時々、身に覚えのない誰かの記憶が断片的によぎる。
記憶の中に登場する人物は、どれも靄がかかったようで認識することができない。そして、その記憶も時間が経てば、まるで夢のように忘れてしまう。
今回の記憶は、ある妖怪と人間の子供の出会いの一部だった。
――――、
『――こんな森の奥底にいたら危ないよー?』
『……どうしてかって? そりゃ――私みたいな悪い妖怪に食べられちゃうからね』
『あはは、冗談、冗談。流石に子供を襲う趣味はないから安心して』
『……迷い込んでしまったの? なるほど、それは大変ね。ここら辺は私含め、食人妖怪が多いから尚更』
『むぅ……仕方ない。近くに神社があるからそこまで送っててあげる。その神社にいる巫女さんは物凄く強いのよ? 私も勝てたことが一度しかないぐらいにね。だから、安全に里まで帰してくれるはずだわ』
『それじゃ、空を飛ぶからしっかり私に掴まっててね。あら、別にこれぐらい普通のことよ?』
――――記憶がプツンと途切れる。
それと同時に意識が薄れて……いや、鮮明になっていくのだった。
「――い」
誰かが自分に呼び掛けている。
「――い?」
徐々にそれはハッキリと聞き取れるようになる。
「おーい!」
「……あれ」
「やっと反応したか……まったく、何ボーっとしてるんだ。早く準備しろよなー」
「……あ、あぁ、すみません。異変解決に向かう準備ですよね? それなら既に終わって――」
「いや、朝食の準備」
……。
「はぁ!?」
昨夜に続き、今日も朝から使いパシリにされるのだった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「よし! 無事朝食も済ませたことだし、作戦決行に取り掛かるぞ! えーっと……ありゃ、そういやお前の名を聞いてなかったな」
言われてみれば、名前を名乗っていなかったことに気が付く。
「……えっと、僕のことは奏と呼んでください」
「ふむ、妖怪にしては中々センスのある名だ。十点満点中七点ってとこかな」
「人の名前を点数付けしないでください……」
巷で噂されている通り、無神経な性格だと改めて思う。
「はぁ……とりあえず最初に向かうのは人里でしたよね?」
「そう、その通り。今の里は少数の者で防衛に回っている状況なんだ。ま、勿論それが長く持つはずもなく、防衛メンバーのうち何人かが既に暴走化してしまっている」
「里に住む人たちはどうなっているんですか?」
「……六割は暴走化、三割は死亡、残りの一割は行方不明だ」
「……な」
想像以上に被害が酷く、思わず戦慄してしまう。
「そろそろ行こう……準備はいいか?」
「……えぇ、早く行きましょう」
心の準備が全く出来ていないのだが、時間が惜しいので諦めて行くしかない。
「よーし! なら出発――って、ん?」
突然、魔理沙が僕の背後を見つめて固まる。
何だろうかと、自分も振り返ると――、
「シャ シャンハーイ」
そこには、かわいらしい人形が浮遊していた。
「アリスの人形じゃないか。どうしてコイツがここに……」
「……か、かわいい」
「ほう?」
魔理沙がニヤニヤしながら僕の顔を見つめる。
「っな、い、いや! 別にこういうのが好きってわけじゃ……!」
「……なるほどなるほど、意外と可愛いところがあるじゃないか」
「黙 っ て く だ さ い !」
「まぁまぁ、そんな怒んなって。お詫びにアリス家から沢山人形盗ってきてやるからさ」
「オイ!」
「ちょっ!? 冗談、冗談だから、叩くなぁ!!」
魔理沙と人形がじゃれ合う。
「というか、その人形がアリスさんのものなら返しに行った方がいいんじゃ……?」
「ん、いや、アリスなら近くにいると思うぞ。この人形はアリス自身が動かしているものだからな。な、そうだろ?」
「アリス イエニイル」
「……家に居るそうですが」
「マジか」
「マジ オオマジ」
「……おおかた、新作人形の試験中ってとこか。そんで、私たちに何か用があるのか?」
「ツレテッテ」
「悪いな。生憎とこれ以上お荷物を増やしたくないんだ」
「え」
「ツレテケー!」
「ダメだ、ダメだ!」
「いいや、連れていきましょう!!」
「お前、人形が可愛いから連れていきたいだけだろ!」
「そう……いや、勝手に決めつけないでください! もしかすると、アリスさんなりの考えがあって、この子を派遣してくれたのかもしれません」
「……確かに」
「じゃあ、決まりですね」
……これで、この先少しは心が安らぎそうだ。
「ま、いいか……いざとなれば囮にも使えるしな」
「ハッ!?」
もうこの人、博麗霊夢より冷酷だろ。
「なら、コイツの面倒はお前がしっかり見るんだぞ」
「任せてください、命に代えてもお守りします!」
「命に代えちゃダメだろ」
「ハァ……」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――落ちていく桜の花びらを見ていると、ふとこう思う。
こんなにも綺麗な桜なら、間違いなく美味い酒が飲めそうだ、と。
「ってことで、どうだ? 休憩がてらに一杯でも」
「……そ、そんな余裕、ありません」
ま、それもそうか。
かれこれ出発してから三十分ほど。
道中、暴走化した妖精の集団と四回も交戦。奏はタイミング悪く暴走しかけたり、妖精に突進されて地面へと落下したりと踏んだり蹴ったり。
流石に里に着く前に体力が尽きたとか本当に洒落にならないので、私と箒を相乗りさせる形で休ませている。
「ザコ」
「……うぅ」
「ま、普通の妖怪ならこんぐらいだろ。むしろ、まだ一度も死んでないだけ優秀だ」
長い森を抜け、里の入り口へと近づく。
……心臓の鼓動が落ち着かない。
もとより、霊夢が行方不明になってから焦りが増していた。それが、里の崩壊寸前ともなると、余計に酷くなるのは当然か。
……慧音や妹紅は無事だろうか?
いくらアイツらでも、この桜の影響を避けることができるわけない。あの霊夢が破れた可能性があるのだから。
「……あれは、人の死体、か」
里に近づくにあたって、暴走化した者に襲われたであろう人の死体が見えてくる。
「ひっ……! し、死体、ですか……!?」
「なんだ、妖怪なら見慣れたもんじゃないのか?」
幻想郷にいる妖怪の半分は、人間を主食とする食人妖怪だ。
コイツからは微かに血の臭いが漂ってくるため、人を喰らう妖怪であることは明白だろう。
「……もしかして、菜食主義者?」
「違いますよ……そもそも、野菜じゃお腹膨れませんからね?」
それもそうか。
「人は食べますよ、そういう妖怪ですから。だとしても、一度限りの命が尽きている様子を見て、単に美味そうだとか思えるわけないじゃないですか」
「へぇ、妖怪にしては実に人間らしい感性を持ってるんだな、面白いやつ」
死に対して抵抗感の少ない妖怪が、そのような思考に至るやつはあまり見ない。
過去に人間と絡みでもあったのだろうか。
「……と、これから里に入るぞ」
気が付けば、里の門が目前に近づいていた。
「……っ」
奏はゴクッと唾を飲んだ。
「目的地は稗田邸がある里の中心部だ。スピードを上げるぞ、しっかり掴まってろよ!」
箒の速度を加速させ、勢いよく進む。
「……な」
里に入ると、さっきとは比べ物にならないほど死体の量が増えていった。
「お、多くないですか……?」
「……おかしい。昨日よりも明らかに増えている」
「強い妖怪が暴走化したのかも……ほら、あっちの方なんて焼けたような痕跡も確認できますし……」
……焼けた痕跡?
とすると、妹紅が戦った跡だろうか。
いや、昨日ここら辺には、まだ多くの人が残っていたはずだ。
そんなところで妹紅が戦うわけ……。
「いや、ちょっと待て」
……ここに残っていた人々はどこに行った?
「――まさか」
――その瞬間、視界が炎に包まれるのだった。