その男の船は濃い霧の中を進んでいた。ここは
男は海賊であった。“海賊王“ゴールドロジャーの死に際の言葉に憧れて家を飛び出し、同じ憧れを抱く者たちを集めて海賊団を結成した。だが、海賊としての人生は男が望んでいたものではなかった。
他の海賊との殺し合い。
食いつなぐために町を襲って海軍から追われる日々。
いつしか目的を失った行先の見えない旅に、男は疲れてしまっていた。
そんな時である。憂鬱な気持ちなど意に返さない轟音と共に、男がもたれていた甲板の手すりが爆散する。男は吹き飛ばされ、落下すると同時に背中を甲板に叩きつけた。男は急いで立ち上がり、霧の中をに目を凝らす。すると、霧の中に複数の艦船が確認できた。それら船の前方には大きな三本の主砲あり、青く暗い船体をしている。
男はその船に覚えがあり、船員に向かって大声で怒鳴る。
「海軍だ!全員持ち場につけ!面舵いっぱい!」
その声と共に仲間の海賊たちが甲板を駆け回る。しかし、立て続けに飛んできた砲弾の何発かが船に命中し、数名の船員が吹き飛ばされてしまう。男も衝撃で体が飛ばされそうになるが、甲板に膝をつけ、屈むことでなんとかこらえた。
「クソ!なんとかして奴らから距離をとれ!」
男は体を起こして船員たちに呼びかける。しかし、そのとき一人の船員がこちらに向かって大声で叫ぶ。
「せ、船長!!」
「男」こと、この海賊たちの船長はその言葉に反応するが、船員の視線が自分ではなくその後ろ、少し高いところを見ていることに気づき、思わず背後に振り返る。
――――いつからそこにいたのだろうか。身の丈3メートルはあろうかという大男がそこに立っていた。掠れた「正義」の文字が書かれている古ぼけたキャップ帽を被り、赤いスーツの胸にピンクの薔薇をつけ、赤いコートをマントのように羽織っていた。開かれた胸元には大きな傷跡があり、それが首から顔に向かって伸びている。突如として現れたこの大男を自分は知っている。いや、この海で生きていこうとするものは皆が知っている。新世界において、皇帝のごとく君臨する4人の海の支配者の一人。
“四皇”赤犬
それが目の前の大男の正体であった。
周りの船員たちもその存在に気づき、顔が青ざめてゆく。
「あ、赤犬!?」
「なぜここに!?」
周囲から動揺の声が上がり、そのざわめきがさらに周囲へと拡大していく。気づけばすでに砲弾の雨は止んでおり、周囲の音は船員たちのものだけになっていた。男は我に返って、急いで臨戦態勢を整えようとする。そのとき、赤犬が口を開いた。
「まさかと思って船に乗り込んでみたが…勘違いだったようじゃのう…」
赤犬が小さくそうつぶやくと、それと同時に両腕が赤白い光を放ち、炎が吹き上がる。しかし、ただ発火しているわけではないようで、炎と同時に黒い煙も腕から吹き出ている。あたりに恐ろしい程の熱があふれ、周囲に腐った卵のような臭いが立ち込める。そんな光景を目の前にして、男は昔訪れたとある島のことを思い出した。その島には巨大な火山が存在し、男たちは幸運にもその火山が噴火する光景を見ることが出来たのだ。火口からは噴煙があがり、心臓の鼓動に合わせて大地が脈打つかのように、そこからマグマがあふれていた。自然の圧倒的な光景を前に、男はただ茫然とするしかなかった。そしてそれは今も――――
「船長!!」
その瞬間、マグマに変化して膨れ上がった赤犬の拳が男めがけて放たれ、その上半身を飲み込んだ。普通ならば間違いなく即死の一撃である。だが、その予想に反して不可解な事象が起こった。
「なんじゃ…」
赤犬は少しばかりの驚きを口にする。なんと、男の上半身はすでに無くなっているにもかかわらず、下半身が後方へと飛び退いたのだ。そしてその下半身の断面から白い煙が立ち上がり、男の上半身を再構成していく。数秒もせず、やがて完全に男の上半身は再生された。
そう、この男は赤犬と同じくして、この世界における特別な能力の持ち主であった。この海には悪魔の実と呼ばれる秘宝が存在し、その果実を食べたものは海に嫌われてカナヅチになる代わりに、非現実的な能力を手に入れるのである。男が食べた悪魔の実は、赤犬と同じく
「相手は四皇だ!全員でかかれ!」
緊迫した空気の中、再生した男が声を張り上げた。それと同時に男の身体が破裂し、周囲に煙幕が展開される。しばらくして煙が消え去ると、そこには全身を四方八方から剣で貫かれた赤犬の姿があった。
「“覇気”で刺したぞ!」
そんな声が上がり、男はわずかに安堵する。しかし、すぐに異変に気づいた。彼らが刺し貫いた剣先がぼとりと甲板に落ちたのである。そして、またぼとりと剣先が落ちていくのだ。落ちた剣先の反対側はドロドロに溶け、熱を帯びて、赤白い光を放っていた。
「
赤犬がそうつぶやくと、そのの胴体が膨れ上がり、そこからマグマで構成された何匹もの犬が四方八方に放たれた。放たれた犬たちは即座に船員に飛び掛かり、その勢いのまま船員の身体に噛みつく。すると、マグマの犬に噛まれた部位は一瞬で飲み込まれ、マグマの中に溶けて消えていった。辺りは船員たちの絶叫がこだまし、腐敗臭の代わりに肉が焦げる臭いが立ち込めている。
いともたやすく殺されていく仲間と、今まで通用した戦法が通用しない相手を前にして男は当惑する。そして、男はある人物がマグマの犬に襲われていることに気づく。襲われているのはこの船の航海士だ。
航海を続けていく上で最も重要な人間は船長ではない。船大工でも、音楽家でも、戦闘員でも、医者でも、コックでもない。航海士である。この混沌とした海では航海士を失った瞬間に、その冒険は終わりを迎えるのだ。
「まずいっ!」
男は下半身を煙に変え、その煙を後方に噴射することで航海士を襲っている犬との距離を一気に詰める。そして、犬の至近距離まで近づくと、下半身を再生し、その勢いのまま覇気で犬を蹴り飛ばした。そのまま、男は冷静に航海士の無事を確認しようとする。しかしその瞬間、男の背筋に冷たいものが走った。
「
そんな静かな声が背後から聞こえ、とっさに体をそらす。
「ぎゃあああああ」
刹那。あり得ない光景と自らが焼かれる痛みに男は絶叫していた。
自らの左腕が消失し、その断面はジュクジュクと灼熱のマグマが零れている。己のロギアとしての特性が無視された異常な現象に、男の思考は恐怖に染まっていた。
「ロギアじゃ言うて油断しちょりゃあせんか?」
そんな言葉を口にし、赤犬がゆっくりと男の下に迫る。ふと周囲を見渡せば、いたるところで火の手が上がっており、船員を食べ終えた犬たちがこちらを睨みつけじわじわとにじり寄っていた。そして、気づけば絶叫は自分のものだけになっていた。甲板は地獄の光景と化しており、犬たちの食べ残しが燻ったままそこら中に散らばっている。航海士を見れば、頭が消失しており、首からは血液とともにマグマが流れ出ていた。
あまりに絶望的な状況に、男は甲板に這いつくばって、赤犬に背を向け逃げようとする。
「悪は…徹底的に潰さんといけん。海賊に生きる値打ちなんぞ…一つもありゃせん!!」
赤犬の拳が膨れ上がり、そこから放たれたマグマが男の足を焼き尽くす。
「――――」
男は再び絶叫を上げ、甲板を仰向けでのたうち回る。だが、ひどい耳鳴りで自分の叫び声が聞こえない。声を上げているのに聞こえないという状況がさらに男を恐怖へと駆り立てた。
薄れゆく意識の中で男は確信した。
自分はもう死ぬのだと。
そして後悔した。
海賊に憧れて、家を飛び出したこと。
海賊王の言葉を信じて、
今頃家族はどうしているのだろうか。
自分が戻ったらどんな顔をするのだろうか。
犯罪者となった自分が戻れるわけがないと分かっていながらも、そんなことを考えてしまう。
男にはもう痛みがなかった。
煩わしかった空腹感もなく、船の軋む音も、波の音も聞こえない。
そして、男は最後の力を振り絞り、残った右腕を使って船の手すりにもたれ掛かる。
男が最後に見た光景は、どこもかしこも熱に侵されていた。自分に背を向け、遠ざかっていく「正義」と書かれた赤いコート。大炎に包まれる長年ともに旅した船。自分たちの掲げた海賊旗が焼け落ちる姿。そして――――
灼熱の犬が大きな口を開けて迫りくる光景と、僅かばかりの安堵を最後に、男の世界は暗転した。
サカズキの能力を変更しました。
犬噛紅蓮 → サカズキの身体から四方八方に自立したマグマの犬が出現する。ある程度はサカズキの意志で動かせる。本来の技は岩漿犬牙として出します。
冥狗 → マグマグの殺傷能力と武装色の覇気を合わせた必殺技。防御力無視。ロギア無視。
更新は不定期です。ご容赦を<(_ _)>