センゴクは海兵としての一日の仕事を終えて、海軍本部のすぐそばに設置された幼年学校の前に来ていた。幼年学校は海軍への入隊年齢に満たないものが入る場所であり、早期から海兵としての知識を身に着けさせ、訓練する場所である。そして、晴れて卒業した暁には通常入隊する場合と異なり、卒業時の成績によって少し上の階級から海兵としてのキャリアを積むことになる。センゴクも幼年学校から海軍に上がってきた一人であり、普段その重厚な建物が視界に入っているにも関わらず、傍まで来ると自然と懐かしさを感じた。
「お疲れ様です、センゴク中将!お待ちしておりました」
正面玄関の前には見張りの海兵が立っており、声を掛けられる。自分がこの時間に来ることは事前に学校側に知らせてあり、センゴクは軽い挨拶を交わした後、さしていた傘をその見張りへ手渡して乾いた学校の玄関へと足を踏み入れた。
しばらく通路を歩くとすると、見覚えのある人物が「第一訓練場」と書かれた扉の前に立っていた。その人物は自分と同じく海軍将校のコートを羽織っており、服の上からでも分かる筋骨隆々の肉体と3m近いセンゴクと同じくらいの背丈はただ者ではないことを感じさせる。
「待っていたぞ、センゴク!」
その人物に声を掛けられ、センゴクは笑みを作る。彼と会ったのは久しぶりであり、幼年学校という場所も相まって、より懐かしさを感じた。
「久しいな、ゼファー!」
短い紫髪の人物、海軍本部中将、“黒腕”のゼファーはセンゴクと同期の海兵である。ゼファーは海兵の中でも名のある将校であり、その異名は彼が戦闘時に武装色の覇気で自らの腕を黒く染め上げることからついたものであった。
また、そんな彼が幼年学校にいるのは、幼年学校の教官が基本的に現役の下士官や将校が務めているからであり、ゼファーは自ら志願して教官として職務にあたっていた。
そんなゼファーもセンゴクと同じく笑みを作り、自らの近況を話しはじめた。
センゴクはゼファーの実力と面倒見の良さをよく知っており、そんな彼にある一人の少年を預けていた。そして、センゴクがこの幼年学校へと来たのはその少年の顔を見るためであった。
ひとしきりお互いの近況を報告し合うとゼファーが再び口を開く。
「とりあえず、訓練場に入るといい」
そう言われたセンゴクは、ゼファーに連れられて訓練場の扉をくぐる。訓練場は塀で囲まれた屋外広場となっており、学校に来た時と同じく小雨が降っていた。中にはシャツ一枚の少年たちが大勢おり、少しぬかるんだ地面の上で2人組を組んで格闘戦を行っているようだ。どこも激しい取っ組み合いが起こっており、入学初年度の生徒とは思えないほどの熱気にセンゴクは感心する。生徒たちの近くには教官と思われる人物も複数おり、生徒たちを見て回って指導しているようだった。そして、この訓練場の中で異様な空気を纏った場所を二つ見つけた。
「あの年であれほどの“見聞色”を身につけているとはな」
思わずセンゴクから感嘆の声が漏れる。訓練場で異様な空気を放つ箇所の一つでは、戦闘は起こっていなかった。否、片方の学生は攻撃を繰り出しているが、もう片方のひょろりとした学生に全て避けられている。加えて、その学生は目をつむり、両耳を自分の掌で塞いでいる。にも拘わらず、まるで周囲の状況が認識出来ているかのように、ひらひらと攻撃をかわしているである。軽やかな足取りと耳に手を当てるしぐさは、音楽を聴いて踊っているようにも見えた。攻撃を加えていた生徒はこのままでは埒が明かないと踏んだのか、足を相手の生徒の頭めがけて振り上げるが―――
「おっとっと~、それは反則だよ~」
「っ!」
放った蹴りはひょろりとした生徒の手の甲で止められ、その代わりにその生徒から強烈な蹴りが、先ほどまで攻撃していた生徒の顔めがけて飛んでくる。あまりにも高速な蹴りに、その生徒はとっさに防御しようとするが間に合いそうにない。
しかし、放たれた蹴りが顔面に直撃することはなく、顔の真横をすり抜け、代わりに雨を蹴り飛ばした。
「名をボルサリーノという。まれに入学当初から”覇気”を身に着けているものはいるが、あれほど練度が高い者は初めて見た」
ゼファーは誇らしげにそう語る。それを聞くセンゴクも喜ばしかった。あれほどの才能の持ち主が今後も鍛錬を積み重ねていけば、いずれ海軍大将になるだろうという確信があった。
そして、この訓練場で異様な空気を持つ、もう一つの箇所ではすさまじい戦いが起こっていた。両者の拳がぶつかり合い、小さな衝撃波を生んでいたのだ。他の生徒たちはその二人組からは距離をとって訓練をしており、その両者のいる場所は決闘場のような雰囲気を漂わせている。片方の生徒は黒く長い髪を持った力強い目つきの少年で、もう片方の生徒は黒い短髪に、睨んだだけで人を射殺しそうなほど鋭い目つきをした少年であった。お互い泥塗れで、拳は血でにじんでおり、それが入学初年度の生徒の訓練とは思えないほどの戦いを物語っていた。
「お前が寄越してきた小僧はあそこだ」
センゴクが見に来た少年はそんな戦いを繰り広げている二人の内の一人、鋭い目つきをした方の生徒であった。
センゴクはその少年と会ったときの光景を思い出す。
それは数か月前の出来事であり、センゴクは
島に到着すると、船を停泊させる港町はすでに瓦礫の山と化していた。町のなかに入ると、そこら中に蠅のたかった死体が転がっており、横に倒れた大砲や血の付いた剣もいたるところに落ちていた。そして、周囲の瓦礫の陰から、ひっそりと無法者がセンゴク達を除いていた。
その後、センゴクは部下と共に無法者たちを排除しながら町を散策していると、道があったであろう場所に一人の男と少年がいるのを見つけた。男の方はトリコーンを被って仰向けの状態で倒れており、すぐそばにその男のものと思われる剣が転がっていた。そして、少年の方はそんな男に馬乗りになって声を張り上げ、握りしめたナイフで何度もその男の胸を刺し続けていた。そんな光景にセンゴクは瞠目するも、すぐに冷静さを取り戻して少年に対して声を掛けた。
すると少年は張り上げていた声とナイフを振りかぶる手をピタリと止めて、センゴクの方へゆっくりと振り返る。少年は「正義」と書かれたキャップ帽を被っており、ボロボロの服を着た全身は、返り血で真っ赤に染まっていた。少年の目を見れば、その瞳は憤怒、憎悪、悲哀、後悔をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたかのような色をしており、そんな狂気が頬を伝って零れ落ちているようだった。
少年は立ち上がり、ブツブツと形のない言葉を発しながら、逆手にもったナイフを握りしめてセンゴクの方に近づいてくる。だが、ある程度センゴクのもとまで近づくとプツリと糸が切れたように地面に倒れ伏し、ついには動かなくなってしまった。センゴクはそんな少年を介抱するよう部下に命令を出し、自分は再び瓦礫と化した町の制圧と住民の救助を再開した。
少し時間が経ち、町の制圧が完了したと判断したセンゴクは自分の船へと帰還するが、結局救助された住民は先ほどの少年一人だけであった。家族と思われる人間も見つからなかったため、センゴクはそんな少年を幼年学校に入れることにしたのだ。
「そういえば、まだ名前を聞いてないんだったな。“サカズキ”というそうだ」
ゼファーがセンゴクに対してそう告げる。少年を海軍本部に運ぶまで、一度も目を覚ますことがなかったために、センゴクはまだ少年の名前を聞けずにいたのだ。
彼は自分のことを覚えているだろうか。そんなことを考えていると、もう一人の少年がサカズキを殴り飛ばす姿が見えた。その光景にセンゴクは衝撃を受ける。
「まさか“武装色”か!?」
驚きが思わず口に出る。殴り飛ばした少年の腕がうっすらと黒く染まっているのだ。
「あれはドラゴン。入学最初の基礎体力試験で、歴代最高得点を叩き出した男だ」
ゼファーは再び誇らしそうに口にする。しかし、その目はどこか遠くを見るようであった。センゴクはその理由を知っている。ゼファーは自分ともう一人の女性と共に幼年学校で切磋琢磨した中だが、自分とその女性が同期の中で、というか学校全体で見てもあまりにも突出していたがために、自らを凡人だとさげすんで、昔は自分とは少し距離を置かれていたのだ。
「そんな顔をするな、ゼファー」
センゴクはゼファーを励まそうと口にする。言われたゼファーは少し恥ずかしそうにしており、そんな姿を見たセンゴクは、変わらないなと心の中で呟き頬を緩めたのだった。そんな折、遠くから声が聞こえてきた。
「今日こそ勝つんじゃなかったのか!?サカズキ!!」
ドラゴンがサカズキを煽る。両者は共に息切れを起こしており、口は半開きで何度も肩を動かしていた。ドラゴンに煽られたサカズキはますます闘志の炎を瞳の中で燃え上がらせ、今にも飛び掛かりそうな雰囲気である。そして拳を振り上げたまま前傾姿勢で勢いよく駆け出した。一瞬で距離をつめたサカズキはそのままの勢いで振り上げた拳を前に突き出す。だが、その拳は雨に触れるだけで、ドラゴンに命中することはなかった。そして、寸前のところで体を横に反らして拳を避けたドラゴンは、代わりに下から拳を勢いよく突き上げてカウンターを食らわせる。顎に突き刺さった拳はそのままサカズキを宙へと飛ばし、落下したサカズキは再び地面に手をつけることとなった。
「まだまだ、こんなものじゃないだろう!!立て、サカズキ!!」
ドラゴンが声を張り上げる。尻餅をついているサカズキは肩を上下に揺らしながら雨に濡れた地面を見つめていた。
しばらくすると、ぬかるんだ土を固く握り締め、ゆっくりと立ち上がった。
「そうじゃ…まだじゃ…。わしは…わしは、もっと…もっと…強くなけりゃいけんのじゃあ!!!」
サカズキはドラゴンを鬼の形相で睨みつけ、その咆哮が訓練場全体に轟く。刹那、サカズキを中心とした空間が蜃気楼のように歪んだ。そして―――
圧倒的な圧が、訓練場へと放たれた。
その瞬間、訓練場にいた生徒たちが泡を吹いてバタバタと倒れだす。教官たちをはじめとして、意識を保とうと何とか堪えている者もいるが、ほんの僅かであった。
そんな光景にセンゴクとゼファーは瞠目する。
“覇王色”の覇気。
ごく限られた、選ばれし者だけを持つ覇気をサカズキは訓練場全体に放ったのだ。
覇王色の覇気は気迫や威圧そのものであり、この世界には数百万人に一人の割合でこの覇気を持つ者が現れる。そして、世界で名を馳せる大物は、大抵この覇気を持って生まれ落ちているのだ。
ゼファーはサカズキを止めるために急いで声を上げようとするが―――
その瞬間、圧が放たれていた場所のすぐそばから、もう一つの圧倒的な圧が放たれた。突如現れたもう一つの圧によって雨粒は吹き飛ばされ、塀の壁は武者震いを起こしている。サカズキの放っていた押しつぶすような圧とは異なり、それはまるで暴風のように吹き荒れる圧であった。
センゴクはその圧の中心に目を運ぶと、そこにいたのはドラゴンであった。
サカズキの覇王色を打ち返すように、まさに鬼気迫る表情でドラゴンから覇王色の覇気が放たれているのだ。
覇王色の衝突を前にして、なんとか意識を保っていた者たちもついにはそれを手放し、泡を吹きながら地面に倒れ伏した。
センゴクとゼファーはそんな光景に言葉を失ってしまう。だが、訓練場にはその四人以外にもう一人意識を持ちながら立っている人物がいた。
「お~、こりゃすごいね~」
ボルサリーノだ。圧倒的な2つの圧が訓練場を支配しているにも関わらず、位に返さないかのような口ぶりでそうつぶやく。しかし、そんなことを言いつつも、その額からは汗がにじんで流れ落ちていた。
「そこまでだ!!!」
センゴクが叫ぶ。その声は覇王色を放っていた二人の耳に届いたようで、場を支配していた圧がゆっくりと消えていく。
完全に圧が消え去ると、力尽きたのか、サカズキはそのまま倒れてしまった。しかし、ドラゴンは今だに力強い目をしており、その闘志は消えていなかった。
気づけばすでに雨は止んでいた。空を覆っていた雲には一直線に亀裂が入り、そこから光が訓練場に差し込んでいる。
異常事態に気づいたのか、訓練場のドアからドタドタと教官たちが雪崩こみ、地面に倒れていた者たちはすぐさま軍病院へと運ばれていった。
そんなこんなで騒動が落ち着くと、訓練場から出て、服を着替えたドラゴンにセンゴクは話しかける。
「いったいどこで覇気の使い方を教わった?」
ドラゴンは少しだけ思案するそぶりを見せると、すぐに視線をセンゴクに戻して返答した。
「戦場で身に付けました。ここに来る前は、少年兵として戦争に参加していたので」
センゴクはドラゴンの言葉を聞いて納得する。覇気は極限状態に置かれたときに覚醒することが多い。幼い顔に見合わぬ力強い瞳も、何度も死地をくぐりぬけた末のものなのだろう。そして汚れのなくなった体を見れば、幼いにも関わらず腕や首元は古傷だらけであり、ドラゴンの言葉が偽りではないことを示していた。
もしかしたら、見聞色の覇気を扱っていたボルサリーノもそうなのかもしれない。
そしてサカズキは…
センゴクとしては、若き獅子たちと出会えた喜びと、自分たち海軍の不甲斐なさで複雑な面持ちであった。
しばらくすると、騒動の収集を終えたゼファーが戻ってくる。
「サカズキのことは心配ない。だが今日はもう起きないだろう。すまないがまた後日会いに来てやってくれ」
そう言われたセンゴクは了承の意を示し、ドラゴンへの激励とゼファーへの別れを口にいた後、幼年学校を後にした。
――――
幼年学校を出て海軍本部に戻ってきたセンゴクは今日の出来事を思い出していた。ボルサリーノ、ドラゴン、そしてサカズキ。三人にはいずれ海軍から悪魔の実が与えられ、他の同期を寄せ付けぬほどの力を手にするのだろう。将来を任せられる人間が若い芽からでているということはこの上なく喜ばしいことだ。しかし、センゴクはどうも喜ぶ気にはなれなかった。脳裏にサカズキの狂気を孕んだ瞳と、力を渇望する言葉が鮮明に思い出されるのだ。そして、それがセンゴクを不安にさせていた。
海軍を志願するものの中には、海賊によって大切なものを奪われたものが少なくない。はじめて会ったときの様子を考えると、サカズキはあの町を瓦礫の山に変えて、荒らしまわったものたちに対して、並々ならぬ憎悪を抱いていることが想像できた。力を求めるようなことを言っていたのもそのためだろう。しかし、そういう人間に限って自らを省みない無謀な行動に出て、早々と死んでしまうのだ。今までそんな海兵を何人も見てきたセンゴクは、あの少年がそうなってしまうことが怖かった。
海兵はそれぞれ自分の中に特有の「正義」を抱いて職務を遂行している。センゴクが掲げる「君臨する正義」は海軍が絶対的な力を持つことで海賊たちの脅威を跳ね除け、人々の生活を守るという正義である。
そう、力が必要なのだ。
だからこそ復讐心のようなものには距離を置きつつも、力を渇望しているだろうサカズキの気持ちはよく理解できた。
「強くなれ、サカズキ。どんな理不尽をも跳ね返すほど強く…正義を成すために…」
外はすでに宵闇が支配しており、ぼんやりと光る幼年学校を窓から眺めながらセンゴクはそうつぶやいた。
鏡張りの窓は、そんな部屋の風景をよく反射していた。
設定について:
サカズキとドラゴンは覇王色持ちです。
ドラゴンはガープの実子ではないです。
ガープが海軍学校に入っている姿が想像できなかったので、センゴク達とは入隊時に合流したことにしています。
ゼファーはすでに黒腕のゼファーと呼ばれています。