「あ〜彼女ほしー彼女ほし〜な〜」
「うるさいよあつしくん」
放課後の教室の静けさを埋めるような気軽さで軽薄なセリフを放つ親友を無情にも叱咤する。彼の名前は田代 敦、友達思いの良い奴だが女の話題が出かければ真っ先に潰さなければいけない男だ。何故なら……
「でもよ〜せっちゃん。俺らもう高校2年生だぜ?」
「今どき小学生でもヤッてるのに俺たちときたら童貞卒業どころか彼女すらできてない」
「由々しき事態だぜ!?」
ひたすら女に飢えたと子供のようにわめくのだ。こうなってしまったら満足するまで付き合わないとめんどくさい。いや付き合うこともめんどくさいのだが
「彼女欲しい欲しいいうけれど目当ての子はいるの?」
「たくさんいるぜ!」
「大胆に言うことじゃないだろ……」
言葉にならない程呆れたので目線で続きを促す
「まずはチア部のあけみちゃん。可愛い子が踊って応援してくれる時点で男としてはたまらない!」
「野球の大会のときは吹奏楽部やファッション部が張り切ったから豪奢で華美なチア部が見れて良かったな」
「そう! 俺の野球人生最高潮の日だったぜ!」
「頑張れ頑張れあつしくんって名前呼んでくれてさ!」
「それであつしくんは興奮しすぎてどうなったんだっけ?」
「う、俺に黒歴史思い出させようとすんなよ」
それからもチア部に見とれてボール顔面強打したあつしくんをいじって溜飲を下げながら話に付き合っていく。5人目、6人目と一度もつっかかることなく女の子が紹介されていく様は経験豊富なアナウンサーを想起させ逆に関心してしまう程だ
「最後に花恋ちゃんだな! せっちゃんも知っての通り俺たちのような負け組とも仲良くしてくれる天使のような子だ。」
「ああ、そうだね」
「だが、この子はせっちゃんに譲ろうかと迷ってるんだ」
「何でだよ」
「3人で遊びいくと花恋ちゃんは必ずお前の隣を陣取るし俺が話してるときもせっちゃんのことしか見てない。このことから導き出される答えはひとつしかないだろ!」
「水戸さんが僕のことを好きとか言うんじゃないだろうな」
「そうに決まってるだろ!」
「僕のことが好きなんじゃなくて君のことが嫌いなだけかもよ?」
「たは〜!それを言ったらおしまいだろおめぇよ! あの子せっちゃんがいない時は俺に関わろうとすらしねぇんだぞ」
おんおんとなくフリをする友人をいつも通り慰めようとすれば唐突にバッと起き上がり真顔になる様子を見て少し引いた。
「急に正気に戻るなよ……びっくりしたな」
「なあせっちゃん」
「な、なんだよ」
「思い出したんだけどよ、今学校で流行ってる噂って知ってるか?」
「噂だって? どうせ理科室の動く人体模型みたいなしょうもない話だろ」
あつしくんは僕の言葉に否を叩きつけた。珍しく真面目な様子を見せてくるため僕もその雰囲気に飲まれそうになってしまう
「その噂の内容ってのはこの学校に――」
『契約者がいるって話だよ』
その言葉を聞いて否応にも眉間に皺を寄せてしまう
「何言ってんだよバカバカしい」
「ここ最近体調不良で休んでいる生徒も多いらしい」
「夏風邪が流行ってるらしいしそれじゃないか?」
「休んでる生徒の中で連絡が一切つかない奴がいる。既に魂をとられているかもしれない」
言葉を交わす度に荒唐無稽だった契約者の存在が確かなものになっていく。
「せっちゃん、怪しい奴がいたらすぐ逃げろよ」
あつしくんの真剣な目に頷くしかなかった。僕は契約者のせいで親を亡くしているから余計に心配してくれてるんだろう。
「わかったよあつしくん」
夕日が沈みだし、教室は1段と暗くなった。1分が1時間に伸びたかのように感じる空気を打ち払ったのは何処からか鳴り出した着信音だった。
「わりぃ、今日家の用事があったの忘れてた。急ぎだから先行ってるぜ!」
「それと、嫌なこと思い出させてごめんな」
「気にしなくていい、気をつけて帰れよ」
「せっちゃんもだぞ〜」と離れていく彼の背中が見えなくなるまで見送り、ふと目を落とすと右手を握りしめていたことに気づいて左手を離す。気分転換に深呼吸をするも胸に渦巻く気持ち悪さは拭えなかった。
「僕も帰ろう」
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今日は一段と足が重く感じる。普段が木であれば今は鉛のようだ。疲労感に耐え1歩1歩踏みしめてやっと学校の下駄箱前に着く。いつもは夕日に照らされルビー色に輝く靴箱も新鮮な血にまみれているように錯覚してしまう。靴箱の扉を開けると1枚の手紙が置いてあった。取っ手を握る手が震える
『契約者の噂』
頭に過ぎるものを振り払い手紙の主を確認する
「水戸さんだ」
『伝えたいことがあるの。もしあなたが受け入れてくれるのなら屋上に来て欲しいな』
もうわかってるよねとでも語りかけてくるように簡素な文だった。彼女とは高校からの付き合いだ。入学してからあつしくんと違うクラスになったせいで孤立気味だった僕と仲良くしてくれた。
『怪しい奴がいたらすぐ逃げろよ』
彼女が心配だ。告白を受けるかはともかくひとりにしない方がいい。屋上に行こう
「来てくれてありがとう。わたし嬉しいな」
屋上の扉を開いてすぐわかる場所に水戸さんは佇んでいた。ルビー色の髪が風でなびいて僕の心臓は跳ね上がった。
「お手紙読んでくれたならわたしがこれから伝えることわかるよね」
彼女に今まで感じたことの無い色気を感じ、足がすくんだ。扇情的な表情に見蕩れてしまう
「そんなに見つめられたら恥ずかしいよ」
気づけば彼女は目と鼻の先にいた。甘い香りが漂ってきてあたまがしびれていく
「ふふ じゃあ今から勇気だして言うね」
うでがくびにまかれてにげられない
「私と……」
きれないなめ
「付き合って下さい」
どろっとしため
おとうさんをころしたあいつのめ
「カセイくん」
憎い
「嫌だ!!!!!!」
彼女を力いっぱい突き飛ばす
「は?」
頭がすごく痛い、でもスッキリしている
「どうして私は否定されたの?」
能力を使っている契約者は天使と同じ瞳になる。作り物のように綺麗で生気のない瞳……そうか、水戸さんが契約者だったなん
「ひとまず逃げないと」
ただの人間は契約者に逆立ちしても勝てない。彼女がぶつぶつ何かを言い放心してる今が最初で最後のチャンスだ。すぐさま屋上の扉に手を伸ばして逃走を図る
ぞくり
背筋に走る悪寒に従い横に倒れ込むと屋上の扉が吹き飛んだ
「決めた、魂を貰う前にあなたを躾ちゃおう」
彼女は鈍器のようなものをその手に持ち近づいてくる。逃げようにもここは屋上で逃げ場はない。あっという間に背中にフェンスが触れるところまで追い詰められた。
「嫌だ、こないで」
「違うでしょ?」
足から力がぬけへたり込む。目を落とせば脚がジグザグと見るにも耐えない折れ方をしていた。そう認識した瞬間頭が焼き切れそうなほどの激痛が僕を襲う。
「あ、ああ……ああああああああぁぁぁア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」
「みっともない声、可愛いよカセイくん♡」
彼女の加虐的な笑みが怖くてたまらない。誰か助けてくれ……しにたくない。情けなく震え、なんの液体か分からないくらい顔をぐちゃぐちゃにしていると右ポケットから特徴的な着信音が鳴り出した
「ア、アヅジぐん」
咄嗟に彼の名前を呼ぶと彼女の笑みがさらに深まった
「ねぇ、カセイくん。彼に花恋ちゃんと付き合ったって言ってくれたらこれ以上虐めないし、殺さないであげる」
僕は彼女の提案にとびつくように頷いた
「偉いわカセイくん。わたしのこと好き?」
彼女の目を見て頷く
「えへへ、それじゃあいくよ」
彼女は僕のポケットからスマホを取り出し、あつしくんからの電話に出た。
『もしもしせっちゃん、今大丈夫か?』
ぼくがやるべきことはたったひとつだ
「水戸花恋から逃げろぉぉおおおお!!!」
あつしくんの声が聞こえた瞬間喉を裂くつもりで叫んだ。彼女の表情が眼力だけで射殺せるほど冷たいものになったが後悔はなかった。
「たかが友情で命を捨てるの?」
「納得できない、許せないわ」
彼女は僕のスマホを握りつぶし、怒りのまま僕を殴り始めた。顔がボコボコに腫れ上がってるのが分かるほど執拗に殴られ、意識が朦朧としてきたあたりで彼女の攻撃は収まった。トドメを刺されなかったことを疑問に思い彼女に視線を向けると震える唇が開かれた。
「あなたはまだ生かす。なんとかあいつを引きずり出して目の前で殺す。絶対にあなたを後悔させるから」
頭が鈍器で殴られたように痛んだ
「あなたがどれだけ泣き喚いてもやめないから」
僕のせいであつしくんが酷い目にあってしまう
「あなたが素直にしてくれればあいつには何もするつもりはなかったのに。あなたのせいよ」
ぼくのせいで
「あなたにした事と同じように痛めつけるし、眼だってくり抜いちゃおうかしら」
あつしくんがしぬの?
またなにもできないの?
「絶対に許さないから」
いやだ
いやだ
イヤだ
『彼女が憎い?』
にくい
『殺したい?』
ころしたい
『人殺しになっても?』
なっても
「じゃあ私が力をあげる」
めのまえがまっくらになった
語りかけた声が誰のかなんて気にならなかった。ただ大切なものを壊したモノが、大切なものを壊そうとするモノがひたすら憎かったんだ
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花恋は冷や水をかけられたように怒りを忘れ、自らが壊したモノを眺めていた
彼女の目の前で倒れ込む少年の体は元の形を目指すように歪な変化をしていた。ぐちゃぐちゃに折れ曲がったモノがバキバキと音をたて綺麗な脚となり、醜く腫れ上がった部分がジュワーと音をたて端正な顔を顕にする。そして見開かれた眼に彼女は驚愕した。
「私と同じ契約者!?」
彼女が次の一手を思考するまもなく拳を構えた少年がゼロ距離まで迫り、拳が振り抜かれた。
「はやっ!?」
少年の攻撃を紙一重でかわしたかに見えた花恋だったが脇腹を抑えてしゃがみこんだ。
「拳の余波がかすっただけでも腹がえぐれるってどんな身体能力してるの!?」
「まもるあつしくんしなないでぼくがぼくがぼくが」
(正気を失ってる? 異常な再生力も相まってバケモノみたいね)
花恋は少年の一挙手一投足を慎重に見極めながら足元の鈍器を拾って構えた。
「だいじょうぶだよきょくいんさんかなしくないよ」
少年の背中から何かが飛び出す。それは骨が延長したような硬質感をもち羽を思わせるようなうねり方をしていた。
「うそでしょ……」
(戦闘系の能力持ちでもあんなヒトの形を失うような変化はしない。あれは契約者とかただの人間とかの括りを超えた全く別の生き物、私の手に追えないわ)
片方の羽が鋭く円錐状に丸まり、ぐぐんと引き絞るように縮こまった。それは花恋の脳裏に発射直前の弓を想起させる。
「来るっ!」
火薬が炸裂したような爆音と共に発射された。花恋は目にも止まらぬ凶刃に勘で鈍器を盾にする他なかった。
「ぐっ!」
幸運なことに勘が当たり、鈍器を犠牲に吹き飛ばされるのみで済んだ。しかし、彼女が少年に目をむけるともう片方の羽が引き絞られていた。手に持っていた武器は既に先の攻撃で使い物にならない。
「いたくないとおぼえないよー」
(万事休すね)
彼女は死を覚悟し、再び発される爆音に目を瞑った
(何も起こらない?)
再び目を開くと彼女の視界には力尽きて倒れる少年の姿が映っていた。彼女は安堵からか胸に詰まった空気を吐き出し、その場でへたり込む。
(もう既に通報は入ってるはずだから少なく見積もっても6分後にはこの地区一帯に厳戒態勢を敷かれてるはず。2人も契約者が暴れたとなれば私1人じゃどうにもならない戦力が投入される)
彼女は転がっている少年に近づき様子を確認する。少年の気持ちよさそうに寝てる姿に青筋がたった彼女は彼の額に向けてデコピンをした。少年が苦しそうに呻く様子を見て溜飲を下げ彼から視線を外す。
「ひとまず潜伏するのが先決ね」
がんばれカセイくん