Angel Boxes! 作:ピンクのナービィ
「──マジかぁ」
第一声はそれだった。溜息。嘆息。
満天の紺碧──まぁ、つまりは夜中。輝く粒を撒き散らした暗幕が空を覆う時間帯。
久しく、本当に久しく着ていなかった学ランなんてものに袖を通したこの身体は、確りと整備された舗道の上で、大の字になって寝っ転がっていた。
あぁ、懐かしい。それは果たして何年前の記憶か。何十年前の記憶か。
よっこいせ、なんて身体に似合わぬ掛け声と共に起き上がれば、ああ、なんともまぁ、知っている通りの景色。俯瞰の景色も同じとなれば、背後の仰望もまた同じなのだろう。
超巨大な校舎。超巨大な寮。棚田のように降りる階段と、田んぼのように広がるグラウンド。
「起きたの?」
「ああ、起きたみたいだ」
「そう」
声。聞き馴染みある男女の声。
けど……そうであるはずがなくて、今度こそ勢いよく振り返る。
そこに、二人の少年少女がいた。
「よ、おはよーさん」
そう気さくに声をかけてくる男子生徒。
隣で佇む女子生徒は無言。ただじっとこちらを見ているばかり。
「まだ記憶が混乱してるかもしれないけど、ここは──」
「死後の世界……だろ?」
「っと、飲み込み早いな。もしかして死んだときのこと覚えてるのか?」
頷きだけを返す。
覚えている。覚えているとも。
だけど……それ以上に覚えていることもある。
いやいやそんなことより。……待て、言うべきではない、か?
「そうか、それは良かった……っていうのはおかしな話だけど、とりあえず飯でも食わないか? 色々落ち着くぜ」
「あ……ああ」
「結弦。この時間に食堂は開いてないわ」
「ああ、確かに。……食堂ってあれ裏にキッチンあったよな? 適当なもの置いてねーかな」
「どうかしら。入ったことはないけど……」
結弦。ああ、じゃあ、間違いない。
間違いはないけど……色々おかしい。
「結弦。それよりも先にするべきことがあるわ」
「え? ああ、そうか。そういえばそうだった。──自己紹介をさせてくれ」
告げられる。
言葉。
「俺は音無結弦。こっちは」
「あたしは立華奏。この学校の生徒会長よ」
差し伸べられた手。
それを──握らずに答える。
「
確定だ。
ここ──『Angel Beats!』の世界だ。
でもなんで、この二人が一緒にいるんだろう。
それから三日が過ぎた。
二つ、わかったことがある。
まずこの世界……死後の世界は確実に『Angel Beats!』の世界であるということ。
音無たちから聞かされたこの世界の仕組みも、会う人間会う人間も、全員が知識通りの世界。つまり"登場人物たち"。
魂のある人間たちと、NPCと呼ばれるシステム上の人間たち。それらが過ごす、青春のための場所。
そしてもう一つが、この世界は『Angel Beats!』の世界ではないということだ。
上述と思いっきり矛盾しているけれど、そうとしか思えない。言葉を正すのならば、ここは「本編世界」ではないというべきか。ワンチャンヘブバンコラボの世界の可能性も考えたけど、それにしては"居すぎる"。
何がって──彼らが。
「ん、どーした陽江。まだ馴染めないか?」
「難しい話だな。……記憶の地続き加減が、この幸福を認めたがっていないらしい」
「まそりゃそーだろーな。おれたちとは違う、死んだばっかだもんなーお前は」
日向。そう名乗った、青みがかった髪の男子生徒。
彼はコーヒーを片手にふらふら動き、なんの頓着もないという顔で鼻歌を歌う。
死。
それ自体にはまぁ、確かに思うところはあった。けど……別に、最初から報われた最後になると思って歩んできたわけじゃないから、別に良かった。
だから当然そんなことで悩んでいるわけではない。
ああ、いや、だから、そうか。
「そう言うということは、お前や……他のメンバーに、心残りはないと?」
「無いって断言できるかっつったら微妙だけどよ。少なくともおれたちは前を向こうって思えてる。次の人生に進もう、ってな。学校ってもんは卒業していく場所だから」
「ならばなぜ、ここにいる。満足をして消える……成仏をすることのできる場所だと教わったが」
「それがわかりゃおれたちもうここにはいねえって~」
それが問いだ。
わかったことの矛盾。ここは『Angel Beats!』の世界で、そうじゃないと断言した理由。
全員いる、というのは……どういう了見か。
「それを疑問に思えたなら、あなたもあたしたちの戦線に加入しないかしら」
声がかかる。よく通る声だ。
主は……リボンの少女。
「……仲村」
「おうゆりっぺ。遠征お疲れさん」
「収穫はなかったけれどね。それで、返事は?」
数日前。というか起きてすぐにその話を持ち掛けられた。
戦線名は──。
「なぁゆりっぺ、『とっとと死なせなさいよ戦線』はやっぱなんか……高圧的かつ悲観的じゃないか? もっとこう、卒業とかそういうワードをだな」
「なによ、皆だってそう思ってるでしょ?」
「そうなんだけど、そうなんだけどさ~」
戦線名、『死んだ世界戦線』改め、『とっとと死なせなさいよ戦線』。名前はまた逐次コロコロ変わるらしいけど。
その名前が示す通りのことがこの世界に起きている、と。そう教わった。
「満足したのなら、成仏できたのなら、あたしたちは次なる世界へ生まれ変わるために、この世界から消える。去っていくべき。あたしたちはそのために戦い抜いた認識と自覚がある。──けど、おかしなことにこの世界は再度あたしたちを引き戻した」
「引き留める理由があったか、お前たちは生まれ変わることなどできないという宣告か、生まれ変わり得なかった者の怨念か……か?」
「そ。やっぱりわかってるじゃない。見込みあるわよ、陽江くん」
くん。
まぁ、構わないが。
とまぁ、そういうわけで──満足したのに消えることができずに未だ学校生活を送っているABメンバーたち。
それが現状のこの世界、というわけらしい。
永遠の楽園になってしまった……わけではないのだろう。
だってみんな、もう次へと行きたがっているのだから。
「あんたたちの理念は理解した。だが、戦線というからには何かと戦っているのだろう。それはなんだ」
「だから世界よ。残念ながらこの世界には神様も天使もいないみたいだから、世界と戦うしかないじゃない」
「具体的にはどうやって戦う? 漫然としているじゃないか、相手が」
「各自が各々のアプローチで壁を突き当てようとしているわ。あたしとか日向くんみたいな身体動かすのが性に合ってる系は"この世界の壁"を探してる。徒歩でね」
「"この世界の壁"……」
「ほらよくあるだろー? オープンワールドだけど限りってもんがあるから行っちゃダメな場所にある透明で進めない壁。この学校の敷地の外ってぜーんぶ森だけどさ、流石にそれが永遠に続いてるってことはないだろ、ってことで探してる」
「そとで迷子になったらもう戻ってこられない、餓死と目覚めを永久的に繰り返してしまう。……そんなことになったらこの世界の本懐を果たせない。だからどこかに必ず果てがあるはずだし、無かったら救済措置があるって踏んでるのよ」
「救済措置……」
「そ。できれば特大のがいいわね。安全地帯にただ戻してくれるだけのやつじゃなくて、ゲーム自体をリセットできるようなやつが」
途方もない話に聞こえる。
それは……もし、この世界が球体でなく、本当の無限が設置されていたらどうする気なんだ。
餓死と目覚めを繰り返す以上、動けはするのだろうと判断されて……そいつが一念発起するまで何もしてこない世界だったら。
いや、そもそもそういう世界だろう。
本編でだって"製作者"や"立華奏"、"チャー"などの「自ら動いた者」がいなければ何事も起きなかった。
神などいない。天使などいない。世界すら用意されているだけの場所。
「すまない。もう少し考えさせてくれ。……ああ勿論この世界を去る術を見つけたら共有する」
「見つけたら、って……お前そん時になったら消えるんだから共有のしようがないだろー?」
「問題ない。消え方を見つけたとしても、本来の機能……自身の抱えるものの解消が為されていない以上、消えない。あんたらと違ってストッパーがある」
「うわ嫌なストッパーだなオイ」
「だが役に立つ。そうだろう」
仲村ゆりを見遣る。
戦線のリーダーたる彼女は。
「嫌よそんな使い捨てみたいなこと。一緒に頑張っていけばいいじゃない。……戦線って名前が物々しくていやなら変えるわ」
「……驚いた。アンタ、こういう判断においては冷酷な決定を下せるものだとばかり。仲間ですらない相手にそこまで心を割く必要があるのか?」
「勝手なイメージを押し付けないでくれる? ……ま、変わったのよあたしも」
「いやいやゆりっぺ。来たばっかの陽江じゃゆりっぺの何が変わったのかなんてわかんないって」
「それもそうね。……ま、なんでもいいから、陽江くん──単独行動だけは避けなさい。今のあたしから言えるのはこれだけよ」
じゃあね~、なんて言って去っていく仲村ゆり。
おかしなことを言うものだ。
もう戦いは終わったというのなら、なぜ。
──悲鳴。
「っと、やっぱ今日も出るか!」
「出るって何が──」
すわキャンサーか、と思って日向の向く方を見れば。
そこには──小動物の形をした、影の化け物が。
「な──」
「すぐ片付けちまうからよ、どっか隠れときな!」
なぜアレがいる。
アレを発生させていたプログラムは消えたはず。なによりアレが現れたのなら調べに行かないはずがないし、そもそもこの世界に舞い戻った時点で調べ尽くしているはず。
まだプログラムが生きていた?
確かに可能だろう。Angel playerには恐らく管理者権限が存在しない。誰でも書き換え可能で、誰でも組み上げられるシステム。4GBのパソコンで満足に動くという凄まじく軽いあのソフトなら、最早誰が黒幕でもおかしくはない。
銃声が響く。銃声が響く。銃声が響く。
「ちぇ、ウサギ型は相変わらずすばしっこくてかなわねえ、な!」
「跳躍後を狙え。いくら跳ね回るのが得意なウサギとて、空中で行き先を変えられるほどではない」
「なるほどォ!」
パァン、と。
軽い音と共に……1と0のフラグメントとなって消えていく影の化け物。
「ふぃー……。つか、助かったぜ! 生前は銃を扱ってたとかなのか?」
「そんなところだと思ってくれたらいい」
「んじゃ、相応のモン背負ってそうだな。……っしこのまま飯食うか!」
「マジか」
「ん? なんかおかしなこと言ったかおれ」
「いや……硝煙の匂いが気にならないのなら、いい」
ああ、そうだった。
彼らにとっては日常茶飯事で、NPCは一切を気にしない。
銃弾の季節がやってきた、かね。
スクリーンに張り出された箇条書き。
「竹山くん。調査結果を」
「はい。僕のことはクライストとお呼びください。……この世界に存在するネットワーク……図書館からアクセスできる図書のデータベース、学校管理のネットワークや教職のみが使っていると思われるネットワークなど、すべてのものにアクセスし、隅から隅まで情報を洗ってみましたが……目ぼしいものは見つかりませんでした」
「"壁"は?」
「それらしきものはなにも。強いて言うなれば、外界と隔絶されたインターネット空間にいる、という事実自体が壁ですね」
電子的、の部分にxが入る。
「ギルドからの連絡を読み上げます。現在地下百十階。相変わらず鉱石もなければ水たまりにもぶち当たらない、ずっと続く土塊の世界だよ、と」
「音無君。地下百十階って普通に考えたらどんな場所?」
「ギルドの通路の高さから見積もって、だいたい三百四十から三百八十メートルくらいのところだから……地球だったら地殻のある場所だな。めちゃくちゃ安定した場所で、地震の影響もほとんど受けないような場所だ」
「そこが手でも簡単に掘れる土塊まみれ、ってことはあり得る?」
「あり得ない。……つか、この学校はそんな不安定な地盤の上に建ってたのか。怖すぎるな」
地下、の部分にもxが。
なるほど、世界の壁探しは四方八方に行っているらしい。
「あたしと松下くん、野田くん、椎名さんで壁探しに三日の遠征に出てみたけど……こっちもダメだったわ。歩けども歩けども森森山森。幸い果実とか小動物なんかの食べ物はあったし、毒のある生物もいないから、そのあたり快適だったけど」
「以前の山籠もりの経験が生きたぞ」
水平方向、の部分にはクエスチョンマークが。保留ということか。
「んでおれたちだな。音無と奏ちゃん、あと直井のやつで投石器を作ってみてさ、結構高くまで飛ばせたんだけど、なんかにぶち当たる気配もなし。前にゆりっぺが作らせてた推進エンジンじゃないけどさ、ロケットでも飛ばさないと空のことはわかんねーんじゃね?」
「宇宙空間に出てしまえば戻ってこられない可能性が高いわ。この世界がそうなることを許すとは思えないから、もしかしたら無限に空が続いている可能性もある」
「行く用事もないならわざわざゲームの空に宇宙空間を設置することはないよな」
「そういうこと」
空にx。
つまり。
「……やっぱり水平方向を人海戦術で推し進めるしかないのかしら」
「気の遠くなる作業だなー。学校内の戦力も残しておかなきゃなんねーし」
「影の化け物は、やっぱり一日に五体だけ?」
「ああ。それも全部小動物。ただNPCが変化してる様子はなくて、そいつに取り込まれたって話も聞かない」
「そう……小動物が化け物に転化している、と考えるのが普通か」
そこで、ようやく。
こちらに視線が集まる。
「陽江くん。以上が今あたしたちの戦線が集めた情報よ。なにか言葉はある?」
「ここへ来て四日目のやつに聞く内容ではないし、そもそもなぜここに連れてこられたのかもわからない。戦線に加入する気はないと伝えたはずだ」
「加入しなくていいからアイデアを出してよ。あなたはまだ葛藤を捨てきれていないだろうけど、それが解消された時、晴れやかな気持ちのまま消えることができないのよ? 残っちゃうのよ、この世界に。それが嫌なら協力して」
「嫌という感情が湧くかどうかすら定かではない……が、まぁ、考えることならある」
「お、いいじゃない。新しい風ね。で、どんなこと?」
見るのは音無と立華奏。そして日向とユイ。
「子供を作ってみるというのはどうだ。……ん、なにか今検閲が」
「な、な、なに言ってんのよ!?」
「この世界には愛が生まれてはいけないのだろう? それは絶対順守のルール。であるならば、愛の結晶たる子供が生まれた時、この世界は許容限界を超えるのではないか、と思っただけだ」
「……成程? 愚民にしては中々良い着眼点だ」
「そも、死者と死者の子とはなんなのか、という問題もある。そうして生まれ出でた子供に魂があったとしたら、もうこの世界を楽園にしてしまえばいい。NPCでも構わないとは思うが」
だってそうすれば、死なない世界ができあがる。
知識がないものは作れない世界だけど、立華奏や直井文人のように「この世界へ来てから習得したこと」も自らのスキルとできることはわかっている。
折角図書館があるのだ、そこには土木関係の図書も眠っているだろう。
みんなで建築スキルを覚えて、学校の外の森を伐採して整地をして建築を行っていけば……この世界で暮らしていける。今いるメンバーがアダムとイヴになるけれど、リンゴを食べたってのに寿命は訪れない。白蛇はいなかったんだ。
「どれほど綺麗ごとを並べたところで、死とは誰しもが遠ざけたい受難だ。病気もなければ怪我もない世界で、新たな命を育み、新たな国を作って生きていく。そこにどんな異を唱える」
「……浅はかなり」
「そうかぁ? 今聞いてて確かにいいなって思えてきたぜ?」
「誰も死なない、誰も怪我しない……なにより、僕のままで居られる世界、かぁ」
真実楽園だ。
わざわざ卒業する必要がどこにある。況してや学校側から引き留めてくれている状況で。
「争いが起きたらどうする気だ? お互いに死なないんだ、引くに引けなくなって、血みどろの戦争が起き続けるぞ」
「土地が無限で、食料も無限なのに?」
「……それは」
「知識さえ得れば誰でもなんでも作れる世界。排斥されたものはどこぞへでも移り住み、新たな国を拓けばいい。……とはいえ、理解はできる。つまるところ三角関係……アレは問題だ。人だけが唯一無二の価値となる以上、恋慕の取り合いは互いの心を折るまで続く」
「ふむ。敗者には僕の催眠術を施してやろう。それで万事解決だ」
俄かに騒がしくなり始めた校長室。
そこへ水を差すかのような音が鳴る。
チャキ、という……銃を構える音。
銃口の向く先は、こちら。
「……」
「お、おいゆりっぺ?」
「なんだ、仲村」
「おかしいと思ってたのよね。あなた、説明されるまでもなくここが死後の世界だって気付いたそうじゃない。この学校についての理解も速かったし、あたしたちにも妙な視線を投げかけていた」
再度、彼女は銃を構え直す。
「あんたなんじゃないの。あたしたちを閉じ込めている張本人。……だから今も、みんなを心からここへ留めさせるような……魅力的であるような口振りを披露した。これ以上余計なことをされないように」
「酷い冗談だ、仲村。問われたから答えただけでそうも誹りを受けなければならないのか」
「銃を向けられて手も上げない、動揺もしない。そんな高校生いる?」
「居はするだろう。どこかには。……それに聞き逃したわけじゃないだろう? "僕のままで居られる"。転生における倫理において必ず問われる自己同一性。そこに納得をしていない人間は多々いたんじゃないか? お前たちが前回消えることができたのは必要に駆られたからであって、決して──」
チュン、と。
頬を掠める銃弾。
「出ていって。次は当てるわ」
「無理矢理連れてきておいて……。……ああわかったわかった。出ていくさ」
「ああけど、監視はさせてもらうから。あんたがこの世界の番人じゃないって証明されるまで」
「好きにしたらいいさ」
こうして。
嫌な視線を背中にとんと浴びながら……校長室を出て。
折角の"登場人物たち"との決別を果たすのであった。
屋上。
夕陽の綺麗なグラウンドを眺める。
投擲物──をキャッチする。顔面へ向けて投げられたそれは……ん、缶コーヒー?
「よ」
「……音無か。すまないな、折角紹介してくれたのに」
「大丈夫、気にしてねーよ。……ゆりたちも思い込み強いし、お前だってまだ来たばかりで混乱してる。すぐに仲良しこよしってのが難しいのはわかるさ」
良い奴め。
こんなドロップアウト、放っておけばいいものを。
「さっきオペレーティングルームで言ったあれさ」
「……」
「半分本心なのかもしれないけど、もう半分は警告だろ?」
「……そう思うか?」
「いつかさ、俺達がこの世界を……どうやったって出ることのできない場所だって思い至っちまって、そんで誰かがここに住もうって、出られないなら仕方が無いから、住みやすくしていこう、って……そういうことを言い出しちまったら、お前の言った通りになる」
ああ、そうだ。
極楽という名の地獄が降誕する。死後の世界に。
「つまりお前は、諦めるな、って。そう言いたかったわけだ。さっき言ったお前の"妙案"を否定するのなら」
「些か肯定的に捉えすぎだが、間違ってはいない。ま、正答を導いた報酬は必要だろう。……あの場では言わなかったもう一つの可能性がある。こちらもあまり褒められた内容ではない」
「教えてくれ。今は何でもアイデアがほしい」
「"この世界には容量がある"。……そう思えて仕方がない」
「容量?」
「そうだ。戦線のメンバー、そしてギルドだったか、地下にいる連中。そいつらを総勢しても百人に届かない。……音無。報われない青春時代を送った、不幸に見舞われた高校生が……日本全土をかき集めて、たった百人であることがあると思うか」
百人も、じゃない。たった百人だ。
少なすぎるのだ。
「確かに……言われてみれば、人口比率に対して少なすぎるな」
「時代も多少前後するようだというのにこの少なさ。悲劇の度合いを語るつもりはないが、病気や死に纏ろうものから後悔や自責の念に関連するものまで様々がある以上、もっともっといてもおかしくはない。ここから導き出されることは、この死後の世界には容量上限が存在し、プールが空かない限りは新しい魂が入ってくることはないのではないか、というものだ」
「……理解はできる。けど、それがどう……。……"壁"か!」
「ああ。容量は明確な"壁"だろう。そこへどうアプローチするのかまではまだ知らんが、少なくとも"壁"を見据えることはできる。……これを内側から破るなら、やはり人口を増やすか、あるいは」
あるいは。
とすると……呼ばれた可能性もある、か。誰にかは知らないが。
「あるいは、なんだよ」
「作るか、だ。……生殖行為ではなく、マテリアルで、な」
「それ……は」
「ホムンクルス。人造人間、というやつだよ」
無論、もう一つの可能性もある。
容量とか壁とか世界とか関係なく、皆をこの場に引き戻してまで解消したい未練があった場合、という。
音無か仲村ゆりか。
そのどちらかであれば持っていたっておかしくない、そんな