ネプチューンマン・リビルド “究極の超人タッグ編Ⅱ” 作:速筆魔王LX
『“
ウォーキューブ内は白で満たされ、中にいる超人たちの姿を隠す。
しかしそれもほんの数秒のこと。
結果はとっくに訪れ、あとは衆目に晒されるだけだ。
トーナメント・マウンテンの麓から首が痛くなりそうな角度で見上げる観衆たち。
超人レスリングファンの人間たちも、使命を掲げる正義超人たちも、等しく傍観者となってその結末を見届けた。
ただしライトニングにではなく、サンダーにだ。
『あ――っとネプチューンマンの喧嘩ボンバーがライトニングの後頭部を打ち……ウォーズマンのベア・クローはライトニングの前面に立ったサンダーの胸元にめり込んでいる――っ!』
キン肉マンはこの技を喧嘩ボンバーと二刀流スクリュー・ドライバーのサンドイッチと称したが、まさにそのとおり。
具材である“
だがこのツープラトン、当初はリング上に残ったライトニングだけを標的にしていたはず……なのになぜサンダーが?
「一度捕まっちまったら脱出不可能とされるオプティカルファイバー・パワーだが……こうやって外から割り込むことは容易よ。兄弟をやれなくて残念だったな……」
簡単な話。
サンダーがライトニングを救うため、ウォーズマンとの間に割って入ったのだ。
結果スクリュー・ドライバーはライトニングではなくサンダーの胸元を抉るに至った。
さすがは今大会最大級のフィジカルを誇る巨漢超人。
スプートニックマンのようにはいかず、その頑強な胸板は1億パワーのスクリュー・ドライバーでも風穴を開けることはできなかった。
「ヌワッ」
「ジョワッ」
「グウッ」
サンダー、ライトニング、ウォーズマン――それぞれが血反吐を吐き、キャンバスに倒れた。
『お――っとリング上ではネプチューンマン以外の3人が一斉にダウンだ――っ!』
スクリュー・ドライバーを正面から受けたサンダーはもちろん、大穴が開かずとも内蔵にまで届く傷を負い大出血。
ライトニングもまた、胸を抉られることはなかったが後頭部へ喧嘩ボンバーの直撃をくらってしまった。
そしてウォーズマンは、単純に力を使いすぎた。スーパーユウジョウモードを爆縮した結果、全身がバチバチと火花を上げる。あらためて活動限界時間を迎えたのだ。
ひとりでリングの上に立つネプチューンマンは、しかしまだ勝利を宣言することはできない。
“世界五大厄”はまだ健在だ。その証拠に、ライトニングは体を這わせながら重傷のサンダーに言う。
「サ、サンダー……なぜこんな真似を。いや、それよりも
悪行超人タッグであるライトニングとサンダーにとって、我が身を犠牲にしてパートナーを救うなどという行為は許されない。
サンダーの真意を問いたい気持ちはあれど、このツープラトンで負った傷を回復させるほうが先決だ。
「ボ……肉体時計逆回転~~ッ」
サンダーもそれを理解しているのか、血に塗れた口内を勢いよく閉じ、マウスピースを噛み締めた。
額の傷穴からエキゾチック物質が噴出する……が、そこから漏れたのはごく少量の煙だけだった。
「あ……ああ~~っ! あれは――っ!? サンダーの額から噴出するエキゾチック物質の量が明らかに減少している――っ!」
観客席からその様子を目で捉えたアレキサンドリア・ミートくんが叫ぶ。
風の力など使わずとも、ふぅーっと息を吹けば掻き消えてしまいそうなほどの弱々しい煙。
こんな少量のエキゾチック物質でも肉体を再生させることができるのか――その答えはサンダーの顔が物語っていた。
「ヌワ~~ッ……」
消え入りそうな声と、生気の戻らぬ表情。
胸元の傷も、ドクドクと血を吐き続けている。
『サンダー、肉体を逆回転で再生させようと試みるも……額から出たエキゾチック物質は再び穴に戻る前に霧散してしまった――っ! ウォーズマンのスクリュー・ドライバーにより生じた傷も回復せずそのままだ――っ』
エキゾチック物質を噴出、体内にループさせることで時間干渉を行い、肉体を試合開始前の健康な状態に戻す“肉体時計逆回転”。
時間超人が大一番で見せた奥の手は、少量のエキゾチック物質では困難な技らしい。
「サンダー、ふざけているのか~~っ! エキゾチック物質を出さねえとその致命傷は治せねえだろう!」
ライトニングは声を荒げる。
そもそもこんな少量しかエキゾチック物質が出せないというのがありえない。
言葉のまま、ライトニングにはサンダーが悪ふざけをしているようにしか思えなかった。
「す……すまねえ。きょ……兄弟~~っ。オ……オレはもうこれ以上エキゾチック物質を体内で作れねえ……」
だが、そうではないようだ。
サンダーの弱々しい返答が……まるで“オレはここまでだ”とでも言いたげな姿が、ライトニングの顔を歪ませる。
「なにを言ってやがる! まだ試合が始まって30分そこら……時間超人ならまだまだ十分なエキゾチック物質を体内で生成できるはずだ――っ!」
そう、“純粋な”時間超人であるならば。
「い……今まで黙っていて悪かったが……オ……オレの体は正真正銘100%悪行・時間超人じゃねえんだ!」
その前提が間違っていたことを、ライトニングは初めて知る。
愕然とするパートナーに、サンダーは衝撃の告白を続けた。
「オレの体の半分は……悪行・時間超人のオヤジの血が流れている……し、しかしもう半分には……せ……正義超人であるオフクロの血が、な……流れている……」
「なにぃ~~っ!」
サンダーの過去――それは誰に教えたこともない、兄弟と呼び慕うライトニングですら知らされていなかった秘密だ。
彼は正義超人であった母が悪行・時間超人であった父に乱暴された末に生まれた子。
時間超人の血を引いてしまったがために成長とともに魔時角が生え、子に忌まわしき男の姿を重ねてしまった母は心に傷を負い失踪してしまった。
ゆえにサンダーは親子の絆を強く憎み、悪行の道へ走った……その先でライトニングという相棒に出会ったのである。
「だからオレはおまえのように大量のエキゾチック物質は生成できない……」
悪行・時間超人と正義超人の混血だから。
純血の時間超人であるライトニングのようにはできない、と。
「サンダーにそんな秘密が……」
話を聞いていたネプチューンマンも内心驚き、声に出す。
それは“前回”の闘いの中でも語られることのなかった秘密だった。
だが……これでようやく得心がいった。
審判のロックアップで組み合った際、サンダーから感じた純粋なパワーは、母から受け継いだ正義超人の血によるものなのだろう。
そして彼が半分でも正義の血を引き継いでいるならば、自らを犠牲にしてパートナーを庇うという悪行超人にあるまじき行動に出ても不思議ではない。
それはつまり、サンダーがライトニングに“絆”を感じているということなのだから。
「渾身の一撃はサンダーに庇われてしまったか。まだ余裕のありそうなライトニングに命中させたかったが……難しいものだな。タッグマッチってやつは」
「ウォーズマン」
ダウンしたまま悔しそうな表情を浮かべるウォーズマン。
ネプチューンマンは彼のそばにしゃがみ込み、労いの言葉をかける。
「気落ちすることなどないだろう、ウォーズマン。おまえはいまだかつて誰も倒すことができなかった時間超人の1人を倒したんだ。正義超人として、値千金の大功績だぜ」
ウォーズマン――“前回”はネプチューンマン自ら引導を渡す形で退場させてしまったが、今回はついに宿敵時間超人のひとりを倒すまでに至った。
いけ好かない機械野郎などと思っていた昔の己を呪いたい。彼と組めて本当によかった。ネプチューンマンは本心からウォーズマンを讃え、だからこそ宣言する。
「残ったライトニングを倒すのはオレの役目。あとは任せろ」
“新星・ネオ・イクスパンションズ”の片割れとして、先に仕事を果たした相棒にオレも仕事を果たす――と。
その言葉を耳にしたウォーズマンの目から、涙がこぼれた。
「て……敵として立ちふさがったときは恐ろしくてたまらなかったが……み、味方になると頼もしいことこのうえない。ネプチューンマン……おまえが相棒で……本当に良かった」
声はだんだんと消え入り、ウォーズマンの全身から力が抜けていく。
コンピューターがシャットダウンするように、瞳の色も黒く沈んでいった。
「少し……休ませてもらうぜ」
仕事を終えた男は休眠状態に入る。
ネプチューンマンは相棒の身を両手で抱え、リングから下ろした。
「委員長……これは」
「うむ」
激動の準決勝第2試合……ウォーキューブ内の様子を観察し、ハラボテ・マッスルはついに裁定を下す。
手に持った木槌でゴングを叩き、ひとつの決着が訪れたことを観衆に知らせた。
『あ――っと今、“新星・ネオ・イクスパンションズ”ウォーズマンと“世界五大厄”サンダーの戦線離脱を告げるゴングが鳴らされた――っ!』
“新星・ネオ・イクスパンションズ”のウォーズマン、そして“世界五大厄”のサンダーは共に戦闘不能。
宇宙超人委員会の定める厳正なルールのもと、この試合から退場する。
『しかし、これで終わらないのがタッグマッチ! 新星・ネオ・イクスパンションズにはネプチューンマンが、世界五大厄にはライトニングが残っており、双方が決着をつけない限りこの試合に勝者は誕生しません!』
未来では“ザ・坊っちゃんズ”vs“ザ・デモリッションズ”が、この“究極の超人タッグ戦”では“ザ・マシンガンズ”vs“ジ・アドレナリンズ”が同じような展開になった。
すなわち、両チームがタッグパートナーを欠いたうえでの一騎打ち。
残された者同士がシングルマッチで勝敗を決める。
「ふざけるな! 立てサンダー!」
ライトニングはまだサンダーのKOが受け入れられないのか、倒れて動かなくなった巨躯に縋りつく。
「オレたちはトーナメント・マウンテン頂上に刺さる、手に入れれば
天涯孤独だったライトニングがサンダーという相棒と共に抱いた野望。
そう、天涯孤独――境遇を同じくする者だからこそ、共に世界を変えられると思ったのに。
「それを目標に魔時角を折り……こんな20世紀くんだりまで来たんじゃなかったのか~~っ」
互いに“兄弟”と呼び慕った相方がここで退場してしまうのは道理に合わない。
サンダーが「ヌワ~~ッ、冗談だ兄弟」と言って起き上がるのを期待し、声をかけ続けた。
そんな哀れな姿を見て、ウォーズマンをリング外に下ろし終えたネプチューンマンは言う。
「休ませてやれ。サンダーはよく闘った……もうこれ以上エキゾチック物質が生成できないと悟り、最後はウォーズマンの一撃からおまえを守る盾として散ることを選んだんだ。“世界五大厄”が勝利できる確率を少しでも上げるため、おまえを生かそうと……」
「黙れ! 時間を自在に操るオレたちの前では正義も友情も親子愛もすべてが空虚な亡骸となる! その事実を知らしめるためにも、
声を荒げるライトニングに、サンダーの体がピクリと反応した。
「親子愛……マ、ママ……」
震える唇から漏れたのは、悪行・時間超人の発する言葉とは思えないものだった。
「ママだと~~っ。甘ったれたことを言ってんじゃねえ!」
サンダーの発言に怒りが爆発したライトニングは、その巨体を蹴飛ばし乱暴にリング外へ落とす。
「オレと同じ天涯孤独で生来凶暴で情け無用の、悪行・時間超人の血を持つ者と思っていた~~っ! それがなんだ、お袋が正義超人だと!? そんな甘っちょろい血を引いているなら、オレは最初っからおまえなんかを“世界五大厄”のパートナーには選ばなかったぜ――っ!」
ネプチューンマンのようにパートナーを労うのではなく、詐欺師と罵倒する。
純正の悪行超人であるライトニングからしてみれば、なるほどたしかに、サンダーに騙された気分なのだろう。
しかしながら、ネプチューンマンは問う。
「それがおまえの本心か?」
「なにぃ~~っ?」
ネプチューンマンには、ライトニングが意地を張って悪ぶっているようにしか見えなかったのだ。
「おまえたちのコンビネーションはそれはもう見事なものだった。タッグの絆という一点においては、ザ・マシンガンズやマッスルブラザーズ・ヌーボー、ジ・アドレナリンズといった名だたる強豪タッグと比べても引けを取らない。そんなおまえたちが、たかがこれしきのことで仲違いを起こすのか? おまえはこの程度のことでサンダーというベストパートナーを見限るのか?」
絆など信用せず、個々の強さを追求することで最強タッグを目指す――かつてマンモスマンとそれをやろうとして見事に失敗したネプチューンマンだからこそ、わかってしまう。
“世界五大厄”の強さはタッグ間の絆なくしてはありえない。サンダーが身を挺して守ったことで、ライトニングも心の何処かではそれを認めているはずだ。
「気色悪いこと言いやがって~~っ! オレたちは未来の超人界を悪行・時間超人が統べるという利害で組んでいるだけでおまえらの言うような“友情”や“絆”なんてものは一切ない!」
ネプチューンマンの言葉ごときでそれを認めてしまえるのなら、彼らは悪行・時間超人を名乗ってはいないだろう。
ライトニングはもはやサンダーに見切りをつけたのか、ネプチューンマンに向き直り両腕を構えた。
「“
数々の超人を血祭りにあげてきた必殺の刃を、左右ダブルで展開する。
『ライトニング、両腕の鎌でネプチューンマンに斬りかかる――っ!』
手刀が空気を擦り、摩擦熱によって炎立つ。
「ベルリンの赤い雨――っ!」
『ネプチューンマン、ベルリンの赤い雨で応戦――っ』
お互いの体が一瞬重なり、交差する。
すれ違いの結果、ネプチューンマンの着るベストの鉄鋲が2本切断され、弾け飛んだ。
『あ――っと勝ったのはライトニングの“煮えたぎる鎌”だ――っ!』
ベル赤は不発。ライトニングに傷はない。
「そんな付け焼き刃の技がこのオレに通用するか!」
ライトニングは怒気を込めて言い放ち、ロープに飛んだ。
そこからさらにトップロープをジャンプ台とし、ネプチューンマンに背中を向けて飛びかかる。
「フォーポイント・シックル・インパクト――ッ!」
鎌を展開したままの両手、そして両足の4点を後ろ側に突き出す背面打撃。
ネプチューンマンはこれを正面からくらってしまう。
『ライトニング、“煮えたぎる鎌”とフォーポイント・インパクトの合わせ技でネプチューンマンを圧倒――っ!』
打撃と斬撃を同時に浴びせられたネプチューンマンは、ダウンだけは許すまいと持ちこたえる。
だがそれは大きな隙を生み、ライトニングの次なる一手を誘うこととなってしまう。
「その厄介な左腕を刈り取ってやる――っ!」
ネプチューンマンの背後から、よりにもよって彼のメインウェポンである左腕を切断しようと両の鎌を振る。
(ジャンプだ、ネプチューンマン)
そのとき、死闘の場には似つかわしくない優しげな声がネプチューンマンの耳朶を打った。
ネプチューンマンはその声に導かれるがまま、後ろを振り向かず高くジャンプする。
ボイリングシックルを回避すると同時に、両足でライトニングの頭を挟み込んだ。
『ネプチューンマン、ジャンプしてライトニングの肩に乗った――っ! そして首を両足でクラッチして体を反らせ……ライトニングの両足首を持ってそのまま回転――っ』
幻聴としか思えない助言を受け取りネプチューンマンが発動させたのは、突撃してきた相手へのカウンター技。
道半ばでリタイアしてしまった旧パートナーは、この技をこう呼んだ――
「ダブリンのつむじ風――っ!」
『ライトニングの頭をキャンバスに叩きつけた――っ!』
天地をひっくり返す逆転技が、ネプチューンマンに優勢をもたらした。
客席のキン肉万太郎は己をアニキと慕ってくれた弟分のことを思い出し、感涙する。
「ネプチューンマンがセイウチンの技を……活きているんだ、セイウチンと組んでいた“ネオ・イクスパンションズ”の絆は!」
ダブリンのつむじ風を炸裂させたあと、クラッチを解いて体勢を立て直すネプチューンマン。
脳天へのダメージは確かなものだがこれだけではフィニッシュには至らない。
同じく体勢を立て直そうとするライトニングに向け、ネプチューンマンは言う。
「絆を笑う者に勝利はねえ~~っ」
「な、なにぃ――っ」
サンダーとの絆を認めず、カッコつけのために悪ぶっている――そんなふうに思えるライトニングへ、自らの経験を踏まえ教授する。
「ウォーズマンにセイウチン、マンモスマンや武道だってそうだ。オレは多くのパートナーと組み、タッグマッチを経験してきた。そいつらから学んだのさ。己の強さと弱さ……他の超人ならどう攻め、どう守るかという勝負勘……それはただ孤独にシングルマッチをこなし続けていた
自分を絶対的強者と信じて疑わず、それを認めない超人レスリング界に勝手に失望して自殺を図った喧嘩男。
そんなバカな男が、タッグマッチを主戦場にし続け50過ぎになってもまだ現役にしがみついている。
ここまでやってこれたのは、おそらく主戦場がタッグだったからこそなのだ。
「そしてパートナーだけではない。キン肉マン、テリーマン、バッファローマン、ラーメンマン、ロビンマスク、ジェイド、スカー……数多くのライバルたちとの闘いが、オレのパワーを底上げしてくれている! そう、それらは友情パワーと呼ばれる代物だ!」
多くの悪行超人の人生を変えてきた、正義超人という存在。
その強大さをよく知るネプチューンマンだからこそ、今この場は自身が正義超人として、悪行超人ライトニングに向き合う。
願わくば……ライトニングにも己と同じ道を辿ってほしいと思うからこそ。
「真剣勝負にオカルトを持ち出すな――っ!」
「オカルトなものか。友なくして今のオレ……正義超人ネプチューンマンは存在しない」
単純な言葉だけでそれが伝わるとは思っていない。
ゆえに、ネプチューンマンは本気のファイトを続けるのみだ。
『ネプチューンマン、素早くライトニングの背後に回った!』
脳天直撃のダメージ残るライトニングの後ろに回り込み、その首に両腕を回す。
電光石火のチョークスリーパー。されどこのまま絞め落とすなどということはしない。
ネプチューンマンはスリーパーの体勢を維持したまま体を後ろに反らした。
「地獄の三重刑その1――っ!」
『スリーパーホールドの状態からスープレックスでライトニングを投げる――っ!』
スリーパー状態からのスープレックスで頭部をキャンバスへ叩きつけ、同時に首をさらに強く絞める。
「グ……グエッ……」
首への衝撃に、ライトニングは口から声になっていない音を漏らした。
「喉を潰した。しばらくは喋れないだろう」
悶絶するライトニングを一旦解放し、しかし距離は取らない。
先ほどのスリーパー・スープレックスは“地獄の三重刑その1”――この技には続きがあるのだ。
「本来ならここからマスクをひっくり返し、視覚と聴覚に恐怖を与えさらなる地獄を展開するが……マスクマンではないおまえにはこの技を繋げよう!」
両腕を左右に大きく広げ、ライトニングの頭部を正面に補足。
両サイドから挟み込むように打ちつける。
「クォーラルプレス!」
『ネプチューンマン、右と左の喧嘩ボンバーでライトニングの側頭部をプレスする――っ!』
狙ったのはライトニングの両耳。
痛烈な打撃は振動を生み出し、聴覚を麻痺させるはずだ。
「ジョワッ……」
「耳を強打したことにより一時的に音が聞こえまい。そしてこれだ」
聞こえていないことを承知でネプチューンマンは解説し、ライトニングの頭に腕を回す。
脇に抱える形で行うこの絞め技は、頭蓋骨固めとも呼ばれるオーソドックスなプロレス技。
ただしネプチューンマンのそれは、相手の両目に腕が深くくい込むように行う。
『両目を覆うヘッドロックだ――っ!』
スリーパー・スープレックスにより喉を潰され、クォーラルプレスで両耳を麻痺、さらにヘッドロックで視界まで封じられた。
「声をなくし! 耳も聞こえず! 目も見えない! これがオレの仕掛ける地獄の三重刑! そうして知覚の大半を奪われたままくらう技のダメージは、通常の数倍に膨れ上がる!」
ネプチューンマンは下ごしらえは済んだとばかりにヘッドロックを解除し、ライトニングの体を高く持ち上げた。
頭上でその身を仰向けに倒し、右手で首を、左手で右大腿部を掴み直す。
そして背中には自身の頭を差し、そこを支点にして全身を反り返らせる。
「タワーブリッジ――ッ!」
その姿は、ロンドンのテムズ川に架かる跳開橋がごとく。
『あ――っとこれは掟破り! ネプチューンマン、ロビンマスクの伝家の宝刀であるタワーブリッジでライトニングを固めた――っ!』
ロビンと同じくイギリス超人であり、かつてはテムズ川に身投げしたこととてあるネプチューンマンが放つタワーブリッジ。
フォームの美しさや破壊力は本家に勝るとも劣らず、観客のロビンファンたちからも歓声が飛んだ。
「ロビンマスクとウォーズマンの魂が乗ったこの技……長き闘いのフィニッシュ・ストロークとして使わせてもらう!」
喧嘩ボンバーやダブルレッグ・スープレックスといった決め技を持つネプチューンマンが、あえてライバルの技をフィニッシャーに選んだのだ。
その意味は推して知るべし――が、技をくらっているライトニング本人はそんなこと知ったこっちゃねぇ~~っと言わんばかりに笑みを浮かべた。
「ジョワァ……バカめ~~っ。この技はオレにとって絶好の餌よ~~っ」
軋む背骨はライトニングの容貌に冷や汗を垂れ流させ、着実にKOへと近づいていることを知らせている。
だがライトニングの口はギブアップを宣言することはなく、代わりに技名を叫んだ。
「アクセレレイション!」
口腔内に残ったエヴォリューションマウスピースを噛み締め、エキゾチック物質を放出。
タワーブリッジに固められたまま、加速能力を発動させようとした。
『ライトニング、加速能力の発動により体が溶け出していく――っ!』
固め技から逃れるためのアクセレレイション――タワーブリッジでは密着率が足りないか? ひっつき虫作戦を行使したいが技は崩したくない。どうするべきだ?
ネプチューンマンの逡巡を嘲笑うかのように、ライトニングは全身を消すのではなく――腹部に穴を開け、背骨に押しつけられていたネプチューンマンの首を捕らえた。
『な……なんとライトニング、タワーブリッジに捕らえられたまま腹部が裂け……生じた裂け目でネプチューンマンの頭部をロックした――っ!』
腹の穴で挟み込むという奇想天外な方法でネプチューンマンの首に圧をかけるライトニング。
まさかのカウンターにネプチューンマンも対処が追いつかず、右手と左手のクラッチを外してしまう。
明確な逆転の光景を前に、テリーマンとキン肉マンがハッとした。
「あれは……アシュラマンの右腕がねじ切られたときの!」
「ゲェ――ッ! じゃあこのままいくとネプチューンマンの首がねじ切られてしまうではないか――っ!」
そう、これは二回戦の“ザ・ナイトメアズ”vs“世界五大厄”戦でライトニングがアシュラマンに仕掛けた技。アクセレレイションにはこういう使い方もあるのだ。
あのときはアシュラマンの右腕を三本まとめて切断するほどの威力を見せたが、今回ネプチューンマンが捕らえられているのは首。同じようになれば絶命待ったなしだ。
「まさかまさか。ネプチューンマンの首はアシュラマンの腕ほど脆くはないだろう。だが逆転の一手としてはこれで十分」
ライトニングは小気味よく笑い、腹部に力を込める。
「ジョワ――ッ!」
『ライトニング、ネプチューンマンの首を胴体でクラッチしたまま高く飛び上がる――っ』
天井近くまで飛び上がったライトニングはそのまま上下を逆さまにし、ネプチューンマンの頭を一番下にしながら降下する。
目指す着地点は、リング上で最も硬い部分。
残虐ファイトを好む多くの超人が利用してきたであろう一角――コーナーポストの鉄柱だった。
「ロンリー・クロック・キャノン!」
『上下を逆さにし、コーナーポストの鉄柱にネプチューンマンの脳天を叩きつけた――っ!』
皮膚から頭蓋骨へ、頭蓋骨から脳髄へ、伝わってくる衝撃を痛みとして感じながら、ネプチューンマンは述懐する。
このタワーブリッジ破りは“前回”の闘いでライトニングがロビンマスクを相手に見せたものだ。
その記憶を有しておきながら軽率にタワーブリッジを仕掛けてしまったのは拭いきれないミス。
やり直したい――すでに一度やり直している身でありながら、そんなふうに願ってしまう。
「グウウッ」
口からは情けない声が漏れ、彼の老いた容貌を隠す仮面に亀裂が走る。
ロンリー・クロック・キャノンの一撃は、マスクマンにとって最も大切な象徴を破壊した。
『ネ……ネプチューンマンのマスクが割れ、左目のあたりが露出した――っ!』
マスク超人にとって、マスクが欠けることは死を意味する。