「いらっしゃませ〜」
「ムロくん!無事?」
僕はポアロのドアをくぐって、すぐにお客さんにサーブしていたムロくんの方へ駆け寄った。
ムロくんの頭のテッペンから爪先の先までしっかりと見て、違和感がない事を確認すると、すごく安心してしまって大きく息を吐いた。
「良かった。酷くなさそう」
「心配してくださってありがとうございます」
僕がゆらりとカウンターの方へ向かうと、ムロくんもカウンターの中に入った。さっと出されたメニューを見ると、トッピングのゾーンが新設されていて、その中に生クリームもあった。
「ホットの深煎り、生クリーム乗せ」
「かしこまりました」
ムロくんは前と同じように手早くコーヒーを淹れていく。僕はカバンの中からグレンリベットの小さな瓶を取り出した。
「今日もゲーリックコーヒーですか?」
「うん。グレンリベットは、良く酒を飲んだ友人と、すごく似てるから」
瓶の横っ腹を指先でついっとなぞる。センスの良いラベルが友人の器用な指先と重なって見えた。
「本人には意外だったみたいで、そんなに似てる?って聞かれちゃった」
「へぇ、そうなんですか!」
ムロくんの指がほんの少しだけ、ズレたように感じた。
「うん。フルーツみたいに爽やかな笑顔とか、甘く、彼のその更に友人の事を想って話す所とか。最近、あんまり本音で話し合えてないんだ、って言っててさ」
くるくるとコーヒーをかき混ぜる。本当はクリームとコーヒーを分けて楽しんでからが好きなのだが、それよりもキッチリと均等に、ウイスキーの味がする方が好きだから遠慮なく混ぜていく。
クリームが溶け切って程良い温度になったら、ちまちまと飲んでいく。
折角の時間だ。無駄にしたくはない。
「案外、そうやって明るく振る舞ってても滲み出るビターな感じとか。いや、別に、彼は元々そういう人じゃなくて、無理矢理そう振る舞ってる、訳じゃないんだろうけど、……きっと辛いんだろうな、って事が分かっちゃうから」
「それは、」
「本当、良い人だったんだよ。……今はもういないけどね」
ムロくんが眉を下げて僕の背中を撫でた。意図せず涙が零れて、コーヒーの中に落ちた。
「自殺、だったんだと思う。何となく、羊くん宛てに最後に来たメール、羊くんが、彼がもう死ぬつもりで送った文面だって」
涙も溶かしたコーヒーを全部喉に流し込んで、空っぽになったカップに酒を注いだ。
「任されちゃったから、うん」
ムロくんからの視線が、今までに僕に向けられてきた物と全く反対側の物で、むず痒さを通り越して痛く感じた。
「……見てる?」
チラリと横を見てみれば、ムロくんと寸分違わず目がかち合う。
こういう時、他人の行動予測ができてしまう自分に嫌気が差す。
「視線が、痛い。今は、見ないで」
カップを傾ける。できるだけ、あの時を思い出すように、大雑把で緩やかに傾ける。
フルーティーな香りと甘さ、後に残るビターな匙加減。スコッチウイスキーの入門とも言われる、そのバランスの良さ。彼の外面に良く似ている。
思い出したら、キリがない。
「あの、スマホなってますよ」
ムロくんが僕のパーカーのポケットを指さす。スマホを確認してみれば、羊くんからの仕事の電話だった。僕は電話を切って、直ぐに帰る旨をメールで送る。
僕はカップに残っていたグレンリベットを飲み干すと席を立った。
「お会計、お願いできるかな」
「ええ。勿論」
ムロくんはレジの前に立ってにこりと微笑んだ。
僕はお金を払い、何週間かは家に帰れない事に対して覚悟を決めてポアロを出た。