こちらバスキュラー・プラント前キャンプ・カンネー監視所 作:8たま
チチンプイプイ、チチンプイ。
なんのまじないかって?
知恵と暴力と仁義。
世の中を渡るおまじないさね。
ここでは頭のキレるヤツは珍しくない。
腕っぷしが強いのもゴマンといる。
だがね、仁義はいつだって品薄なのさ。
しかし見た所お嬢ちゃんにはそれがある。
お芝居じゃないかって?
あたしもね伊達に長くこの稼業をやっちゃいない。フリか本当かはあたしにはわかる。
けどね仁義だけじゃダメさ。利敏さもいる。腕っぷしもいる。
あたしゃね、利で動かないやつも信用しないのさ。
いいかい、これは取引だ。あんたはあたしに何かを売って、何かを買う。
いい取引にしようじゃないか。
あたしのことはレディと呼びねえ。ミスでもミセスでもない。
レディー・ゴーラウンドさ。
「うまい!うまいッス!」
「そう」
ズィマーことZM-126はバリボリと硬質な音を立てて、無心にエナジーバーにかぶりつく。
私はそれを黙って見守っていた。
非常用の栄養補給レーションであるため、味はお世辞にもいいとは言えない代物だ。
砂糖と複合炭水化物に、合成プロテインと乳脂を固めてプレスしたもので、歯が欠けるほどに硬く、甘ったるくて一つ食べれば胸やけがする。
他に選べるならこれを好んで食べる者はおらず、どこに行っても余っている。
もっと美味しく作ることもできるが、なまじ美味しいとつまみ食いされるので、あえて不味く作ってあるという。
「えっと、お姉さん…」
「カウフマンよ」
「ありがとうッス!」
子供らしい笑みを浮かべて彼は言った。
聴きなれない言葉だった。
こんな仕事して、そんなこと言われるのはどれくらいぶりだろうか。
私は何か言おうとしたが、「どういたしまして」のほかに言葉がみつからない。
そうしてる間に彼は、四つ目のエナジーバー(キャラメル味)のパッケージを食い破った。
「そんなに食べると後で気持ち悪くなって動けないよ」
「腹ペコで…」
バリボリ
「あいつらがいなくなってから――」
「食べながらしゃべらない」
「うっす」
グシャグシャ
硬軟さまざまな音を立てズィマーはエナジーバーを咀嚼する。
いや、彼はズィマーなのだろうか?
「ねぇ…」
「なんすか?」
聞いてはいけないような気がして迷ったが、正直に聞いてみた。
「あなたはいったい誰なの?」
「自分はZM-125っス」
「それが名前なの?」
ZM-126と変わらない
「126が見えないけど、どこにいるのかな?」
「あいつは広いところがダメっス。きっとどこか狭いところに隠れてるっス」
そんなはずはない。彼が126なのだから。
疑念は確信に変わった。
ズィマーは二重人格だ。
二人が同時に同じ場所に存在しないという矛盾は、125の中では「隠れている」ということになっているようだ。
加えて、話しぶりから二つの人格で記憶は共有されている。
なぜそうなったのだろう?
施設の過酷な環境で精神に異常をきたした?
それとも、この状態も何らかの意図を持って施された実験の結果か?
回収した記録を調べれば何かわかるかもしれないが、私に閲覧権限はない。
それとも二重人格のフリをしているのだろうか?だとしたら何のために?
今はこれ以上考えても仕方ない。
彼は二重人格であるとしておこう。
話し方だけじゃなく雰囲気だって随分とちがうし、これが演技だとしたら大した役者だ。
夢中でエナージーバーにかぶりつく彼を見やりながら思う。
「ZM-125なんて名前じゃないわ。他に呼び名はないの?」
「わからないっス」
「じゃ私が付けてあげる。短い付き合いになるかもしれないけど、ZM-125だなんて味気ないわ」
126をズィマーと呼ぶなら、彼にだって名前くらいあったっていい。
「そうね…マッツなんてどうかしら?」
「んー、それでいいッス」
ZMをひっくり返しただけなのだが、無機質な番号で呼ばれ続けてきた彼には名前というものに頓着がないらしい。
ほんの僅かだけ手を止めて考えるそぶりをしたが、すぐにまたレーションをがっつき始める。
食べれるときに、食べれるだけ食べる。それが彼にとって自分の名前なんかより、重要であるかのように。
それにしても、お行儀が悪い。
喰いカスはぽろぽろ落とすし、口を開けて咀嚼音を漏らす。
「ほら、口の周りに食べカスがついてるよ」
「うっす」
マッツは無造作に着替えたばかりの服の袖で口元をぬぐった。
「服が汚れちゃうじゃない。これ使って」
そう言って私がペーパーナプキンを渡すと「あざっス…」と受け取るが、口にではなく鼻に当てて…
ずずずーっ
「それは鼻紙じゃない!」
彼のいちいち幼稚な仕草を見てると、つい指摘したくなるし、一挙手一投足がなにやらおぼつかなくて世話を焼きたくなってしまうのだ。
「ゴホッ!ゲホっ!」
今度は慌てて詰め込んだエナージーバーを詰まらせてせき込みだす。
「ほら、ちゃんとお水も飲んで。私はきみのママじゃないんだから」
マッツの背中を叩いてやりながら、まるで子守をしてるような気がしてきた。
私にも子供ができたら、こんな感じなんだろうか。
ふと、私は空っぽのお腹に手をやりながら、まだ見ぬ我が子の姿を思い浮かべた。
部下たちと防衛準備を進めている折、接近中の敵性部隊から通信が届いた。
「わたしが指揮官よ」
『はじめまして。私は解放戦線第4旅団を預かるカルザビクだ』
通信機からは慇懃だが尊大な感じのする男の声がした。
「ご用件は?」
『単刀直入に言おう。貴官に降伏を勧告する。大人しく従えば身の安全は保障しよう。君らのような優秀な兵士たちを死なせるの惜しい』
「そいつは、どうも」
『貴官らが機密施設を回っているのは知っている。我々としてはこれらの施設から回収した貴社の資産が欲しい』
秘密作戦のはずだが、どこかで情報が漏れたらしい。
それはいつ、どこで、誰が漏らした?
詮索は後だ。とりあえず時間を稼いでおこう。
「んー……、わたしの一存では決めかねますね。本社からの指示を仰ぎたいので、しばしお時間いただけないかしら?」
『君たちは自分の生き死にですら、自分の意志では決められないのかね?』
「まったく勤め人のつらいところです」
『猶予を与えても構わないが、条件がある。今、進めてる破棄作業を停止してもらいたい。それらの価値が君らの命の値段だ』
優位にあるものが示す鷹揚さだ。
だがそこにはいつでも命を奪えるし、そうすることが楽しみであるという嗜虐心が滲んでいる。
『どうするかね?』
「わかりました。本社からの回答があるまで中断しましょう」
『では二時間待とう。ドローンでそちらの動きを監視している。下手な真似は自重いただきたい』
通信が途切れた。
「どうするんですか?」
傍で聞いていたカウフマンが不安げな表情を浮かべる。
「ウソね」
「?」
「わたしたちはきっと殺される。大人しく投降しても、彼らが約束を守らなきゃそれまでよ」
「まだそうと決まったわけじゃ…」
「約束ってのはね、破られたときに相手に耐えられないくらいのペナルティが与えられなきゃ守られる保証なんてないのよ」
ルビコン3において信義ほどアテにならぬものはない。ましてや欺き合い、殺し合いをしてる仲だ。
「それに相手はカルザビクと名乗ったわね。聞き覚えがあるわ。武力闘争の最先鋒。勇名とともに悪名高い部隊よ」
もう削除されたがSNSにはカルザビクの兵士たちがとらえた捕虜を晒し、虐待する映像が出回っていた。
不届きな部下がいたのか、敵に恐怖を与えるためにしたのかはわからない。
映像の真贋は定かではないが、今の状況でそれを確かめるすべもない。
解放戦線本部は捕虜を丁重に扱えという通達を出しているが、雑多な武装勢力の連合である解放戦線も一枚岩ではない。
カルザビク旅団は主流派に属さない傍系部隊であり、本部の指示に必ずしも従うわけではない。
「――そういうわけで投降しても助からないと思うわ。だけど、これで終わりにはしない」