魔法の使えないドMエルフくん   作:禍を齎すドMエルフくん

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3話

 

 彼女は、地獄を視る覚悟を決めていた。

 

 彼が傷つくのなら、自分はもっと傷付く覚悟があった。

 

 犠牲と地獄を知らずして、望む結末を手に入れることなど不可能だ。万象は、世界はそんなにも優しく綺麗に創られていない。それを十分に弁えているが故に、彼女は選ぶ。

 

 

 無数に拡がる、死の未来を潰し抗う運命を。

 

 例え、そこに辿り着くまでにどれだけの『命』を消失しようとも。地獄を視て、憎悪を煽られようとも。

 

 彼女は揺るがない。彼女は立ち止まらない。彼女は決して折れたりしない。

 

 望む未来を、掴み取るその瞬間まで。

 

 彼女は、左手の中指に嵌めた金色の指輪──【運命の指輪(アビス・リング)】にそう誓った。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 ──手強い。流石姉様あまりにも手強い。

 

 いつもと同じ大木に背を付けた状態で、僕はグッタリしていた。

 

 こんなにも、姉様を攻略するのが難易度の高いことだとは思ってもみなかった。かなり舐めていたのかもしれない。

 

 やること成すこと、全部初手の段階で潰される。あり得ない速度で先手を打たれて、思ってもみないイヤな方向へ流れを持っていかれるのだ。

 

 初めは勘違いかと思った。けれどやはり間違いない。

 

 里の皆に話し掛けようとすれば、強引に遠ざけられ。

 自分を卑下しようとすれば、その前に美味しい樹の実を食べさせられて。

 魔物に会いに行こうとすれば、魔物は既に全滅している。

 

 まるで、僕が気持ちよくなるのを運命が拒絶しているみたいに、姉様によって封じられるんだ。

 

 これじゃあ全然気持ち良くなれない……気持ち良くなるために必要なのは、許容量以上のヘイトだと僕は考えている。

 

 僕に対するエルフの皆のヘイトは、種族特性上、必ず備わっている。だから、ちょっとした僕自身の刺激で直ぐさま爆発すると思っていたのに。

 

 姉様の耐久が想像以上に高い。高すぎる。黄金の精神並だ。

 エルフとしての誇りを抱き、プライドの高い姉様が、なぜ身内の汚点を始末しない? それが僕にはどうにも理解できなかった。

 

 エルフの未来を考えるのなら、僕を早急に殺るべきだ。十中八九村長あたりからその命令も下されている筈。にも関わらず、姉様は依然として僕に優しく丁寧に接するのを止めない。

 いや、過保護具合から察すれば優しさが増えた可能性だってある。

 

 はっきり言って異常である。

 

 自ら進んで爆弾を抱え込むなんて、僕の知っている姉様じゃない。

 

 ……僕が村長の家で『魔力がない』と言われ、自らの本質と向き合った日。姉様も同様に己の本質を知ったのだろうか? だから急に僕への態度が甘ったるいものに変貌しちゃったのか。うーん、わかんない。

 

 姉様に優しくされるのがイヤなワケじゃないし、どんな姉様も僕は大好きだけれどもさ……今は兎に角気持ち良くなりたいんだ。

 

 本質を受け入れてから、僕は一度も暴力を振るわれていない。これは由々しき問題だ。

 

 流れれば当然のようにヤラれると確信していたことが、一向に成される気配がない。正確に言うと、そこら中に根はあるけど、芽吹く前に刈り取られているというかなんというか。

 

 こんな感覚生まれて初めてで、何とも言えなかった。

 

「────うぐっ」

 

 急に背筋に電流が奔ったような駆け上る感覚に襲われて、僕はビクリと震えた。

 

 ……姉様に金色の指輪を貰ったときくらいから、こういうのが増えてきた気がする。何もない場所で、何の予感もなく身体が反応するのだ。

 

 ほんと意味わかんないことばっかりだ……皆は虐めてくれないし、姉様は優しくて大好きだし、迸る電流は全然好みの痛みじゃないし。

 

 ちょっとは僕の思い描いた良い方向へ進んでくれたっていいじゃん……そんなに僕のことが。

 

「そんなに僕のことが嫌いなのか? 精霊様……」

 

 緑は美しく、空は快晴。太陽の光はとても温かい。けれど、僕の心は不満でいっぱいだった。  

 

 

 

 

 

 

「──そりゃあ、キライだろうさ。なんたってキミには魔力がないからね」

 

 風が凪ぎ、静寂に包まれた場に、一つの声が響く。

 此処には僕しか居ないはず。ならばこの声は一体ダレ──と考える間もなく、僕の身体は吹き飛んでいた。

 

「!!?」

 

 宙を舞い、落下して土を転がる感覚。今まで体験した事のない壮絶な痛みの刹那。いきなり降って湧いた出来事に、僕は胸に詰まった息を吐き出すように咳き込んだ。

 

「ゲホ、ゴホ……ハア、ハア……ゲホッ」

「アハハ、随分と吹き飛んだね。そこまで強く吹いたつもりはないのだが。やはりあの女の防御魔法が施されているとはいっても、僕の相手にはならないか。僕の方が優秀だもの」

 

 ズキリと走る痛み、頭を打ったのだろう。ドロリとしたものが流れているのがわかる。身体の所々が痛み、視界がチカチカと光った。

 だ、駄目だコレ……ヤバい。こんなに血を出したの初めての経験かも。ホントにヤバいぞこれ。

 

「い、一体全体……ゲホ、ゴホ……な、何事……?」

「オヤ? まだ状況を理解できていないのかい? 親里の僕が態々出向いたんだぞ? 敬意をもって理解しなよ。出なきゃ最大級の苦痛を味わってから死ぬことになるぜ? キミ。アハハ」

「なっ……」

 

 真っ白な視界が沈み、漸く目が見えるようになってくる。僕の目の前には、同族がいた。それも、とびきり強いと見ただけで伝わってしまうほど強大なエルフが。

 

 年齢は姉様と同じくらいだろうか。身体の方はエルフとしてはまだまだ成長途中と解る。しかし、解る。この人、めっちゃ優秀なエルフだ。

 

 何故なら───

 

「うっぐッ……ハァッ!」

「オイオイ、打ちどころがマズかったのか? 既に死にかけじゃないか。僕としては任務が楽で済むからいいけどさ。あの女の弟なら、もうちょっと愉しませてから死んでほしいもんだね」

「た、の……し?」

「そう、愉しい。弱者を痛めつけて殺すのは愉しい。自分が選ばれた者だと再確認することができるからね。キミみたいな存在そのものが罪と扱われる者には、死んでも分からない感情だろうけど」

 

 この人、僕を生き物として扱っていない!

 

 初めて諸に浴びた魔法。初めて転がった土の味。初めて味わった落下の衝撃。初めて知った壮大な痛み。

 

 世界は上手く廻らず、思い通りにいかないことばかり。そんな風に感じていたときに、この有り様。

 

 なにさ、これ。ほんとなにこれ。

 

 

 

 興奮しちゃうじゃん!!!!

 

 いきなりやってきた幸運。最高にも程がある。

 

 ふらつく身体で僕は眼前のエルフを見据え、霞む声を絞り出した。

 

「あ、あの……あ、あな、たは……一体。よ、よければ……名前をっ」

「ナニ、僕の名前を知らないだと? 王族直属魔法使い候補筆頭の僕を? 子里といえどもそれはありえないだろう。……キミはアレか? 魔力だけじゃなく脳ミソもないのか? ふん、姉弟揃って僕のことを舐めているね全く」

「………ッッ」

 

 一々罵倒してくださるなこの御方は。ふふ、優秀。気持ちよすぎて、思わず身体が震えてしまった。

 

「しかし、キミのような魔ナシの愚民でも、僕は適当にあしらって始末したりはしない。運が良ければ直ぐ死ねるけど、運が悪ければキミは地獄を視るだろうね。死んでもキミは地獄行きだけど」

「な、なんで……こんなこと……」

「『なんで』? 最も愚かでお粗末な質問だね。キミが死ぬことはもう決定事項なんだ。あの女はキミを殺すのは己の役目だと延ばしに延ばしていたが、上もそろそろ我慢の限界が来たってことさ」

「……ゲホ」

「意識が朦朧とし始めたか。なら、さっさと始めようか。あの女、生意気で傲慢なリンネ・エルフェリードがキミの死体を見たときに、どんな顔をするのか愉しみだ」

 

 彼は僕に左手を向け、口角を上げた。

 

 解る。今から僕は、この人に遊ばれ壊される。予感とか予想じゃなくて、確実にそうなるという確信があった。

 案外、望んでいることというのは、屈折している頃にやって来るらしい。

 ずっと夢見ていた。蔑まれ、罵られ、痛めつけられて、最後には壮絶な死を迎える気持ち良い未来を。

 村の皆は生温かったし、姉様は過保護すぎた。しかし今。僕を一切許容しない、完全な拒絶を。ようやく、ようやく現実が叶えてくれた。

 

 この状況について、色々と言いたい事はある。沢山、あるんだ。

 

 けれど、その瞬間になって僕の口から溢れた言葉は、たったの一言だけだった。

 

「姉様──■■■」

  

 今際の際で、僕は大好きな家族の名前を呼んだ。   

 

 

 姉様……僕、幸せになります!

 

 

 

◆◆◆

 

 

 少女は地獄を視た。

 

 最愛の人が、拷問の末に無惨に殺される運命だ。

 

 

──その光景は地獄だった。

 

 森の端に穿たれた小さな空白。陽は高く、緑は濃い。けれどそこだけは色が褪せ、音が死んでいた。運命の主役とも呼べる二つの影を認めたとき、少女は大きく目を見開く。

 

 

 土に頬をつけ、浅く荒い呼吸を繰り返す弟。その傷付いた姿を、少女は見たのだ。額は割れ、こめかみには赤色が伝っている。胸が上下するたび、砂が喉に刺さるように鳴り、声は出ていない。喉の奥で掠れた空気だけが擦れていた。

 

「………」

 

 少女の身体に巡る血液が沸騰する。誰のものを傷付けているんだと、死ぬほど憎悪が煽られた。

 

 弟を傷つけている大罪人──弟の目の前に立つ、あの薄笑いを貼りつけた若いエルフを、少女は見つめる。

 磨いた銀のような髪、均整の取れた手足、無駄のない魔法式。己の優越だけで世界を測る者の、淀みのない目をしている。左手の甲に刻まれた大魔導級(アークメイジ)の紋章が、陽光を反射して冷たく光っていた。

 

「………」

 

 景色は揺らぎ、地獄の運命は続いていく。男の右掌に、淡い琥珀色の紋章群が組まれていった。《拘束鎖(チェーン・バインド)》と《痛覚増幅(ペイン・ブースト)》の複合術。反復と才能がなければ決して到達できない領域の魔法。他者を痛めつけ拷問するときに使用する最高位の技。その悪しき魔法が弟に向けられている。他でもない、大切な人に。

 

「………」

 

 運命の終焉が迫る。終式まであと三呼吸だ。発動すれば弟は膝を折り、心臓を潰すような痙攣に三度耐えられない。四呼吸目の終わりで、命は沈黙し──弟は死ぬことになる。弟が、リエムが──死ぬ。

 

 届かないと解っている。しかし、少女は運命へと手を伸ばした。視るしか赦されない世界で、少女は抗い続けた。

 

 それしか、出来なかった。

 

「………」

 

 今すぐにでもあの男を殺したいのに、【運命の指輪(アビス・リング)】が運命の叛逆を縫い止める。視線を奪う権利すら与えない。金の輪が指骨に食い込み、冷たい螺旋が骨髄を撫でる。見届けよ、選べ、試せ、と。語りかけてくる。

 

 男が唇を歪めた。唇形は整っている。だからこそ吐き出す言葉の薄汚さが、余計に目についた。

 

『アハハ、魔ナシの愚民でも最後に一つくらい、望みを叶えてやろうか。僕の寛大さに感謝しなよ。遺言は?』

 

 精一杯の力。倒れ込んでいる弟が、血と土を飲んで喉を焼きながら、唇を震わせた。すぐには言葉にならない。歯の隙間から零れたのは、湿った息と、たった一語。そして、可哀想なくらいに切なく、満面の笑み。

 

 

『……姉様──■■■』

 

『おっと、すまない、時間切れだ。遺言は地獄の炎に焼かれながらの断末魔ってことにしておくさ』

 

 

 

 グチャリッッ。

 

 

「…………………」

 

 世界が、そこで砕ける。胸骨の奥で、何かが確かに割れた感覚があった。痛みではない。割れたものの鋭利な縁が呼吸に触れて心臓を抉り、底から徐々に湧き出す感覚。

 

 時と空間の狭間で。リンネは、視た。

 

 ──死。 

 

 ──喪失。

 

 ──終わり。

 

 どの分岐においても、弟は死んだ。沈黙と、冷えていく土と、遅れて気づく者たちのざわめき。自分はいつもそこにいない。間に合わない。戦うことすら赦されず、亡骸を抱き抱えるだけ。すべての未来が、扉を閉ざしているのだ。

 

 これが、きっと定められた運命なんだ。

 

 ──指輪が問う。

 

 視たうえで、なお選ぶか。地獄を歩くのかと。運命に抗うのかと。

 

 ──リンネは答える。

 

 総てを燃やし尽くし、運命を滅ぼすと。

 

 視るだけの未来など、灰だ。変えられないなら、こんな指輪は要らない。変えるために、私は地獄を歩く決意を胸に据えたんだ。

 

 叶えられないなら、お前も殺す。

 

 その答えに、指輪が回転し始める。金の輪の縁に、黒い縫い目のような紋が浮かんだ。光が沈み、闇が燃える。手首から肘へ、古語の糸が巻きついていく。《位相縫合(フェイズ・ステッチ)》──視た未来と現在の距離を、誓約で縫い縮める魔法。『禁忌(フォービドゥン)』に部類される、神の御業。代償は、明暗を隔てる者の絶死。それを見届け、死よりも苦しい暗道を歩むこと。

 

 指輪は万能ではない。間に合わないことの方が断然に多いし、全て徒労に終わって、無駄になってしまうかもしれない。それでも、何十何百何千何万何億の地獄を視ようとも。

 

「私が、絶対にお前を救い出してみせるから」

 

 覚悟と共に、森が軋む。足元の世界が、一段沈んだ。

 

 死を超えて、絶望を抱えて、リンネは歩き出す。扉は開いた。開いた以上、もう迷わない。やるべきことは決まっている。ずっと溢れて止まない、心底願ったことがあるのだ。

 

 指輪の内側で、熱い息が鳴った。己のものではない。運命という名の獣が、鎖を引き裂く音。

 

 あの男を殺す、冷たく無慈悲な私の殺意が放たれた声だ。

 

 

 

『……姉様──生きて』

 

「必ず殺してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 「────うぐっ」

 

 急に背筋に電流が奔ったような駆け上る感覚に襲われて、僕はビクリと震えた。

 

 ……姉様に金色の指輪を貰ったときくらいから、こういうのが増えてきた気がする。何もない場所で、何の予感もなく身体が反応するのだ。

 

 ほんと意味わかんないことばっかりだ……皆は虐めてくれないし、姉様は優しくて大好きだし、迸る電流は全然好みの痛みじゃないし。

 

 ちょっとは僕の思い描いた良い方向へ進んでくれたっていいじゃん……そんなに僕のことが。

 

「そんなに僕のことが嫌いなのか? 精霊様……」

 

 緑は美しく、空は快晴。太陽の光はとても温かい。けれど、僕の心は不満でいっぱいだった。  

 

 

 

 

 

 

 

「──そりゃあ、キライだろうさ。なんたってキミには魔力がないからね」

 

 風が凪ぎ、静寂に包まれた場に、一つの声が響く。

 此処には僕しか居ないはず。ならばこの声は一体ダレ──と考える間もなく、僕の身体は柔らかい腕の中に抱き込まれていた。

 

 

「なっ───ガハアァアァアアアアっ!?」

「え、え、な、なになになに!? 一体全体何事!!?」

 

 なに今の断末魔!? 衝撃一つない温かい腕に抱えられて、僕は混乱の声を出す。しかし誰かに目隠しをされているらしくて、僕の視界は何も情報を獲得することができなかった。な、なんなんだよもうッ。

 

「ダ、ダレ? 手、手を離して、なんにも見えないよ……」 

「見る価値も覚える価値もない愚者よ。気にすることはないわ」

「あ、ね、姉様!?」

 

 聞き覚えのありすぎる声が返ってきたことに、僕は驚愕する。

 なぜ故に姉様が此処にいるんだ。最近活性化し始めたっていう、魔物の群れ討伐に今朝向かったばっかりじゃん。どう考えても帰って来るの早すぎないかな。

 

「え、えっと姉様、何か忘れ物でも取りに来たの?」

「ええ」

「そ、そう……じゃあえっと、取りに行ったら? あと手、離して?」 

「ええ」 

「………」

「………」

「………姉様?」

 

 え、な、なんで離さないの……? 了承してくれたよね??

 僕が困惑していると、姉様は何を思ったのか、僕のことを包むように抱き締め始めた。

 

「え、ええ……ホントにどうしたのさ姉様」

「なにも問題ないわ」

「そ、そっか──」

 

「ぐぁああおおおおおおぁあああああああ!!!! よくもよくもよくも! この僕の美しい顔を!! リンネ・エルフェリードオオォオオオオオオオ!!!!」

 

「だ、誰か他にもいるよね。大丈夫、姉様? 何がどうなっているの??」

「言ったはずよ。気にすることはない、と」

 

 えぇ、無茶言わないでよ。あんな大きい声の人が騒ぎ立てているのに、気にしないワケないでしょ。

 見なくても解るよ、今絶対姉様睨まれてるでしょ。何があったのかは知らないけど、暴力とかはもっと僕に振るおうよ姉様……。血の気が多すぎるんだからもう。

 

「赦さん、絶対に赦さんッ。殺してやる! そこの魔ナシ諸共殺してやるぞ愚民!!」

「それはこっちの台詞よ。お前だけは楽に死なせない。最大限の苦痛を味わわせてから殺してやる」

 

 二人の殺意が辺りを充満する。何も見えず

状況について行けないまま、僕はその空気に若干の気持ち良さを感じることしか出来なかった。

 

 と、とりあえず姉様がんばえー!

 

 

 





 ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
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