◆side桃
私の治癒魔術の才能に目をつけて何がなんでも操魔師にしようとしてくる親族と揉めに揉め、結果として何とか操魔師と養護教諭を兼任する現在の「保健室の先生」に落ち着き、やっと一息つけると思った矢先のことだった。
「神童」がこの学園に入学してくる。そんな噂が操魔師界でまことしやかに囁かれた。
私の所感としては、正直勘弁して欲しかった。
山田契。異形神テンノグロスと対等契約を果たした、稀代の天才。万の触手を従えているだとか、この世の操魔術は教本を読むだけで全て使えるようになるだとか、色々と逸話が残っている。
しかし、そういった人外じみた逸話が数多くある有名人であるにも関わらず、彼の動向は謎に満ちておりその詳細は中々掴めない。
通常、操魔師は派閥に属するものだ。私も治癒系の魔術に関する派閥に属している。彼程の実力のある操魔師なら、彼の派閥を新たに作るなんてこともできるだろう。
しかし、彼はそういった派閥に属していない。それどころか触手系の派閥を追放されたと聞く。何でも、NTR(?)が発生し、山田契に使役触手が奪われるという事態が多発したらしい。
他人の使い魔を略奪するなんてそもそも前代未聞だし、そんな大犯罪を犯してなお操魔師協会から追放されないこともまた異例だ。
あと、本人が開き直って「恐怖で触手を支配するなんて可哀想だろ。愛で調伏するべきだ」と言っているのも頭がおかしい。「ライオンを飼育するのに檻やリード、鞭を使うのは可哀想だから、放し飼いにして全裸で対話のみで飼育をしよう」と言っているのと同義だ。つまり奴はとんでもない馬鹿か、とんでもない馬鹿かのどちらかだ。
何にせよ、通常なら操魔師の情報というのは派閥を通して個人間のやり取りや情報屋を通してのやり取りで薄らと操魔師の間に広まるものなのだが、山田契は派閥に属さず個人的に動いているため殆ど情報が入ってこないのだ。
そんな、色々と謎に包まれた山田契がこの学園に入学してくる。にわかには信じ難い情報だったが、それは真実だった。
全校生徒及び教師が出席する入学式において、山田契の存在が確認できた。どこにでもいるような黒髪黒目で学生服も着崩すことなく、良くも悪くも目立たない、普通という形容が似合うような容姿だった。
正直、目や腕が四本くらいあった方がまだ納得ができる。その目立たない容姿が伝え聞く偉業と暴挙に不釣り合いすぎて不気味だった。
不気味と言えば彼の魔力についてもだ。恐らく魔力制御の精度が高いのだろう、全く感じ取れないのだ。本当に、ただの一般人ではないのか。そんな風にすら思えた。
なぜこの学園に入ってきた? そもそも今に至るまでどこで何をしていた? なぜ、あれほどの異常性を秘めながら一般人に紛れ込める?
何一つ分からない。
彼は表世界での情報もほとんどない。それは、彼が表世界に干渉していないからではない。
その逆。彼は今まで表世界で、
世間の噂にもインターネットの書き込みにも、山田契という言葉は存在しないのだ。
操魔師界に絶大な影響を及ぼしておきながら、彼はつい最近まで普通の中学生として学校で上手くやっていたらしい。これからも、普通の高校生として上手くやっていくのではないか。それが、操魔師界の彼の見方だった。私としても、そうであって欲しかった。
しかし、彼がこの学園にやって来てから彼に対する疑念は深まる一方だった。
例えば、彼は学園中のそこかしこに彼が使役した触手を配置している。監視に使うというにはあまりに多すぎる量の触手だった。
……そもそも、そんな量の触手を使役できているというだけで異常だ。普通、操魔師が使役する魔物は精々が2、3匹程度。それだけ大量の触手の統率を取るなど、人間の脳では不可能だ。
それが、確認した範囲だけで数百匹の触手が学園に配置されている。それも、きちんと人を襲わない状態で。
たった一人でそれだけの触手を並列処理して操っているのか? それとも、何か事前に動作を
何にせよ、やはり規格外と言う他ない。
学園に配置される触手は日に日に増えていき、ある日明確な動きを見せた。なんと、触手達はひとりでに動きだし、生徒達に種を植え付けだしたのだ。
魔物は魔力を持たない一般人には見えない。それをいいことに、配置された触手の前を生徒が通りがかる度に、触手たちはスナップを効かせてその種を生徒の口に放り込むのだ。
うわぁ……。
めちゃくちゃ表世界に干渉してるじゃん……。この学園支配下に置こうとしてるじゃん……。なんなら学園まるごと触手の苗床にしようとしてるじゃん……。
気付かぬうちに私まで触手に種を植え付けられ苗床予備軍にされてしまうのではないか。さっさと辞職してこの学園から逃げた方がいいのではないか。
操魔師は引き際が大切なのだ。苗床になりたくなければ。
私が、せっかく手に入れたこの立場を捨てる覚悟を決めた頃だった。
山田契が一人の生徒を保健室に運んできた。「この子が触手毒の被害にあったから、診てあげて欲しい」とのことだった。私は二つ返事で頷いた。逆らったら何をされるか分からないからだ。
彼が治癒魔術使いとしての私のことを認知しているのが発覚したのもこの時だった。あの、神童に目を付けられている。それを知って私は軽く絶望した。
これでは、下手に教諭を辞めたらどうされるか分からない。私にできることは、自分の治癒魔術が有用であることを示して彼に
その子──霊川深穂さん──は、自分のことを退魔師だと言った。聞き覚えがない言葉だけど、どうやら操魔師とは別の魔術界隈に属しているらしい。そんなものがあるとは知らなかったので驚きだ。
それでその霊川さん曰く、学園に潜んでいた触手が彼女を襲い、絶体絶命のピンチだった所を山田契が助け出したとのこと。
ポワポワと熱に浮かされたような様子で、白馬の王子様のように助けてくれた「契くん」のことを話してくれた。
うわぁ……絶対マッチポンプじゃん……。
霊川さん、明らかに山田に惚れてるわこれ。魔術の代わりに恋を使った洗脳だ。この分だと服従契約を結んで使い捨てられる人間の駒にするのかもしれない。
これには私もドン引きだった。
散々操魔師界の汚れた大人たちを見てきたけど、無垢な若い乙女相手に恋心を利用して支配するような屑は中々いない。しかもそれをしている当人はまだ学生と来たものだ。その歳でここまでの人心掌握を行うとは、末恐ろしい。
その翌日、件の山田契が保健室に訪れた。鼓膜が破れたからそれを治して欲しいとの事だった。
なんで鼓膜が破れているのに会話が成立しているのかだとか、どういう経緯で鼓膜が破けたのかだとか、ツッコミどころは沢山あったが恐ろしくて聞けなかった。
診断中に気付かぬうちに触手を植え付けられないか気が気でなかったが、私はそんな不安は顔に出さずに彼の鼓膜に治癒魔術を施した。
その際、彼は自分からその経緯を話してくれた。
まるで世間話をするかのように、「実は、呪言で洗脳してくる輩がいたからその対策で気づかれないように破っておいたんですよ」と言った。
相手が洗脳をしてくることを見抜き、更にそれが呪言によるものであると見抜き、それの対策として自分の鼓膜を破るという自傷行為を思いつき、相手に気づかれることなく行う。
どう考えても年端もいかない少年がやることじゃない。熟練の操魔師が潜入任務先でピンチを乗り越えるために行う即興のアドリブ、ぐらいの行動だ。そんなサラッとやることじゃない。お前は鼓膜をなんだと思っているんだ。
色々とツッコミどころはあったが、それ以上にあの「神童」に態々そんなことをさせるような洗脳使いが気になった。本人も隠すつもりがなさそうだったのでその洗脳使いについて聞いてみると、まあ厄ネタが出るわ出るわ。
この学園の生徒会長は実は吸血鬼で、生徒を片っ端から洗脳して支配下に置き、何か大悪事を企んでいる、とのことだった。
辞めてぇ……。養護教諭辞めてぇ……。大人しく治癒魔術師一本に絞って操魔師界のお医者さんになれば良かった……。この学園なんでこんなヤバい奴らばっかなの……。*1
私は心からそう思った。
しかし、その日から山田契に対する私の認識は変わっていった。
学園中に過剰な数の触手を配置しているのは、生徒会長の使役する魔物による被害を事前に防ぐため。
生徒に触手の種を植え付けているのも、生徒会長による洗脳で生徒らが操られた際の万が一がないようにするため。
霊川深穂さんの触手被害も生徒会長が使役する魔物によるもので、それを彼が助けたというのも本当。
例の生徒会長にもそれとなく会ってみたが、確かに魔物の魔力特有の瘴気が少し漏れ出ていた。あれの正体が吸血鬼だと言われれば、確かにそうなんだなと納得できる。
どうやら、山田契の言っていることは正しそうだった。
そういえば、神童は驚く程清廉潔白な善人であるという噂があることを思い出した。
よく考えれば、彼の行動を振り返ってみるとそれらは全て善意のもとに行われている。本当に、彼はただの善人なのではないか。私はそんな風に思い始めていた。
そして、ある日彼が触手(恐らく生徒会長が使役しているもの)と対峙している所を見かけた時、私の彼に対する認識は完全に変わった。
「会った瞬間から気になってた。こんなに可愛い子、現実にいるんだなって。話すたびにもっと好きになっちゃうよ。俺、君みたいな子をずっと探してたんだと思う。少しの時間でも、君と過ごせたらそれでいい。俺に一目惚れさせた責任、取ってくれる?」
彼は触手を口説いていた。
その日私はやっと正しく彼を理解したのだ。彼、山田契はとんでもない馬鹿だったのだ。
それからは彼と付き合うのが非常に楽になった。
彼の言動に表裏はなく、友人へ向ける好意も触手への愛情も私へ向ける親しみも全て本心からのものだったのだ。
彼が敬語を使うのも、何か裏があるとかではなく、単純に私が教師で彼が生徒だから。
彼が定期的に保健室に訪れて世間話をするのも、私を見張っているとか何か仕掛けているとかではなく、単純に操魔師同士で世間話がしたいから。
彼が治癒魔術に使える珍しい触媒が手に入る度に私にくれるのも、単純な善意からだった。
私は、彼がまだ年端もいかない子供であることを忘れていたのだ。山田契は、まだ操魔師界の汚れきった大人共に染まっていない、輝かしい程の善性を持った子だった。
いつしか彼との世間話の時間は私にとっても癒しになった。
彼の語る触手への愛と深い知識は、まあちょっと持て余すところもあったけど、医療への応用なども含め非常に面白いものだった。
彼が連れてくる珍しい触手は、服だけ溶かす粘液を出す触手だとか、感覚遮断触手だとか、吸うと感度3000倍になる毒ガスを放出する触手だとか、まあどれも陵辱するための特性ではあったけど、医療への応用が効くものも多かった。
彼を見ていると、私も学校に通ってみたかったと少しだけ思う。
操魔師の間に生まれ、家から出ずに家庭教師から数学も国語も操魔術も教わって育って、そのツテで作った偽造身分証では知らない中学と高校、大学を卒業したことになっているけど、本当はほんの少しだけ、同年代の友達とわいわいきゃっきゃと遊びたかった。
きっと彼なら、私みたいに子供時代に後悔を残さないで、友人との純粋な絆も、異性との恋心も、どれも大切なものとして味わえるはずだ。それこそ、大人になってもその縁が続くように。
今日、彼は件の吸血鬼生徒会長と戦うと言っていた。彼が、神童が大丈夫と言うのだからきっと大丈夫なのだろう。
だから私は、彼とその友人が力を合わせて強敵を乗り越えた後、私のところにやってくる名誉の負傷を治すことだけ考えて待っていればいいのだ。
そんなことを考えていたら、神童が腹に大穴を空けて帰ってきた。中から強酸で溶かされた挙句に爆破されたような酷い有様だった。
保健室に着いたことで少しだけ意識が戻った彼が途切れ途切れに言ったことをまとめると、久しぶりに
あっそういえばコイツとんでもない馬鹿だったな。
大急ぎで彼に治癒魔術を施しながら、私はそんなことを思い出したのだった。
桃先生の青春コンプレックスに付け込んで、「先生かわいいからまだ十代で通りますって!」とおだてて学園の制服(膝上15cm)着せて制服デートしたい。初めは恥ずかしがるんだけど、段々乗り気になってきた桃先生と二人で子供みたいにはしゃいで遊園地デートを満喫したい。そしてその帰りに学園のモブ生徒にばったり会って欲しい。急に我に返って、二十越えても未練がましく学生にあこがれてコスプレしてる現状に恥じて赤面して黙り込む先生を強引に抱き寄せて、俺の彼女だけど何か? って宣言したい。嬉しさと恥ずかしさと困惑で口をパクパク開閉することしかできない先生の高まる鼓動を肌越しに感じたい。