◆side深穂
彼の最初の印象は、正直覚えていない。転入初日、顔を合わせはすれどお話はしなかったから。
黒髪黒目で前髪が少し重め。よく見ると整った顔をしているけど、意識しなければ「普通」という評価で片付けられる。そんな容姿だった。
立ち振る舞いにも特に目立った所はなく、話しかけられれば誰とでも世間話に興じて、話しかけられなければ静かに読書をするといった感じだった。
他の男子に比べて落ち着いているというか、大人びている人だ。
……といっても初めは、そういう所にすら気づかなかった。私は彼をクラスメイトの一人としてしか認識していなかったから。
私とリュウマが彼の触手にちょっかいをかけて、情けなく拘束されて、そこで操魔師としての彼に出会った。
そこから、私の彼に対する認識は変化していった。
魔術*1に対する知識が豊富で、それを善意で私たちに教えてくれる。
沢山の触手達と契約していて、完璧に統制を取っている。
とても触手を可愛がっていて、触手も彼に懐いている。きっと根が優しい人なのだ。
触手を配置して学園の治安を守ってくれている。
何人もの生徒が彼のおかげで魔物の脅威から守られているはずだ。それを威張ることもなく当たり前に行っている。謙虚だ。
私とリュウマに彼の触手を召喚する御札を渡してくれた。魔力が多い人程魔物に襲われやすいから、と彼は言っていた。
リュウマも社長も私のことを信頼してくれているけど、こうして正面から心配をされるのは慣れなくて、こそばゆかった。
私は彼にお世話になってばかりだ。
どうしてそこまでしてくれるのか。そんなに頑張って大変じゃないのか。
そんなことを彼に聞く度に、彼は優しげな笑いを浮かべて言うのだ。
「君には幸せになって欲しいから*2」
リュウマと同じくらい真っ直ぐで、だけどリュウマとは違った暖かさと柔らかさのある善意だった。
強くて、優しくて、実は顔もかっこよくて、誠実。思えばきっと、前から私は彼のことを思っていたのだろう。
だからあの時、彼ならいいと思ったのだ。
あの日、私はあれだけ彼に魔力探知の重要さを教わっていたのに油断して、不意をつかれて拘束され、彼に貰った御札も奪われ、呪文を唱える口も塞がれた。
退魔術は全て封じられ、どうしようもなく無力なただの人になってしまった私を触手は弄んだ。媚毒の入った粘液を浴びせられ、飲まされた私は、発情した身体を触手になぞられ、焦らされ、苦しむ私を愉しむ触手になされるがままだった。
事前に貼られていた高度な結界により、私の声や魔力は触手のいる教室から外に出ることはなかった。誰も助けのこない密室で、私は退魔師なのに情けなく魔物に蹂躙された。
だけど、開かれるはずのなかったその扉は、彼によって開かれた。
『霊川さん!』
『来い! アイツらを止めてくれ!』
あんな風に声を荒らげるの、初めて聞いたなあ。結構かっこいい声だなあ。甘く痺れる脳みそでそんなことを思っているうちに、彼はあっという間に触手を制圧してしまった。
その後も、彼は終始丁寧で紳士的に私を介抱してくれた。
それでも身体の疼きは収まらなくて、どうしようもなく
私はそんなに深く考えないで、それを求めてしまった。一時の情欲とその場だけの気持ちを回らない頭で都合よく組み立てて正当化してしまって、触手に汚された身体を中まで彼に汚し直して欲しいと。
だけど彼は、そんな下劣な私に真摯に向き合って、汚れた私の身体を綺麗だと、こんなことを考えてしまう心を美しいと言った。
それにどれだけ救われたか、きっと彼は知らないのだろう。
卑しい私に相応しくない純真の好意。
人生を通して受け取ったことのないそれを、彼は私に逃げることすら許さずに、零れ落とすことすら許さずに、入り切らない程大量に受け取らせた。
それに悶えて頭が真っ白になった私を、彼は抱き上げた。触手の粘液の、腐った果実のような甘ったるい退廃の臭いが染み付いた私の身体を、厭わず、赤ん坊を抱く時のように優しく強く。
そして、彼は私に魔力を分け与えた。
普段は彼が隠しているその魔力は、私やリュウマのものよりも大量だった。
魔力探知を鍛えたお陰で識別が付くようになった、リュウマのとも私のとも違う、彼の魔力が私の身体を包んだ。純度が高く綺麗で、静かで暖かくて、彼の匂いが染み付いた、彼の魔力が私を包み込んだ。
それに安心して、私は気づけば寝ていた。
その後は、保健室のベッドで目が覚めた。
保健室の先生に治癒魔術をかけてもらって、その後色々な魔道具を使った診断をしてもらった。先生は、特に悪いところはなく明日にでも触手毒の後遺症はなくなると言ってくれた。
保健室では、先生と彼についての話をいくつかした。
先生は彼の従える触手達の練度が非常に高水準であることや、彼の魔力制御能力が高いこと、魔物被害への対処が巧みであることなどを一通り褒めていた。
私はそれを火照った頭でぼうっと聞いた。
それから少しして、彼は私を迎えに来た。目と目が合って、あの時の私の瞳を逃さない真剣な眼差しと口説き文句を思い出して赤面した。
熱に浮かされたまま歩く帰路のことは、あまり覚えていない。ただ、私の手を拒むことなく強く握ってくれた彼の手の感触だけは覚えている。綺麗だけどやっぱり男の人の手で、固くて私のより大きく、私のそれを包み込み、離さない手。
「契くん」
あれから私は変わってしまって、こんなことをする頻度が増えた。
「契くん……っ」
最初の頃は、触手の毒の影響だと思っていた。
「契くん……契くん……っ!」
だけど、保健室の先生はもう後遺症はないと言っていた。
「けいくんっ! けいくんっ!」
だからこれは、あなたのせい。
「けいくんっ!!」
契くんは、くん付けで呼ばれるのを嫌がっていたけど、今くらいは私に
「けいくんっ!!!」
あなたの匂いを、魔力を、手のひらの感触を、声を、瞳を思い浮かべながら私は幸せを感じた。
「はぁ……はぁ…………洗わなきゃ」
シャワーで汗とその他を洗い流すと、ふと鏡に映る自分に目がいった。
目立って嫌だったけれど、あなたが綺麗と言ってくれた赤い髪。
特に意識したことはなかったけれど、あなたが褒めてくれた白い肌。
リュウマにも、誰にも言われたことがなかったけれど、あなたが美しいと言ってくれた顔。淫らに朱が差した顔。あなたに甘えてしまう顔。
だけど、あなたは好きだと言ってくれるから。
私はそれらを今日もしっかりお手入れして、明日も笑顔であなたに会える。
ちなみに主人公は触手の粘液の匂いを(いい匂いだなぁ)と思っています