オンパロス異聞録 カイザーに小さな灯火を   作:ハチハル

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第8話 灯火の記憶・蛍火の日々

 ケリュドラの臣下となってからの日々は、目まぐるしかった。

 俺が軍に入って間もない頃に反カイザー派の一部が反乱を起こし鎮圧に向かったり、その反乱の隙を突こうと他の都市国家が攻めてきて、これを返り討ちにしたり。

 その日々の中で、俺はケリュドラの暴威とも言える側面をこの目で見た。

 捉えた反徒を尋問した際、多くの不正や殺人の疑いが明らかとなったその者を処刑するようケリュドラは俺に命じた。一切の温情の余地無し、と判断したのだろう。俺はその命に従って、槍で反徒の首を切り落とした。……始めて人を殺した感覚は、忘れられそうにない。

 

 ある都市国家との戦では、オクヘイマ側が用意した戦力の二倍程度の軍が、迫ろうとしていた。初めての戦で足が竦まなかったわけでは無いが、自分が何のためにここに立ち、何故カイザーに忠誠を誓ったのかを思い出して、フィゴラと共に槍と炎を振るって敵を殲滅した。

 戦の過程で捉えた敵将をケリュドラに突き出し、ケリュドラが従属するよう迫ると、敵将は拒否するどころか唾まで吐いた。その態度を見たケリュドラの命によって、俺は敵将を殺し、その首は戦場に晒されることとなった。

 敵将の首を見た敵兵は恐慌状態となって逃げだす者が現れ、それを俺やセイレンスたちが追撃。戦の結果は圧勝だったが――命のやり取りがかくも凄絶であることを、俺は身を以って味わった。

 

 ケリュドラは自らと、オクヘイマにとって障壁となる存在に対しては一切の慈悲や容赦をしない。そして、強引にでも自らの目的を絶対に果たそうとする。彼女のやり方には、オクヘイマの臣民であっても反感を覚える者は少なくなかった。

 だが同時に、ケリュドラは公平でもあった。敵の元臣民であってもオクヘイマに帰従する意思を見せれば相応の計らいをしたし、臣民にとって害悪でしかない法を正し守る姿勢も見せた。

 その在り方は天秤の如し。ケリュドラが、火追いの旅によって得ようとしている「法」の神権を担うに相応しいことの証明だった。

 

 

 

「ああ、黒の鯉。ここにいたか」

 

 ある日、俺が公衆ルトロの片隅でピュエロスに足を浸し休んでいると、涼やかな音色の女性の声がした。

 

「セイレンス。どうしたんだ?」

 

 顔を上げると、今や同僚であり友人となったセイレンスが俺を見下ろしていた。

隣を勧めると、セイレンスは頷いて腰を下ろし、俺と同じように足をピュエロスに浸す。

 黒く流れるように伸ばされた黒髪と、落ち着いた寒色系の衣装が、セイレンスの静謐さと気品を際立たせている。万人が万人、美しいと評するだろう。

 

「……? ワタシの顔をじっと見て、どうしたんだ?」

「ああ、すまん。セイレンスって、いつも落ち着いているように見えるな、と思って。平時でも戦時でも、自分ってものがブレてない。そういうところは、カイザーと似てるよな」

「ワタシは彼女の臣下だからな。これくらいは当然だ」

 

 セイレンスはすまし顔で言うが、口の端は僅かに上がっていた。

 

「ワタシのことはいい。今は君だ、黒の鯉」

「俺のこと?」

「ああ。カイザーの配下となって、早一年ほど経つだろう。キミはいつも淡々と仕事をこなしているが、その内実はどうなんだろうと思ったんだ」

 

 つまりは、心配してくれてるってことなんだろうか? まあ確かに、あの日、ケリュドラの配下になってから随分と色々あったからな。その間俺は、愚痴の一つも溢さず事に当たってきた。傍から見たら、ストレスを抱え込んでるように見えてもおかしくない、のかもしれない。

 

「ま、圧倒されることはよくあったよ。晒し首とかエグいこと考えるなって思ったし、私刑に走った奴にも容赦なく相応の罰を与えてた。そんでもって、反論は許さないって態度。そりゃあ、怖がる奴や反発する奴がいて当然だな、とは思ったな」

「……カイザーは火追いの旅を完遂しその先の征途に至るためにも、オクヘイマやオンパロスの平定は必須と考えているからな」

「ああ。正直、初めて人を殺した後の隠匿の時は眠れなかったし、初めての戦場から帰った後も殺した連中の夢を見ることはあった」

「初耳だな。そんなに苦しんでいたのであれば医者を紹介することくらい出来たのだが」

 

 セイレンスは驚いたように目を見開いて、こっちを見ていた。なら、あの時のカモフラージュは完璧だったってことか。

 

「ありがとう。でも、俺は大丈夫だ。美味いもん食って、カイザーと話をして、お前の歌を聞いて癒される。そういう日々を過ごしてたら、気持ちの整理もつくようになってた」

「ワタシの歌が、キミを救えていたのならそれは嬉しいことだが……。いいのか?」

「何が?」

「キミも知ってのとおり、カイザーは時として慈悲の無い手段を選ぶ。それに対してキミは、少なからずストレスを抱えていたはずだ。……それでも尚キミは、彼女に忠誠を誓うのか?」

 

 セイレンスの問いは、俺がいつかカイザーに反旗を翻すか否か、心配しているようにも見えた。気遣うような視線が、それを何より物語っている。

 

「当然。――セイレンスは何で、カイザーに忠誠を誓っているんだ?」

「ワタシか? ワタシはかつて海で独り残され彷徨っていたところを、カイザーという火に掬い上げられた。彼女という強烈な火があったから、ワタシはオクヘイマにやって来たんだ」

「俺も似たようなもんだ。俺の過去はちょっとワケありでさ。俺を救ってくれた物を守ろうとここに来たら、あの人が俺の目の前に現れた。あの火の下でなら俺は守りたい物を守れるし、何よりあの人を支えられるようになりたいとすら思った」

 

 結局のところは、初めてケリュドラに相対したときに一目惚れしてしまったせい、ともいえる。あの村を守るという願いの他に、あの人を守り支える人間になりたいという新たな願いが芽生えたのだ。

 

「――キミは多くの現実を目の当たりにして尚、本当に少年のような目をしているな」

「そうか?」

「ああ。ふふ、ワタシたちにとっての“火追い”とはタイタンの火種を追うことではなく、カイザーという火を追いかけるためのものなのかもしれないな」

「ロマンチックな言い回しだな、それ。流石は稀代の歌姫だな」

 

 俺が持ち上げると、セイレンスは微笑を浮かべる。俺に褒められたことよりも、俺が元気そうなことへの安心が感じられる笑顔だった。

 まあでも、セイレンスの言っていたこともあながち外れていないかもしれない。ケファレの神託に従って再創世のために火を追う旅へ向かうのは、オンパロスや黄金裔たちにとって、きっと重要なことなんだろう。けど俺やセイレンスは、火種を求めるよりもケリュドラという火を求めることこそが、重要だった。

 俺たちは、カイザーという火に集った蛾なんだ。

 

「ワタシが歌姫であることと、さっき言ったことはあまり関係が無いだろう」

「そうか? セイレンスって歌声だけじゃなくて、詩の言葉選びも綺麗だと思うんだけど」

「……そんなにワタシの歌が好きなら、今ここで一曲、何か歌おうか」

「ああ、頼む」

 

 セイレンスの歌は、何度聞いても良いものだ。あの心に染み入るような綺麗な歌声と詩に、励まされたことも一度や二度じゃない。

 俺が今か今かと待ちわびていると、セイレンスは少しだけ戸惑ったように瞬きをした後、深海に響くような歌を披露してくれたのだった。

 

 

 セイレンスと別れて公衆ルトロを後にした俺は、ケリュドラの執務室に顔を出していた。

 執務用の机の前に置かれた丸テーブルとチェス盤を挟んで、俺たちは向かい合う。

 数か月前、俺が仕える主であるケリュドラのことをもっとよく知りたいとセイレンスに相談したら、どういうわけか定期的にチェスの対局をすることになった。今回も、その一環だ。

 チェスに関しては基本的なルールを教えてもらいはしたが、未だ初心者の域を抜け出せていない。ケリュドラは、あんまり気にしてないようだけど。

 

「先ほどは、剣旗卿と何を話していたんだ?」

「え、何で知ってるんですか」

 

 互いにポーンを動かしていたらケリュドラが、不意にそんなことを聞いてきた。

 

「近くを通りがかったとき、偶々見かけてな」

「いたなら声かけてくださいよ。セイレンスも喜びますよ」

「僕はカイザーだ。民に混じってあの場に居れば、民たちは純粋にあのルトロでの時間を楽しめなくだろうからな」

「そういうもんですか」

「ああ。そういうもの、だ。で、何を話していたんだ」

 

 結局、その話に戻るのか。

 何だか尋問されてるような気分だな、と思ってケリュドラの顔を見る。――相変わらず可愛くて美人――じゃなくて。

 

「何てことはないですよ。この一年、俺は色々なことを初めて経験しましたから、心配して声をかけてくれたみたいです」

「ほう、剣旗卿がか。随分と仲が良くなったみたいだな」

「時々、稽古で手合わせをしてましたからね。あの人から色々教わってるうちに、自然と友人になってました」

「ふむ。お前が僕の剣旗卿をたらし込んだか、剣旗卿の中で何か琴線に触れる物があったのか。どちらにしろ、あれと仲を深めるのはそれなりに労がいるはずだがな」

「たらし込んでるつもりなんてありませんよ」

「ふ、どうだかな」

 

 ケリュドラは薄く笑いながら、次の手を打つ。あ、ポーンがまた取られた。……前線崩壊しかかってるな。

 

「そういうケリュドラこそ、人たらしの才能があるんじゃないんですか。貴女に反発心を抱いてる人もいますけど、忠誠心が硬い人はとにかく硬いじゃないですか。セイレンスみたいに」

 

 まあ、セイレンスは忠誠心以外の感情もケリュドラに対して抱いていそうだ。恋愛的な意味ではもちろん無いけど。

 

「忠誠心が硬いのはお前もだろう。剣旗卿とは違った形で、お前は僕に対して忠誠を示し続けている。一貫してな」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――。つまりは命令通りにやる。余計なことはしない。これを徹底してるだけです。セイレンスみたいに、まだ独自で的確な判断をする、なんて芸当はまだ無理ですし、責任を負えるだけの度量も足りません。精々、提案させてもらうことがあるくらいですか」

「十分すぎるくらいだ。それも立派な才覚の一つだろう」

「……まあ、ケリュドラがそこまで褒めてくれるなら、これからも頑張りますけど」

 

 あれこれ自分を卑下する言葉が出そうになったが、ケリュドラの褒め言葉一つで綺麗に引っ込んでしまう。我ながらチョロすぎるな。

 

「ああ。精々励むといい。そら、チェックだ」

「ぐっ。……まだ諦めませんよ」

 

 気づいたらポーンの半数が吹っ飛んでいた。ほとんど負け筋だが、諦めずにキングを逃がす。

 

「ほう? よく抗う。――で、人たらしと言えばだ。近頃、お前の噂が僕の耳にもよく届く」

「え、俺のですか?」

 

 まさか、何か悪いことをしてしまっていたとかだろうか。

 固唾を飲んでケリュドラの次の言葉を待つ。

 

「ああ。雲石市場で迷子になった幼子を助けたり、ケファレの広場(アゴラ)で起きた喧嘩を諫めたり、生命の花園で花の世話を手伝ったり、といった話をな」

「良かった、悪い話じゃなかったんですね。知らずにやらかしてたらどうしようかと」

「心配性だな、お前は。いや、少し心配すべきことはあるか。何でも、お前の姿を探す女が幾人か、オクヘイマのあちこちを彷徨っているとな。兵の訓練場に侵入してしまった、なんて話も聞こえてきたぞ」

「ああ……。この間の侵入騒動はそういうことだったんですか……」

 

 一週間ほど前だったか、本来は関係者以外立ち入り禁止となっている兵士の訓練場に侵入者が現れた、と遠征先で聞いたことがあった。

 

「聡いお前のことだ、痴情絡みであることは察しているだろう?」

「まあ、何となくは。こっちとしては、そういうつもりなんて無かったんですけどね。街の人たちの誰かと恋愛する気なんてさらさら無いですし」

「まったく、あの女たちが聞けば卒倒しそうだな。だが、くれぐれも気を付けるんだな。あまり女の想いを無碍にしていると、いつかその身を滅ぼすだろうからな」

「忠告ありがとうございます。でもやっぱり、俺は恋愛することなんて無いと思いますよ」

 

 俺としては正直、オクヘイマにいる異性との距離感はまだ掴み兼ねているところがある。セイレンスやケリュドラ、それから金織のアグライアやトリビーたち辺りはその辺の線引きがしっかりしているからか、正直接しやすくて助かっているけども。

 恋愛的な意味で言っても、俺は相手の立場上、おいそれと明かすことはしたくないという事情もある。

 色々と、考える必要はありそうだ。

 

「ふむ。蛍火卿は、恋愛に興味が無いのか?」

「無いわけじゃありませんが――今はケリュドラがいるので」

「…………っ」

 

 あれ、ケリュドラの手が乱れた。今のうちに残った駒でキングを囲っておこう。

 

「忠誠を捧げると誓った相手がいるのに、他の人と恋愛してる余裕なんて、俺には無いですしする気もありません。……でも、心配してくれたのは素直に嬉しいです。ありがとうございます」

「……ああ、そうだな」

 

 何だか、ケリュドラの返事が曖昧だったような。というか頭を抱えだした。

 

「――まったく。それを素でやっているのだから末恐ろしいな、お前は」

「……何の話です?」

「何でもない。こちらのことだ。というか、蛍火卿。前々から言おうと思っていたが、自然と僕を呼び捨てにしているだろう」

 

 突然、ケリュドラの指す手が鋭くなった。途端に、ビショップが戦場に散ってしまう。

 

「二人きりだし大丈夫かと思いまして。もう何度もこうやって手合わせしていただいているのに、今更ですよ」

「そういうところが末恐ろしいと言っているんだ」

 

 続けざまに、俺のルークが刈り取られてしまった。ちょっと待って、防御が追い付かない。攻めようにも向こうの守りも鉄壁すぎる。

 結局その後俺はケリュドラに良いように弄ばれ、蹂躙される形で成す術なく投了することとなった。これで5戦5敗。俺の全敗だ。

 まあでも、チェスは未だ分からないことばかりだが、対局の中で何となく見えてきたこともある。

 ケリュドラは時に、キング(自分)を犠牲にするような手を指すことがあった。まるで、自分もまた駒に過ぎないかと言うように。……せめて俺の命がある間は、ケリュドラがそんなことをしなくて済むようにしたいものだ。

 

 

 

 それから更に数年が経って、俺は村に一時帰省をしていた。

 あれから何度か村に帰って来ているが、じいさんは相変わらず元気そうだった。村で起きた出来事をあれこれ聞きながら家事を手伝ったり、農作業を手伝ったりしていたが、戦いの場に身を置くのとはまた違った楽しさがある。人を殺さなくていい、というのが大きいんだろう。そう感じるようになってしまった、という意味では俺もこの数年で随分変わってしまった。

 

 隠匿の時、じいさんと食卓を囲みながら、今度は俺がオクヘイマでのあれこれを語ることになった。と言っても守秘義務に関わることはなるべく話さないようにしつつ、だが。

 だから大抵は、雲石市場や公衆ルトロ、生命の花園での出来事、遠征で行った都市国家の景色とかそういうことを話している。

 

「そういえばお前さん、いつも思うんじゃが恋愛の話を一切せんよな。お前さんのことだ、言い寄られることだってあるんじゃないのか?」

「無くは無いけど……。全部振ってるよ。申し訳ないけど。俺はカイザーのために働くって決めてるし」

「欲が無いのう……。好きな子くらい、おらんのか」

 

 じいさんはちびちびと酒を飲みながら、呆れたように俺を見てくる。まあ、恋愛の話とか今まで全然してこなかったし。でも、いい機会ではあるか。

 

「いるにはいるよ。好きな人」

「ほう、誰なんじゃ?」

「ケリュドラだよ」

「ぶふ――――っ!?」

 

 じいさんがグビっとあおった酒を盛大に吹き出した。勿体ない。でもその反応はちょっと期待してた。

 

「ごほっ! がはっ! げほっ! さ、酒が……。じゃなかった、お前さん今何と言った!? まさかとは思うが」

「うん。カイザー、ケリュドラ」

「何を言っとるんじゃお前さんは!?!?」

 

 そうだよね。普通、そういう反応をするよね。他の人だったら、もっと大変なことになってただろう。

 

「悪い、じいさん。折角の酒台無しにして」

「謝るところはそこじゃないわ! 何じゃ!? よりによって惚れたのがカイザーじゃと……!?」

 

 じいさんがそこまで言ってハッとなって口を噤み、窓の外を窺いに行く。誰かに聞かれてないか心配してるんだろう。

 

「大丈夫だ、じいさん。家の周りに人の気配は無いから」

「……そうか。というか、いつの間にかそんなことまで出来るようになっておったのか。フィゴラの力か?」

「いや、素だよ」

「はあ……まったく……」

 

 色々と言いたそうにしていたじいさんだったが、ひとまず自分の席に戻ることにしたようだ。俺の正面に座り直して机に肘を置き、身を乗り出してくる。

 

「お前さん、それは儂を驚かすための冗句じゃなかろうな」

「残念ながら事実だよ」

「はあ……。それで、村を出た後も浮いた話一つ、今までせんかったのか」

「そういうこと」

 

 この話も、じいさんが相手だったから出来たところはある。何かと、親代わりのように接してくれたじいさんなら、信じていいと思った。

 

「で、惚れたきっかけは何だったんじゃ」

「一目惚れ。黎明の崖で謁見したときに」

「…………そうか」

 

 あれ、逆にドン引きしているような。いやまあ、それが普通の反応か。逆の立場でも、俺も似たような反応をしただろう。

 

「それが数年前の話じゃとして……。お前さん、傍でカイザーのやり口は見ておったんだろう? この村にも、あのカイザーの正負両方の話が流れてくるくらいには、苛烈で有名だからな」

「見てるよ。それでも変わんなかった。あの人は自分から望んでああいう立場に身を置いてるみたいだし、結果伴う責任も全部理解してる。その上で、カイザーをやってるんだろうさ。それに、個人的にも良くしてもらうこともあって、交流を重ねてるうちに余計好きになってた」

「リュスクスがまさか、そんなことを言う日が来るとはの……。この話は誰か知っとるのか?」

「いいや。じいさんに初めて話した」

「そういうところは賢明なんじゃよな、お前さんは」

 

 いっそ苦笑しながら、じいさんは残った酒を口にする。俺が作ったサラダを摘まみながら、どこかしみじみとした表情すらしていた。

 

「というかお前さん、さっきの話からするとカイザーとは懇意にしておるのか」

「一応ね。多分、剣旗卿セイレンス――あ、セイレーンのお姫様だった人で俺の友人ね。その人の次かその次くらいくらいには仲良くさせてもらってると思う」

「今さらっとおっかない話を聞いた気が……。まあいい。お前さんは時折直球で物を言うからな。それだけ仲が良いとなると、察せられててもおかしくなさそうだが」

「そうか? 俺としては悟られないようにしてるつもりだけど」

 

 俺とケリュドラは、どこまで行っても臣下と主君の関係だ。俺の恋愛感情で、余計な波を引き起こすのは望むところではない。だからあくまでも臣下として――踏み込んでも精々が友人くらいの距離感で接するようにしていた。

 

「ふーむ……。二人で過ごすことはあるのか?」

「一応ね。半月に少なくとも一回はチェスの相手をさせていただくことがあるし、この間、セイレンスが出演する舞台を観覧するからってことで同行させてもらったこともあったっけ」

「……うん? 舞台に二人で……?」

「セイレンスはケリュドラにとって自慢の配下だし、俺にとっても得難い友人だからね。折角の機会だからってことで誘われたんだ」

「儂からしたら逢瀬(デート)のように聞こえるんじゃが」

「これくらいで逢瀬とは呼ばないと思うんだけど」

 

 じいさんは、しきりに首を傾げていた。そんなに俺がケリュドラと過ごすのは変だろうか。セイレンスだってよくケリュドラと二人で過ごしているのを見かけるし、普通じゃないのか?

 

「……他には?」

「他? うーん。生命の花園で花の世話をしてたときにケリュドラが通りがかって、今育ててる花の品種の話をしたことがあったっけ。そうそう、その時に押し花の栞を作ったから、ケリュドラに贈ったんだっけ」

「押し花……とは何じゃ」

「花を押して作る標本みたいなもの……かな。それを栞にしたんだ。あとは――そうだ。俺の前の故郷の話になったことがあったっけ。記憶が欠けてるからケリュドラにはぼかしたけど……素敵なところですよって言ったら、いつか星々をも征服したら僕にもその景色を見せろ、と言ってもらったな」

「……なるほど。お前さんたちの仲が良いのはよく分かった」

 

 俺が楽しそうに話していると、じいさんは呆れたように笑いながらサラダを摘まんでいた。何か妙に引っ掛かる反応だけど……まあいいか。

 

「お前さんが仮に気持ちを悟られていないように振舞っていたとして、じゃ」

「実際そう振舞ってるんだけど」

「カイザーの方は、お前さんのことをどう思っとるんじゃ? お前さんの印象でいいから聞かせてくれ」

「ケリュドラからの印象? うーん、忠臣ってことで扱ってもらってると思う。勿論戦時のときには差配次第で危険なところにも行くけど、生還する度に口にはしないけど喜んでくれてるし、ちょくちょく仕事以外のことで呼んでもらえるようになったし。まあ、俺が全然断らないってのもあるだろうけど。悪いようには見られてないんじゃないかな」

 

 俺があんまりにも誘いを断らないから逆に心配されたこともあったけど、断る理由なんかあるわけないですって言ったら、ちょっと面食らってたっけ。あの自信満々なケリュドラがああいう顔をするのは、ちょっと珍しかった。

 

「それだけか?」

「え、うん。それだけだけど」

 

 俺が何の気なしに言うと、じいさんはじとーっとした目を向けてきた。

 

「あー、うん。よく分かった。カイザーの方は無自覚と来たか……」

「何の話? じいさん」

「何でもない。お前さんが向こうでも壮健で暮らしていてホッとしただけじゃ」

「ほんとかー? まあいいけど」

 

 何か引っかかるような気もするけど、じいさんが喜んでるならそれでいいか。

 その後もあれこれと雑談をしながら過ごしていると、楽しい時間はあっという間に流れていった。

 俺には肉親の記憶も無いけど、家族とはきっと、今の俺とじいさんのようなことを言うんだろうなと思う。

 

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