第一話 始まり
忘れ去られたものが辿り着く場所――幻想郷。
人間が多く蔓延る外の世界とは違って、幻想郷では妖怪や妖精、はたまた神すらも存在する。
幻想郷は全てを受け入れてしまう。
それはそれは、残酷で、そして、何と美しいことか。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
紅葉が散り、一部の妖怪が冬眠に差し掛かろうとしていた時期のことだった。
どこからともなく、幻想郷中に桜の花びらが散り始めた。
つまり、異変だ。
幻想郷では妖怪が異変を起こし、人間がそれを止める。
所謂、異変とはお祭りといった恒例行事に等しいものだ。
……まぁ、その解釈はあくまで我々妖怪の認識に過ぎないが。
里に住まう人間にとっては、それは恐怖以外の何物でもない大事に違いない。
何せ、人間は妖怪と違って、一度死んでしまえば生き返ることがないのだから。
我々妖怪は、その存在がある限り肉体が滅びようともまた復活する。妖精がよく口にする「一回休み」と限りなく近いものだと捉えていい。
まぁ、例外として博麗の巫女に退治されてしまえば、その存在の有無に関わらず復活することができなくなるのだが、それは幻想郷の在り方を破らない限りないだろう。
……無駄な説明が多くなってしまった。そろそろ、本題に戻ろうか。
つまり、幻想郷において異変は付き物であり、それは在り方の一つに過ぎない。
しかし、今回の異変は違った。
これが長いこと続いてしまえば、幻想郷は確実に崩壊の一途を迎える。
……ただの桜の花びらが散るだけの異変ならどれほど良かったことか。
もし、そうだったら、きっと今頃花見でもして極上のお酒を嗜んでいたに違いない。
……そんなこと、出来るはずがないのに。
何故なら、この桜の花びらは人・妖・神すらも関係なく狂わせてしまうのだから。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……っ」
身体が言うことを聞かない。
何かに蝕まれているというよりは、全身の力が奪われていくような感覚だった。
妖怪である僕にとって、死は恐怖の対象ではない。
しかし、これは死なんて生易しいものとは程遠い。自我を失ってしまうことが、どれほど恐ろしいことか想像がつかない。ただ、絶対碌でもないことは確かだ。
「……この辺、なら、桜と、接触せず、に……済むか、な」
僕は今、出来るだけ桜の花びらを遮ることが可能な魔法の森にいる。
この森なら、多くの木々が生えているため、他の場所よりは接触を避けることができる。
……ただ、ここに到着するまでの間に触れすぎてしまった。所謂、本末転倒というやつだ。
「ぅ……」
自我を保つだけでも精一杯で、肉体の方は既に自分の一部とは思えないほど制御することができなくなっていた。
とうとう、わずかに動かせていた脚すらも機能しなくなり、倒れてしまう。
「……うぅ」
もう何が何だか、わからなくなる。
――桜?
――桜?
――桜?
――。
――――。
――――――。
――あれ、この桜の花びら、どこかで?
「はっ……!!」
自分が異変に呑み込まれそうになっていたことに気がつく。
僕は勢い余って、咄嗟に能力を使った。
「はぁ、はぁ……はぁ……あれ、何とか、なった……?」
何故か間一髪で、暴走化を抑えることができた。
「もしかして、能力で抑制することが……?」
勢いに任せて使った能力だったが、実はこの異変に対処できる優れものなのかもしれない。
「……とりあえず、もっと木の多い場所に――」
「おい」
突如、背後から声をかけられたので、振り向こうとする。
その瞬間、反応するよりも早く背中に強い衝撃が走った。
「ん……なっ……!!??」
いきなり視界が反転し、巻いていたマフラーの二帯が目の前でふわりと揺れる。
そして、徐々に意識が薄れていくのだった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――んで、どこまで知っている?」
「だぁから!! 何にも心当たりがないと言っているでしょうがっ!!!!」
現在の状況を説明しよう。
あの後、僕は目が覚めると、この魔法使い——霧雨魔理沙に縄で縛られていた。
「……いや、怪しいだろ。異変による暴走化を抑えることができ、尚且つ現在行方不明の霊夢とも過去に接点があった妖怪」
どうやら、僕は彼女から異変の関係者ではないかと疑われているらしい。
「いやいやいや!! まず、僕の能力は”傷を癒す程度の能力”ですから、応用でたまたま暴走化を抑えることができたんですってば!!」
「屁理屈を重ねればいくらでも言い訳はできるもんだ。よく私がやっているからな。つまり、それだけじゃあ信用に値しないな」
「んな理不尽な! そもそも霊夢さんとの関係も、一時期神社に家政婦として使いパシリにされていただけの薄情な仲ですよ!? てか、第一に霊夢さんに喧嘩を売れるほど強くないですからね!? わかるでしょ! 今だって縄で縛られて身動き一つ取れませんもん!!」
「……。」
「……。」
いきなり無言になる。
「……あ、あのっ!」
僕は無言に耐え切れず、口を開いた。
「……いや、そうだな」
「な、何がです……?」
霧雨魔理沙は、顎に手を当て考え込む仕草をする。
「……普通に考えたら、お前は黒幕じゃないってことだ」
突然、冷静になったのか、彼女は僕の縄を解いた。
「……な、何だかわかりませんが、わかってもらえてよかったです」
「……すまん。桜の影響か知らないが、何だか常に焦燥感に駆られているんだ……霊夢も姿を消したし」
確か、彼女は博麗霊夢と仲が良かったのを記憶している。つまり、友達がいなくなってこのように思考が乱れているのかもしれない。
「……あの、さっきから気になっていたんですが、霊夢さんは行方不明に?」
「あぁ、知らなかったのか。まぁ、天狗の号外をまともに見るやつなんている訳ないか」
こんな状況でも天狗は新聞を書き続けているのか……。
「……ちょうど三日前、異変が発生した当日だな。冥界での目撃が最後に行方が途絶えたそうだ。先日、私も冥界に調査に行ってみたんだが、あいつらはこの異変とは全くの無関係。桜に関しては前科もあるし、一番怪しいと踏んでいたんだがな」
「……霊夢さんが行方不明って、何だか現実味ないですね」
「あぁ、全くの同意見だ。何というか、霊夢が異変に負けるとは思えないんだ……でも、この桜に長時間触れ続けていれば、流石のあいつでもやられるのかもな。私も自分自身がいつ暴走化するかわからない状態だ。異変の手がかりだって何も見つからないし、正直お手上げ状態だったんだ」
「……だったということは、つまり?」
「ふっ、物分かりがいいやつは嫌いじゃないぜ。まぁ、そんな中で私は異変を解決できるかもしれない能力を持つ妖怪を見つけた――そう、お前だ」
「……嘘ですよね? い、いやですよ、僕は!」
「まぁ、なに。私の提案としてはこうだ。お前の能力で暴走化した者を元に戻し、異変の首謀者を探す。実にWinWinだとは思わないか?」
「何が!?」
「……まぁ、やるかやらないかはお前の自由だ」
「なら、やりませ――」
「……お前を巻き込むか巻き込まないかも私の自由だがな」
「なら最初から僕に断る選択肢がないじゃないですか!!」
魔法使いのくせに野蛮過ぎないか、この人。
「……はぁ、わかりましたよ。まぁ、自由に外で遊びまわれなくなるのは僕も嫌ですし、仕方なく手伝いますよ。異変解決を」
「よし! じゃあ、明日にでも早速行動開始だな!」
「今からじゃないんですか? こういうのは早い段階から……」
「いや、今日は疲れたから休む! あと腹も減ったから、ついでに何か作っといてくれないか?」
「はぁ!? 嫌ですよ! 何でここまでされた挙句、アンタの頼み事を聞かなきゃいけないんですか! 不公平です!」
「……それも、そうか」
「はぁ……わかってくれたならいいんです」
「なら、公平に弾幕ごっこで決めるか!」
「勝てるわけがない! はぁぁ……やりますよ。ったく、妖怪使い荒いなぁ……!!」
――こうして、碌でもない魔法使いに捕まってしまったせいで、ただの妖怪である僕がこの危険な異変に巻き込まれてしまうのだった。
参考程度に主人公の設定を記載しておきます。
名前:奏(かなで)
種族:妖怪
年齢:二十も満たない
特徴:少し長めのマフラー
補足:一人称は「僕」ですが、解釈次第でどちらの性別でもいけると思います(今後性別は統一する可能性もありますが)。