こちらバスキュラー・プラント前キャンプ・カンネー監視所 作:8たま
輸送ヘリから見下ろすルビコンの色の無い氷原に、ぽつぽつりと火が灯る。
それはやがて、解放戦線の一斉蜂起となって燎原の火のごとく燃え広がった。
抑圧されたルビコニアンたちの解放された熱狂が、SNSにとめどなくあふれる。
いわく、どこそこで企業部隊を撃破した。
またいわく、解放戦線があちらを制圧した、こちらを陥落させたなど、断片的で取り留めもない情報の渦。
投稿一つ一つの信ぴょう性を、確かめるすべも時間もない。
独立、解放。
歴史上、そう呼ばれる現象の常として殺戮はつきものだ。
怒れる民衆は、かつての支配者に報復を加える。
正式な手続きも裁判もなく、降伏した星外企業の社員たちが並べられ、無惨に虐殺される映像がSNSに流れ、それに多くのイイネが付く。
こちらとしてはちっともイクナイ。
冷静さや慈悲深さは今や大衆の敵だ。
誰が口にするとでもなく、あれが我々の末路であると、この場にいる皆が覚悟した。
特殊作戦用のステルスヘリといえど、発見されない保証はない。
我が社の最新鋭機も、執行部隊から鹵獲した強力な装備も、それらを駆る精兵もこの流れには抗えないだろうと。
それでもわたしは命ずる。
「間もなく着陸する。各員配置に着け。着陸後は速やかに施設の安全を確保し『作業』に入れ」
そして死ね。
あの陰険メガネ野郎から渡された記録媒体は、アーキバスがルビコンに作った収容所や研究施設の所在と、そこにある
開発中の試作兵器やそれに供する実験体のリスト。
それと実験記録。記録内容は見たくないし、見ない方が身のためだ。
これが解放戦線の手に渡れば戦争犯罪として糾弾され、会社のイメージが損なわれる。
わたしは部下と共にヘリで施設を回り、指定のブツを破棄してまわった。
そして最後にやって来たのがアウシュビッツ。
廃坑となった鉱山を利用して建てられたこの基地は兵器の実験施設らしく、格納庫があり、そこにはまだカタログに載ってない試作兵器が陳列され、監獄がある。
いや監獄というよりは畜舎といったほうがいいかもしれない。
施設の一角にある分厚い鋼鉄製の扉を前にして、わたしは右目の眼帯を外し、ひきつったウィンクで端末に虹彩を読み込ませた。
ロックが解除されると重々しい音を立てて扉が開く、同時に猛烈な汚物と腐敗臭が鼻をついた。
おえっ
狭い監房には子供が二人か三人づつ詰め込まれている。
放置され大分たったらしく、みな飢餓状態だった。
手術痕が刻まれた体は、腹だけが妊婦のように膨らみ、骨と皮ばかりに痩せこけ死にかけているか、すでに死んでいる。
これも
ここから安全な場所に運び出すのはもう無理なので、死体もまだ生きてる者も、まとめて処分しなければならない。
子供たちはみんな善い子ちゃんだったようで、死の淵にあえぎながらも互いに身を寄せ合い最後の時をまっていた。
わたしも善い子のつもりだったんだが、気が付けば罪深い指示を部下にだしている。
「まだ生きてるのがいたら教えなさい。トドメ刺したげるから」
部下たちは彼ら彼女らをせっせと監房から運び出し、わたしは銃で生き残りをパンパン処理して、射撃レンジとして使われていた坑道にエッチラオッチラ運び込み、高性能爆薬をセットしている。
これが済んだら坑道を爆破して死体を埋めてしまおうというわけ。
「わざわざ殺さなくても、そのまま生き埋めでいいんじゃないですか?」
カウフマンが聞いてきた。
「無抵抗の子供を殺すのは好き?」
「そんなわけないじゃないですか」
「わたしもよ。だから部下にはやらせたくない」
「真面目ですね」
「そうね」
「あの―」
パンッと彼女の言葉を遮るように乾いた銃声が響く。
「私、子供ができたんです」
「それ、今、話すこと?」
右手に軽い反動を感じながら、わたしは答えた。
9mmパラベラム弾が横たわった子供の頭蓋を打ち抜き、床に広がる赤いシミに新たな脳漿を加える。
死体はすぐさまスタッフによって外に運び出され次が来る。
「すいません。室長には聞いてもらいたくて」
カウフマンは憂いを声ににじませる。
パンッ
「それで、今お腹にいるの?」
「いえ、私のは地球にあります」
彼女は仕事に穴を開けないために、生殖機能を外部化しているのだ。
別に珍しい事じゃない。
妊娠、出産はどうしたって体に負担がかかる。
それを解決するために子宮と卵巣を摘出して生体ポッドの中に入れ、必要なときに受精させるのだ。
かく言うわたしも卵巣を片方地球に置いてある。親が子供を望むので、わたしの身に万が一があったときに使うという約束でね。
「父親はいるの?」
「いえ、精子提供だけ受けました。だから、私はどうしても地球に帰りたいんです」
「……。」
わたしは運ばれてくる子供を流れ作業で処理していく。
こんな事して良心が痛まないのかって?
そりゃ痛むが、悲しいかな、わたしの体もこの子たちの犠牲の成果で出来ている。
心身が無用な苦痛を感じないように、頭をいじってトラウマにはならないようにしてあるのさ。
これもアーキバス・グループ御謹製、過酷な任務に就く社員の心と体の健康を保つ福利厚生さ。
そうしてる内に、監房は一つ、また一つと空けられていく。
もはや何も思うまい。と、思いかけたが最後に残った部屋の惨状にはさすがに参った。
部下が部屋の住人を引っ張り出そうとするが、激しく抵抗するので手を焼いているのだという。
飢餓状態の割には随分と体力があるもんだ。
部屋の作りは他と変わらない。右手側にベッドがあって、左側に便器があるだけだ。
異様なのは、そこら中に赤茶けたシミがこびり付いている。
それがなんであるかはすぐに分かった。乾いた血痕だ。
部屋の奥には子供が一人、うずくまるように膝を抱えて座っている。
薄緑色の検診医も、元の色がわからないくらいに血と汚物で汚れていた。
ベッドには誰かが寝ているようで、毛布が掛けられていた。
わたしの気配を察したのかうずくまってる子供が動く気配がした。
「――tぇけd――ねぇ…」
随分と話すことがなかったのだろう。一度咳ばらいをしてから、喉から絞り出したようなかすれ声でこう言った。
「おれを殺すのか?」
「……。」
「おれは、死にてぇ‥‥‥、でも死にたくねぇんだ」
少年の声だった。
彼は顔を上げる。
伸び放題になった髪が目を覆い隠しているために、表情をうかがい知ることはできないが、口の周りにはべったりと乾いた血がこびり付いていた。
わたしはそのとき、彼が何をしたのか察した。
ベッドの毛布を引きはがすようにめくる。
「うっぷ」
横にいたカウフマンが口元を抑えて、顔をそむけた。
そこにあったのは四肢をもがれた子供の遺体。
死なないようにシーツの切れ端で縛って止血を施し、生かしたまま、手足から順に食べて、尻肉をかじり、目鼻耳をかじり、少しづつ同胞を食べながら彼は生きながらえてきたのだ。
その証拠にやせ細っていはいるが他の子にくらべて、肉付きがいい。
「悪い子ちゃんだねぇ」
思わずわたしは声をかけてしまった。
他の子たちは最後まで互いをいたわるように、抱きしめ合ったまま最後を待っているというのに、コイツは自分一人、生き延びるために計画的にルームメイトを解体し、喰らっていったのだ。
喰われた方の苦痛は想像したくない。
だがやることは変わらない。そう思いなおし、わたしは彼に銃を向け、引き金に指をかけた。
「あんたも死ぬぜ?もうじき戦争がくる」
「どこもかしこも戦争よ」
「ここにもすぐ、やってくる。おれにはわかる」
少年は口元を歪め、ギザギザの歯列を見せて不穏な笑みを浮かべる。
目元を覆っていた前髪をかき上げると、その額には痛々しい開頭手術の痕が刻まれていた。
彼は人差し指でコツコツとこめかみのあたりをつつきながら言った。
「ここいじられてからよぅ…聞こえるんだ」
「なにがさ?」
「コーラルがざわついてるんだ。戦争の機械がうごくときはいつもそうだ」
わたしが眉をひそめて訝っていると、不意に無線機からコールが鳴った。
「なにかしら?」
『解放戦線の部隊がこちらに向かっています』
無線機の向こうの声は平静を装っているが、声音には動揺が漏れ出ていた。
「どれくらいで到着する?」
『正確にはわかりませんが、先鋒部隊はあと一時間程で到着すると思われます』
「作業を中止して。戦闘配置。新しい情報があればすぐに知らせて。私もすぐ行く。交信終り」
「脱出の手はずは?」
「なんとかする」
ふぅ…。そうは言ったがどうしたものか。
「なぁ?言ったろ?」
ニタリとねばつくような笑みを浮かべて少年は言った。傍らで無線のやりとりを聞いていたらしい。
「あんたには関係ないわ。ここで殺すから」
「いいのか?おれは使えるぜ?ここから出してくれるなら助けてやる」
「あんたに何ができるのさ?」
「ACをうごかせる。ハンガーにあっただろ?」
少年はにんまりと笑って答えた。
施設の性格からして、ここは試作機に乗せるナマモノも同時に試作しているのは間違いない。
コーラルのざわめきが聞こえるというのも、状況証拠から嘘でもなさそうだ。
始末せよとの社命には反するが、使える戦力は少しでも多いほうがいい。
最悪、弾除けになってくれさえすれば十分だ。
「フッ」
そこまで考えて思わず私は吹き出した。
勤続十年この方、社命に背いたことなんて一度もない。
それが今、当然のように頭に浮かんだのだ。
なんのために?
「わたしも悪い子になるか」
「ふひひ」
少年がわらった。
「いいわ。出してあげる。わたしたちのために戦いなさい」
その後で殺すから。
とまでは言わない。悪い子になると決めたので。
「いいぜぇ」
少年は立ち上がると、おもむろに毛布の中に手をつっこみまさぐりはじめた。
「あったあった」
そう言って取り出したのは、血で汚れたプラスチックの小さな板切れ。
少年の右耳にも同じものが付けられている。
識別タグであることはすぐにわかった。
「こいつのだ」
「ふぅん」
「おれたちはずっと一緒だ」
自分で殺しておきながら、死者を偲ぶ心はあるのね。
「じゃ、いくわよっと…そうだあんた名前は?仮にも共闘するんだから、名前を知らないと不便なの」
「ああ、名前?名前ね…」
彼は右耳につけてるタグを見せるようにして、首をかしげてみせた。
「ZM-126‥‥これは識別番号よ」
「ここではそうよばれてた」
「その前は?」
「さぁな」
「じゃぁZMで…ズィマーね」
呼びやすければなんでもいいと適当に名付けて、わたしは狭い監房から出たがズィマーが後に続く様子がない。
「どうしたの?出たいんじゃんなかったの?」
「でたいが…ダメなんだ」
「はぁ?」
よく見ればズィマーの細い足がガタガタと震えだしている。
「でたいけど、でたくないんだ。怖い。無理矢理ひっぱりだしてくれ」
「は?」
「おれは広いところはダメなんだ」
少年は震える手を差し出した。言われるがままにその手を掴むと、細腕からは信じられないほどの強い力で握り返してきた。
その感触は確かに生への渇望を感じさせるものであったが、しかしその振る舞いは矛盾している。
だが、そんなことを考えてる暇はない。わたしは少年の手をを力いっぱい握りしめた。
ズィマーは半狂乱になって喚きたてた。肉体も強化されてるのかやたら力が強い。
傍にいたカウフマンと二人がかりで無理矢理引きずり出そうとするが、振り回される。
「もう!暴れないでよ!」
「でたくないんだ!」
「出たいっていったじゃん!」
「でたい!」
「どっちよ⁉」
「あの室長」
カウフマンがおずおずと口を挟んだ。
「広い場所がダメなら視界を塞ぎながら連れ出したらどうでしょう?」
「いいアイディアね」
わたしは着ていたジャケットを脱ぐと、それをズィマーの頭からすっぽり覆いかぶせた。
「これならいけそう?」
「まだちょっと怖い…」
「そう」
「おわっ」
彼は驚きの声を上げた。わたしはズィマーを力強く抱きしめたのだ。
「大丈夫?」
「う、うん」
わたしの胸に押し当てられた、少年の顔から息遣いが伝わってくる。
そうしたまま彼を抱きしめ、なんとか檻の外に引き出した、
「いい。ずっとこうしてくれ」
少年の手が私の腰に回されてくる。
「バカ」
わたしはジャケットを取り払った。
「あっ⁉あああああああ!」
その瞬間に彼は悲鳴を上げて失神してしまった。
「室長!」
「いや、つい」
「どうするんです?」
「コクピットに放り込んで引っぱたいたら起きるかな?」
などとカウフマンと話してるうちに、ズィマーはむくりと上体を起こした。
かき上げていた前髪がぞろりと垂れさがる。
「あ、広い!広い!やったでられたッス」
「は?」
今の今まで嫌がって大騒ぎしてた彼からは考えられない様子で、ズィマーは飛び上がり欣喜雀躍といった体で喜びを表現しいる。
いや、ズィマーなのか?
「ありがとっッス!お姉さん」
なんか口調まで変わってるし。
「126が待ってるっす。ささっ、早くいきましょ」
「(126?)お、おう」
栄養失調の上、長く閉じ込められてろくに運動もさせてもらえなかったためか、彼は足をもつれさせ、よろめきながら歩き出した。
「待ちなさい」
「ふぇ?」
「まだ少し時間がある。カウフマン、彼に食事を与えて」
指示を出し終えたわたしはジャケットを羽織ろうとするが、その異臭に顔をしかめた。
「それと、カウフマン」
「はい?」
「ちょっとこの子の体を洗てやりなさい。その、なに…匂うのよ」