暖かい日の出の光が海軍本部の島、マリンフォードを照らしている。
海と島との境界線には巨大な要塞砲がいくつも並べられており、それが海軍本部の基地を中心に、取り囲むように配置されていた。
ドラゴンは日課としている朝のトレーニングのためにこの場所を訪れていた。学校から一番近くにある要塞砲のそばまで来たドラゴンは、水筒を地面に置いて両腕を組み、地平線まで続く穏やかな海を眺める。オレンジ色の光が海を照らし、その光が道のように太陽まで続いていた。ドラゴンは日の出とともにここから見える景色と、この穏やかな海が運んでくる潮風が好きであった。しばらくそんな景色に黄昏ていると、背後から声がかかる。
「おはようドラゴン~。今日も早起きだねえ~」
声を掛けて来たのは友人のボルサリーノであった。たれた糸目に口は半開きで、いつも口角が上がっている。頭には黄色いニット帽を被っており、そこに茶色いレンズのサングラスをかけている。態度は相変わらず飄々としており、掴みどころのない男だ。だが振る舞いはそうであっても、熱い正義を心を抱いて、海兵になろうとしていることをドラゴンは知っていた。軽く挨拶を返すと、再びボルサリーノが口を開く。
「サカズキはまだ来てないのかい~」
日課として、毎朝ここでトレーニングをしているのはドラゴンだけではなかった。ドラゴン、ボルサリーノ、サカズキは毎朝この場所に集まってトレーニングに励んでいたのだ。そして、いつも最初に来ているはずのサカズキの姿が見当たらない。
そんな状況に対して、ドラゴンの脳裏をよぎったのは昨日の出来事である。サカズキが頭を下げて何かをお願いする姿など想像できなかったドラゴンは、その姿に心底驚いていた。サカズキは昨日の訓練が終わった後、センゴク中将と会っていた。そして、自分が海兵となった際はセンゴク中将の船に乗せてもらうことを本人に直談判したのだ。
センゴク中将が去った後、サカズキは話かけるなというオーラを絶えず放っており、結局ドラゴンはその行動の理由について聞けずじまいであった。そして、サカズキがここに来ない理由があるとしたら、そのことであるとしかドラゴンには考えられなかった。
そんな折、ボルサリーノの後ろから声が発せられる。
「遅くなったのお」
そう言って、いつもの方言で話すサカズキがやってくる。その鋭い目つきを隠すかのように、海兵が身に着ける制帽を深々と被っているが、それはいつものことだ。普段と変わらぬ姿にドラゴンは自分の考えが間違っていたかと疑念を抱くが、どうやらそうではなかったらしい。
「すまん。あまり眠れなくてのお。」
サカズキがそうぼやくと、今度はボルサリーノが口を開いた。
「昨日はびっくりしたね~。まさか君があんなことをするなんてねえ~」
昨日のサカズキの行動に驚いていたのはボルサリーノも同じだったらしい。そう言われたサカズキは表情を一切変えることなくそのまま要塞砲のもとへ歩みを進める。ドラゴンはサカズキの過去のことを知らないが、出会った当初から身に着けていた”覇気”、そして目を合わせたら殺されると感じさせるほど鋭い目つきが、ただならぬ経験をしていることを周囲に知らせていた。
「その話はいい。早く始めるぞ」
サカズキのその言葉でドラゴンとボルサリーノは顔を見合わせる。そしてそのまま日課のトレーニングへと移った。
―――――
ひとしきりトレーニングを済ましたドラゴンは、水筒に口をつける。日はさらに高くなっており、海が青い宝石のようにキラキラと輝いていた。喉を通る冷たい水の流れが気持ちよく、運動後の疲れを洗い流していくようだった。
「君は風になびく姿が映えるね~」
同じくトレーニングを終えたボルサリーノがドラゴンに対してそんなことを口にした。ドラゴンは黒く長い髪をしており、風が潮の香をもたらす度にその髪が揺れていた。
「お前さんはバナナを食っちょる姿が映えるわい」
サカズキがボルサリーノに対して皮肉を言う。ボルサリーノはお気に入りのバナナをいつも持ち歩いており、ふとしたときに食べて、よく教官たちに怒られていた。そして今この瞬間も、バナナを口へと運んでいる。
「なんだか悪口を言われてるみたいだね~」
「素直な感想の述べただけじゃ」
そんな二人のやり取りに、ドラゴンも混ざる。
「ボルサリーノ。お前が悪魔の実を食べることになったら、“バナバナの実”だろうな」
「お~、なんだいその悪魔の実は~?やっぱり馬鹿にされてるよねえ」
もちろん、そんな悪魔の実が存在するのかドラゴンは知らない。
揶揄われたボルサリーノはというと、口角を少しだけ下げている。普段表情が全く変わらない友人も、少しは違う顔ができるらしい。そんなことがおかしく感じるのと同時に、今の自分の発言でふとした考えが頭をよぎった。
(もし俺が悪魔の実を口にするとしたら、どんな能力だろうか。)
ドラゴンは特段悪魔の実の力を欲しているわけではなかった。なぜなら覇気を極めれば、十二分にこの海で戦っていけると思っていたからだ。実際、悪魔の実を食べずして過去に海軍大将や元帥の地位に就いた者も少なくないし、かつての自分は悪魔の実の能力なしで、三年もの間戦場を駆け抜けたという実績がある。そしてなにより、悪魔の実に興味を抱かないのは、悪魔の実を食べたものがカナヅチになるという大きな弱点があったからだ。正確には、水につかると体の力が抜け、そのまま溺れてしまうのだ。海を泳げないというのは航海をする人間にとっては非常にリスキーなことである。敵船との交戦で海に投げ出されることなど海兵にとっては日常茶飯事だし、船の側面で作業することがあったら何かの拍子に落ちることだってあるだろう。だからこそ、自分に悪魔の実は必要ないのではと思っていたのだ。
「お前さんは“カゼカゼの実”じゃろうな」
ドラゴンに向かってサカズキが言う。そんな悪魔の実が実在するのかドラゴンは知らなかった。自分の肉体を風に変えて、操れるようになるのだろうか。しかし、仮に自然系(ロギアけい)で飛行能力もあるとすれば大きなメリットであるし、海に落ちるリスクもある程度低減できるかもしれない。
今まで悪魔の実に興味が無かったにも関わらず、自分がそんな力を手にした時の姿を想像すると不思議と高揚感が沸きあがってくる。
三人で同じ船に乗り、己の力で動く帆船が目の前の海を航行する絵が思い浮かび、思わず笑みが零れてしまう。
「何笑っとるんじゃ」
不愛想な自分にはらしくなかったのか、サカズキにそう言われる。ただ、それでも気分はすこぶる良かった。
「サカズキ、お前が悪魔の実を食べるとすれば“マグマグの実”だな」
ドラゴンはサカズキに言い返す。“マグマグの実”は悪魔の実に疎いドラゴンが知っているほど有名な
正確には、その実が海軍のもとに流れてきたことで、前任者の死亡が発覚したらしい。
ドラゴンがサカズキにそんなことを言ったのは、自分が知っていた数少ない悪魔の実ということもあるが、なにより全身をマグマへと変化させて海賊を殲滅するサカズキの姿が不思議と想起されたからである。
サカズキの顔を見ると、帽子に隠れて目元が見えないが、何か言いたげな雰囲気を醸し出していた。
「わしに、その資格はないけえのう」
サカズキは一言そう言うと、さらに深々と帽子を被った。ドラゴンは地雷を踏みぬいたことを直感し、それ以上悪魔の実について話す気にはならなかった。重い沈黙の後、話を変えようとしたボルサリーノが、サカズキに問う。
「そういえば、君は自分の掲げる正義をもう決めているのかい~?」
自分たちが目指す海兵たちは、皆自分の「正義」を持っている。かく言うドラゴンも自分の理想とする正義を抱いていた。それは、「自由のための正義」。人々が海賊や悪事を働く権力者に怯えることなく、あるがままの生活を守るために行使される正義。
それがドラゴンの理想とする正義であった。
しばらくすると、口をへの字に結んでいたサカズキが重々しく喋りだした。
「わしは…海賊どもを許さんけえのお。徹底的な正義を持って、奴らをこの世から消しちゃる。悪を…根絶やしにしちゃる!」
「徹底的な正義」。それがサカズキの求める正義であり、ドラゴンにとってはある程度予想していた通りの答えであった。一年間、毎日朝昼晩をともにした経験から、サカズキが海賊に並々ならぬ憎悪を抱いていることは容易に想像できたからだ。
そのとき、ドラゴンはサカズキが夜に必ずと言っていいほど、「正義」と書かれた赤黒い汚れのついたキャップ帽を眺めていることを思いだす。サカズキがそうするときは必ず人に背を向けているため、帽子を見つめるサカズキの顔は見たことがなかった。
帽子を見つめているときの友人は、一体どんな表情をしているんだろうか―――
「暴走しないといいんだけどねぇ」
ボルサリーノは相変わらずバナナを口へ運んでいる。バナナを頬張る姿はまるで猿のようで、サカズキの重々しい雰囲気とは対照的になんともおかしな光景であった。
「お前さんはいつまでモグモグしとるんじゃあ!」
サカズキが怒鳴るも、ボルサリーノは位に返さず、黙々とバナナを食べている。そんな光景に笑いを堪えられなくなり、ドラゴンは思わず吹き出してしまった。
「何がおかしいんじゃあ!」
「わっしは思ったことを素直に口にしただけだよ~、サカズキ~」
サカズキが笑っているドラゴンに怒鳴るも、ボルサリーノが皮肉交じりに口を挟んだ。なんとも他愛のない光景であり、ドラゴンは楽しかった。
ボルサリーノはサカズキとドラゴンよりも二つ年上であり、二人に比べると少し大人びた顔をしている。そんなこともあって、見たこともしたこともないが、兄弟喧嘩とはこいうものなのだろうかという思いが頭をよぎった。
二人に過去のことを聞いたことはないが、日々の言動から察するに、三人とも兄弟どころか家族すらいない。別に珍しい話ではないし、幼い頃からずっとそうであるゆえに、少なくとも自分は寂しさなども感じない。ただそれでも…
「なあ、二人とも―――」
談笑する三人の間を、陽気な風が吹き抜けていった。
太陽はさらに高く昇り、海の色よりも鮮やかな青が、自分たちを照らしていた。
ドラゴンは生れて始めて、この世に存在することを心の底から喜んだ。
――――――――――
「おい!お前ら何やってんだ!」
声が聞こえた方を見ると、校舎の前で教官がこちらに怒鳴っている姿が映る。
どうやら、ずいぶん長くここに居座ってしまったらしい。
空になった水筒のボトルを閉め、三人は急いで校舎に向かって駆け出した。
また一日がスタートする。
潮風に押されたせいか、ドラゴンの足取りはいつもより軽やかであった。
本作の設定:
すべての悪魔の実は意志を持っています。マグマグの実は憤怒の感情が多く集まるところに引き付けられる性質があり、運命を操作し、出現する度に海軍のもとへ流れ着いています。ベルセルクのベヘリットみたいなものです。