本編から流れが大きく変わっていますので、前回から合わせて読んでもらえると幸いです
スティルのシナリオが切なかったので自分で勝手に改変しましたw
それでは本編の方へどうぞ~
「……トレーナーさん」
「ん?」
「……私と一緒に、その……温泉旅行に行きませんか……?」
彼女の言葉で、一月頃の福引で温泉旅行券が当たっていた事を思い出す。
以前までの俺であれば、同室のネオユニヴァースと一緒に行ってくるのがいいと提案していただろう。
しかし、彼女と俺の関係は今や特別なものになりつつある。
それに何より、彼女の方から直接誘ってくれたのだ。断る理由など微塵もない。
「勿論。一緒に行こうか」
「……はい!」
パッと花のような笑顔で、スティルは嬉しそうにしている。やはりあの一件以来、少し、いやかなり積極的になっているように思う。
その変化に少し戸惑いつつ、俺自身も彼女と同様に嬉しさを感じていたのだった。
――――――――――
温泉地には、バスで向かうことになった。
心地の良い揺れの中、周囲を見渡してみると、スティルと俺以外の乗客がいないことに気づく。
偶然なのかはわからないが、実質貸し切り状態のようだ。
「……二人きり、ですね……」
「まぁいつ他のお客さん乗ってくるかわからないけどね」
「……むぅ」
スティルがほっぺを膨らます。良さげな雰囲気なのが分かっているのに、はぐらかしている俺に不満を感じているのだろう。
彼女のこういう新鮮な反応が見てみたくて、わざとこういう風に誤魔化しているのだ。
でも、求めてられていることも何となくわかるので、その手をそっと優しく握る。
「……ふふ」
「はは」
二人で笑い合う。こういう瞬間がある度に、幸せを噛み締めている自分がいた。
果たしてその幸せが、あの時の狂気に惹かれた感情と比べて本当に欲していたものなのか。それを考えたことがなかったわけではない。
スティルは、どんな時も俺のために尽くしてくれた。それこそ自身の未来さえ、一切躊躇うことなく俺に捧げて。
そんな彼女が相手だからこそ、この選択を後悔しないために、誰よりも幸せにすると決めたのだ。
こんな身勝手な俺の願いを、真摯に受け止め続けてくれた君だから……
「……トレーナーさん」
「ん?」
「……あまり、思い詰めないで下さいね」
「あ……」
胸の内にある思いを察されてしまったようだ。表情に出ていたのだろうか。
「……私、トレーナーさんが一緒なら……何処へでも駆けて行けますから」
握られていた手の力がほんの少しだけ強くなる。痛みがあるわけではなく、けれど決して離さない意思を見せるかのような。
その真っすぐな思いに応えるため、こちらも彼女の手をちょっとだけ強く握り返した。
―――――――
バスから見える山中の景色には、自分たちが来る少し前に降っていた雪が残っており、山の緑を所々白く染めていた。
今回温泉街に来るということで、いい機会だったのもあり二日ほどこちらで過ごす手筈を整えている。そういうわけで、食事処や観光名所を二人でまわることにした。
大自然に囲まれているこの地は、空気がとても澄んでいる。どの場所にも美しい花々や木々があり、景色を眺めていたり施設を巡る度にいつも目に留まった。
都会の喧騒から離れたいという思いから、この静かな温泉郷へ足を運ぶ人も数多くいるのだとか。
俺とスティルに関しては、三年間トゥインクルシリーズに身を投じてきた上での、羽を休める期間として今回やってきているので、ゆっくりした時間を過ごすのに適している場所ということで、ある意味好都合だった。
特に、彼女にとっては色々あり過ぎた激動の三年間だったように思う。
一度だけ俺自身も生死の境を彷徨った瞬間こそあったものの、契約を結ぶずっと前から、自身の『本能』と向き合いながら必死に戦い続けた彼女の方が、ずっと大変だったのは間違いない。
あれ以来、スティル本人からあの時のことは聞いていない。本人が話したがらないのもあるし、それを聞き出そうとすることで、彼女を傷つけるのは本意ではなかったからだ。
「あむ……もぐもぐ……ふふふっ」
そんなことを考えていると、スティルが嬉しそうに温泉饅頭を頬張っていることに気が付く。彼女は普段、食べるペースが遅いのを自分でも気にしているのだが、今日は随分とすごい勢いで食べているのがわかった。
「あ……すみません、一人で食べてしまってて……良かったら、トレーナーさんも……」
スティルが差し出してくれた温泉饅頭を受け取り、俺もそれを口へ運ぶ。出来立てのほかほかで、口の中で優しいあんこの甘みがじんわりと広がってゆく。
「うっま!」
「……ふふ。よかったです。自然な甘さがとても素敵ですね……」
普段からお菓子に人一倍こだわるスティルが、こういう表現を用いるというのは相当気に入ったように感じる。お土産用も勿論売っていたので、帰りにでも買って帰るとしよう。
――――――――
トリプルティアラを達成し、シニア級でも数々の強豪を打ち破ってきた彼女だが、街中を歩いていても不思議と全く声をかけられることはなかった。
ゆっくり休むためにここへ来たので、好都合ではあるのだが心のどこかで複雑なものが渦巻いている。あれほどの偉業を達成したというのに、彼女はなぜ気づかれないのだろうか、と。
「……トレーナーさん。私は大丈夫ですから……それに、二人きりの方が……落ち着きますし、リラックスできるかと……」
そうやって悶々としている俺に、スティルはほんのりほっぺを赤らめ、微笑みながらそう言った。
彼女の表情に悲しさや虚しさなどはなく、本当に気にしていないというのは伝わってきた。それは恐らく、俺との結びつきがより強いものになり、二人きりの時間というものが彼女にとっても一番望ましいものになったからに違いない。
まぁ要するにイチャイチャしたいという……
「……トレーナーさん、……お顔、すごい緩んでますよ……ふふっ」
うん、やっぱり彼女への思いが最優先だ。ごちゃごちゃ考えるのはよそう。
ある意味吹っ切れて、そこから先は頭を空っぽにして観光に戻ることにした。丁度今、港にあるお店に来てメニューを眺めている最中なのを思い出す。
今回頼んだのは……
「お待たせいたしました。こちら、手包み大福でございます」
「……わぁ、これ、とても美味しそうですね……」
五つの透明な小鉢にそれぞれアイスや餡子、いちごのグラッセなどが乗っており、大福の生地が別の入れ物で添えられている。
中々おしゃれなスイーツだ。思わずスマホを取り出し、写真に収める。
「素晴らしい出来の和菓子と思わんかね」
「ぷっ、……ふふふっ、もう……」
口調が大分おかしくなった俺を見て、スティルが笑いを堪えきれなくなっているのが表情を見なくても良く分かった。
二人で手包み大福を仲良く分け合い、堪能した。見た目の華やかさもさることながら、簡易的とはいえ自身で大福を包んでみるというのは、結構新鮮な体験になったと思う。
その後も色んな場所をまわり、楽しい時間をスティルと共有した。こんなに充実した休みを過ごしたのは一体いつ以来になるのだろう。
そうこうしているうちに、日が沈み始めて夕焼けが空に広がりつつあった。旅行券に載っていた旅館へ向かい、受付を済ませた後に部屋へ案内をしてもらうことに。
備え付けの温泉も完備されているとのことで、少し話し合った結果俺が先に温泉へ入ることにした。
「どうかごゆっくり、ご自分をお労り下さい……」
「うん、あとでスティルもゆっくり浸かってね?」
微笑みながら頷く彼女に軽く手を振りつつ、案内をもらった温泉に向かう。
何でもこの地でもかなり大きな温泉で、泊まる場所と完全に分けられた場所にあるということで、旅館内にしては結構長い距離を歩くことになった。
「すこし、つかれた……」
全く、温泉で癒されに来たというのにこんな距離を歩かせて軽く疲れさせるとは何事だと、ちょっと愚痴りたくなってしまうのを抑えつつ、パパっと着替えて温泉の扉を開ける。するとそこには……
「わあああ…………」
さっきまでのネガティブな考えがまとめて消し飛ぶような、素晴らしい景色が広がっていた。
想像していた倍以上の広さはある浴槽。体を丸めなくても良さそうなくらい余裕のある大きさの壺湯。サウナも完備されており、まだ湯気ではっきりとは見えないが最高の夜景が存分に楽しめそうな、うんと広い露天風呂まで。
「あれ、しかもこれ実質貸し切り?!」
そう。一番驚いたのは、たまたま利用者が自分だけだったということなのだ。これはもう三女神が存分に堪能しろと言っているに違いない。
「よぉし、ふやけるまで入るぞ~!」
あれ、割と最近の育成シナリオで確か……
「俺ウマ娘じゃないから一回しか入れなかったんだモン」
そうですか、すみませんね。
――――――――
「あぁ~……極楽だぁ~……」
日々の仕事の疲れ、今回遠征したうえでの体力消耗が思ったより重なっていたようで、心地よい湯温に意識を持っていかれそうになってしまう。
「ん、うぅん……ダメだ、寝たら流石にマズい気が……」
そう頭では分かっているものの、湯の効能による癒しも相まって体が言うことを聞いてくれなくなってしまっている。
そうして抵抗も空しく、俺の意識は微睡へと溶けていく……
――――――――
「ん、んぅ……」
気が付くと、辺りの景色が温泉ではなくなっていた。どこか見覚えのある、懐かしい雰囲気の場所だ。
なぜ懐かしいと思うのだろう。そう思って記憶を手繰り寄せていると、誰かが近づいてきているのがわかった。
「……久しぶりね」
「……!!君は……」
彼女の姿を見た瞬間、急に意識と記憶が鮮明になる。
落ち着いた雰囲気の中に、どこか情熱を感じる……赤を基調にした綺麗な勝負服。
忘れもしない、『スティルインラブ』の勝負服だ。
そして、それをまとっている彼女。しかし違う存在である彼女。
…………内なる紅との再会だった。
「その……元気だった?」
「ふぇっ?」
彼女の意外過ぎる第一声に、素っ頓狂な声を上げてしまう。もし再び邂逅することがあったのなら、そんなことを最初に聞かれるとは想像もしていなかったからだ。
彼女と俺は、あの時に決定的にすれ違ったのだと、そう思っていたから。
「えっと、その、元気だよ?君の方は……元気って聞くのもちょっと違う状況かな」
「……そうね。これから消えるワタシにその心配は、きっと無駄になってしまうから」
「ちょ、ちょっと待ってよ!こうして再会できたのに、終わらせようとしないでくれ!」
彼女が寂しそうに笑いながら発した言葉に、思わず語気が強まる。彼女らが決別する羽目になってしまった原因の一端は、間違いなく俺自身にあるのだから無関係でいられるはずがない。
「……どうして?今更欲しがるの?」
「欲しがるとか、欲しがらないとか、そういう話じゃないんだよ……!」
別に彼女のことを嫌っていたわけでも、煙たがっていたわけでもない。どうしようもなく惹かれてしまったあの狂気は、今でも胸の中に刻まれているのだから。
彼女が俺やスティルを嫌って離れようとしているのなら止めるつもりはなかった。でも、今の彼女の表情や言動からはそんな感情は微塵も感じられなかったのだ。
ならば、離れることを選ぶのだとしてもせめて理由をきちんと知っておきたかった。
「……話を、させてくれないかな。今更こんな提案するのは、虫が良すぎるってわかっているけど……」
「…………」
しばしの静寂。時間にしてみればそれほど長くはなかったはずだが、今の俺には怖いくらいに長く感じた。そして……
「……はぁ、わかった。話、聞くだけよ?」
ため息をつきながらも、彼女は話に応じてくれたのだった。
―――――――
あまりの衝撃的な再会で忘れてしまっていたが、俺たちがいるこの場所は……
『君の本能は――怖いくらい、美しい』
スティルに、この言葉を告げたときにいた、あの丘の上だ。
彼女と一緒にベンチへ座り、少ししてから話をすることにした。
「えっと……まずは謝らせて頂戴。ごめんなさい」
「え、ええぇっ?!どうして君が謝るの?」
「どうしてって……ワタシはアナタの命を摘んでしまうところだったのよ?」
あの地下バ道で起こった出来事を思い出す。スティルへの想いを優先して、愛していると告げた後、怒り心頭の彼女に締め上げられそこから先は……
「でも、俺生きてるし……」
「それは結果論よ。あの子が抗う意思を見せなかったら、アナタは間違いなく助からなかった」
そんなことは分かっている。人間がウマ娘の力に勝てるはずもないのは太古の昔から決まっていることだ。
それに、さんざんレースで呼んでおいて最後の最後に自身をないがしろにされてしまっては腹が立つのも無理のない話だと思う。
「謝らなきゃいけないのは俺の方だよ。君の事、二の次にしてしまったこと、ずっと心に引っかかったままで」
そんな俺の言葉を聞いて、彼女は目を丸くした。しばし呆気にとられた後、慌てて言葉を紡ぎ出す。
「え、な、なんでアナタが謝るのよ。アナタは完全に被害者でしょ?」
「そんなわけないよ。今更言っても説得力ないかもしれないけど……」
一呼吸おいて、もう一度続ける。
「俺は、『スティルインラブ』に惹かれたトレーナーだから」
説明しなくともきっと伝わるだろう、ここに関してはそう思って、あまり多くを口にしないことにした。
焦がれるほどの狂気が、怖いくらい美しいと思っているのは今でも決して変わりはしないから。
「…………」
こうして会話をしていて感じたことがある。それは、今の彼女からはかつて帯びていたあの危うい狂気が綺麗に消え去っていたことだ。
こう言うと変な言い回しになってしまうが、制御できないような危険な力ではなく、しっかりした狂気?
「……しっかりした狂気ってなんやねん」
「いや、知らないわよ」
一瞬だけ空気が緩む。まぁ、なんだかよく分からないけど、惹かれた狂気はそのままに、崩壊してしまいそうな危ない状態ではないということが感じ取れた。
だから、ひょっとしたら今の彼女なら……
「その、もう一度一緒に歩き出せないかな?」
「…………え?」
一緒。それは俺と彼女と共に、という意味だけではなく、スティルと内なる紅がもう一度一つになって歩き出せないか、という願いも込めての一緒、だった。
「……あの子が許してくれると思う?大切なアナタを傷つけたワタシを」
彼女はあの時の事を、俺が思っている以上に負い目を感じている様子だった。きっと今の状態であれば、二人の結合自体はうまくいくであろう事を察していながらも。
俺との再会以上に、スティルともう一度顔を合わせることを躊躇っている。ただ、スティルが教えてくれた話だと、もう一度話したかったと言っていたハズなのだ。
本人の口から言ってもらうのが筋かもしれないが、この機を失えば内なる紅とは二度と会えなくなってしまうような、不吉な確信がある。
ここは流石に伝えておくべきだろう。
「スティルがね、もう一度君と話したいって言ってたんだ」
彼女はまた目を丸くする。しかし、怖がっているような険しい表情になり首を横に振る。
「……また拒絶されたら、ワタシ、もう……」
「俺が何とかするからさ。……お願い」
精一杯頭を下げる。もし再び共に歩き出すことができるなら、そんな一縷の望みがあるというのなら、それが一番いいに決まっているから。
彼女は少しの間沈黙し、やがてもう一度口を開く。
「……わかった。それがアナタの望みなら」
「……!!ありがとう!!」
心を決めてくれた彼女にお礼を告げると、ほどなくして景色が解け始めているのを感じた。はっきりしていた意識は再び虚ろになっていく……
――――――――――
「あ……トレーナーさん……どうでしたか?」
「えっと、ああうんいいお湯だったよ」
先ほどのあれは、決して幻じゃない。意識が再び戻ってきたとき、温泉の中だったのは間違いないが、あの時間の出来事はのぼせて見えた幻覚でないことは流石にわかる。
そして、もう一度一緒になってもらうよう申し出たのは俺自身だ。
元々交代で温泉に入る予定だったので、次はスティルが向かう番。
「あ、温泉に着くまでちょっと距離あるからね。気を付けて」
「それから……」
「……?」
首を傾げるスティルに、何と伝えたらいいのか迷っていた。少し抽象的な言い回しで伝えてみようか。
「あの温泉、不思議なものが見れるらしいよ。俺もさっき体験してきたんだけどね?」
「あら……そうなのですか?一体どのような……」
「それは行ってみてのお楽しみ。ささ、ゆっくり浸かっておいでよ」
「ふふっ……わかりました。行ってまいりますね……」
笑顔で背を向けて歩き始めたスティル。その後ろ姿を見て、ひとまず悟られなかったことにホッとした。
そして、この再会がうまくいきますようにと、静かに祈った。
―――――――
この温泉旅行は、実に充実した時間を過ごせていると思う。
トレーナーさんが、時々真剣な顔で悩んでいたのが気になったけれど、それでもたくさんの楽しい時間を共に過ごせた。
そういえば、先ほどトレーナーさんが言っていたことが少し気になっていた。
『あの温泉、不思議なものが見れるらしいよ』
お風呂がすごく大きかった、とか露天風呂からの夜景が最高だった、とか。そういうお話なら普通だと思うのだけれど、不思議な景色というのが何だかちょっと変な表現というか。
ここに来るまでに、特段そういった噂や口コミなどは目にしていない。トレーナーさんを疑っているわけではないけど、何か特別なことがあるのかもしれない。
そんなことを考えていると、気が付いたら温泉の入り口にたどり着いていた。
「あら……?女湯の方は、そこまで遠くはなかったみたいですね……」
トレーナーさんが私より少し長く歩かされてしまったことを思い、苦笑いを浮かべながら温泉への扉を開ける。
「……まぁ、とても綺麗……」
かけ湯、その後に体を洗い準備を整える。尻尾が広がらないようにまとめながらお湯に浸かった。
「……ふぅ、いいお湯加減ですね……」
温泉の効能については、実を言うと少し調べていた。血行促進や疲労回復の効果が期待できる薬湯であると。
てっきりお湯の色が全く変わるものだと思っていたのだけれど、少しだけ濁っているくらいでほぼ透明に近かった。
「…………」
ゆっくりと目を閉じる。そんなつもりはないのだけれど、意識が段々遠くなっていくのを感じた。
「……ダメ、ここで寝ては……」
そう言いつつも、温泉の心地よい温度が意識を眠りへと誘ってくる…………
―――――――
「……ん……ここは……?」
浮かび上がってきた意識の中で、最初に確認できたのは木のベンチ。
それから周りにゆっくり視線を向けると、酷く見覚えのある景色が広がった。
私たち、ワタシたちの分岐点となった大切な場所……
「来たのね」
「……っ?!」
その声に思わず身構えてしまう。間違いなく彼女だ。
振り返ると、やはりそこにいた。
私がかつて、醜いと、はしたないと遠ざけていたあの存在が。
「…………」
「…………」
どちらも言葉を発することなく、しばらくの間丘の上に風が吹き抜けてゆく。
聞きたいことなんて山のようにあったはずなのに、いざこうして顔を合わせた途端言の葉を紡げなくなってしまう。
でも、たった一つ、真っ先に聞きたいことは考えるまでもなく決まっている。
それを口にするのが、今の私は何となく怖いのだ。
だから、彼女から言い出してくれることを密かに待っているのかもしれない。
「……ねぇ」
「っ!!えっと、何……?」
「アナタはワタシを……どう、思っているのかしら?」
「どうって、それは……その」
彼女が投げた言葉を、受け取ることこそできるものの投げ返すことが中々できない。色んな感情が胸中に渦巻いていて、未だそれらの整理がつかないでいる。
「ワタシは、ね。アナタのことが……」
また一つ、風が吹き抜ける。彼女の言葉に応えるかのように。
「……羨ましかった」
「えっ……?」
「羨ましかったの。すごく、すごくすごく」
真紅の瞳から一筋の涙が頬を伝って、地面に落ちてゆく。そして、それを皮切りに彼女の瞳からどんどんと涙が零れだした。
「ワタシより、あの人に愛されたアナタが……苦しいほど妬ましくて、痛いほど憎らしかった」
「…………」
彼女が私と存在を重ね合って以来、初めての本音の吐露に私は言葉を返すことができなかった。
去り際に言い残した言葉と、涙の本当の意味を今、私はようやく理解する。
トレーナーさんが私と最初に契約を交わしてくれた、その理由が何なのかよく知っているから。
トレーナーさんが、真に魅入られていたのはあの子の方だから。
その気持ちが変化を遂げ、私への想いになったことを……
「奪ってしまえって、私にそう囁いたのは貴女よ」
「…………」
「……けれど、『今』の貴女にそれを言うのは、酷なことなのかもしれないから」
運命を壊してしまうような、切り離さなければならないような、あの狂気を今は感じない。それはよく分かる。レースへの気持ちが目覚めたときから、ずっと付き合ってきたものだから。
「だから、償いましょう?お互いに」
「…………え?」
「消えてしまったら、それも叶わなくなってしまうから、ね?」
気が付くと、言葉はスラスラと出るようになっていた。彼女の本音に触れることができたおかげもあるが、それ以上に……
彼女が顔をぐしゃぐしゃにしてしまうほど、泣き腫らしていたのを、なんとかしたかったから。
この気持ちを私へ届けるのに、どれほど勇気を振り絞ったのだろう、と。
自身の嫉妬の感情を告白するのに、どれほど怖い思いをしながら吐き出したのだろう、と。
貴女と、もう一度やり直したいから。
だから。
「私、身勝手になることにしたの。あの方がそれでいいって、言ってくれたから。だから……」
「話し合いましょう。一緒に」
「い、いっしょ……に」
「うん。一緒に」
その言葉を聞いた彼女は、まるで子供のように泣きじゃくった。今までため込まれていたものを、全部、全部吐き出すように。
私は、彼女が泣き止むまで、ただ抱きしめて頭をそっと撫で続けた。
宵闇の空に、少しずつ明朝の光が差し込み始めていたのだった。
――――――――
いっぱい泣いて、泣き止んだ後、ようやく落ち着いた様子の彼女の背中を優しく撫でる。そして、おもむろに彼女が話し始めた。
「同じになんてなれない……あの人はそう言っていた」
その言葉は聞き覚えがある。初めてトリプルティアラの頂に立ったあの女王が口にしていたことだろう。
迷っていた私に、その道を志すきっかけをくれた人。今ならそう前向きに言える。
「二つを重ねて、透き通るまで十全とする、とも言ってくれたわ」
今にして思えば、それはトレーナーさんと私、という意味だけでなく、
ワタシと私を重ねて、心から一つになることを示唆していたのだろうか。
どこまで見通していたのかは、今となっては知る由もない。あの女傑が見ている世界はきっと嫉妬すら追いつかず、憧れすら届かないのだろう。
「ワタシ、アナタと一緒にいて……いいのかな」
「まだ不安?」
「アナタは不安じゃないの?」
「だって、もう過去のことだもの。今の貴女は変わろうとしている」
ずっと見てきた私だから、今の彼女が何を考えているか何となくわかる。以前と同じ状況へ逆戻りすることを恐れているのだろう。
けれど、そうならないという確信があった。あの地下バ道で起こったことを経て、自身に抗う力も意思もあることが自覚できたからだ。
もう迷わない。仮に同じ現象が起こってしまっても、私が何度でも食い止めてやる。
「私を、信じてくれるかしら?」
手を差し出す。あの時とはもう違う、強い想いを抱いて。
「……アナタ、変わったね。もっと震えてる印象だったのに」
「貴女のせいなんだから」
苦笑する彼女に、強気に笑ってみせる。案外やり通せた経験があると、思いの外自信がつくことを私は知った。
そして、これから再び同じ道を共に歩むのだから、彼女にも強くあって欲しいと願っている。
「……名前」
「え?」
「貴女の名前、新しく付けてみない?」
再び歩き出すために、ここを出発点として新しく始めるのなら、名前があるといいかな、と何となくそう思う。
これまではっきりとした名を持っていなかった彼女。いや、正確には『スティルインラブ』なのは勿論間違いないけれど、この子と私はもう明確に違う存在として共に生きていくのだから、新たな名を授かるべきだと感じた。
名前とは、自分が自分であること主張するものであり、今を生きる者の証。
私の名は、物心ついたときにすでに与えられていたものだったけれど、私の心から生まれた彼女は事情が少し違う。
今までは内なる紅、と呼称していた。それをうまく名前に落とし込むことができれば……
「……ルージュ」
「!」
しばらく考え込んでいた彼女が、ふと呟く。
「ルージュ、でいいかな?」
「……うん、すごくいい名前だと思うわ」
その名が示す本当の意味、それはきっと彼女にしかわからないかもしれない。
だが、何となく言いたいことは伝わってくる。もしその予想が当たっているのなら、とんでもないライバルが誕生してしまったかもしれない。
「ねぇ、貴女は……トレーナーさんを、愛してる?」
「ワタシが何でアナタを憎んでいたか、もう一度教えてあげようか?」
うん。ワザと発破をかけてみたけれど手ごたえはバッチリのようだ。ものすんごくムッとした顔でこちらを睨んでくるルージュ。
からかいたかったわけではなく、ルージュが抱いている気持ちが私と同じか、確かめてみたかっただけ。
そして、こういう返しができるということは、少なくともさっきまでのような後ろ向きな気持ちではなくなっているはず。
「それじゃルージュ……戻りましょう?」
「…………ええ。えっとその……」
ルージュの手を取り、現実に戻ろうとしたとき、一瞬だけ彼女が逡巡しているのがわかった。それを言ってくれるまで待つ。
「……本当に、ありがとう。ワタシを、愛してくれて」
「……ふふ。どういたしまして」
心を通い合わせ、真に結合を遂げた私たちはあるべき場所へと帰ってゆく。
―――――――――――
「うーん、遅いなぁ……」
スティルが温泉に向かってから、結構な時間が経っている。
向こうで何が起こっているのかはある程度予想できるのだが、もし俺が思っているより関係が綻んでいたら、と思うとちょっと気が気じゃない。
内なる紅に告げたことは、一言一句違わず本当のことだ。スティルはもう一度話したかったと確かに言っていたし、俺自身も和解してほしいと切に願っている。
でも、それはもしや叶わぬ願いなのだろうか。
悶々としながら敷かれた布団の上で、胡坐をかいて考えていると、廊下の方から足音が聞こえてくる。
そして、この一室の扉が開かれた。
「……ただいま戻りました。トレーナーさん」
「お、おかえり!どうだったかな?」
少し声が上ずってしまう。一刻も早く解決したかどうか知りたい気持ちが前に出ているのが隠せていない。
「えっと……単刀直入にお伝えしますね……?」
すう、と息を吸い込んでゆっくりと吐き出す彼女。まっすぐこちらを見据えてくる真紅の瞳。
「仲直り、できました……」
「よかったああああああ!!」
その言葉を聞いた瞬間、思わずガッツポーズを決めた後、塊魂もビックリの速度で布団の上を転がりまわる。
その珍妙な光景(自分がやっているのだが)を前に次の言葉が紡げないスティルに、構わず両手を広げて受け止める姿勢を見せる。
「……おかえり、二人とも」
虫が良すぎる話なのは、もう分かり切っている。それでも俺とスティルは身勝手でいることを決めたのだ。このくらいのことは、もう涼しい顔でやってみせる。
「……ただいま」
その声音で、あの子が確かにそこにいることがわかった。そして……
強く、強く強く抱きしめた。もう二度と離さないように。離れないように。
―――――――
「ルージュか……すごいお洒落な名前だね~」
「そう?アナタがそう言ってくれるなら、少し嬉しいかも」
諸々話し合って、ひと段落着いた後にお茶を飲みながら一息ついていた。
しかし、ずっと抱えていた本音を聞いてもらうというのは、すごく勇気のいることだったんじゃないだろうか?まして、嫉妬の感情だったというなら尚の事。
そしてスティルはそれを全部受け止めて、ルージュと共に生きていくことを決めた。
二人の覚悟には、ちょっと勝てないような気がする……
しかし、収まるべきところに収まったことは本当に良かったと思う。俺はあの時意識を失っていたからその場面に立ち会っていないが、本気の衝突があったことは事実だから。
一件落着、と言いたいところだが、念のため一つ確認しておきたいことがあった。
それは……
「ねぇ二人とも、二人はさ……」
「……?」
「君は、君たちは"こっち"を選んで……」
後悔のない選択だったかどうか。己に従った行動だったかどうか。
その先にあるものを、本当に信じられているかどうか。
「幸せ、だった?」
「…………」
「俺はずっと……ずっと、幸せだったよ」
「…………」
しばし黙って聞いている二人。そこから先を言うのに、少し、ほんの少しだけ躊躇いがあった。
それでも、これから描く未来は、定められた運命は、全部変わってしまったのだから、思い切って告げてしまおうか。
「だから……これからも一緒に、幸せを見つけに行かないか?」
「ありふれたことでいい。三人で散歩したり、甘いものを食べたり。ほんの小さな幸せでいいんだ。これからも……」
「…………」
少しの静寂。ここから先は二人の返事を待つ。
「……どのような形であれ、必ず貴方の傍に……」
「アナタのくれた居場所は、陽だまりのように暖かいから……」
「「ここにいる」」
二つの意思を、確かに受け取る。柔らかく微笑み、けれども力強く決意を新たにした表情をしていた。
夜空には星が煌めいている。霞むことなく澄み渡る宵闇の空は、これから行く道の明るさを表しているような……そんな景色に見えたのだった。
二人との間に、かけがえのない絆を感じたひとときだった……
fin
……前回より長くなってんじゃねーかというツッコミはちょっとナシでw
長いこと書き連ねていたのですが、ようやく完成までもっていきました。
決別したのちの和解、現実では中々難しいと思います。一度嫌ったり離れたりすると再び繋がるって結構骨ですし。
前回からの続きですが、今回も自己満マシマシの内容です。バレバレだと思いますけど!w
一応狂気だけを取り除いて、残った人格をルージュとする感じになりました。元の狂気さんはスティルとの激しいぶつかり合いで満足して成仏しましたってことで(無理がある)
あえてあのセリフは入れてないです。本編だからこそ際立つんでアレは。
前回から共通なのですが、一部分を本編から抜粋してたりします。その上でシンクロさせたり、若干ズラしてみたり。
旅館にカップケーキ君持ってきてもらおうかな、とかも考えましたが、カップケーキ君は大役を務め終わったので後ろから見ててもらうことにしましたw
実は今回の温泉回を書くに当たって、とある温泉地に足を運びました。参考にはなったしいい経験になったと思うのですが、思ったより薄味になってしまった感は否めないw
たまにおふざけ文が炸裂したりしてますが、まぁ二次創作なんでこういうたわけも許してほしいと思う所存。
ただ、最低限守るべきラインは守りたいですね。本編が好きなんで。
実装された当初は仕事がまともに手が付かなくて、結構大変でした。SNSも大騒ぎでしたし。
こんなに書きたい意欲を書きたてられたのは本当に久々です。最後に書いたやつとか5年前よ5年前……w
ともかく、偶然目にしてくださった方、純粋に興味を持って見に来てくださった方。ありがとうございます。
拙い文章だとは思いますが、自分なりに思いは込めまくったつもりなんで!
またどこかで会える日を楽しみにしております。
see you!!