黒羊と炉心溶融の円舞曲   作:アベルシアロン

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2025/09/13、18:25
少し気に入らなかったのでだいぶ手直ししました。シリアス度合いが減りました。のんびりしてます。
ゆるりと次をお待ち下さい。


アナザーミラーアースクエイク

僕は酷く不快な気持ちでカウンターに座っていた。先程からずっと羊くんが慰めてくれているし、サワも何も見なかったように煙草を吸っている。

 

「なあ、僕は、ここにいてもいい、んだよな?ばかは死ねば、いい」

「うんうん。大丈夫だって。土足で踏み荒らす方が悪いんだから」

 

大切なプライベートを踏み躙られた事で、踏み躙ったヤツらへの憤怒と秘密がバレる事への恐怖が入り混じって酷い事になっている。

酷いとしか言い様がない。

頭は思考を取り戻してはいるものの、感情の整理が全く持ってついていない。今、行動したら全部が壊れてしまいそうだ。

それだけは避けなければならない。触れる物全てを壊していたら、いずれ無くなってしまう。気付いたら周りが無くなっていました、なんてもう勘弁だ。

 

目の前に蜂蜜を煮詰めた色の液体がグラスに入っていた。揺れる大地の名を持つそれは、たった今、グラグラと揺れる感情に相応しい度数の強さを持っている。

ちまちまと口に運んでいく。少し舌に乗せる度に訪れる衝撃は思考を戻すには丁度良くて、何とか考える事だけは出来ている。

カラランとバーのドアの鈴が鳴る。ドアの方へ目を向けてみれば金髪に褐色肌の見目麗しい男性が入ってきた。にこにこと笑顔でこちらに近付いてくる。

 

「丁度良いじゃねぇか、バーボン。ソイツらの相手をしてやれ」

「え?僕が、ですか?」

「テメェ以外に誰がいるんだ」

 

ジンはピッと僕の方へ指を指すとため息と共に煙を吐き出した。

 

「プライベートを踏み躙られたとかでご乱心なんだよ。煩いから止めさせろ」

 

羊くんが肩を竦めて苦笑いをする。全員が僕の方を見てくるので、僕は逃げるようにグラスへ目を落とした。

 

「この前のパティスリーに行った時に仕事の話されちゃって、気に障ったみたいでね」

「フン。ベルモットの二の舞になりたくなきゃ、この場で仕事の話はしないで置くんだな」

 

ジンは相変わらず煙を吸っては吐き出して、周りにその独特な香りを散らしていた。

酒だけじゃなくて煙草に逃げるのも良いかもしれない。

 

「羊くん。僕も」

「はいはい。こんなの、今日だけだからね」

 

僕が指で机を叩いて催促すれば、羊くんは僕のポケットの箱から一本だけ取り出して、一緒に抜き出したマッチで火を付けた。僕は煙草を受け取って何も考えず吸い込んだ。強い刺激が鼻に抜けて上手に息ができなくて思いっきりむせ返した。

 

「煙草なんて吸うからですよ。気持ちを落ち着かせるんだったら、もっと別の事をしてみたらどうです?」

 

彼は僕の手から煙草を取り上げると灰皿で捻り潰した。

チラリと羊くんの方を見ると、羊くんは僕の横の席を空けて一つ向こうに座っていた。

彼が笑顔を崩さずに隣へ座る。

羊くんは僕へひらひらと手を振った後、バーテンに注文をしていた。珍しく無視を決め込むつもりだ。彼も一緒に注文を伝えた。

仕方がない。逃げ道を全部潰されれば、向き合うしかないから。

僕は彼の方を向いて一つ息を吸った。

 

「君の、名前を教えて。あだ名じゃない方の」

「安室透です。貴方は?」

「ユウ。よろしくムロくん」

 

ムロくんの瞳には、久しぶりに見るそのままの気弱な僕が映っていた。ムロくんは興味深げに僕を見ている。

 

「僕の事は、気にしなくて良いよ。あんまり見られるのも、好きじゃないから」

「ああ、視線が不躾でしたね。すみません」

 

ムロくんは慇懃無礼な物言いで笑った。鼻に付くが、ちゃんと僕の事を考えている辺り、そう悪い人でもないらしい。

 

「別に。サワもそうだったし、悪意がないだけ、良い」

「そうですか」

 

ムロくんは面白く無さそうに自分のカクテルに手を伸ばした。僕はバーテンにマラスキーノチェリーを頼んで、一つだけグラスに放り込んだ。

 

「チェリー、好きなんですか?」

「好みと言われると、違うけど。まあ、この場所で食べる分には、嫌いじゃない」

 

僕はチェリーをカクテルから摘んで、口の中に入れた。ジンの香りとライのスパイシーさが口の中で弾ける。相変わらずアルコールが強くて、舌が痺れる。そのぐらいが丁度良い。

 

「んん。それ、美味しかった?」

 

僕はムロくんが飲んでいたカクテルを指差した。よく見知った綺麗な青色だ。

 

「ええ。ブルームーンと言うそうですよ」

「うん。ここのブルームーンは、美味しいよね。だって、僕が選んだ、パルフェタムール使ってくれてるから。あと、バーテンの腕も良いし」

 

言ってしまってから少し恥ずかしくなった。早口になってはいなかっただろうか。好きだからって露骨じゃなかっただろうか。

ムロくんはブルームーンとはまた違った深い青色の目で、グラスを見ていた。

 

「僕はパルフェタムールだけ、ここに下ろしてるの。他にも、何種類か。それは、ブルームーンの為のやつ。僕が深くまで吟味して選んだ物だけを、下ろしてる」

 

何とか絞り出した説明は見苦しくなかっただろうか。

ムロくんの方を覗えばにこにこと笑顔で僕を見ていた。やっぱり恥ずかしい。

でも、嫌々では無さそうだったから、良かった。

因みに、これは本職とは別で、完全に趣味だ。多少の利益ぐらいは貰っているけど。

 

「なんか、ありがとね。やっと、落ち着いた」

「なら、良かったです」

 

残り少ないグラスの中身を傾けて、一息つく。

ちゃんと、度数が高い酒でも楽しめるだけの気力が戻ってきた。

ムロくんと次もまた、会えるだろうか。

 

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