黒羊と炉心溶融の円舞曲   作:アベルシアロン

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のびのびゆったり不定期投稿です。どうぞよろしくお願いします。


パブリックとプライベートのプースカフェスタイル

 警察庁の机の並んだ警備企画課、総合情報分析室の一室で僕はパソコンに向き合って唸っていた。書類は苦手だ。

 

「初谷〜、この前の書類どうした?」

「この前?」

 

 先輩が書類を抱えて僕の方へ歩いてきた。

 書類と言われると心当たりが多すぎて何も分からない。

 

「あれだよ、少し前にやった犯行予告出されたのタワービル爆破未遂の奴」

「そこの青色のファイルの下敷きになってますけど、どうかしてました?」

 

 僕はファイルの山を指さした。書類の端がなんとかはみ出ている。

 

「お前の部下がもう期限ギリギリなのに出して来ないし、見当たりもしないからって、珍しく相談しに来たんだよ」

 

 溜息をついた先輩は早く出してやれよとだけ言っていなくなった。

 ズルリと書類を抜き出して確認する。印鑑を忘れたまま放置していたようだ。ちょうど手元にあった印鑑を押して書類を眺める。

 

「あれの担当は藤木か」

「早く渡して下さい」

 

 ポツリと呟くとどこからともなく藤木が現れた。

 

「おお、ありがとな」

 

 部下の藤木に書類を差し出すとスパンッと引っこ抜かれて踵を返し、素早く姿を消した。

 藤木は目の下を真っ黒にしていた。大丈夫か? 

 

「藤木……忙しそうだ」

「”ゼロ”の方でなんかあったんだとよ」

 

 隣の机の同僚が溜息をついてエンターキーを押した。

 皆疲れているようだが、休息は取れているのだろうか。今、休憩時間始まったばかりの筈だけど。てか、今日の昼飯どうしよう。

 そんな事を考えながら、僕はコンビニで買ったカフェオレを啜った。

 

「お前、ほんと呑気だよなぁ」

「まあ、急いでも意味ないし、必要も感じてないからな」

 

 そういう所だ、とまた溜息をつかれてしまった。こちらを見て話している同僚の指は動いたままだ。社畜か? 

 取り敢えず昼飯買いに行くか。

 

 

 

 僕は問題なく今日分の仕事を終わらせて警察庁を出た。

 集めた情報も良い感じに書類に纏め上げられたし、藤木の仕事も手伝って終わらせたし、満足だ。

 

「藤木。今日、空いてるか?」

「勿論です」

 

 疲れたように返事を返す藤木の言葉の中に少し期待の色が混じった。

 僕は頷いて、行きつけのバーを目指して歩き出す。少し遠いが、良い感じに人に知られていない場所だ。比較的民度も良い。欠点としては、入り組んだ立地上、警備が行き届いていないらしく周りの少し治安が悪い事と周りの治安の悪さの所為かグレーな人達がいる事だ。

 僕は仕事と居心地の良い場所が消える事を天秤に掛けた結果、後者の方に軍配が上がったので気にせず行き付けにしている。もし、見つかったとしても知らぬ存ぜぬ通して、最後には潜入捜査とでも言っておけば多分大丈夫だ。藤木が後輩に対して実践済みだからな。

 大通りから逸れて裏路地へ入る。周りを一通り見渡して職場の人間がいない事を確認して肩の力を抜いた。しっかりと決めていた髪をぐしゃぐしゃと崩してスーツの上着を脱ぐ。鞄の中に入れていたオーバーサイズの青いパーカーと上着を入れ替えて羽織れば、少し治安が悪い所にいても目立つ事はない。藤木も後ろに纏めていた前髪を降ろして、色違いの紫のパーカーを羽織りすっかりプライベートモードだ。

 

「羊くん」

「うん、俺だよ。融くん」

 

 今は上司部下、仕事関係なしの友達同士。

 羊くんはスルリと僕のネクタイを外すと手早く青色のネクタイに変えた。羊くんは既に紫色のネクタイに変えていた。人の印象は色で決まるという通り、グレーのどこにでもありそうなスーツを着ていた堅物警察官は跡形も無く、少し調子に乗った男が二人、そこにいた。

 

「じゃあ、行こっか」

「ん」

 

 羊くんの言葉に返事をして歩き出す。

 細かい路地を左右に曲がり、街頭が見当たらない薄暗い行き止まりに辿り着く。薄暗い所為で分かりにくい、地下に続くドアを開けて、カウンターの椅子に座る。羊くんも隣の席に座った。

 バーテンにモスコミュールを注文する。今日はさっぱりしたい気分だ。出されたミックスナッツを齧る。

 羊くんはいつもの通り、バイオレットフィズを注文した。羊くんお気に入りのカクテルだ。

 

「よ、ユウにヨウ」

 

 大柄でサングラスと山折り帽を身に付けた男性が声をかけてくる。彼はツカ。このバーにいるグレーな人1だ。バーに良くいるからか酒のあだ名が付いているらしく、バーではウォッカと呼ばれている。名前は魚塚と

 いうそうなので、僕達はツカと呼んでいる。

 

「ツカも元気そうで何より」

 

 羊くんの言葉に合わせ、僕もコクリと頷いた。

 実を言うと、僕はあまり喋るのが好きじゃない。逆に羊くんは饒舌になるので、プライベートのお喋りは専ら羊くんに任せている。

 

「兄貴もお前さん達がいる時は機嫌が良いんでさあ」

 

 ツカは羊くんの隣に座って酒を注文した。僕達の前には注文した酒が届く。

 大きな銅のマグカップが程良く冷えていて気持ち良い。スッキリとした喉越しはライムなだけある。後に来るパンチの効いた味も飲んでいる感じがして最高だ。

 

「うま」

「一時の癒しだよな〜」

 

 羊くんも機嫌良くバイオレットフィズを舐めている。

 入店を知らせる小さなベルが鳴った。

 カツカツと革靴を鳴らしながら入ってきたのは、長い銀髪に黒色のロングコートと山折れ帽。ツカが兄貴と呼んで慕っているサワ、グレーな人2だ。サワは最初警戒心が高く、初対面でギラリと睨み付けられた。それを気にしなかった羊くんが只管に話しかけて、僕は凄く申し訳ない気持ちになった。一応、羊くんの後ろから謝ったけど。

 羊くんはちゃんと引き際は弁えているけど、サワはそれが気に食わないらしくて、羊くんの隣には絶対に座らない。

 サワは大抵僕の隣に座っていて、今日も何も言わず僕の隣に座った。僕の隣に座る理由は、無駄に話さなくて良いからだそう。サワは喋るのが嫌いな訳じゃないらしいが、好んで喋ろうとはしない。僕も楽だからそれで良いんだけど。

 サワはいつの間にか頼んでいたストレートのジンを傾けていた。

 

「いや、ほんと、今日も皆と会えて良かったなー」

 

 羊くんのしみじみと吐き出すような声。

 ふわりと特徴的な煙草の香りが辺りに広がる。サワが煙草に火を付けていた。手元のジョッキには水滴が流れてテーブルを濡らしていた。

 サワもツカもきっと危ない、それこそ命の危険があるような、仕事をしているかもしれない。たまに纏っている血と硝煙の匂いが警察官の頭を正確に動かしている。僕達だって警察官という仕事上死に至る可能性も否めない。

 だからどうか、今だけは何もないただの僕達として酒を酌み交わすぐらい穏やかな時間を。

 

 

 

 

 ──―

 

 初谷 融来 (はつたに ゆうき)

 警察庁警備企画課 総合情報分析室所属警部。

 キャリアで書類が苦手。

 

 藤木 羊 (ふじき よう)

 警察庁警備企画課 総合情報分析室所属警部補。

 準キャリアで他部署とのパイプの役割をしている。初谷の部下。

 

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