こちらバスキュラー・プラント前キャンプ・カンネー監視所   作:8たま

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中央氷原にあだ花は咲いた・前

 

 すっと自然に目が覚める。

 気が利かないアラームの声を聴かずして、起きれた朝というのは気持ちがいいものだ。

 見慣れた天井には顔なじみのシミ。

 それをぼんやり見つめながらサムノッチはそう思った。

 仰向けになったまま彼女はおもむろにベッド脇のサイドチェストに腕を伸ばし携帯端末を手に取り画面を灯す。

 

 時刻は午前6時23分。アラームの設定より7分早い起床だ。

 

 寝起きでねばつく口内をすすぐために、水を一杯あおりグラスを置いた。

 しばらく手入れをサボっているために、根元に黒い地毛が見える長い金髪を手櫛ですきならし、手早く三つ編みに結わえる。

 それから眼帯を手に取り右目を覆い隠した。

 タバコに火をつけ窓から部屋の外を眺めると、そこからは視界を圧してなお果てしなく広がる巨大な構造物の一部が見える。

 

 バスキュラープラントである。

 

 近くにあるように見えるが、ここからは数百キロも離れている。

 ルビコンの北半球側からは赤道近くでもなければ、どこにいても目に付く途方もなく巨大な建造物である。

 その高さはまさに天まで達し、雲を貫き大気に霞んだ空の向こう側で、星を覆うように傘を広げている。

 プラントは一時アーキバスグループの支配下にあったが、それを破壊するために恒星間移民船ザイレムを掌握したシンダー・カーラと、その一党が起こした動乱の後は主なきまま残されている。

 コーラルを巡る一連の争乱は、それに関わるいずれの勢力を大きく疲弊させ支配力を減退させた。

 現在ではルビコン3に根を張る解放戦線が、かろうじてこの星の支配者であるかのような体裁をとりつくろっているが、しかしそれも砂上に築かれた城のように危うい。

 企業や封鎖機構が撤退した後も、プラントは依然として戦略的な重要施設であることに変わらないが、この途轍もなく巨大なコーラル収集施設を掌握するほどの力は今の解放戦線にはない。

 さりとて放っておくわけにもいかず、その近くに監視拠点が置かれた。

 それが今、紫煙をくゆらせているサムノッチがいるキャンプ(駐屯地)・カンネーであり、そして彼女がここの主である。

 正式な肩書としては駐屯地司令とか、それを兼任する守備隊長といったものが付くが、ここでは保安官殿(シェリフ)といったほうが通りがいい。

 

 保安官は、駐屯地の兵舎で寝起きの一服をやりながらぼんやり街を眺めるのが朝のルーチンである。

 

 今日は風が弱くしんしんと雪が積もる静かな朝だ。

 もっとも、ここは極地であるためルビコンの陽は地平線を這うようにして周り、常に薄明の白夜が続く。

 二階建ての隊舎からは、駐屯地の周りに群がるように集まったコンテナが、雪化粧をまとっているのが見える。

 これらの一つ一つは、駐屯地の周りに住むドーザーたちの仮住まいである。

 ここはバスキュラープラントの御膝元。そこに侵入してコーラルを採集してくる者たちにとって、丁度いい前哨基地として目をつけられたのだ。

 この拠点ができたころから、どこからともなく集まってきて勝手気ままに住み着き、今ではちょっとした規模の集落にまで成長した。

 サムノッチの保安官という呼び名は、なし崩しにその集落を取り仕切ることになってから、住人たちが誰とはなしに言い出したものだ。

 駐屯地の塀の外の家屋はどれ一つとして地面に基礎のコンクリも打ってないコンテナハウス。

 そんな根無し草の住む街々を、彼女がぼんやり眺めまわしてる折に、突然北東の方角で閃光が発し爆炎が上がった。それからややあって音が伝わり窓ガラスをビリビリと震わせる。

 

 保安官殿がくわえるタバコからほろりと灰が落ちた。

 

 間を置かずしてベッドサイドの館内電話が悲鳴を上げた。

「お、おっす!早朝から失礼するッス」

 受話器の向こうから、変声期を迎えたばかりの少年の声が飛び込んだ。

「あ、マツ?おはよ なにあれ?」

「ドーザー同士の喧嘩(ゴタ)ッス」

「困るなぁ……。とめなきゃダメ?」

「ダメっす」

 サムノッチは気だるげな声で渋るが、マツと呼ばれた少年はにべもなくいう。

「喧嘩なんて好きにやらせときゃいいのよ。ほっときゃどっちもくたばって収まるんだから」

「ダメッス。街に被害がでるッス」

 

 かくして朝の静謐は破られた。

 

 パシンッ!とサムノッチは両手で自分の頬を叩いて気合をいれた。 

 

「はぁ……かったる」

 

 彼女はタバコを咥えたままに灰が落ちるのも気にせず、モソモソと着替えはじめる。

 そうして一本吸いきるころには、パイロットスーツを着込み部屋を出る用意が整ったので自室の戸を開けた。

 すでに廊下の向こうからマツがヘルメットとグローブ、それと栄養ゼリーをもって、こちらに足早に歩いてくる途中だった。

 ここではこのようなことは日常茶飯事だ。なにくれと指示を出すまでもなくこの生真面目な少年は動いてくれる。

 

 「もっとゆっくり来てもいいのに……」

 

 彼女はゼリーを受け取ると、それを飲みながらマツから状況説明を聴いた。

 煙が上がった北東の方角にあるものと言えば、ビジター用の駐機場だ。

 こうした争いごとを街中で起こさせないために、街の最外縁部においてある。

 予想していたことだが、MTを持ち出して争っているらしい。

 

「困るなぁ。死ねばいいのに」

 

 ここに赴任して以来、すっかり口癖になってしまったボヤキがサムノッチの口から漏れる。

そうこうするうちに二人は格納庫にたどり着いた。

 一晩のうちに凍り付いたハンガーの扉が、重い駆動音とともにパリパリと氷の割れる音を立て、ゆっくりと開きはじめた。

 明かりが薄暗い庫内に差しこみ、従順なる巨人の全貌があらわになる。

 この時代における汎用機動兵器アーマード・コアである。

 

 これについては今更説明の必要もない。

 

 巨人はアイドリングの息吹を立てながら、主人を待ってたたずんでいた。

 その全高は十数メートル。扁平な頭に角ばった胴体、それから伸びる手足も同様に積み木で組んだように四角い。

 この星の地元企業であるBAWS社製パーツで組まれた、BASHOと呼ばれるモデルだ。

 いささか不格好ではあるが、質実剛健が売りで整備性がよくマイナーチェンジを繰り返しながら長期にわたって生産が続けられているたタイプだ。

 そんな大層もないものを、サムノッチは単に「ジャンク」とか「オンボロ」などとぞんざいに呼ぶ。

 それもむべからぬことで、機体自体はACの中ではありふれたものだが、一目見てこの個体はとりわけ状態がひどい。

 元がスクラップヤードに転がっていた廃用品を再生したものだから、錆がそこら中に浮き上がっている。

 いくらかは研磨をかけて落としているようだが、それでも十分ではなく、取りきれてないサビはやっつけ仕事に上から塗料で塗りこめてある。

 機体の端々もよくみれば塗装や錆具合もまちまちで、雑多な年式のパーツでツギハギしたものであることが知れた。

 主要部に施された装甲版も一部は脱落しており、それをありあわせの資材で補修している。

 特に目立つのは左胸の部分を覆う鋼板で、これは正規品ではなく、そこらの街工場であつらえたようなものをボルト止してある。

 ここだけは錆がほとんどなくボルトも光沢を放ち、最近新造したものであることが窺い知れた。

 しかし雑な採寸で作られたようで、機体と鋼板には隙間が空いており、それをさらに埋めるように鉄材の切れ端が溶接してあった。

 それも目立つところを繕っただけで、細かい隙間はそのままにしてある。

 もっともタダの鋼板では、対物用徹甲弾の貫通力の前には紙切れに等しく、きっちり埋めたところで防護性能に大差ない。

 とりえあえず小火器や砲弾の破片程度を凌げればよいと割り切って隙間を放置してるように思われた。

 

 いや、単に途中で作業がめんどくさくなっただけなのかもしれない。

 

 関節などの可動部分はさすがに手入れをして最低限動作するようになっているが、これではジャンクだボロだと呼ばれるのも仕方がない。

 一応「ポーラベア」というペットネームが付けられているが、そう呼ばれる事は稀だ。

 通常ACは両手両肩には武装を施すハードポイントがあるが、この機は右肩だけは空荷で他の武装も小ぶりな上に錆つき、なんとも心もとないように見える。

 しかしながら、このオンボロACこそがこの駐屯地における最強の戦力なのである。

 

 そしてこの機体を駆るのがサムノッチと名乗る女保安官である。

 道すがら状況説明を聞き終えた彼女は、空になった栄養ゼリーのパックをマツに渡し、引き換えにヘルメットを受け取る。

 機体はすでに起動しアイドリング状態でいたためシステムの立ち上げは済んでいた。

 

「やっこさんたちは今どうしてるの?」

 

 サムノッチは尋ねた。

 

「互いににらみ合ったまま膠着してるッス。うちのMTが3機現着して周囲を封鎖中ッス」

「いいね。そのままの現状を維持しといて。予備機は?」

「今立ち上げが済んだッス。一緒に出せるッス」

「オーケイ。わたしは先に行ってる」

 

 装具を身に着けながら彼女は慣れた足取りで格納庫にめぐらされたキャットウォークを伝い、ハッチが開かれたジャンクの背中にまわりそこへを体を滑り込ませた。サムノッチがシートに腰を深く落として開閉ボタンを押すと乗降ハッチがゆっくりと閉まりだす。

 

『異常が発生しました…異常が発生しました…』

 

 数秒もしないうちに機械音声と共に警告音が鳴り響いた。

 閉じかけたハッチが痙攣をおこしたように、小刻みに震えながら止まっているのだ。

 サムノッチは正面のディスプレイにタッチして、アラームを強制リセットするとハッチについてる取っ手を掴み力いっぱいに引いた。

 すると引っ掛かりがとれようにハッチはスムーズに閉じ、画面はオールグリーンを示す。これもいつものこと。

 

 ここも何度か手を入れたが一向に解決しない。

 整備班によれば年式ごとに部品の形状が若干ことなり、このツギハギアセンブルだと嵌め合わせが悪いのだという。

 整備マニュアルにも書いてないマイナートラブルだが、こうして動けば問題はない。とりあえずは。

 

 既にACの足元は片づけられている。

 サムノッチは庫外へゆっくりとACを歩かせた。機体が動くたびに節々からパラパラと細かい錆が剥がれ落ちる。

 機体から発する熱が覆っていた霜を溶かし、立ち上っていく湯気を陽光がきらめかすように照らし出していた。

 




キャラクター紹介

RANK 》 E
サムノッチ//AC ポーラベア


 ルビコン解放戦線のバスキュラープラント監視拠点キャンプ・カンネー守備隊の隊長。
一野戦指揮官でしかないが駐屯地を中心に集落が形成されてきたため暫定的に治安を預かる保安官を任じている。
 徴税と称して住人からミカジメ料を徴収し、トラブルがあれば裁定するのが主な仕事。
元アーキバス社員でありグループ撤退後に部下を引き連れて解放戦線に帰順した異色の経歴をもつ。

https://w.atwiki.jp/alternativemind/pages/133.html
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