◆side男子生徒A
山田契。僕の後ろの席のモブ生徒の名前だ。
同級生を捕まえてモブ呼ばわりとは行儀が悪いと批判されるかもしれないが、そう言われても仕方がないくらいに、なんなら自分からそう言われに来ているのではないかと思う程山田はモブらしいモブなのだ。
前髪が長めの黒髪黒目。以上。
それ以外に容姿から読み取れる目立った情報はなく、良くいえば整った顔立ち、悪く言えば特筆すべき所のない平凡な顔立ちをしている。身長も中の中。体格も、ヒョロくもなければ太くもない。強いていえば思ったよりも綺麗な声をしている……かもしれない。
山田の見た目は本当にその程度の没個性であり、もはや自分からモブになりに行っているのではないかと思う程目立たない。
一応頭が良いらしく、数学のテストでは度々1位を取っているらしいがそれも定かではない。
うちの学園はテスト結果を張り出したりしないので、他人の成績などは人伝に流れる噂程度でしか知ることができないのだ。
だから、うちのクラスでの山田契の印象は「なんか数学ができるらしい目立たない奴」だった。
ではなぜ僕がわざわざそんな目立たない奴についてこうして思考を巡らせているのかと言うと、そんな理由は一つしかない。
「
「ああうん、じゃあ昼休みに話そうか。あと、契様呼びはやめてくれない? ちょっと周囲の反応が痛いんだけど」
「承知いたしました。では、何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「まあ普通に契さんとかでいいよ。あと、そんな堅苦しい敬語も使わないでいいよ」
「……分かりました。契……さん。これでいい、ですか……?」
「そんな怯えた顔しないでよ。別にぶったりしないって」
な ぜ か 、
山田は転入生にして銀髪緋眼ゆるふわ超ロング色白美少女、僕らのミステリアス系アイドル阿九寺陰子ちゃんと仲が良さげなのだ!!!
いや、仲が良さげなんてものではない。何やら主従関係のようなものを結んでいるようにすら見える。明らかに普通の関係ではない!
「陰子さん? ですます口調だと私とキャラが被ってしまうのでやめて貰えますか?」
「森さんキャラ被りとか気にするんだ……」
「……はい、分かりました。ではどうしたらいい、ですか?」
「語尾にワンを付けてください」
「………………これで、いいですワン?」
「ふふふふふふふ」
「ねえやめようよ森さん、それはそれで色々まずいって。というか君そんなキャラじゃなかったよね!?」
しかもなぜか、そう、なぜか!
山田は隣のクラスの青髪青眼ボブカット美少女、僕らの寡黙クール系アイドルモリリンとも仲が良さげなのだ!!!
あの森さんが授業の合間の休み時間にわざわざ隣のクラスにやって来るなんて尋常じゃない。
前世でどれ程の徳を詰んだというのだ山田契! あの阿九寺さんと森さんを侍らせるなんて、両手に花どころの騒ぎではない。もはや両手に百合園! 羨ましい……!
「ねえ契? ここの問題が分からなかったのだけど、これってどういうことなのかしら。どうしてsをx + √(1 + x^2)と置くの?」
「うおっ高難度。そんな問題授業でやってなくない? ……って、深穂、近い近い。ノート見せるのに後ろから手を回す必要ないから。当たってるから」
「当ててんのよ!」
「元気でよろしいけど誇らしげに言うことじゃないね。……ええと、とりあえずds/dxを求めてみて。そうすれば多分理由が分かると思うよ」
「分かったわ!」
しかも同じく転入生にして赤髪赤目ストレートロング美少女、僕らの活発綺麗可愛い系アイドル霊川深穂ちゃんとも仲が良さげなのだ!!!
まあ霊川さんについてはそもそも山田と結構前から仲が良さげではあったけどね。いや尚更羨ましいわ。
「なあ契、聞いてくれよ! 今日の朝スズメがフェンスに十匹も並んで止まっててな、契に教えて貰った魔力制……ゴホンッ、ええと、忍び足な! 上手く忍び足を使って近づいたら……なんと綺麗に写真が撮れたんだ! 見てくれよコレ!」
「へ〜そうなのか〜! リュウマは凄いな〜! うんうん、凄い偉い! 教えたことの飲み込みも早いし実践も直ぐにするとは流石だな! スズメかわいい〜」
さらに更に、山田は何と霊川さんと同時期に転入してきた古木リュウマとも仲が良さげなのだ! ……まあコイツは別にいいか。
なんにせよ、まるで花の蜜に寄る蝶の如く山田の周りには美少女が集まるのだ。しかも霊川さんに関しては、あれは完全に気がある……! マジで羨ましい。ここ最近悔しさのあまり手を握り締め過ぎて握力が上がってきたぜ……。
この山田を取り囲む美少女軍団、通称山田ハーレムにより、ここ最近うちのクラスでの山田の印象は「なんかいつも美少女を侍らせているギャルゲーの主人公みたいな見た目の奴」だ。
そうかコイツギャルゲーの主人公なのか。だったら納得……じゃない! 現実にそんなご都合展開があってたまるか!
山田契、お前の何処にそんな魅力があるというのだ……。せめて、頼み込んだら女の子との話し方とか教えてくれないかな。
目下、僕の目的は山田に干渉し、その女子との関係性(特に阿九寺さん!)を究明すること。そしてあわよくば女の子との上手な話し方を教えて貰うこと。そして更に更にあわよくば、山田ハーレムのメンバーのメアドを教えて貰うことだ。
◆
「次、出席番号8番」
数学の時間のことだ。
僕は課題をやって来ていない日に限って先生に指名された。数学の森山先生は課題をやってない生徒をネチネチと詰めることで有名だ。
クソ、今日くらいは指されないと高を括っていた。このままでは、数分間立たされて何故分からないのか、まさかやって来ていないのか、どうしてやって来なかったのか、チョークの先を向けられたままネチネチと詰められてしまう……。
コンコン
僕が諦めて素直に課題をやり忘れたことを報告、つまり無抵抗で首を差し出そうと思ったところで、後ろから足が伸びて椅子が軽く二回叩かれる音がした。
山田か。なんだ、これから晒し上げられる僕のことを馬鹿にでもしに来たかと思ったのもつかの間、背中に何かが押し当てられた。
後ろ手を伸ばしてそれを受け取ると、それは「3/4」と書かれた紙切れだった。
「なんだ、君。黙ってないで早く答えなさい」
いやらしく僕を急かす森山。一か八か僕は山田を信用してみることにした。
「4分の3です」
「……正解だ。途中式は?」
山田から渡された紙切れは折り畳まれており、それを開くと中には途中式が書いてあった。それをそのままつらつらと読み上げる。
「大変よろしい。では次の問題──」
た、助かった……!
感謝を伝えるべく後ろを向いて山田に手を合わせると、彼は歯を見せて笑った。白くて並びのいい歯だった。
ふ、ふぅん……。そんな風に笑うのか。へぇ……。
◆
化学室で実験が終わって、少し早めに授業が終わった。その後の、教室への移動中のことだ。
いつも通りの山田ハーレムの面子に囲まれて歩く彼を羨ましく思いながら、僕はその少し後ろを歩いていた。
渡り廊下を歩いていた時、空気を切り裂くような声が聞こえてきた。
「
僕の名前だ。
思わず顔を上げてその声の方を見ると同時、バシンッ! と大きな音が目の前から響いた。
突然のことに困惑していると、山田が僕の肩を掴んできた。
「大丈夫? 佐藤くん、怪我はない?」
「え、え? あ、ああうん、大丈夫……」
僕の肩に当てられた山田の手には野球ボールが握られていた。どうやら飛んで来た野球ボールが僕に当たりそうだった所を、彼がキャッチしてくれたらしい。
「よかった……危ないところだったね」
「あっ……そ、その、ごめん。ありがとう……」
「どういたしまして。といっても、まあ運が悪かっただけだし謝ることないよ」
そう言いながら山田はボールを来た方向に投げ返していた。どうやら体育で野球をやっているらしい。
……山田、案外手がゴツかったな。というかあの見た目で結構運動神経いいんだ。
……僕なんかの名前覚えててくれたんだな。というか、焦った時は下の名前で呼ぶんだ。
そっか……そうなんだ……。
◆
音楽の時間の前のことだ。
「はぁ……」
「どうしたの佐藤くん。浮かない顔だね」
ガサゴソとロッカーから荷物を取り出していると、同じくロッカーにやってきた山田から声をかけられた。
「え!? あ、ああうん、えっと、音楽の授業、嫌だなぁって」
「嫌なの?」
そういえば僕、山田と話してみたいんだった。これはチャンスだ!
目的を思い出した僕は、足りないコミュ力を何とか使って彼に答える。
「まあ、うん。その、声変わりの時期で、声が出なくて。だからみんなみたいに歌が歌えなくて、嫌でさ……あはは」
思わずマイナスなことを言ってしまった。畜生、何が「あはは」だよ! こんな愚痴を言っても山田が困るだけだ。もっとこう、話の膨らむようなことを言えばよかった!
僕が心のうちでそんな後悔を並べていると、そんなことをつゆも知らない山田が言った。
「へぇ、そうか……。じゃあさ、どうせだし一緒にサボる?」
「えっ!?」
◆
キーンコーンカーンコーン、と授業開始のチャイムが鳴る中、僕らは校内を手ぶらで歩いて、誰もいない下駄箱を通って正門から堂々と学園の外に出た。
僕の手を引く山田に話しかける。
「ど、どこに行くの?」
「中華亭……って言っても分からないか。学校の近くに安くて美味い中華屋があるんだけど、そこのカツ丼が凄い美味いんだ。早めの昼食にしちゃわない?」
今はお昼休み前の四限だから、確かに早めのお昼休みにできるけど……山田ってそんな悪だったのか!?
結局、僕は山田に案内されるままに歩いて件の中華亭というお店に入り、山田がおすすめするカツ丼を頼んだ。中華屋なのにカツ丼がおすすめなのかよ。
「びっくりした……山田くんがこんなことするなんて」
「もっと真面目なイメージだった?」
「……うん」
さらりと僕の分の水までコップに注ぎながら山田は言った。
「でもさ、真面目って意味ないじゃん?」
コイツ案外ロックだな。
僕の中に築き上げていた真面目優等生モブな山田像がボロボロと瓦解した。
「い、意味ないって……」
「だって大学受験に成績なんて関係ないし、歌えないなら音楽の授業なんて行く意味ないじゃん」
「それは……」
……確かに、そうなのかもしれない。
なんだか詐欺師に騙されている気分だった。山田の言葉は僕にスっと入ってきて、なんだかそれが正しい気分になってくる。
「数回くらいサボっても赤点にはならないし、ならサボり得だよ」
「え、ええ……山田くん、不良だね」
「不良じゃないよ。佐藤くんが真面目過ぎるだけ」
「……そうかな」
僕は真面目だけが取り柄、なんて自負がある。僕から真面目を取ったら、何も残らないんじゃないか。そんな風にすら思ってしまう。
「俺も昔はそうだったなぁ……。でもさ、案外大人になって学生時代を見返すと、当時は真剣に悩んで取り組んでたことも、今思えばそんなに大切なことじゃなかったりするんだよ。それこそ、嫌な授業の一つや二つサボったところでさして問題にならないよ。少なくとも俺は、良い経験になった、なんて言葉を多用するような青春は健全じゃないと思うね」
「昔って……なんかおじさん臭いね。え、山田くんってタメだよね……?」
「おっ、おじさん……おじさん……おじさんかぁ……」
山田は何やらおじさんという言葉に過剰反応していた。何か彼の琴線に触れる*1ものがあるのだろうか。
「でも、僕、真面目だけが取り柄だしさ。僕が真面目でもなくなったら、いいとこなしのただのダメ人間になっちゃうよ」
「取り柄か……ふふ、青いね」
「ねえ山田くんってタメだよね?」
まるで度数の高いお酒のロックでも飲んでいるかのようにお冷のコップを揺らす山田にツッコミを入れるも、スルーされる。
「取り柄なんてものに独自性は要らないよ。特別感が欲しいなら指紋でいいじゃん。唯一無二だよ」
「えぇ……でも、取り柄がないと、友達も、こ、恋人もできないし……」
「それも違う。取り柄とか関係なく友達はできるものだよ。少なくとも俺は、君がいいとこなしのダメ人間だとしても気にしない。君が真面目だろうがなかろうが、こうして楽しく話せるのなら友達だよ」
「と、友達……」
会話は終始山田がリードしてくれて、気づけば僕はいつもとは違い普通に会話ができていた。いや、普通以上に会話は盛り上がった。
あっという間に時間が過ぎて、注文していたカツ丼が届いた。
「来た来た、カツ丼!」
「お、美味しそう……!」
厚いカツに、半熟の溶き卵、食感のいい玉ねぎ、そして最高に美味しい出汁の利いたタレ。カツ丼は非常に美味しかった。
箸が進んで、山田と美味しい美味しいと言い合って、他にもいくつか雑談をしながら、僕らはあっという間に食べ終えた。
雑談の内容は覚えていない。何か凄い大切なことを言われた気もするし、僕も何か大それたことを言ってしまったような気がするけど、忘れてしまった。あの日の会話は友達との雑談の一つに押し込められてしまった。
ただ一つ覚えているのは、山田との会話は楽しかったということだ。
なんだか、山田がモテる理由の一端が分かった気がした。
◆
「契! おはよう!」
「おはようリュウマ」
「契おはよう! いい朝ね!」
「おはよう深穂」
「山田くん、おはようございます」
「おはよう森さん」
「契さん、おはようニャン」
「おはよう陰子……ニャン!?」
今日も、山田は女子に囲まれている。ああ、羨ましい……。
僕にももっと勇気があれば、あの人混みに割り込んで
そんなことを思って山田のことを見ていると、ふと目が合った。
「あ、佐藤くん。おはよう」
「お、おはよう!」
思いの他声が大きくなってしまった。珍しく僕が喋ったからクラスのみんながこっちを見ている気がする。
「また中華亭行こうな。あそこ、大人になる頃には閉店しちゃうんだよ」
「なんでそんな裏事情知ってるの?」
まあ、いいか。山田と話すのは楽しいし。
俺にもこんな時期があったなぁ……どれ、ここは一つ人生の先輩として胸を貸してやるかな! 程度のノリ
歳を取ってみると、まだまだ青い高校生は男女問わず可愛らしく見えるものだと思うのです
多分次は陰子回
どのキャラストーリーが読みたい?
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霊川深穂
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古木リュウマ
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森凛
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桃坂桃
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阿九寺陰子