黒羊と炉心溶融の円舞曲   作:アベルシアロン

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エンジェリックワンダートランプゲーム

キールはジンに任務の報告をする為、ジンに指定されたバーに向かった。幹部や決められた構成員しか知らない機密性の高い場所だ。ドアを開けると見覚えのない男が二人、カウンターでトランプをしていた。ジンはその隣で煙草を吹かしていた。

 

「ジン、彼らは?」

「後で本人に聞け。今は報告の方が先だ」

 

ジンがイライラとしながら煙草の先を灰皿に乗せて捻り潰した。

キールはジンへの報告を手早く終わらせるとジンとは反対側にいた紫色のパーカーの男の隣に座った。

 

「やあ、こんにちは。お嬢さん」

「ええ、こんにちは」

 

キールは久しぶりに自分の名前を冠した酒を注文した。何も酒が悪い訳じゃない。悪いのはこの組織だ。

キールが酒を呷ると、ジンが席を立ってカウンターに金を置いた。

 

「あ、またね〜」

「うん。またね」

「あぁ」

 

ジンはこちらに見向きもせず、ドアの向こうへ消えていった。

ジンが八つ当たりもせず、挨拶に返事をするなんて珍しい。

 

「ちょっと機嫌悪かったよね。まあ、気にしないで」

 

紫色のパーカーの男は隣に座っている青色のパーカーの男に手札を配っていた。

 

「俺はヨウ。こっちはユウ」

「……よろしく」

「私はキールよ」

 

ヨウと名乗った紫色のパーカーの男はキールの前に五枚のカードを裏にして並べた。

 

「えーと、お姉さん。どうぞ?」

 

ヨウはキールの前のカードを指差した。

開けろって事?

ゆっくり一枚ずつ開けていくと、そこにはストレートが揃っていた。

 

「そして〜、俺の手札がこれ!」

 

ヨウは山から五枚のカードを抜いてカウンターの上に広げた。ロイヤルストレートフラッシュだ。

 

「ヨウくん、気が逸れてる。酔った?」

 

ユウがヨウのパーカーのフードからトランプを一枚取り出してヨウの手に乗せた。

何がしたかったんだろう。

 

「うん。酔ってるかも。今日、度数高めのヤツばっか飲んでるしね〜」

「それで最後。それ以上はダメ」

 

ユウが少し遠くにあったグラスをヨウの前に置き直してため息をついた。グラスには茶色の液体が満たされている。

 

「うん。分かったよ〜」

 

ヨウはグラスを大きく傾けた。みるみるうちに中身が減っていく。

 

「あ、」

 

ヨウがカウンターに突っ伏す。幸せそうな顔で寝息を立てていることから、すっかり酔い潰れているようだった。

 

「……ロングアイランドアイスティーだったのに」

 

ユウは席を立ってヨウの周りに散らばっているトランプカードを集めて纏めた。

 

「お姉さん、ごめんね。酔っぱらいの、拙い手品に付き合わせて」

「いいえ」

 

キールにとっては人が一人酔い潰れた事など大した事ではなかった。手元の酒をグイッと呷ると少し気分が良くなった気がする。

ユウは飲んでいたらしいグラスを手にキールの隣へ座ると、ちまちまと甘そうな酒を舐めた。

 

「えっと、煙草呑んでも?」

「構わないわ」

 

ユウは煙草に火を付けて物憂げに俯いた。独特な匂いが周りに広がる。

 

「ゴロワーズかしら。珍しいわね」

「勧めてもらった。案外、良いものだな、と」

「そう」

 

煙が漂う沈黙の空間が続く。お互いが適度な距離感で空間を共有していた。組織にいた中で一番居心地の良い空間だった。

手持ち無沙汰なのか、ユウは手元のトランプカードを弄っていた。くるくると鮮やかに回るトランプカードについ見惚れてしまった。

 

「マラスキーノチェリー、頂戴」

 

バーテンが小さな皿にいくつかのチェリーを乗せて、ユウの前へ置いた。ユウは躊躇いもなく一つ摘んで口の中へ入れた。茎は皿の上に戻された。

キールはそんなユウがどこか無垢な子供のように見えた。何も知らないまま迷い込んでしまったアリスに似ているだろうか。

ここにいる時点でそんな事は有り得ないのに一瞬でもそんな思考してしまった自分に、潜入捜査員失格だと溜息をついた。飲んでいる物だってミルクココアなどではなく、列記としたカクテルだろう。コーヒリキュールかカカオリキュールとミルクやクリームを使った甘めの。

これでミルクココアを飲んでいたら面白いけど。

 

「気になるの?」

 

ユウがカラリとグラスを揺らした。曖昧に微笑んで見せれば、どう解釈したのか分からないけど、ユウはバーテンに同じ物をキールへ渡すよう注文した。

バーテンが一際丁寧に、キールの前にグラスを置いた。

ユウが綽綽とした口調で説明をしていく。緩慢な動作と相まって時間を錯覚しそうだ。

エンジェリック。バーボンウイスキーとカカオリキュールにグレナデンシロップと生クリームをシェイクした物。甘いカクテル。

 

ああ、成程。天使か。

彼はアリスなどではなく天使だったのか。

ストンと腑に落ちた。

度数の高くない酒を一杯しか飲んでいないはずなのに既に思考が纏まらなくなっている。

いつもより異常に早い酔いの回りに、キールは目の前の天使に恐怖を覚えた。

 

 

―――

無垢なるエンジェリックなその姿。言葉よりも行動は雄弁で、それ故に惑わされる。

 

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