急車のサイレンのように空き地に響き渡った。
「うわーん!連れてってよぉ!僕の連休が、ただの箱根旅行になっちゃううう!」
のび太はその様子を見て、胸を痛める。
「合理くん、なんだかスネ夫がかわいそうだよ……」
合理くんは、眉一つ動かさずに電子手帳を取り出し、ページをめくった。
(ここで野比くんの機嫌を損ねるのは、ドラえもんへのアクセス権を考慮するとマイナスだ。骨川スネ夫の同行コストは、野比くんの友好度を維持するリターンを考えれば許容範囲内……取引成立だ)
次の瞬間、合理くんは手のひらを返すように笑顔を浮かべた。
「はっはっは!そうか、野比くんがそう言うなら仕方ない!いいとも、骨川くん!君も今日から心の友だ!どうせなら皆、ご両親も誘いたまえ!費用は全て僕が持つ!」
「ごうりくーん!」スネ夫は感涙にむせび泣き、合理くんに飛びついた。
ドラえもんがのほほんと口を挟む。
「じゃあ、交通費は『どこでもドア』で行けばタダだよ!」
合理くんは小声で舌打ちした。
「チッ……航空会社への貸しが作れたものを……まあいい、コストがゼロになるなら、それに越したことはない」
こうして、税関すらスルーした一行は、まるで宅配便の荷物のように「どこでもドア」を抜け、アメリカへと豪華旅行に出発した。
ハリウッドにて
ジャイアンは、マダム・ロペスのスタジオに立っていた。壁一面に響くのは、雷鳴のような彼の歌声。
「ぼえ〜〜〜っ!!!」
しかしマダム・ロペスは感涙の面持ちで叫んだ。
「君のその喉は神からの贈り物だ!天井をも震わせるパワー!未来のスーパースターよ!」
ジャイアンは胸を叩き、満面の笑み。
「よっしゃー!これで世界デビューも近いな!」
しずかちゃんは、憧れのスターと対面していた。
「Oh my god!You are so beautiful!」
「(こんにゃく効果で)あ、あなたこそ素敵ですわ!」
夢のような会話にしずかちゃんは感涙し、スターからサイン入りポスターをもらった。
「きゃああ!一生の宝物!」
のび太は横で「僕の宝物は0点の答案じゃないぞ……」と、ぼそっと呟いたが、誰も聞いていなかった。
射撃場にて
のび太は、人生で初めて実銃を手に取った。震える指で引き金を引くと――
バンッ!
ど真ん中。
「え?当たった?」
次の一発も、またその次も……寸分の狂いもなくワンホールショットを連発!
射撃場の教官たちがざわめく。
「なんだこの少年は!?」「FBIに来い!」「いや、特殊部隊(グリーンベレー)に!」
のび太は名刺の束を両手いっぱいに抱え、青ざめた。
「え、ええ〜!?僕、ただの小学生だよぉ!」
合理くんは後方で冷静に電子手帳に記録していた。
(野比のび太:潜在能力分析。射撃スキル:神レベル。性格:従順、楽観的、ストレス耐性高。結論:傭兵としての適性S+。初期投資ゼロでハイリターンが見込める優良アセットだ)
ラスベガスにて
スネ夫は、華やかなカジノに足を踏み入れた。
「僕は勝つ!骨川財閥のプリンスをなめるなよ!」
彼はスロットマシンにコインを投入した。ガチャガチャガチャ……ピカーン!
大当たり!
「やったー!」
さらにルーレットも当たり、ブラックジャックも勝利。ビギナーズラックが爆発したスネ夫は、有り金が100倍になり、現金でパンパンのカバンを抱えていた。
「ハリウッド?ラスベガス?僕の本当の夢は……お金だぁぁぁ!!」
彼の高笑いが響き渡った。
財界人パーティーにて
合理くんと鈴木さんは、巨大企業の御曹司たちに囲まれていた。
「次のITバブルは……」
「宇宙開発事業の将来性は……」
小学生とは思えぬ会話を繰り広げ、名刺を山のように集める合理くん。
鈴木さんはシャンパンを片手にうっとりと彼を見つめた。
「正義さま……まるで本物のCEOですわ」
合理くんはグラスを傾け、静かに笑った。
(ふむ……ジャイアンはエンタメ市場、しずかさんは広報担当、のび太は軍事分野、スネ夫は資金調達……。そして僕は全体を統括するCEOだ。未来のポートフォリオは完成した。これ以上、合理的な布陣はない)
帰国後、日本の小学校に戻った彼らは、周囲から「何かあった?」と聞かれるたびに、揃って曖昧に笑うのだった。
ただ一人、スネ夫だけは、廊下でカバンから札束をこぼし、先生に問い詰められていたが……。
映画版に突入
-
する
-
しない