オンパロス異聞録 カイザーに小さな灯火を   作:ハチハル

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第5話 灯火、尊き忠臣よ

 黎明の崖の頂にある謁見台で、ケリュドラはとある人物との密談をしていた。

 

「――最後にもう一つ、よろしいでしょうか?」

 

 ケリュドラの背後に立つのは、白い体躯をした機械仕掛けの男。目元が覆われ、微笑で固定された口元から発せられる声もまた、機械仕掛けだった。その名は、ライコス。「神礼の観衆」を名乗るアンティキシラ人(オムニック)だ。

 

「僕は下がれ、と言ったはずだが?」

「私の――ひいてはオンパロスの大願を成就させるためにも、確認しておきたいことがあるのです」

 

 ライコスは、あくまでもオンパロスのためであることを強調する。

 ケリュドラは無言で、話を聞いてみることにした。

 

「貴女が所持なさっている、不可思議なペンダントについてです」

「……今日はやけに、僕の私物への関心が集まるな」

 

 ケリュドラの声音には、またその話か、と言わんばかりの煩わしさが滲んでいた。

 

「私は、そのペンダントを破棄すべきだと考えています」

「ならん。これは僕の所有物だ。それをどうこうする権利が、お前にあると思っているのか?」

「私にとっては、権利、以前の問題なのです。そのペンダントもまた、『天外の救世主』と同じくオンパロスの大願成就の障害と成り得ます。当然ながら、破棄するか否かの選択権はカイザーにあります。神礼の観衆の名において、その点は保障するとお約束いたします」

 

 淡々と告げてくる機械仕掛けの声に、ケリュドラは目を細める。

 

「たかが小物一つが、命運を左右するとお前は言いたいわけだな」

「そのとおりです。その上で、聞かせていただきたいのです。――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ケリュドラは、ライコスの質問に眉を顰める。不快だったからではない。ライコスも天外の救世主と同様に天外を知り、未来を知る立場でありながら()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()からだ。

 

「ペンダントが現れたのは10年ほど前だな。持ち主の名は、リュスクスだそうだ」

「     、ですか。感謝します、カイザー」

 

 

 ライコスが去った後、ケリュドラは周囲に人がいないことを確認してから、短く溜め息を吐く。

 

「あのアンティキシラ人、()()()()()()()()()()()()()()ようだな」

 

 ペンダントを警戒していたのも、それが理由か、とケリュドラは納得する。それと同時に、やはりライコスは先ほど天外の救世主との会談を隠れて見ていたな、と確信した。

 何故ならケリュドラはこれまで一度も、ライコスの前でペンダントを手にしたり口にしたりしたことが無かったからだ。あの場で初めて話題に出したときに、存在を知ったのだろう。偶然だったとはいえ、これは大きな収穫だ。

 だからこそ、ライコスはペンダントに警戒を示した。否、ペンダントの本来の持ち主こそを、警戒していたが故のあの反応だったのかもしれない。

 

「これまで僕を静かに灯していた光が、まさか進むべき道を指し示す火にまでなろうとはな」

 

 ケリュドラはペンダントを取り出し、小さく揺らめく火を抱く水晶を手のひらに乗せる。

 

「――僕の知らない忠臣、か」

 

 オクヘイマの君主たるケリュドラは、忠誠を表し行動で示す忠臣たちの顔や名前を全て憶えている。その中に、リュスクス、という名前の臣下は一人としていなかった。

 

「お前は何を想い、僕に忠誠を誓った? そして何故、傍で僕の征途を見続けていたお前は、それでも恋情を抱き続けられた? ――かつての僕は、いったいお前のどこに惹かれたというんだ?」

 

 言葉を落としても、帰ってくるのは静寂のみ。それでもケリュドラは、口にせずにはいられなかった。

 聡明な頭脳は、幾つかのパターンを想像する。

 カイザーの在り方に焦がれたのか。征途を共に夢見たからか。それとも単純に、容姿が好みだったからか。

 しかし、どれもしっくりと来ない。リュスクスという青年のことを何も知らないのだから当然だ。

 

「ケファレ。お前ならば、その答えを知っているのか?」

 

 預言という形で様々な未来を黄金裔たちに示してきた世負いのタイタンを、ケリュドラは静かに見上げつつ顔も知らない青年に想いを馳せ――謁見台を後にしたのだった。

 

 

*****

 

 

 星とキュレネはケリュドラと別れた後、監視の目をかい潜りながら、前回の永劫回帰の際に宛がわれていたプライベートルトロへとやって来ていた。

 入浴中だったセイレンスと鉢合わせたり、後からアグライアがやって来てセイレンスに苦言を呈しつつ、宴を開くというカイザーからの伝言を残していったりといった一幕があった。

 その後、星は識刻アンカーでヘルタと現状の報告や今後の方針の話し合いを済ませ、話題は例のペンダントのことに移った。

 

「あのペンダントの由来については、しっかり伝えたんだけど……。かつての永劫回帰でケリュドラとリュスクスが互いに惹かれてたってことを話したら、絶句してた」

「まあ、当然の反応だね。それで、クラウンちゃんは他に何か言ってなかった?」

「ペンダントをいつから身に着けてるのかって聞いたら、10年くらい前にいきなり目の前に現れたって言ってた。部下たちにも調べさせたけど分からず仕舞いだったみたい。それでも、手放せずにいたみたいだけど」

「ふうん……。いきなり目の前に現れた、ね」

 

 星がペンダントのことについて伝えると、ヘルタは何か意味ありげな表情で考える素振りを見せていた。

 

「ヘルタ、何か心当たりがあるの?」

「まだ確証はないけど、いくつか候補はあるかな。あなたたちも薄々気が付いているかもしれないけど、例のペンダントは永劫回帰と連動してる。ううん、永劫回帰が起こる度に、次のクラウンちゃんの下に現れてるって言った方がいいかな」

「まあ、そういうことになるよね」

 

 ファイノンは、リュスクスが存在した永劫回帰の後も、彼が存在しなかったにも関わらずペンダントだけはいつもケリュドラの手元にあったことを星に教えてくれた。それは必然的に、ヘルタが指摘したとおりのことが起こっていたという事実を示している。

 

「ペンダントが出現したタイミングも、恐らくは永劫回帰を行った人物が到着した時間と前後してる。今回の場合は、お子ちゃまが永劫回帰をしたのと同時に、ペンダントも同じように時間を遡ったか、あるいは別の方法で、プラスマイナス10年くらいのタイミングで現れたことになる」

「あたしたちには、何の変哲もないペンダントに見えたわ。あたしや彼女が身に着けていたならともかく、単独で時間を超えられるようには思えないわね……」

 

 星の隣で、キュレネも顎に手を当てて考える素振りをする。星も真似して考えるポーズを取ってみるが、浮かんでくるのは「考えるゴミ箱」の姿ばかりだった。思考が脱線してきて駄目だ、と首を振ったところでふと、頭に過る。

 

「……あれ」

「どうしたの、星?」

「キュレネ、あのペンダント、水晶の中で火が揺らいでなかった?」

「確かに、火が燃えていたわ。それがどうかしたの?」

「――待って。それ、もう少し詳しく聞かせてくれる?」

 

 星は頷いて、ヘルタにペンダントの様子を共有する。

 

「一見、普通の小さいペンダントなんだけど、ペンダントトップにくっついてる水晶の中に、火の球があったんだ。水晶自体、結構固そうで密閉されてるし空洞も無さそうに見えたっけ」

「へえ、よく見てるじゃない」

 

 珍しくヘルタが褒めてくれるので星は頭を掻いていると、キュレネが傍で首を傾げていた。

 

「あなたたちの言い方からして、それってあり得ない現象なのかしら?」

「一応確認するけど、オンパロスでも火が燃えるときは、特別な力でもない限りは何か燃える物が必要だよね?」

「ええ、そうよ」

「彼女の話を聞く限り、水晶の中には空洞が無い。火っていうのは、可燃物と酸素が反応することで起きる燃焼反応なの。“現象”とも言い換えられるね。基本的には空気中の酸素の供給が無いと、燃え続けるのは難しい」

 

 ヘルタの説明に、キュレネはハッとした顔を見せた。

 

「あのペンダントは、外から空気が供給されてるようには見えなかったわ。他に特別な仕掛けがあるようにも見えなかったわね」

「そう。だとすると、その水晶には単純な物理現象以外の()()が起こっていることになる」

「その、何かって?」

「一番有力なのは、“運命”の力かな。一般的な物理現象で説明が付かない現象のほとんどは、“虚数エネルギー”やそれと関連してる“運命”と呼ばれる力が絡んでいるの」

 

 星の持つ存護の槍のように、ある程度意のままに炎を操れることもあれば、氷剣を出現させて自在に操れることもある。星神と呼ばれる存在が引き起こす超常現象も、虚数エネルギーや運命と深く結びついているが故に、引き起こせる物だ。

 

「カイザーが持っていたペンダントにも、同じことが起こっているかもしれない、というわけね」

「そういうこと。――ペンダントが永劫回帰を超えたっていう事実と、ペンダント自体に起こっている不可思議な現象……。正体はかなり絞れてきたかな」

「やっぱりヘルタってすごいんだね」

「当然でしょ。このくらい、朝飯前だよ。あのオムニック(ライコス)とやり合うことよりも簡単だね」

 

 ヘルタは、余裕たっぷりな笑みを浮かべてみせる。

 

「ありがとう、ヘルタ。知恵を貸してくれて」

「まだお礼を言うのは早いよ。まだ何も解決してないもの。でもまあ、軽い息抜きくらいにはなったかな。――ま、ペンダントの正体は追々探るとして、今重要なのは『法』の火種とライコスの動向の方だね。引き続き、頑張って。それじゃあね」

 

 星の謝意に薄く笑いつつ、ヘルタは言いたいことを言ってから、さっさと通信を切ってしまう。これ以上は、ライコスや別の人間からの余計な干渉を避ける意味合いもあったのだろう。

 星とキュレネはお互いに顔を見合わせ、ふっと苦笑する。

 

「マダム・ヘルタ、風のような人だったわね」

「うん。でも、それもヘルタらしいところだと思う。私はヘルタのああいうところ、結構好きだよ」

「ふふ、あたしも同じよ」

 

 そうして感想を語り合った後、二人はケリュドラから招待された宴に向かうまでの少しの時間、ゆっくりと体を休めることにした。

 

 

*****

 

 

 ケリュドラは会場を少し高い位置から見下ろしながら、宴の準備が臣下たちによって着々と進んでいくのをただ見ていた。

 セイレンスは少し離れたところで歌を奏で、人々の意識が自身と、もうじきここに来る人物に向かないよう仕込みを始めていた。

 

「ここが、オンパロスの行く末を決める分水嶺だな」

 

 神礼の観衆を名乗るライコスと、少し遅れてやってくるであろう天外の救世主、星とその相棒であるキュレネ。彼らの行動と選択を見極め、最終決断を下す。そのためにケリュドラは、この宴を利用しようとしていた。

 

「お前はどう思うのだろうな、リュスクス。もっとも、反対したところで僕の意思を覆せはしないだろうがな」

 

 他者が聞けば傲慢極まりない印象を与える言葉を、しかしケリュドラは胸元に手を当てて微笑を浮かべながら、発していた。

 あの天外の救世主から聞かされたペンダントの由来は、俄かには信じがたい話だった。数千万回も繰り返された輪廻の中で、ある輪廻を境に「ケリュドラ」はペンダントを毎回大事に持ち続けていたという。そしてその本来の持ち主は、たった一度だけ臣下としてケリュドラに仕えたリュスクスという名の青年だった。その青年は、次の輪廻以降は姿を消してしまったらしい。

 

「お前はいったい、どこからやって来たのか。オンパロスの中で起きた奇跡なのか、それともあの救世主のように天外からの来訪者だったのか……」

 

 少なくとも現時点においては、それを知る術は無い。あるいは自身にペンダントの由来を伝えてきた救世主なら、何かしらの手段を提供してくれるのかもしれない。――だがそれは、これから起こる諸々の面倒ごとに対処してからだ。

 

「僕が都市国家をどれだけ征服しようと、内部の害虫をどれだけ駆除しようと、ペンダントの灯りは揺らぐことが無かった。ただ静かに、僕の胸元で変わらず揺らぎ続けた。まるで持ち主の遺志を継いで、征途に寄り添い続けるかのように」

 

 ともするとそれは、ケリュドラ自身の錯覚なのかもしれない。しかしケリュドラは遠征へ向かう中で、あるいは日々の政務に追われる中で、ペンダントの水晶の内で輝く火を見る度に、勇気付けられるような気がしていた。

 

「僕に励ましは必要ない。僕は僕自身の脚で歩いて行ける。それは、他の輪廻における僕も変わらなかっただろう。お前もそれを理解していたから、最期の最期まで恋情を内に秘めたまま死のうと思った。その命尽き果てるまで、忠実たる臣下であろうとしたのだろうな」

 

 今のケリュドラには、忠誠を捧げるまだ見ぬ臣下と、それを受け取る自分の姿を想像の中にしか見ることが出来ない。だがその忠誠は巡り巡って、今この瞬間、この輪廻を生きるケリュドラの胸元で輝き続けている。

 

「命尽き果て、幾千もの輪廻を超えて、その忠誠はここにいる僕にまで届いた。まさに、忠道大義であると言えよう。故にリュスクス、僕はお前をこう呼ぼう。“灯火卿”、と」

 

 ただ静かに寄り添い、己の征途を照らし続ける忠誠の光。リュスクスという青年の存在を表現する上でこの上ない呼び名だと、ケリュドラは自賛する。

 そして、同時に決意もする。

 

「僕は必ず、群星の隅々まで征しよう。そして全てを征した暁にはお前にも語って聞かせよう、灯火卿。僕の遠大なる征途の話を」

 

 空を見据えながら、ケリュドラの呟きが風に運ばれていく。

 ふと視線を下ろすと、あの白いアンティキシラ人が宴の会場に入り、まっすぐ自分の方へと歩いて来る姿が見えた。少し遅れて星とキュレネがやって来て、臣下の言葉に従って()()()()()()()姿が目に入る。

 彼らの姿を捉えたケリュドラは、口の端を僅かに釣り上げる。

 

「とはいえ、何事にも順番が必要だ。光栄に思え、灯火卿。僕の征途を、誰よりも近い場所で見届けることが出来るのだからな」

 

 ここにいるはずのない臣下に向けて、ケリュドラは独り呟く。そして高所から降り、自らの戦場へと歩を進めていった。

 

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