3355万336回目の永劫回帰における火を追う旅にて外部変数として、星穹列車の開拓者である少女、星はオンパロスに降り立ちこの世界の真実を知った。
このオンパロスは「皇帝のセプター」の一つであり、絶滅大君「鉄墓」を生み出すための壮大な実験場であること。「鉄墓」がもたらす壊滅を挫くため、ファイノンという一人の青年が数え切れないほどの永劫回帰を繰り返し、自分たちを待っていたこと。
星は、オンパロスやファイノンに関わる記憶を追体験する形でそれらの事実を知り――今、ファイノンから「万象の座」を受け継ぎ次の輪廻へと向かおうとしていた。
「――そうだ、相棒。これは使命とは関係ないんだけど、一つだけ話しておきたいことがある」
「話しておきたいこと?」
別れ際になって寂しくなってきたんだろうか。案外相棒も可愛いところがあるな、などと的外れもいいところなことを考えながら、星はファイノンに向き直った。
「ああ。かつての僕の記憶の中に、印象に残ることがあってね。君は、ケリュドラって人の名前を覚えているかい?」
「えっと、1000年くらい前のオクヘイマに君臨してたカイザー……だっけ」
他にも女皇や火追いの王など、様々な異名があったはずだ。面識のあったアグライアから少しだけ聞いたり、丹恒から歴史文献を見せたりしてもらって、その名前は覚えがあった。確か、「法」の半神でもあったはずだ。
「そうだ。どんな人かはまあ、実際に会った方が早いだろうね」
「印象的な出来事って、そのケリュドラって人に関係あることなの?」
「うん。彼女は3355万336回の輪廻の中でただの一度も例外なく、オクヘイマの君主であると同時に暴君としてあり続けた。けど、その中のたった1回だけ、彼女は他のどの輪廻でも経験しなかったことを経験したんだ」
「それって、何?」
「恋愛だよ」
ファイノンの口から飛び出した言葉に、星は目を見開く。
星はついさっきまで、これまでの永劫回帰の中でファイノンが見てきたものを追体験していたが、あれらは彼が見た物全てというわけでもなかったようだ。
それはそれとして、ケリュドラが恋愛を経験した、ということの方にこそ星は驚いていた。星の覚えている範囲では、ケリュドラは君主として崇敬を集め、時に恐れられていたこともあってか、恋愛にまつわる記述はどの歴史書にも無かったし、誰かから話を聞くこともなかった。そんな彼女が、1回の永劫回帰の中で、恋愛をしたことがあったとは信じられない。
「意外だって顔だね」
「だって、そんなイメージ全然無かったから」
「その気持ちは僕もよく分かるよ。初めてその事実を知ったときの“僕”も、すごく驚いたしね」
「恋愛って言うからには、その永劫回帰の時のケリュドラには恋人がいたの?」
「――いや。恋が実る前に、ケリュドラへ想いを寄せていた人物が暗黒の潮との戦いで亡くなってしまったそうだ。彼は今際に駆け付けた彼女へ想いを告げたそうでね。それでようやくケリュドラも自分の想いを自覚したそうだ」
「そんなことがあったんだ。……でも何で、今その話を?」
意外なのには違いないが、その話をされたところで、次の永劫回帰で星が出会うことになるケリュドラからすれば知ったことか、と切って捨てられてもおかしくない話だ。今、わざわざその話をするということは、何かあるのか。
「“彼”は、その1回の永劫回帰でしか存在しなかったんだ。だから次の永劫回帰以降はケリュドラも恋愛をすることなく、君主としてあり続けたんだけど……。今までの永劫回帰では存在していなかった変わったペンダントを、身に着けるようになっていた」
「ペンダント?」
「ああ。そのペンダントは元々、“彼”の遺品だった。それがどういうわけか次の永劫回帰のときも、そのまた次の永劫回帰のときにも存在していて、ケリュドラは大事にしていた。『何故かは分からんが、これを身に着けていると落ち着くんだ』と、ある永劫回帰の中で彼女は言っていたよ」
ファイノンの話を聞くうち、星も段々と話の意図が分かってきた。
「ということは、次の永劫回帰でもケリュドラはそのペンダントを身に着けてる可能性が高いってこと?」
「ああ。出来れば、彼女にペンダントの由来を知らせてほしい。“僕”は『信用ならない』と一蹴されてしまったけど……。君の話なら、聞いてくれる気がするんだ」
「……分かった。相棒の頼み事だもん。必ず、伝えてくるよ」
「頼んだよ。相棒」
そして今度こそ別れを告げようとしたところで、大事なことを聞き忘れていたことを、星は思い出す。
「そうだ、ファイノン。その“彼”の名前、教えてくれる」
「ああ。彼の名前はリュスクス。――カイザー、ケリュドラの最も忠実な臣下の一人で、腕の立つ槍使いだったそうだ」
「それで、ファイノンからの頼まれごとを受けたのね」
ファイノンと別れ、次の永劫回帰へと向かう出発地点となるエリュシオンで、星はもう一人の相棒であるキュレネに事情を話した。
最初に出会った頃はミュリオンという名前の、可愛らしいピンクの妖精さんだったがどういうワケか、ピンク髪の背丈の低い美少女になっていた。
「ごめん、迷惑だった?」
「あら? そんなことは一言も言ってないわよ? ただ、意外だったの。3355万336回の中に存在したキュレネも知らないところで、そんなことがあったなんてね。……ふふ」
星は、勝手に頼まれごとを請け負ってきたことに何か言われるかと思って少し身構えたが、キュレネは寧ろ楽しそうに微笑んでいた。
「キュレネ?」
「ああ、ごめんなさい。素敵なお話だって思ったら、ついね。だって、お堅いカイザーと思われてた人が、たった一度だけ恋をしていた、だなんて。それも、彼の遺したペンダントが何度輪廻を経ても、カイザーの手元に残り続けていたなんて。――ええ。これもきっと、ロマンチックな物語なのかもしれないわね」
キュレネが笑っていたのはそれが理由か、と星は納得する。
星もこれまでの旅で物語や現実を問わず、いろんな愛の形を見てきたが、悲しい結末こそあれど、どこか暖かさも感じる彼とケリュドラの恋物語もまた、それらに負けないロマンチックさだ。
「キュレネは、ケリュドラの手元に残り続けてたっていうペンダントって何だと思う?」
「うーん。実物を見てみてみないことには、分からないわね。今のところ考えられるのは、
歳月のタイタン、オロニクスはその名のとおり時を司る神だ。星が壊れた物を直したりファイノンが今まで永劫回帰を繰り返して来られたりしたのも、オロニクスの持つ歳月の力のおかげだ。件のペンダントも、後の永劫回帰では彼の存在が無かったにも関わらず存在していたのは、歳月の力による可能性も排除出来ない。そのことは、星も理解出来た。
「なーんか、しっくり来ないんだよね。例のペンダントは、ファイノンが持って歩いてたわけじゃないみたいだし」
「そこは、あたしも気になってるわ」
とはいえ現状、手掛かりは何もない。二人でうんうんと唸ってみても、結論は出そうになかった。
「キュレネ。提案なんだけど、この後、識刻アンカーを使ってスクリューガムかヘルタと方針について話し合う予定でしょ? その時に、ファイノンが話してたペンダントやその持ち主のことについて相談してみたいんだけど、どうかな」
「天外から力を貸してくれるっていう、二人の天才のことね? それがいいと思うわ。何かアドバイスを貰えるかもしれないし」
「決まりだね」
星とキュレネは頷き合うと、暫しの間いったん休憩を取ることにしたのだった。
識刻アンカーを使って星とキュレネはヘルタ、スクリューガムと連絡を取ることに成功した。
その際、二人の天才から絶滅大君「鉄墓」の完成は間近に迫っており、猶予があまり無いこと。鉄墓の完成を目論んでいると思われる管理者「ライコス」は黄金裔たちの行動に干渉出来ず、その原因がセプター独自の厳格な協定があること。その最終協定はオンパロスにおいて「法」のタイタン、タレンタムとして知られており、タイタンあるいは半神を説得するか火種を奪うかして、手に入れる必要があることが伝えられた。
その後、ファイアウォールが迫り時間があまり残されていない中で、星はいくつかの質問や現状確認をした後、ペンダントのことについて話題に出した。
「ふうん。3355万336回の永劫回帰の中で、1600万を超えた辺りでたった一度出現した変数……。そいつ自身は以降の永劫回帰で姿を現すことは無かったけど、何故かペンダントは『法』の半神の下に在り続けた……」
時間も無いので概要を掻い摘んで星がファイノンから伝え聞いた話をすると、ヘルタは興味を示していた。
「今が大事な時だっていうのは分かってるんだけど、そのペンダントのことも放っておけない。ペンダントの由来だけじゃなくて、何で永劫回帰の中で残り続けていたのかってことも知らないといけないんだと思う。もしかしたらケリュドラって人も、知りたいって思うかもしれないし。正体を探る上で、何かアドバイスが欲しいんだ」
「アドバイス、ね。……とりあえず、『法』の火種と同じだね。その『法』の半神に接触して、手段やタイミングは問わないから、ペンダントを私が見られるようにして。私もその不思議なペンダントのことはちょっと気になるし。とにかく今言えるのは、それくらいかな」
凡そ、星も予想していたとおりの答えだった。それでもこの非常事態に、ヘルタが自分の寄り道に僅かでも力を貸してくれるのは有り難い。
「ありがとう、ヘルタ。貴重な時間を作ってくれて」
「これくらいお安い御用だよ。その代わり、帰って来たら模擬宇宙のテストもちゃんとやってね」
星が素直に感謝を示すと、ヘルタは薄く笑ってそれに応じた。
それからいくつかの言葉といったんの別れの挨拶を済ませると、二人の天才との通信は終了したのだった。
星の体感時間にして、数システム時間後。ライコスによる干渉を受けるイレギュラーがあったものの、星はキュレネと共にヘルタから指定された光歴3960年の時代へ無事に到着した。
着いた場所はヤヌサポリスの神殿。建物の中から騒ぎ声がするのを聞いた星とキュレネは声がする方へと向かい――目にした。
「紛争」の眷属を従えた「法」の司祭と思しき老翁が、オクヘイマの軍人たちと思しき者たちに包囲されていた。その中にはトリビーと、黒い長髪の見覚えのない女性も佇んでいた。その手前から空色の髪の、燃える王冠を被った少女の後ろ姿が見えた。
少女は「法」のタイタンが死して、自分こそが新たな「法」となったことを宣言しながら、司祭へと迫っていく。
いくつかの問答と罵倒の末――先に動いたのは「法」の司祭の方だった。
「く――行け!!」
老翁の声と同時に眷属が少女へと向かって飛びかかった。しかし少女は一切動じず、寧ろ余裕すら持って、チェスの駒らしき物を投げた。
「静粛に」
その瞬間、水を纏った一閃が造物たちを意図も容易く排除される。美しさすら感じる一撃を放ったのは黒髪の女性だった。
黒髪の女性は剣を引くと臣下の礼を取って、少女へ道を空ける。
「な、何の権利があって『法』の司祭を!」
老翁は強がるような態度を取りながらも、その目には最早恐怖しか映っていなかった。少女はそんな老翁を嘲笑いながら、手にした杖を掲げる。
「は、愚問だな――」
「が、ぐ、ぎゃああああああああああ!!」
途端に老翁が青い炎に包まれ、断末魔と共に燃やされていく。
あまりにもの光景に星は咄嗟に助けようとするが、それを遮ったのは先ほどの黒髪の女性だった。
黒髪の女性に動きを抑えられている間に、老翁はあっという間に燃え尽きた。
「
それが、星が初めて目にする「法」の半神にしてオクヘイマのカイザー、ケリュドラの姿だった。
「法」の司祭が処刑された後も、星とキュレネにとって衝撃の展開は続いた。
どういうわけか、これまでの永劫回帰においては知られていなかった天外の存在がケリュドラを初め、火追いの旅に関わる者たちに共有されていること。「天外の救世主」が未来からこの時代にやってくること。星への土産として、前任の粛清者「カイニス」の死体を捧げつつ第27代カイニスが1000年後の火追いの旅を妨害したことをケリュドラが知っていたこと。
予想外の急展開に星とキュレネは何とか状況を整理しつつ、ケリュドラと黒髪の女性――セイレンスの案内で貴賓としてオクヘイマへと向かうことになった。
「星? 大丈夫かしら?」
オクヘイマへ向かう道中、護衛の兵たち囲まれながら考えごとをしていた星は、隣を歩いていたキュレネに声をかけられて我に返った。
「ああ、うん……。何ていうか、暴君って呼ばれてたのは予め知ってたけど、あんなに苛烈な人だったとは思わなくて」
「そうね。あたしも正直、びっくりしたわ。でも、あたしたちっていう変数のことを差し引いても、きっとこの時代ならではの事情があるのよ」
「それは分かる。分かるんだけど――」
星は、セイレンスと他の兵に護衛される形で先を歩くケリュドラの後ろ姿を見る。その傍には、ぴょこぴょこと結んだ赤髪を揺らして歩くトリビーの後ろ姿もあった。
「ファイノンが言ってた、ペンダント絡みの話がどうしても今のケリュドラと結びつかなくって」
明らかに精鋭と分かる兵たちを従えるカリスマと、敵と認定した者に対する一切の容赦の無さは、間違いなくケリュドラがカイザーであると理解出来た。だからこそ、かつての永劫回帰において暴君と言われた彼女が恋愛する姿を想像するのが難しくなる。
「気持ちは分からなくも無いわ。でも、誰にだってそういう瞬間が訪れることはある。ほんのちょっとの小さな縁を辿って咲き誇る奇跡が、冷徹なカイザーの下に転がり込んでくることだってある。そうでしょう?」
「……それも人生、ってことなのかな」
周りに兵たちがいる都合上、恋愛に関係する単語は口にしないようにしつつ、星はキュレネと話し合う。
キュレネの言うとおり、暴君と恐れられる人物だって恋愛をすることもあるのかもしれない。
永劫回帰の中で埋もれてしまった記憶の中で、リュスクスという青年はケリュドラのどこに惹かれたのか。それを知るのに、今回のケリュドラとの邂逅はいい機会なのかもしれないと、星は思った。
聖都オクヘイマに到着し、星とキュレネはこの時代のアグライアやトリビーと挨拶を交わした後、ケリュドラの計らいで黎明の崖で開催されるオクヘイマ同盟会議に参加することとなった。
同盟会議では波乱の一幕こそあったものの、議題となった「海洋」のタイタン、ファジェイナの討伐が承認される。
その会議もひと段落し、星とキュレネはケリュドラに呼び出されていた。
「――さて。お前たちはこれで正式に僕の臣下という立場を得て、僕自身も星神や天外の存在について知ることが出来たわけだが……。まだお前たちには、話しておくべきことがあるのではないか?」
「法」の火種を星たちが必要としていることを伝えたり、ケリュドラの疑問を解消したりといった会話の後、ケリュドラは腕を組み、目を細めた。
まるで、まだ探るべきことがあると言わんばかりの威圧を伴った視線に、星は思わず背筋を伸ばす。
「えっと……。あるにはあるんだけど」
「は、『法』の火種が欲しいなどと無礼を宣っておいて、今更怖気づくとは。さっきまでの威勢はどうした、救世主?」
「ごめんなさい、カイザー。彼女は、ひょっとしたら火種のことよりももっと失礼なことかもって思って、躊躇していたの」
横から助け舟を出してくれたキュレネに続いて、星は頷く。
正直にペンダントのことを打ち明けるべきだと判断して星が口を開きかけたところで、ケリュドラは不意に自分の服の襟に手をかけた。
「ひゃあっ!? な、何をしてるの!?」
突飛な行動に、隣でキュレネが小さく悲鳴を上げて顔を赤くしていた。
「何を勘違いしている? 僕はただ、これを取り出そうとしていただけだ」
服を脱ごうとしていると勘違いしたらしいキュレネに眉を顰めつつも、ケリュドラは構わず首元から何かを取り出す。
首にかかった紐に繋がれ、ケリュドラの胸元に現れたのは小さく透明な水晶だった。その水晶の中では、更に小さな火の玉のような物が揺らめいている。
「……これって」
「見てのとおり、僕のペンダントだ。聖都への道中、お前たちが話しているのが耳に入ってきてな。これについて話がしたかったのだろう?」
実物こそ見たことが無かったが、星は一目見て直感する。これこそが、かつての永劫回帰の中でケリュドラの手へと渡った、リュスクスのペンダントだった。
「正解、のようだな。お前たちは、どこで僕がこのペンダントを持っていたことを知った? 第2回の火追いの旅の時代では僕は行方知れずだったようだが、誰かから伝え聞いたのか?」
「他の人から聞いたっていう意味なら、そのとおりだよ。ただ、1000年後の時代に伝承とか記録とかから知ったわけでも、アグライアやトリビーから聞いたわけでもないんだ」
星の記憶が正しければ、前回の永劫回帰で見た文献には、ケリュドラがどんな装飾を身に着けていたかという記録は少なかった。精々、頭の上にある王冠が特徴的だったことくらいだ。だからあの時の星では、知りようが無かった。
「ほう? では、誰から聞いたんだ?」
「私のもう一人の相棒で、このオンパロスを救うために、私たちが来るまでたった独りで戦い続けていた黄金裔だよ。何千万回と続けた輪廻の中で、ある輪廻を境にケリュドラはそのペンダントをずっと身に着けるようになったみたいなんだ」
星からの答えに、ケリュドラは宝石のような瞳を僅かに見開かせた。
「気の遠くなるような戦いを成し遂げたその英雄の話も興味はあるが……。そうか。別の輪廻における僕も、このペンダントを身に着けていたのか。それは、いつからだ?」
「1600万回を超えた辺りからって聞いたかな」
「……そうか。そこが分岐点だった、というわけか」
星からの話を聞いて、ケリュドラは得心がいった様子だった。
「カイザー。貴女はどれくらい前から、そのペンダントを身に着けているのかしら?」
「10年ほど前だったな。政務を執り行っていた僕の目の前に突然現れ、落ちてきた。あまりに不可解な現象だったが故に部下たちに調べさせたが、優秀な彼らでも分からず仕舞いだった」
隣から質問を差し込んだキュレネに、ケリュドラはそのように当時の状況を二人へ教えた。
星やキュレネからしても不可解な現象だが、どんな風に現れたのかは実際に目にしたわけでも無い。歳月の祝福で過去の記憶を覗いてみるという手段もあるにはあるが、ケリュドラが流石にそこまで許してくれるかどうか分からない。
出現の仕方はこの際重要じゃないと判断して、キュレネは別の質問をケリュドラへ投げかけることにした。
「そんな不可解な物だったのに、どうしてカイザーはペンダントを身に着けようと思ったの?」
「当然の疑問だな。剣旗卿も危険物だったらどうすると忠告してくれたが……。僕は“手放したくない”と思った。いや、
「それは、どうして?」
「僕自身、確固たる答えは持っていない。ただ、水晶の中に灯る火の球を見ていると、不思議と心が落ち着く瞬間があった。まるで僕に寄り添おうとしていると錯覚することすらあったな。それ故に僕はこれまでずっと、このペンダントを手放せずにいた」
高圧的な物言いをしつつも、星たちを貴賓として気遣う姿勢を見せていたケリュドラだったが、今、ペンダントを見下ろしているときの表情はそれとはまた違っていた。
ほんの僅かながら、ケリュドラの纏う雰囲気が和らいだのを星は感じ取る。
「――さて。僕がここまで己の過去のことを語ったんだ。本来ならば臣下に語って聞かせることもない、とうに過ぎ去った過去のことをだ。故に、お前たちにも答えてもらわねばなるまい。このペンダントの、“本当の持ち主”の話を」
星はキュレネと一度アイコンタクトを取り、頷き合う。元々星たちも、このペンダントの持ち主についてケリュドラに教えるつもりだった。彼女が聞く気になってくれたのならば、この機会を逃すわけにはいかない。
「勿論だよ、ケリュドラ。……そのペンダントの本来の持ち主の名前は、“リュスクス”っていう青年だった。数千万回繰り返された輪廻の中でたった一度だけ現れた黄金裔で、カイザー、ケリュドラの最も忠実な臣下の一人だった」
「リュスクス……。その男がどんな人物だったか、お前は知っているのか?」
「あくまでもう一人の相棒から聞いた話で、彼も人伝で聞いた話だったみたいだけど、それでも良ければ」
「構わん」
「曰くリュスクスっていう青年は、槍の扱いに秀でた黄金裔だったみたい。彼はある想いを秘めながらケリュドラの臣下として戦い続けて――最後には暗黒の潮との戦いで、命を落とすことになったんだって。それを看取ることになったのは、他でもないケリュドラだった」
星は一拍置いて、ケリュドラの様子を窺う。ケリュドラは腕を組み、右手は顎に触れながら星に目配せをしてくる。
続きを話せ、ということだと理解して星は話を再開した。
「その死に際の時になって初めて、リュスクスはずっと胸の内に秘めていた想いをケリュドラに明かした。――ケリュドラが、ずっと好きだったって」
「……は?」
当然の反応だな、と星も思う。さっきまで顔も知らない忠臣の話を聞いていたと思ったら、突然話の流れが変わってしまった。星も同じ立場だったら、似たような反応をするだろうな、と思った。
隣ではキュレネが何故か楽しげに微笑んでいたが、それには突っ込まず話を続ける。
「私の想像だけど、仕えるべき君主に邪な想いを抱くのは良くないと思って黙ってた……とか? その辺りは本人に聞かないと分からないことだけど……。とにかく、彼はケリュドラに告白をしてから亡くなってしまったらしいんだ。それからリュスクスを看取った後――ケリュドラも、リュスクスに抱いてた想いを自覚したんだとか」
「………………は????」
本当に心の底から意味が分からないとばかりに、ケリュドラは疑問符を浮かべていた。あのカイザーにこんな表情をさせるとは、恋愛はかくも恐ろしい。星は、ケリュドラの背後に無数の銀河が浮かんでいるのを幻視した。
「……あー、何だ。酔狂で言っているわけではあるまいな?」
「気持ちは分かるよ。でも、事実なんだと思う。そのペンダントが、何よりの証拠だよ」
ついには目頭を揉み始めたケリュドラに心の底から申し訳なさを感じつつも、星は毅然とした態度で応じる。流石に人の恋愛事情を、それもカイザーの恋愛事情を茶化すのはいくら星でも気が引けた。
「俄かには信じがたいが、他でもないお前が言うのなら、そういった輪廻もあったのだろうな。本当にあり得ないことだが」
「そ、そこまで言う」
「当然だ。このオクヘイマは内外共に、未だに脅威を抱えている。それらを全て平定せねば、群星に至ることもままならん。友誼を結ぶならまだしも、いったいどこに、恋愛に興じる時間があるというんだ?」
「……ごめん、リュスクス。あんたの恋路も、ここまでかも」
あまりにも容赦なくフラれてしまった、まだ会ったこともない黄金裔のことを思うと気の毒になる。普通の女の子風に翻訳するなら、「友達から始めましょう」というやつだ。本人が聞いたら、泣いてしまうかもしれない。
星の隣でキュレネも、儚くも打ち砕かれてしまった恋路を前に、何と言ったら良いか迷っている様子だった。
とりあえずこの空気を何とかしようと、星が口を開きかけたときだった。
「――まあ、聞かせろと言ったのは僕だったからな。救世主に免じて、その話はいったん信じることにしよう。何はともあれ、ペンダントの由来そのものを知れたのは良かった。礼を言う」
他でもないケリュドラの一言によって、ひとまず事態は収拾したようだった。
「こちらこそ、彼女の話を信じてくれて感謝するわ。カイザー」
キュレネも心底ホッとしたような表情をしながら礼を述べると、ケリュドラは「ああ」と頷き――それから、すんすんと鼻を鳴らした。
「さて、お前たちには休んでもらうことになるが――湯にでも浸かってきたらどうだ? 少し、磯臭いぞ」
ケリュドラは微妙な表情をしていたが、彼女なりの気遣いでもあったのかもしれない。
そう受け取りつつも星とキュレネは顔を見合わせて、互いに苦笑を浮かべるのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
時間軸的にはver3.5と同じですが、リュスクスの存在によって少しだけ分岐した世界になっています。
相変わらずノリで書いているところが多分にありますが、今後もお付き合いいただけますと幸いです。