「山田くん、昨日は本当にごめんなさい」
退魔師退廃の原作が始まってから2日目の朝、霊川さんが菓子折を持って謝りに来た。
うおっ、ちゃんとしてる……!?
「あ、ああうん。いいよ、あの触手ももう元気になったから」
「そう、よかった……」
あまりの誠実さに動揺する。
霊川さん、原作では暴力ヒロインをやっているイメージか、ボテ腹出産してるイメージしかなかったけど、こんなにまともな人だったのか……。
確かによく考えれば、原作の主人公への暴力は照れ隠しや行き場のない恋心の現れという面が大きかった気がする。それらを抜きにすると、彼女の人間性は非常にまともなのだろう。
……これが、主人公陣営か。
今世、俺は操魔師として生きてきた。操魔師という存在は、原作では9割がヒロインを陵辱し残り1割は陵辱未遂をするような連中だ。つまりそれくらい民度が悪い。
俺の両親も、いい人なのだが例外なく倫理観はない。魔物による被害者の死体を見つけたら「ラッキー、いい触媒が見つかったぜ」と回収して操魔術に用いる程度には倫理観や社会常識がないのだ。
俺は今世、そんな世界で生きてきた。
だから俺は今、久しぶりに人の善性に触れている。ああ、世界にはまだこんなにも美しい心を持つ人がいたのか。
自然と涙が出てきた。
「えっえっ、や、山田くん? 大丈夫? やっぱりあの後触手さん何かまずいことあったかしら……?」
触手にすらさん付けする霊川さん。
ああ、やっぱ主人公陣営ってすげえわ。澄んだ瞳でこちらを心配そうに伺う霊川さんは、なんだか輝いて見えた。
「霊川さん、君のことは俺が守るから」
「えっと、ありがとう?」
頭に疑問符を浮かべる純粋な少女を前に、俺は彼女の純潔と純心を守ることを固く誓った。
◆
あの後、リュウマ──下の名前で呼ぶように言われた──に昨日のお詫びとして学食を奢ってもらうことになり、霊川さんも入れて三人で昼食を食べた。
リュウマもリュウマで何度も謝罪をしていた。これが主人公陣営の善性か……。
そして放課後、俺は二人を空き教室に呼び出した。
さて、ここから修行パートだ。
並んで教室の最前席に座る二人に教卓越しに話しかける。
「今日二人を呼び出したのは、学校に潜む魔物の調査報告の他にもう一つ理由がある」
「というと?」
「二人には魔力探知をマスターしてもらいます」
さて、退魔師退廃の原作では、リュウマと霊川さんは魔力探知能力が低いせいで幾度となく窮地に陥り、苗床ENDを迎えた。ではなぜ原作では、二人は魔力探知力を鍛えなかったのか。
鍛えたらトラップに引っかからなくなり、エロイベが減るからだ。
これに関しては多分本当にこれが理由だと思う。だって鍛えない理由ないんだもの。まあ、より現実に即した理由を考えるなら、単純に面倒だからか、魔物や種付けおじさんの狡猾さを甘く見ているか、その両方といったところだろう。
つまり鍛えるに越したことはないのだ。
「ええと、確かに魔力探知技術が上達できたら嬉しいけれど、どうするの?」
霊川さんが聞いてくる。隣でリュウマも頷いている。
……これ、もしかして二人は魔力探知の鍛え方すら知らない感じか……?
だとしたら、二人が所属する退魔事務所「ヤクノケ」の社員教育体制が酷いということになる。……しかし、残念ながらそうだとすると非常に辻褄が合う。
そうか……。そういや退魔師、退廃してるもんな。そりゃあそういう技術の会得方法とかが紛失していてもおかしくない。
てことは何ですか? 原作ではろくに教育を受けられない状況で齢16の少年少女が命の危険のある仕事をこなして安月給を貰っていたとでも言うんですか?
……流石に同情する。ネット掲示板で定着したヤクノケの蔑称「ヤケクソ」が頭によぎる。
面倒だからとか魔物や種付けおじさんの狡猾さを甘く見ているからとか、勝手に理由を捏造して申し訳ない。
「君ら、苦労してたんだな……」
「同情!? 急になんなの……私何か変なこと言ったかしら?」
「魔力探知ってそんな大事なのか……?」
大事に決まってるだろ!
やはり魔物や操魔術に関する一般常識が足りていないみたいだ。こりゃ、いよいよ本格的に面倒を見てあげた方がいいな。
「まあそうだね、一般的な訓練方法としては……いや、実際にやってみた方が早いかな」
席に座った二人の前に行き、左手でリュウマの頭に、右手で霊川さんの頭に触る。
「はい、目をつぶってください」
「あ、ああ」
「はい」
素直に俺の言う通りにする二人。やっぱ警戒心足りないなあ。これじゃあ味方キャラの裏切りや敵に洗脳された味方キャラの不意打ちに対応できず苗床ENDするぞ。
まあ、その辺はおいおい鍛えるか。
二人が目をつぶったのを確認して、手のひらに魔力を込める。
「今、頭の上に俺の魔力があるの分かる?」
「ああ。流石にそれぐらいはわかる」
「うん、私でも分かるわ」
よし。退魔術が使える時点で全く魔力を認識できないわけではないと分かっていたが、他人の魔力の探知ができるなら後は鍛えるのは容易だ。
「今から手を離すから、そのまんま俺の魔力を意識し続けて」
「分かった」
「分かったわ」
ゆっくりと手を離し、左手と右手を合わせてそのまま少し離れる。
「まだ分かる?」
「ああ」
「ええ」
更に離れる。
「まだ分かる?」
「……ああ、ギリな」
「ぼんやりと、なんとか分かるわ」
この距離が限界らしい。距離としては5mといったところだろうか。やはり、魔力探知としては心許ない距離だ。
5mで「ぼんやりと」分かる程度。それはつまり、潜伏が得意な魔物の探知は5m以下でも不可能ということだ。そりゃあ触手に不意打ち食らって捕まるわけだ。
「よし、じゃあ二人はそのまま集中して魔力を追い続けて。今から俺はこの魔力を動かすから、その形を当てるんだ」
その後、俺は魔力の形を四角や円、三角に変形させていった。この時点では結構正答率が高かった。
ただ、球や立方体、三角錐に円錐など立体に変化させていくと正答率が下がっていった。奥行の検知が苦手。魔力探知の初心者にありがちなことだ。
……やはり、二人は魔力の扱いについてまともな教育を受けていないようだった。
多分、一族に残された秘伝の退魔術だけ習得していて、その他の基礎魔術は学んでいないのだろう。それぐらいはのじゃロリが教えてやれよ。……いやアイツは半妖だから人とは感覚が違うのか。
うーん、ままならない。やっぱ退魔事務所ヤケクソはヤケクソだったか。
「と、まあ魔力探知の訓練方法はこんな感じだね。それぞれ二人で、探知する方と魔力を動かす方に分かれて時間のある時に訓練するといいよ」
魔力を動かす方も、初心者にとっては魔力制御の訓練になるだろう。
「ありがとう……。何から何まですまんな、契」
「ほんとね。何とお礼したらいいか……」
なんて素直でいい人たちなのだろうか。こんな人達が原作では陵辱苗床ENDを辿っていたと考えるとゾッとする。
「お礼ね。じゃあ今度退魔術教えてよ。秘伝のやつじゃなくていいからさ」
「そんなんでいいのか? 秘伝じゃない退魔術っていうと、なんというかショボいのばっかだぞ?」
「いやあ、今の時代退魔師ってなかなかいないからね。その技術が知れるってだけで凄いことだよ」
「そ、そうか? 凄いのか……よし! 分かった、今度しっかり教えるよ」
「私、結界術に関しては得意だから教えられるわよ!」
「ありがとう、じゃあ今度頼むよ」
笑顔でほほ笑む二人。純粋すぎて胸が痛い。もはやだましている気分になる。
退魔術は現代では失われた技術だ。それを知れるというのは大きい。こんな操魔術・退魔術における基礎知識を教える見返りとしては割に合わないだろう。
とはいえ誠実な二人のことだから対価を払えない施しは受けないだろう。ここは素直に報酬として退魔術を教わっておこう。
「とりあえず、今日のところはこんなもんかな。後はこれを渡しとくね」
俺はそう言って二人に三枚ずつ魔法陣の書かれた御札を渡した。
「これは……?」
「ここに書かれているのは召喚の魔法陣。この御札を破くと、俺の使役する触手が召喚できる。何かヤバいことに巻き込まれたら即破って欲しい」
ちなみに、召喚された触手は俺と感覚共有できるため、即座に位置情報共有も行われる。俺が助けに行く間召喚した触手に守ってもらうというのが主な用途となるだろう。
「そんな、こんな凄いもの貰っていいの?」
霊川さんが遠慮するが、そもそも二人のために用意した札だから貰ってもらわなきゃ困る。
「もちろん。というか俺、その御札なくても触手召喚できるから俺が持ってても持ち腐れになるだけだし」
「そっか、じゃあありがたく貰っておくわね。ほんと、何から何までありがとう」
「いいって。その代わり退魔術を教えてもらうから」
「ええ、任せて!」
霊川さんはそう言ってニコッと笑った。うわっ美少女。
快楽堕ちしたアヘ顔ばかり印象に残っているからか、こんな純真な笑顔を見るとギャップが凄い。
やはり守らなければいけない。俺はそう再び決意した。
ちなみにその後、寮の自室に帰ってから霊川さんのくれた菓子折の袋を開けてみると、中に入っていたのはポテトチップスやおせんべい等コンビニで買ったであろうお菓子だった。高校生らしいラインナップだ。
そういえば、原作では彼女らは薄給で働かされている設定だった。それこそ、家賃光熱費を抜けば一般的高校生のお小遣い程度のお金しか残らない程の薄給だったはず。きっとこの菓子折もなけなしのお金で買ったものなのだろう。
あまりの善性の高さに泣けてくる。大丈夫かな
彼女らは何があっても俺が守る。俺はそう再び決意した。