あべこべ世界で添い寝する話みたいです。
時々()があるのは気にしないで
寄らば殺す。
彼女の眼はそう語っていた。
無理に近づけば猛獣よろしく、八つ裂きにされる予感があった。
だから乗り気じゃなかったのだ、こんなこと。
男女が密室に二人きり。
そう聞けばその警戒もおかしくはないとは思える。
もっとも、この世界では貞操が逆転しているので、
一般的に心配されるのは男側のはずだが、今回に限ってはそうでもなさそうだ。
足を組み、冷ややかにこちらを見つめる彼女が口を開いたのは、さらに
数分が経過してからのことだった。
「許せません、まったくもって許せないです」
断罪を求める検察官の如き声音で、彼女はそう言った。
「成績に関わるからと話を聞きここまで足を運びましたが、まさかこのような
ことを学校が行っていたとは」
健康的な足が交差していく。
血色良く組まれる太腿は音にするなら、むにゅうと言った具合か。
滑らかな動きに、目が一瞬奪われる。
成績優秀、スポーツ万能、眉目秀麗、生徒会所属、なんでもござれ。
それが彼女「」である。
切れ長の眼に、すらりとしながらも肉付きの良い足。
艶の良いロングの髪を靡かせる彼女は選良…
つまりはエリートの風格を早くも身に着けていた。
品行方正を絵に描いたような性格をしており、正義感が人一倍強く、
曲がったことは許せない。
ハンカチ代わりに反省文を持ち歩いていてもおかしくないと
思わせる彼女が怒り出すのにも訳があった。
「そう…この部活…添い寝部とか言いましたか?
余りにも低俗で悪趣味極まりない名前ですが、なんですかこの活動内容は」
そう言って彼女が顎で指したのは目の前に置かれるベッドである。
真っ白なデザインは保健室にでも常備されてそうな見た目だが、
まさしくもともとは保健室出身の備品なので柔軟剤の香りよりも、
消毒液の香りのほうがいまだ強く感じられる一品だ。
そんなベッドを彼女は、邪教徒の儀式場を目撃したと言わんばかりの目で蔑んだ。
「年頃の男女がこんなところで同衾して…あまつさえそれをセラピーだと…
貴方はもっとまともな人間だと思っていましたが、違ったようです」
破廉恥、と付け加えると彼女は頭が痛そうに額に手をやった。
もはや死語とも言えそうな言葉だが、彼女が言うと嫌に似合う。
「いや、それは違いますよ。
そもそも自分は仕方なしにこの部活をしているんです」
流石に説明をしなければと、言葉を続けようとしたが
射貫くような眼光に言葉を飲み込まざるを得なかった。
どうやら火に油を注いでしまったらしい。
「仕方なし…ですか、そうですか。
そうやって言い訳を並べていれば私が納得するとでも?」
ーーーー(主人公があまり乗り気でもなく、彼女が起こっている様子を具体的に分かりやすく
「いや待ってください、確かに部活内容は誤解を与えるものかもしれませんが、
学校から公認されている以上、医療行為の一環として添い寝という
手段を取っているだけでありまして、ようは…そう、
犬猫を抱いて寝るような…アニマルセラピーの亜種と言いますか…
あと、部活動は今回が初めてです」
詭弁である。
そもそもとして成り立ちに問題がある以上、長く話せば話すほど
ボロが出るのはこちらなのだ。
こちらの必死な弁解に彼女は溜息を吐いた。
「…いいですか?貴方は男なのですよ?」
彼女は言い聞かせるような口調でそう言った。
「本来であれば、こうして二人きりで未婚の男性が
異性と話すなどあってはならないんです、貴方には自身が男性である自覚が薄いと
前々から思っていましたが、今回の件なんてもってのほかです」
世界観で言えば彼女の言う通りなのだが、だからと言って納得も出来なかった。
こちらは前世で立派な男子として生きてきた経験があるのだ。
今更、なよなよと女性の陰に隠れるつもりは毛頭ない。
「こちらにも事情がありまして…」
「関係ありません」
ぴしゃりと彼女は遮った。
「どんな事情があったにしても、このようなことをする必要があるとは思えません…
第一、添い寝をすることが精神に良いだなんて、そもそもが馬鹿馬鹿しいんです。
それをあの人は、脅迫してまでこんな…私は絶対、貴方と添い寝なんてしませんからね」
頭にリフレインしそうなほど強く、彼女は言い放った。
自身が間違っていると、理解している行為を客観的に否定されればぐうの音も出ない。
あの人とは、顧問の「」のことだろう。
秘策があるからと半信半疑で待っていたが、まさか脅迫していたとは…
自分も脅迫された側なので、一気に同情してしまう。
学校の為、ひいては自分の為とこんな茶番染みた部活に入部したが
やはりやり方がおかしいのだ。
何が添い寝部だ。
今から思えば、紳士ご用達の音声作品にでも出てきそうじゃないか。
最初は健全な寝息なんて出しちゃうけど、
段々怪しくなっていってそのうち、寝るためにスッキリした方がー、
とかなんとか言いだすやつだ。
考えれば考えるほど、確かに馬鹿馬鹿しい。
準備をするためにアロマオイルの通販ページを確認していた自分が馬鹿のようだ。
やはりこんなことは間違えている。
あの時は「」先生に乗せられて正常な判断能力を失っていた。
今からでも直談判して、違う手段を考えよう。
そう考え直したのだ。
彼女が思いもよらぬ言葉を口にするまでは。
「やはり、男子がこの学校に居ては風紀を乱しますね…近いうちに
以前から生徒会で作成していた意見書を提出して、男子を全員男子校に転校させましょう」
一瞬、言葉を理解するまでに時間がかかった。
思わず、今までの記憶が頭を過っていく。
産まれてからずっと、貞操の概念に苦労をさせられた半生をだ。
人前で着替えては駄目。
肌を見せては駄目。
上品に振る舞い、下品な振る舞いはしては駄目。
何をするにしても、自分が男であり社会で弱い存在だと教え込まれ、強制される。
それは正しく苦痛と言う他ないものであった。
何度も意見した。
自分はその様に生きたくないのだと。
自由に生き、自身の力で生活したいのだと。
そう祖母に言えば、鬼の形相で殴られた。
自身にとって祖母とは、家そのもの。
理不尽の権化だったのだ。
反抗すれば折檻され、
木に縛り付けられることもあれば、竹刀で叩かれる時もあった。
竹刀が折れた際には木刀を持ち出すのだから、笑えない。
最初から何も知らずに、そうと教え込まれれば何も疑問は持たずに済んだかもしれない。
しかし、自分には幸か不幸か前世の経験と知識があり、それなりに自由に生きてきた
過去と言ってもいいものがある。
それがいきなり、やれ男は女より前に出るなとか時代錯誤なうえ、ファンタジーなことを
言われ納得できるものか。
何とかして抗いたかった。
自由が欲しかった。
だから、勉強も稽古事も全ての教えも、完璧に熟したのだ。
自分で将来を選択しても、文句を言われないほどの結果を出す為に。
その第一歩として進学校として名高いこの高校に、血の滲む努力を重ね
男子校という檻を跳ね除け進学したのだ。
そんな自分の思いは知らず、彼女はふふ…とこちらに笑いかけた。
「心配なさらずとも貴方は成績優秀…どころか全生徒と比較しても
我が校随一の成績を維持していますので、あちらでも問題なくやっていけるでしょう…
私も貴方に負けぬよう精進していきますので、お互い頑張りましょう?」
ーーーーーー(表現をもっと分かりやすく、具体的に主人公の心情を伝える
言葉はなにも頭に入ってこなかった。
そうか、「」先生はこのことを分かっていたから自分に話を振ったのか。
事情を知れば、断ることなんて出来る筈もない。
最初からそう伝えなかったのは優しさか、あるいは決断させる為だろうか。
こうなれば、話は全て変わってくる。
何が何でも彼女と添い寝をしなければならない。
ーーーーーー(流れをもっと自然に
こっちのペースにしてしまえば勝ちなのだ。
そも、社会的な優位はこちらにあるので既成事実があればよい。
そうすれば彼女も少しは考え方が変わってくれる…筈。
ゆるりと立ち上がる。
そうだ、そもそも考える必要もないのだ。
自分が欲しいのは平穏だ。
あの、男だか女だかよくわからん連中の蔓延る男子校に行く羽目に
なるのであれば、どんな手段を使ってでもこの学校に縋りつく必要がある。
ならば多少強引でも、それこそ仕方ない。
覚悟を決めるべきだ。
「どうしたんですか?急に立ち上がって」
何かを感じ取ったのか彼女は自身の体を強く抱き、問いかけた。
「いえなんでしょうね…何というか、百聞は一見に如かずじゃないですか」
ゆっくりと、足を運ぶ。
いきなりは駄目だ…飛びつくのは最後、確実に仕留められる距離まで近づいてから。
逃げられては困る。
そう、何としても彼女を骨抜きにして、残る生徒会メンバーの牙城を崩す
礎にしなければならない。
そうして実権を失わせ、全員を篭絡でもなんでもよいから説得する。
その為にまずは。
「実は、いい匂いのアロマオイルを購入したんです…精神にも良い影響を与えるみたいで…
落ち着きながらもう少し部活動についても話させてください…ね?」
笑顔が大事だ。