魔法の使えないドMエルフくん   作:禍を齎すドMエルフくん

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少しだけ続きました


2話

 

 魔力ゼロの『魔ナシ』だと判明してからというもの、僕はエルフの皆に遠巻きに見られるようになった。

 僕に近づくのは不吉かつ淀みが生じると思っているのだろう、いつ如何なるときでも一定の距離が空けられている。

  

 そこは別に良い。僕に近づくのは危険であることは否定のしようがないし、僕は正真正銘の不穏分子なのだから。皆が警戒心を抱き、それに沿った防衛反応をするのは何ら変じゃない。

 

 しかし、問題はその先、想像していた何万倍も攻撃性のある迫害が起きない点だ。

 

 汚物を見るような目で見られるのは凄く気持ち良くて堪らないが、暴力も口撃もない現状ははっきり言って不満しかない。想像の未来が希望溢れるロマンチックな物語だっただけに、実際との落差で魂が潰えそうになる。

 

 皆は事の重大さが理解できているのだろうか。長い長いエルフの歴史の中で、トップレベルの問題が発生しているんだよ? 成り立ちから現状の立ち位置までの全てを根本から覆すことになりかねない、とんでもない問題が。

 もっとこう、負の感情を爆発させようよ。キミたちの未来と誇りと尊厳、僕の存在が全部暗いものに変えちゃったんだぞ。今のぬるま湯みたいな対応で、それらを戻せると思っているのか。

 やることをもっと如実に明確化しろ。中途半端な迫害しやがって。そんなんじゃ、精霊に愛されたエルフの名が泣くぞ。泣かすなら僕を泣かせよ。

 

 これだけでも肩透かしでかなりのストレスが溜まるというのに、問題は更にある。  

 

「………はあ」

 

 大木に背を付けて座り込んだ状態で、手の平を太陽へと掲げる。そして左手の中指にはめられた輝く金色の指輪を見て、僕は溜息を吐いた。

 

 この指輪は、姉様に貰った……というか、強引に嵌められたものだ。

 詳しいことは解らないけれど、何やら凄い形相で迫られたため、全く抵抗が出来なかった。

 

 け、決して脅しのような態度の姉様に屈したワケじゃない。ち、ちょっとだけゾクゾクしちゃっただけだ。

 これの効果は魔ナシの僕には今一判断出来ないけど、きっとあまりドMにとってはよくない代物なんだろうなって何となくわかる。

 

 前の幻想魔法(イリュージョン・マジック)未遂行為からというもの、姉様の……姉様の過保護はとても悪化し始めた。それも辟易する次元で。

 

 眠るときはいつも一緒だし、僕が少し危ない行為をしようとすると、直ぐに飛んでくる。

 この前なんて、僕に折角《火球(ファイア・ボール)》を撃ち込もうとしてくれた子どもたちに、《聖剣の裁き(ホーリー・ジャッジメント)》を下そうとしたのだ。

 いくらなんでも対応が異常すぎる。姉様は短気だし大らかではないが、同族に対してはそれなりの情を持っていた筈だ。

 

 それが、ああも情を捨て冷徹を纏った問題エルフになってしまうだなんて、悪い夢がすぎる。

 《火球》のときは、僕が盾になって『皆を攻撃するのなら、まずは僕を裁いて!』と言ったことで何とか事なきを得たけれど。裁いてくれても全然良かったんだよなぁアレ。

 

 冷徹さを身に着けたのなら、僕にもそうじゃなければ可怪しいだろう。というか、僕への対応だけが冷徹で恐ろしくないとかやっぱり悪夢だ。

 

 僕の想像としては、姉様が行う皆への対応がまるっきり僕への対応として当て嵌まっていたんだ。

 

 姉様が僕に甘いと言っても、『身内の汚点は、私が始末を付けるわ』くらいにはなると踏んでいたのに。模範的エルフの姉様ならきっとやってくれると信じていたのにさ。なぜこうも予想が外れるのだろうか?

 

 ……やっぱり、姉様が幻想魔法を僕に使ってくれようとした日。無理矢理にでも使わせる方向で持っていくべきだったかな。

 『姉様、僕を殺して』と、懇願するべきだったかもしれない。今の現状に不満が募りすぎて、昔の出来事に後悔が尽きなかった。

 

「……僕が救われる日は来るのかな」

 

 隣に咲く白花を優しく撫でながら、僕は一人愚痴った。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 リンネとリエムの住む場所──セレスティアの森の奥深くに広がるエルフの集落は、木々と精霊の加護によって外界から隔絶され、静謐で美しい空気に包まれていた。

 小川がせせらぎ、樹上には木造の住居が枝から吊るされるように並んでいる。魔法で灯す光が、昼夜を問わず里を優しく照らしていた。

 

 美しく絢爛な佳景を好む者が見れば、『理想郷』と迷わず呼ぶであろう神聖な空間。欠点が一つもない世界。

 

 しかし、そんな穏やかで清らかな理想郷の中のある一点は、今。爆発寸前の獄炎のように不気味な雰囲気に呑まれていた。

 

 場所は集落の長──ゲズバルト・アレイランの住居。

 古くから存在する重厚な木製の扉をくぐったその先で、火花が飛び散る問題が発生していた。

 

 

「……リンネ、一体どういうつもりだい」

 

 荘厳さのある表情で、ゲズバルトは眼前の相手、リンネ・エルフェリードを見据える。

 ゲズバルトの両隣には二人のエルフの姿もあり、彼らの厳しい視線も合わせてリンネへと向けられていた。

 

「……どういうつもり、とは?」

 

 三人の豪気を浴びても、リンネの声音は冷たく、揺るがなかった。

 その姿勢は、まるで問い詰められている立場であることを理解していないかのようですらある。

 

 揺るがぬ自然体なリンネの在り方に、ゲズバルトの眉が僅かに動いた。

 

「惚けるのかい? 君らしくないね。まどろっこしい前置きは嫌いだったと私は認識しているのだがね」

 

 嫌味と言うには攻撃的すぎる口調と声で、ゲズバルトは言う。

 彼も、今回の出来事について主導権を渡すつもりは微塵もなかった。

 

「……話をはぐらかしているつもりはありません。ただ、私には身に覚えがないのです」

「では問おう。なぜリエムを護っている? 里のエルフ達を魔法で牽制し、近付かせないように結界を張っているね? なぜそのようなことをするんだい。君の役割は彼を始末することだった筈だ。他ならぬ君自身が、それを受け入れただろう」

 

 ゲズバルトの言葉は、静かでありながら刃のように鋭く響いた。

 左右に控える二人の補佐官も頷き、その眼差しはあからさまに敵意を孕んでいる。

 

 リンネは一瞬、眉を寄せた。

 だがすぐに、冷徹さを纏った声音で返す。

 

「……彼は“魔ナシ”です。確かに存在そのものが異端であり、歴史において忌避される存在でしょう。ですが、だからといって即座に処断する理由にはなりません」

「何を言う!」

 

 リンネの冷静な発言に、補佐官の一人が声を荒げた。

 

「精霊に見放された存在を抱え込めば、我ら全体がその穢れに呑まれる。お前も理解しているはずだろう、リンネ!」

「理解しているからこそ、私が監視しているのです」

 

 リンネの声音は揺るがない。確固たる信念と目的を持って、重圧を跳ね返していた。

 

「彼を放置するのは確かに危険。しかし、安易に斬り捨てることもまた危険なのです。今までにない事象……故に、私には最大限の注意と警戒を払った決断を下す責任がある」

 

 ゲズバルトが机を軽く叩いた。

 

「……それは詭弁だ。君はただ、弟を手にかけられぬだけなのだろう?」

 

 核心を突く発言に伴った静寂。

 部屋の中の空気が一層重く沈み込む。

 

 突かれたくないと思っていた部分故に、リンネは口を閉ざした。

 反論はしない。彼女は揺らぐことも退くことも敵を許すこともなく。ただ、その澄んだ青の瞳がまっすぐゲズバルトを見据えていた。全ては、目的の為に。

 

 やがてリンネは、湧いてくるものを抑えるかのごとく低く呟く。

 

「……私は、リンネ・エルフェリードとして。成すべきことを成そうとしているだけです。誰にもこの役割を渡すつもりはないわ」

「その成すべきことは、弟を終わらせることかね」

「曙光が差し込む眩しい未来を掴むことです」

「……未来か」

「………」

「君は、この里に大きな貢献をしているし、私の千年にも及ぶ長い歴史の中でも、最高峰の魔法の才主だ。しかし此度の件、君はまだ我々の望む答えを示せていない。……一体君の言う“未来”とやら、その輝きが本物だと、どう証明する?」

「精霊に愛された魔法の才幹と、黎明を齎す真の覚悟をもってして」

「!! ………ほう」

 

 一切迷うことのない返答に、ゲズバルトは目を細めた。

 

 リンネの根本にある思惑は読めない。しかしエルフとして優秀で、集落に多大な貢献を今までしてきたリンネが、この里を裏切る判断を下すとは、ゲズバルトには思えなかった。

 

 『真の覚悟』、その言葉の深さと意味を、ゲズバルトはリンネの表情と淀みない魔力から理解したのだ。

 

 やはりリンネは、正しいエルフであったと。エルフの中でも特に優秀な、選ばれたエルフだと。

 

 そう心の底から思ったのだ(・・・・・・・・・・・・)

 

「正しい選択を当然のように選択できる……例え相手が家族であっても。それは、君のエルフとしての素晴らしい在り方だね、リンネ」

「………」

「その正しさが、君を救う温もりなんだろうね。……本当に素晴らしい」

 

 ゲズバルトの声には、称賛と同時に温もりを感じさせるものがあった。

 里の若き才幹の意志。それが正しく成長してくれている事実が、彼に歓喜の感情を抱かせた。

 

 ──この里は、リンネがいるのならば問題ないな。

 

 リンネの意志を確認し、ゲズバルトは安堵の表情を晒す。

 

 そこに、もうリンネを疑う気持ちは不可解なほどなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 村長の家から解放されたリンネは、深く息を吐き出した。

 その吐息には重さがあったが、表情は一切崩れない。程度の知れる奴等との、分かりきった結末の会話。そんなことに表情と魔力が乱れるはずもなかった。

 

 ──疑念は消えた。だが、同時に重責も深まった。

 

 森を吹き抜ける風が、淡い金糸の髪を揺らす。

 空を仰げば、樹冠の隙間から射す陽光がやけに眩しく、目に痛かった。

 

「……救う、か」

 

 小さく呟いた声は、己の胸にだけ落ちていく。その言葉に宿る響きは、優しさではなく鋼の冷たさに近い。

 

 リンネは拳を握り締める。

 白く細い指先が震えたのは、怒りか、迷いか。それとも──

 

「どちらにせよ、私のするべきことは変わらないわ」

 

 澄んだ青色の瞳に灯った魔法を解除し、リンネは前を見つめた。

 

 リエムを救う為に、リンネは多くのことを見つめ直している。情も意志も生き方も。全てを揺らぐことのない魔法へと変えている最中だ。

 

 一切の迷いを捨てねば、あの子を救うことはできないとリンネは解っていた。

 それは、エルフという存在を解っているが故に下した裁決である。そして、弟の性格を誰よりも理解しているがためのものでもあった。

 

 

「ああ………くそっ」

 

 過去と未来、現状の噛み合わせの悪すぎる出来事に対し憎悪が抑えられず、リンネは呪詛の籠もった言葉を吐き出した。

 それと同時に腸が煮え繰り返りそうなくらいに怒りが煽られた記憶。命知らずなクソガキ共に、リエムが《火球(ファイア・ボール)》を喰らいそうになっていたときのことを、リンネは思い出す。

 

 そして赤く輝く炎の景色を打ち消した後。罪人共を裁こうとした瞬間のことも。

 

『皆を攻撃するのなら、まずは僕を裁いて!』

 

 あんな言葉を、弟に言わせてしまった事実。誰よりも自分が悪いと思わせてしまっている現実。それが、リンネの心を重く痛くのし掛かっていた。

 

 弟は……リエムは、自分を責めては傷付いている。痛んで傷んでは、悲鳴を上げる心で必死に笑みを作っている。

 

 救いのなさすぎる世界に、リンネは歯を食いしばった。

 

 あの子は確かに“魔ナシ”だ。精霊に拒まれた異端。存在そのものが秩序の亀裂。

 だからこそ、集落にとっては害悪であり、災いの象徴。

 

 そんなことは解っている。自らの手で終わらせようとしたリンネが、一番よく解っているのだ。

 

 だが。

 

「こんな世界……納得できないッ」

 

 心の赴くままに一番大切な家族を選んでしまったから、現実の歪んだ光景が気持ち悪くて仕方ない。後悔も否定もする気はない、事実も含まれているから。

 けれど、只々憎悪が溢れて止まなかった。

 

 弟を傷付ける存在が、弟を救えない己が。憎くて仕方なかった。  

 

 

 正しいことなどどうでもいい。只、隣で笑ってほしい存在が幸福になれないこの世界を──リンネは滅ぼしたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

「──起きなさい、リエム」

「……んぇ」

 

 微かに伸ばされた優しい声に、僕はまどろみを無視して強引に瞼を開けた。

 そこには、淡い金糸の髪を月光のように揺らす姉様の姿があった。

 

 どうやら、白花を愛でている内に眠ってしまったらしい。空を見上げるともう日は沈み、星々の輝きが僕を見つめていた。

 

 寝ぼけ眼で視界がぼやける中、姉様の瞳だけははっきりと僕を捉えている。

 青く冷たい光を宿すその瞳は、鋭さと同時に、どこか柔らかな温もりも秘めていた。

 

「ごめんね、姉様。こんな時間まで外に出ちゃって」

「気にする必要は──……いいえ、そうね。存分に気にしてもらおうかしら。お前を探す労力に見合う対価を要求するわ」

「え、ええー」

 

 思わず僕は後ずさる。姉様の言葉の端々に含まれる、普段とは違う遊び心と圧が、僕の頭を混乱させた。

 

「対価……って、何をすればいいの?」

 

 声が小さく震えたのは、単純に姉様が不穏だからではなく、どこかに潜む予期せぬ“何か”を感じ取ったからだ。よく分からないけど、なんか嫌な感じがする。痛いことなら喜んで受けて立つけど、姉様は絶対僕にそういうのしてくれないし。な、なんだろうか。

 

 そんなビビリ気味の僕の反応に、姉様は少し微笑んだ。口元に浮かぶ笑みは、柔らかい月光の下でも冷たさを帯びている。

 

「さあ……まあ、後で考えましょうか。今はとりあえず、起きなさい、リエム」

 

 頭をワシャワシャと撫でられて目が回りながらも、姉様に言われるがままに身体を起こす。……もっと強く撫でてくれても、振り回す勢いでシてくれてもいいんだよ? ちょっとばかしの不満を抱く。

 夜露に濡れた白花の香りが鼻腔を擽り、我慢できずに僕は一度くしゃみをした。

 

「くしゅんっ」

「……風邪かしら」

「え? 違うと思うけど」

「お前は直ぐに隠すから信用ならないわ」

「隠してなんか──んっ」

 

 額と額が合わさり、姉様の幻想的に光る青い瞳と、僕の目がじっと交わった。昔から僕の風邪疑惑が出る度にコレをしてくれるけど、今はもう大分恥ずかしいね。

 姉様美人だし、近くに顔がありすぎると固まってしまう。頭突きでもくらった方がまだマシだ。マシどころか最高まである。

 

「……大丈夫、リエム」

「……う、うん」

「そう。じゃあ、おぶってあげるからさっさと乗りなさい」

「何が『じゃあ』なのかな??」

 

 突拍子のないというか、話を聞かないというか、姉様って大分天然が混じってると思う。

 そういう部分も大好きなんだけどさ……ほんと、僕への対応はもっと厳しく見下すのが普通だというのに。何度それとなく誘導しても、真顔になるだけで一向に手を出す気配がない。それどころか、過保護具合が増す一方だ。

 

 しょうがない姉様。頑固者なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶対、あのときの幻想魔法を僕に使わせよう。欲求不満が凄いし、姉様には責任を取ってもらう。

 

 姉様の背の上で、僕は覚悟を固く結ぶのだった。

 

 

「……ふふ」

「ッ! お、おんぶがリエムは好きなのかしら……」

「? ……おんぶが好きというか、姉様と一緒にいるのが好きなだけだよ」

「!!」

「これから覚悟してね、姉様」

「──こっちのセリフよ」

 

 月光照らす影の道。

 

 僕達は二人笑い合った。

 




 ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
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