オンパロス異聞録 カイザーに小さな灯火を   作:ハチハル

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高評価、お気に入り、ここすきなど、いつもありがとうございます!

物語も、そろそろ終盤です。お付き合いいただけますと、幸いです。


第10話 足跡を辿り、灯火に目覚めを

「……彼の記憶は、ここまでみたいね」

 

 かつての永劫回帰、“蛍火卿”リュスクスが辿った軌跡を辿り終え、キュレネは短く息を吐いた。

 今、立っているのは神悟の樹庭。リュスクスの記憶を見る前に立っていた場所だ。

 キュレネは無事戻ってきたことにホッとしつつ、隣で腕を組み佇むケリュドラを見た。

 

「とても長い旅だったわね、カイザー」

「……ああ。そうだな」

 

 ケリュドラは腕を組んで、つい先ほどまでキュレネと共に見ていた記憶を思い出す。

 今までは人伝にしか聞いたことのなかった、顔も知らない忠臣の人生の始まりと、その結末。それを見届けた今、ケリュドラの中には言い知れぬ感情が渦巻いていた。

 

「これだけの記憶となると、やっぱり一言で感想を言い表すのは難しいわよね」

「短い年数だったとはいえ、人一人分の一生だったからな」

 

 寄り添うように言葉をかけるキュレネに、ケリュドラは静かに頷く。

 あの天外の救世主のように、波乱万丈に満ちた冒険譚では無かった。でも、その代わりに戦いの合間で一つひとつ積み重ねられた足跡があった。

 凡愚、と言うには一部を除いて、あの青年は物覚えや成長の速度が早かった。

 賢者、と言うには仕えた君主の意図を掴み損ねて、その命を散らしてしまった。

 そういう意味でリュスクスは変わり者で……一言で言い表すには言葉の迷う人物だった。

 

「……そうね。一つひとつ、振り返ってみることにしましょう?」

「頼む」

 

 キュレネの提案に、ケリュドラも頷く。

 自分が見た彼の記憶を定着させつつ、この胸の内の想いを整理する必要がある。そう判断して、ケリュドラはその提案に応じた。

 

「まずは……リュスクスが目を醒ましたところね」

「あいつは、目覚める前の記憶が欠けている、と言っていたな。心の声も聞こえていたが……聞き慣れない単語もあったな」

「ええ。あたしも知らない言葉だったわ。オンパロスでは聞かないような言い回しもあったわね」

「ふむ。……消去法だが、あの男はやはり、天外に由来する存在だったのかもしれないな」

 

 オクヘイマに来た後のケリュドラとリュスクスの会話の記憶の中にも、そう思わせる要素はいくつかあった。

 リュスクスの故郷は、四季の変化が極端で夏には蒸し暑さもあったのだという。そして、冬には雪が多量に降るのだとか。だがケリュドラが知る限り、オンパロスに流れる四季はそこまで極端とは言えなかった。

 それらも合わせると、確証は無いものの彼は天外から来たと考えるのが自然だろう。

 

「まあ、灯火卿の故郷のことは置いておいてだ。目覚めた後、あの男は自分を拾った村にいち早く溶け込んでいた。村というのは少なからず閉鎖的な面はある。そんな場所で素性の知れぬ男が、ああも馴染めるとは」

「きっと彼には、人を安心させるような何かがあるのかもしれないわね。言葉にするのは難しいけど……」

「いいや、お前の言いたいことはよく分かるとも」

 

 思えば既にこの時期には、片鱗があったのだろう。かつてのケリュドラやセイレンスが心を許せるようになる、リュスクスの人の良さが。

 

「それから村で過ごして、文字をあっという間に覚えて、槍術まで収めて……。たった一年で出来てしまうなんて、只者じゃないわね」

「物覚えが良い体質らしいが……。お前はその原因に心当たりはあるか?」

「うーん。あるとすれば、やっぱり『記憶』じゃないかしら。その運命の後押しを受けているから、物事を覚えやすい、というのはあるのかもしれないわ」

「ふむ。だが、歌は……」

「壊滅的だったわね……」

 

 二人が見た記憶の中には、幼子に歌を聞かせるリュスクスの姿もあったが、それはもう下手だった。リズム感はまだ良い方だが、肝心の音があっちこっちに行ってしまって、とても聞けたものじゃなかった。あれが彼の黄金裔としての欠点……とも思えないから、単純にセンスの問題だろう。

 

「こほん……。まあ、それはそれとしてだ。村で一年ほど過ごした後、あいつはオクヘイマに来たんだったな。そこで、“僕”と灯火卿は出会った」

 

 ケリュドラは咳払いをしつつ、気を取り直して話を続ける。

 

「ふふっ。分かりやすいくらいの一目惚れだったわね」

「あんな風に惚れられていたとは、思ってもみなかったな。酔狂にもほどがある」

 

 キュレネの言葉に頷きつつ、ケリュドラは肩を竦める。

 今までにも異性から多少そういった感情を向けられた経験が全く無いわけでは無かったが、大抵は侮りから勘違いした行動に走る者や、逆に恐れからそういった気持ちを霧散させる者がほとんどだった。

 そういった者たちに対して、リュスクスは変わっていた。

 忠誠を示さなければならない場面で気持ちを切り替え、礼儀を弁えてみせた。

 その行動が、かつての“ケリュドラ”を困惑させた部分はあっただろう。しかし、同時に臣下として忠を尽くそうという姿勢は、ひとまずの信用を与えるきっかけにはなったはずだ。

 

「彼は、事前にカイザーの話を知っても尚、貴女に惹かれていたものね。暴君としての側面を知ったとしても、リュスクスにとってはカイザーが理想の女の子だった、ってことかしら」

「……むず痒いことを言うのだな、お前は」

「ふふっ。照れなくてもいいのよ?」

 

 小首を傾げてキュレネは愛らしい笑顔を向けてくるが、ケリュドラからすればただの女の子扱いをされているようで、些か不本意だ。

 だが抗すれば抗するほど相手の思う壺になるのは分かり切っている。故に、ケリュドラはキュレネを半目で見て最低限の抗議をするだけで済ませた。

 

「……とにかく、あの謁見から灯火卿の僕の臣下としての人生が始まったわけだ。かつての輪廻では、“蛍火卿”と呼ばれていたようだがな」

「ここにいる貴女は、蛍火卿とは呼ばないの?」

 

 キュレネの疑問は自然なものだろう。かつての自分がそう呼んでいたのなら、今ここにいる自分が蛍火卿と呼んでも、何ら問題はないはずだ。

 ケリュドラは頷いて、その問いに答える。

 

「ああ。“蛍火卿”とは、かつての僕があの精霊を見て名付けたものだったんだろう。だが今の僕にとっては――例え暗闇の中にあっても静かに瞬く“灯火”だった。“蛍火”とは、かつてのリュスクスを示した言葉だ。今の“あいつ”をそう呼ぶには、些か不足があるというものだろう」

 

 ペンダントの中に灯る火は、見ようによっては蛍火と言えるかもしれない。でもそれは、リュスクスの特徴を示した名でしかない。()()()名付けではあるが、今のケリュドラにとってこのペンダントはそれに留まらない価値を持っていた。

 

「そういうことだったのね。灯火卿……。ええ。いい響きだわ」

 

 ケリュドラの意図をじっくりと噛みしめて、キュレネはふわりと柔らかい笑みを浮かべていた。

 

 そして、話はリュスクスの過ごした日常のことに至る。

 リュスクスはオクヘイマで過ごす中で、セイレンスとも親交を温めたり、ケリュドラとチェスを通じてコミュニケーションを取ったりしていた。

 

「……やはり、オクヘイマに来てからも馴染むのは早かったようだな」

「そうね。名前で呼ばれるくらい、貴女とも仲良くなっていたものね」

「僕の許可無く名前を呼び捨てにするとはいい度胸をしているが……。ああも自然体では、“僕”が許してしまうのも無理からぬことだな」

 

 それに加えて敬意はきちんと持っていたのも、かつてのケリュドラが二人で過ごす際には呼び捨てを許した理由の一つなのかもしれないと、ケリュドラは思う。

 

「彼は結局自覚してなかったようだけど、貴女に対する好きって気持ちも溢れ出ていたものね」

「…………ああ」

 

 キュレネの言葉に、ケリュドラは一瞬言葉に窮してしまった。

 第三者の視点から見ていても分かるほどに、リュスクスは共に過ごすケリュドラに対しての好意を滲ませていた。

 もし今ここにいる自分が本人から直接その好意を向けられていたら、記憶の中のケリュドラのように動揺せずにはいられなかっただろう。その時どんな心境になっているか想像しかけて、ケリュドラは首を振る。

 

「……いかんな。これは」

「カイザー、どうしたのかしら?」

「お前が相手だから言うが――少し、かつての輪廻の自分を羨ましいと思ってしまった」

「あら」

 

 驚くキュレネを前に、ケリュドラは少し気恥ずかしくなる。

 まさか、記憶の光景の中の己自身に僅かと言えど嫉妬を抱いてしまうとは。

 リュスクスは、記憶の中のケリュドラに対して好意を向ける様を見せていた。決して、今の自分にではない。それに、リュスクスとの思い出らしい思い出も、持っていない。そう考えたら、かつてのケリュドラが羨ましくなってしまったのだ。

 流石に、今の自分が彼に対して恋情を抱いているとは言えないだろう。何せ、積み重ねた時間が存在しないのだから実感のしようが無い。でも、手元にあるペンダントの由来を聞かされ、あの光景を見せられたら意識しないわけにはいかなかった。

 

「ここに余人がいなくて良かった。今の僕を見れば、その隙を突こうとする輩は出てくるだろうからな」

「オクヘイマの人たちが知る“カイザー像”からは離れてしまうものね。でも、あたしは良かったのかしら?」

「あれだけ共に過去の記憶を見たんだ。僕ですら知らない“僕”も含めてな。今更そこを取り繕っても仕方がないだろう」

 

 ケリュドラは苦笑を浮かべて、キュレネを見る。

 初対面の頃から思っていたことだが、改めてキュレネは同性から見ても素直に“愛らしい”と思える。その愛らしさを自覚しながら、それでいてわざとらしさは無く、人の心の機微を捉えるのに長けている。そんな彼女を前にしたら、いかに“カイザー”が君主として冷酷だったとしても、“ケリュドラ”としての自分が絆されてしまうのも道理だろう。

 それが、ケリュドラから見たキュレネの“良さ”だ。

 

「ふふ。――それじゃあ、この後の振り返りの率直な感想も、もっと聞かせてくれるかしら」

「当然だとも」

 

 ケリュドラは頷いて、キュレネと共にリュスクスの日常の記憶を振り返っていくのだった。

 

 

「――最後は、リュスクスがケリュドラの下を去った後ね」

「……ああ」

 

 二人の別れは、互いに譲れない物のために袂を分かつ形となった。

 リュスクスは、自分を拾ってくれた村への恩義のため。

 ケリュドラは、村はもう助けられないと判断し、これ以上の損耗を防ぐため。

 

「一人の人間の考え方としては、リュスクスの村を守りたい気持ちは、間違っていなかったと思うわ」

「同感だな。だが、国家を担う者としては村の放棄を判断せざるを得ない。これ以上人員を消耗しては後々の戦にも支障が出る。加えて、あの村は人的物的共に深刻な被害を出していた。暗黒の潮の浸食もあったな」

「でも彼は、カイザーの判断を認められなかった。だから、出て行ってしまったのね」

「“僕”とのチェスの盤面を見て薄々感じていたことではあるが、あいつは戦略的な面で物事を見るのは少し苦手なように見えた。全く見えていないわけでは無いが、心情的に時として大切な物を切り捨てることが出来ない、という性質が出ていた。それはあいつの長所であると同時に短所であり……この時は、短所として出てしまったんだろうな」

 

 記憶の中のリュスクスは、チェスにおいて無謀な攻撃を繰り出したり、逆に攻撃した方が勝ちに近づける場面でキングの守りを固めようとしたりすぎて余計に不利になることがあった。

 かつてのケリュドラもそうした性質に気付いていたから、度々リュスクスをチェスに誘っては気付きを促し、成長させようとしていたのかもしれない。単純に、面白い相手だからというのもあっただろう。だが、暗黒の潮は彼が成長するのを待ってはくれなかった。

 

「カイザーとセイレンスは、リュスクスが出て行くとき、とても辛そうな顔をしていたわ。あたしは貴女たちとの付き合いは短いけれど、あんな表情をするのは滅多に無いことは分かる。……言葉にはしていなかったけど、行かないでって気持ちを強く感じたわ」

 

 キュレネは、リュスクスが別れを告げたときのことを振り返る。彼女の所感は、ケリュドラも同様に感じるところだった。

 

「それでも、“僕”はカイザーとしてあの場で振舞っていた。そうあれかしと人の望まれ、何よりも“僕自身”がそうあるべきだと定義していたはずだからな。――まあ、あの時点で無意識に抱いていた想いが影響していたのは否めないが。既に想いを自覚出来ていたら、或いは結果は違ったのかもしれないな」

 

 ケリュドラは、「もしもの話に過ぎないがな」とも言い添えて、息を吐く。

 あの出来事は既に遠い過去の物となってしまっているし、どのみちあの状況ではあの結末になるのも仕方が無いのだろう。

 

「その後の彼の奮戦ぶりは、凄まじかったわね」

「ああ。精霊と力を合わせ、対多数戦という圧倒的不利の中で敵を殲滅し続けた。最後に至っては、精霊と別行動を取って一人になってもその槍捌きで以って戦った。呆れるほどの底力でな」

 

 かつてのケリュドラは見ることが無かったであろう、あの戦いの中でのリュスクスの戦いは血気迫る物だった。

 荒々しく、それでいて繊細な槍捌きと立ち回りで、怪我を最小限にしながら無限に湧き出る敵を叩き続ける。並みの精神力では、そんなことは不可能だろう。

 

「そうして彼は最後の敵に不意を突かれるまで、脅威に抗い続けたのね……。せめて最期にカイザーと会えたのは、救いだったのかしら」

「少なくとも、灯火卿にとってはそうだろうな。“僕”も、あの不利な状況を一人でひっくり返したのは予想外だったのだろう。剣旗卿を伴って増援に駆け付けたが、遅かった。そしてあの男の最期を看取り……ようやく自分の気持ちに気付いた、というわけか」

 

 星から聞いた当初は耳を疑ったものだが、あの光景を目にした後ならば、実際に起きた出来事だったのだと信じられる。

 

「――灯火卿が消え、代わりに遺されていたペンダントを手にした“僕”は、その想いと共に歩み続けた。……だが、あの決別は心の傷にもなっていた。その傷は、『法』の試練に失敗してしまったことで、隠し切れなくなってしまったのだな」

「カイザー。貴女はこれから、その試練に挑むことになる。あまりにも残酷な試練よ。それでも貴女は、試練に挑むつもりなの?」

 

 キュレネは、試練に失敗したケリュドラと、それを前にしたセイレンスの姿を見て心配に思ったのだろう。じっとケリュドラを見つめる瞳は、僅かながらに揺れていた。

 

「愚門だな。僕が望むと望まないとに関わらず、今回ばかりは完遂せねばならん。そうでなくては、かつての無数の“僕”の征途も、無数の輪廻を繰り返しオンパロスと群星を守らんとした見知らぬ英雄の孤軍奮闘も、あの天外の救世主の献身も――。全てが無駄になる。多くの想いというものを背負っているんだ。故に、『法』の神権(最終協定)を必ず掌握し、あの天才たちに託す」

「……覚悟は、出来ているのね」

「ああ。今の僕には、このペンダントという支えもある。何があろうと、果たしてみせるとも。……くれぐれも、他の者には言ってくれるなよ?」

 

 ケリュドラの硬い決意の前に、キュレネは戸惑いながらも最後には力強く頷き、微笑む。

 

「分かったわ。カイザーの試練が果たせることを、あたしも祈るわね」

「ああ」

 

 キュレネとて、きっと言いたいことはまだあるだろう。それでも背中を押すように微笑む姿を見ると、余計に退くわけにはいかないなと思わされる。

 ケリュドラはペンダントからも勇気を貰おうと握りしめたところで――ふと気づいた。

 

「そういえば、さっきの記憶のことだが。灯火卿の死後も、あいつの記憶は続いていたな。あれは……」

「……きっと、()()()()()()()()()()()()()()()でしょうね。リュスクスが死ぬ前、フィゴラが彼の身体に吸収されていたでしょう? 多分だけど、フィゴラは彼の中でこのまま主人を死なせるわけにはいかないと思って、その身体を捧げたんじゃないかしら」

「やはり、そうなるか。――となると、この水晶の中の火は……」

「他ならない、リュスクスの意識が眠っているってことになるわね」

 

 薄々予想していたことではあった。だが、キュレネからはっきりと告げられて、ケリュドラは長く息を吐いた。

 

「――灯火卿は、目覚めさせられそうか?」

 

 ケリュドラの問いに、キュレネは静かに首を振った。

 

「この記憶の旅はリュスクスっていう青年のことを知る旅だったけど、あたしはその旅の中で彼を目覚めさせるヒントを探していたわ。でも、彼の記憶()は途方もない輪廻の中で擦り切れていって、やがて深い眠りに就いてしまった。無理に叩き起こそうとすることは出来なくもないけど……。その場合、貴女との再会も叶わないまま崩れ去ってしまうと思うわ」

「あいつの記憶の最後は、言葉すらも曖昧になっていたからな。予感はしていたが……。そこまで深刻な状態だったとはな」

「そうね。それでも今も火が灯っているのは、その水晶に守られていたことと――記憶の精霊となった彼が、貴女の存在と結びついていたからよ」

「同じような話を、魔女(ヘルタ)ともしたな。――摩耗してしまったとはいえ、今もペンダントの姿で生き永らえているのも、輪廻の度に僕の下に現れたのも、全ては僕の存在に帰結するわけだな」

 

 ケリュドラは、ペンダントへと視線を落とす。

 リュスクスの記憶を見ることは出来た。それによって、このペンダントのルーツと自身との関わりを知れた。だが、目覚めさせることまでは叶わなかった。

 今ここに存在している自分も彼と言葉を交わしてみたいと思っていただけに、素直に残念だと思う。だが、これで良かったもしれないとも、ケリュドラは思った。

 

「……カイザー、一つ補足をしてもいいかしら」

「構わん、言ってみろ」

 

 キュレネは少し迷うような素振りをしていたが、ケリュドラが促すと覚悟を固めた顔をしていた。

 

「リュスクスは眠ったままだけど、彼の記憶に触れたことで、ほんの小さな“揺らぎ”が生まれたの。それは小さなさざ波に過ぎないけれど……。何か大きな出来事がきっかけで、彼は貴女を守ろうとして目が醒めるかもしれないわ」

「ふむ。灯火卿の眠りに綻びが生じた、というわけだな。今までは水晶が防壁となっていたが、今回の記憶への干渉によって、状況が変わったと」

「ええ」

 

 ケリュドラが確認のために問うと、キュレネは頷く。

 

「となると、一縷の望みはあるが……。お前の言い回しから察するに、命に関わる局面になったときが、一番可能性はあるな」

 

 そして、命に関わる局面となると、ケリュドラの脳裏にあるのは()()だけだ。確かに、キュレネが迷うような素振りをしていたのにも頷けることだった。

 

「……その様子、カイザーはもう気付いているのね」

「ああ。あいつと会うためには、『法』の神権(最終協定)の掌握に至る道を進まなければならない。ふ、まさか本来の目的のついでに、望みを叶えられるかもしれないとはな」

 

 ケリュドラからすれば、まだ希望は残っているも同然だ。自然と、笑みがこぼれてしまう。

 その様子を、キュレネは意外そうに目を見開いて見つめていた。

 

「驚いたわ。迷いが無いのね、カイザー」

「ここで迷うようなら、僕はカイザーになどなっていなかっただろう。いずれここに帰ってくる救世主に未来を託すついでに、僕個人の願いも叶えられる。こんな千載一遇の機会、逃すはずが無いだろう?」

 

 その宝石の瞳には、硬い決意が宿っていた。

 

「――ふう。いらない心配だったみたいね」

「ああ。だが、身を案じてくれたことには、礼を言おう」

 

 仕方がないわね、と言わんばかりに笑うキュレネに、ケリュドラも僅かに頬を緩めながら応じる。

 今この時を以って、今回の永劫回帰における征途の終焉は定まった。ならば後は、それに向かって突き進むだけだ。

 ケリュドラはより一層硬くなったその意思と共に、まずはファジェイナ討伐準備の仕上げをすべく、キュレネと共に樹庭を去っていく。

 

 自らの背丈とさほど変わらない、偉大なカイザーの背を見ながら、キュレネは静かに呟く。

 

「――貴女の征途の最後に、ロマンチックな物語が訪れますよう祈っているわ、カイザー」

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