自分の描いた時間軸で、この後何が起こるのか。
是非見ていただきたいと思ってます。
本音を吐露しあって、再び手を取り合った二人。そしてトレーナー。
三人に最後の苦難、超えるべき試練が訪れます。
揺らがぬ想い。生きた証。焦がれた狂気。
君たちの行く末に、どうか祝福があらんことを。
ここは、とあるスイーツ店。その一角で、少し騒がしくしている二人組がいる。
いや、正確には一人がけたたましく叫んでいる。
―――――――――――
「おかわり」
「まだ食べるのォ?!」
テーブルへ次々と積みあがっていくお皿。何枚か数えてみると、16枚目だった。そのうち5皿はスティルが食べていたのだが、残りの11枚を食べたのは……
「だって……まだ食べ足りなくって」
不満そうに口を尖らせながらそう言ったのは、彼女ことルージュだった。
「回転ずしみたいな要領で食べ進めるのはやめたまえ」
それに対し、すかさず苦言を呈したのは彼女のトレーナーである俺だ。流石にこのペースで平らげてしまっていては、ブレーキをかけないとレースに支障をきたしてしまう。
そう、あの温泉旅行の後。三人で色々話し合って、これから先の事をどうするのか決めた。
レースを続けたいと、二人は同じ気持ちを示してくれた。
ウマ娘は元来その魂の性質上、当然だが走りたい欲求が常に存在している。
その欲求が闘志へと変わり、レースへ向かうのは至極当たり前のことなのだ。
しかし、俺たちの場合は少々特殊な事情が絡む。
――――――――――
「もう少しレースを続けたい、か」
「……その、やはり危険……でしょうか」
過去に多くの事があった。彼女自身、そして俺も危険にさらされている。
あの狂気に対する答えは、もう決した。それでも、あの時の不安が完全に拭い去れるわけではなく。
また何かのきっかけで目覚めてしまった時、果たして止められるのかどうか。そこがどうしても気がかりだった。
……それでも。
「やってみようか。レース」
「……いいんですか?」
「君は、もう一人なんかじゃないから。心強い味方がいるからね」
俺ともう一人。彼女の身に宿っているもう一つの意思と心が、きっとスティルを守ってくれると、今はそう信じている。
「期待され過ぎるのは、ちょっと困るんだけどね……」
苦笑いしながら、そう呟く彼女を見てすぐに察する。
しばらく共に過ごしているうちに、いつ入れ替わっているかは言葉を聞けばわかるようになった。
「お願い。俺なりの全力で、今度こそ君たちを必ず守ってみせるから」
杞憂に過ぎないのであれば、それに越したことはない。だが、万が一の備えはきちんとしておくべきだろう。
備えと言っても、結局心をお互いに強く持つことが、一番の対策法なのだろうけど。
「わかった。この子とも、少し話し合ってみるわね」
――――――――――
「もぐもぐ……」
「それで最後にしなよ……?」
「腹が減っては戦はできぬ、って言うじゃない?」
「だったらせめて栄養バランスを考えてくれまいか」
彼女が口にしているのはさっきからスイーツばかりだ。糖質と炭水化物のオンパレードで、アスリートの体に適しているとはお世辞にも言い難い。
スティルの事を託しているのに、この調子で本当に大丈夫なのだろうか?と、俺は小さくため息をつく。
そんな俺を見て、ルージュは少し表情を真面目なものに変えた。
「心配しなくても、やるべきことはきちんとやるわ。アナタ達とともにいるために、ね」
「あ、口元にクリーム付いてる」
「……あのね、それは今指摘しなくていいんじゃないかしら?」
むくれたルージュの口元についているクリームを、指で取って口に入れる。
「へっ?!ちょ、ちょちょ……」
「ん~、甘い!」
顔を真っ赤にしている彼女に構わず、クリームの甘さを堪能する。ブラックコーヒーしか飲んでいなかったので、このストレートな甘さが染み渡った。
「わ、私も……クリーム……」
「あ、ああ……君もやってもらいたいのね……?」
爆速で入れ替わったスティルが、お皿に残っていたクリームをほんのちょっとだけつまんでわざわざ口元に付ける。
……自分にも同じことをやれってことなんでしょう。
「……ふふ」
「ホント、逞しくなったなぁ……」
呆れつつも、もう一度やってあげる俺。
何というか自分の欲求に正直で、満足そうに目を細めていた彼女を見て、ルージュもスティルもきっと、必ず二人で。どんなことでも乗り越えられそうだと、そう感じられたのだった――――
――――――――――
エリザベス女王杯。それは、ティアラを志す者達が集う一大レース。
トリプルティアラの三つが終幕してすぐ、間発入れずにこのレースがやって来る。そして、その栄冠もティアラに決して見劣りしないものである。
そして今年も、また新たな女王が誕生する。
――――――――――
「⋯⋯はい、不備は無さそうです」
「今年も連続の挑戦になるね。気負わずに行こう」
控え室。俺達は、レース前の最後の確認をしていた。
一度目の挑戦では、アドマイヤグルーヴに敗れ二着。
二度目はスティルが勝ったものの、取り巻く環境や状況が明らかに余裕のないものだったせいか、勝利の余韻に浸っている暇は無かった記憶しかない。
そして今回。三度目の出走となるわけだが、今までで一番安心して送り出すことが出来そうだ。
その理由はというと⋯⋯
「最終直線からゴール板横切ったほうが勝ちってことにしない?」
「別に二人で掴んだ勝利ってことでいいでしょ⋯⋯?何でそこを分ける必要があるの?」
「勝ったほうがトレーナーさんを一日好きにできるっていうのは?」
「だから⋯⋯!勝手に決めちゃダメ!!」
「何してんの君たち⋯⋯」
一人漫才をやってる二人が居たからである。いや言ってて訳の分からない自覚はあるのだが、目の前で実際に繰り広げられているのだからそう形容する他あるまい。
というかすでに勝ってる前提の話をしてるので、まぁある意味心配する必要ないというか。
「というか好きにするって何するつもり?!」
途中しれっとルージュがそう言ったのを、危うく聞き流すところだった。
「水族館でしょ、美術館でしょ、プラネタリウムでしょ、スイーツ食べ放題でしょ」
「びっくりした⋯⋯何されるんだって思ったら、って行きたい場所多いなオイ」
「⋯⋯えっと、もう一度温泉に⋯⋯」
「⋯⋯あ、うん。いつかまた行こうね。っていかんいかん」
レース前の気合を入れないといけないタイミングで、デートの話をするバカが何処にいるというのだ。
本気で勝ちに来ている娘達に対して、失礼極まりない話だろう。
「ゴホン!!⋯⋯前年は勝ってるわけだけど、今年は新たな強敵も来てる」
今年で三度目の激突となるアドマイヤグルーヴ、去年から参戦し前年度の秋華賞を制しているスイープトウショウ、そして今年の秋華賞を勝利した新星エアメサイア。
皆G1を勝ち取ってきている強豪だ。
中でも、特に警戒すべきと思われるのがスイープトウショウ。彼女の末脚は常軌を逸した爆発力があり、レースの展開次第では、まるで魔法のように状況を完全にひっくり返されてしまうだろう。
「⋯⋯今回は先行策で行ってみてもいいでしょうか?」
「思い切ったね。終盤までにリードをつけて逃げ切れそうかな?」
「⋯⋯後方から追い上げてくるのが、スイープさんだけではなさそうなので、⋯⋯あまりスローペースにならないようにしたいんです」
「ふむ……確かに。好きにさせないためにもペースを握れるのが良さそうかも。ゴールまでスタミナは保ちそう?」
「……2200mなので少々不安は残りますが、頑張ります」
彼女は普段、終盤まで控えるレーススタイルを取ることが多い。実際それで幾度も勝ち星を挙げてきている。
慣れない先行策は、正直小さくないリスクを背負うことになるが……
「レースが始まったら、状況次第で控える可能性もあると思うわ」
「そうだね。そこは走っている君たちが、その瞬間に判断するのが最善だと思う」
トレーナーとしての戦略的なアドバイス等は可能であるものの、実際の状況を体感するのは彼女たちだ。
ターフを駆ける者にしか分からない、感覚的な部分は任せるほかない。
「君たちの場合はレース中に思考でやり取りできるし、ベストな選択がしやすいと思うから」
結合を遂げた彼女たちならではの戦い方だ。以前のように振り回されたりするのではなく、あくまで二人三脚で走ることができるようになっている。
心を通わせることができた二人ならば、それを強い武器に変えることができるはずだ。
「……はい。貴方に必ず勝利を届けますね」
「よし。行っておいで!」
「はい!!」(ええ!!)
一通り作戦会議が終わった後、元気な声で二人を送り出す。
……一抹の不安を頭からかき消すかのように。
―――――――――――
トレーナーさんに見送ってもらった後、地下バ道を歩いていた私は、彼から僅かに感じた違和感が何なのかずっと考えていた。
(どうかしたの?)
考え事に耽っていた私が気がかりだったのか、ルージュが心の中で声をかけてくれた。
この子には流石に共有しておくべきだと思うので、包み隠さず話すことにした。
「さっきのトレーナーさんの表情、ほんの少しだけど不安が滲んでいたような気がして」
(アナタも気づいたのね。多分、あの時のこと思い出したんだと思うわ)
あの時。忘れられるはずがないあの出来事。
お互いに狂気に身を委ね、たった一つのモノ以外すべてを捨て去りかけていた、あの時。
今はもう、双方がしっかりした意識を保てている。しかし、それがレースをきっかけに崩れてしまうことを彼は未だに恐れているのだろうか。
もう私たちは、そこまで弱い存在ではなくなっているのに。
(わかっていても心配なのよ。あの人、自分の身よりワタシ達のことを優先するような人だから)
ならばもう、走りで証明するしかない。私たちが確かにここに存在していることを。
「手伝ってくれる?」
(ホント今更)
私たちは再び歩き出した。決して揺らぐことのない、強い想いを抱いて。
――――――――――
「ふあぁぁ……緊張してきた……」
上手く隠せただろうか。ここまで共に歩んできたというのに不安がまだ残っているなんてやっぱり知られたくない。
今は観戦席からパドックを見ている。彼女たちが出てくるのはまだだろうか?
「過保護かなぁ流石にこれは……」
いつも以上にソワソワしている自分が、正直ちょっと情けないとすら思ってしまう。
彼女たちのことを心から信頼しているのだから、本当なら心配しなくたって大丈夫なはずなのに。
そして、遂に彼女たちがパドックへ姿を現した。
「……ん」
固唾を飲んで見守っていると、スティルが微笑みながらこちらへ小さく手を振ってくれた。
緊張していないその様子を見て、思わずこちらも表情が綻んでしまう。考え過ぎは……やはり良くない。
「二人とも、頑張って~!!」
その声援がしっかり届くように、俺は声を張り上げてエールを送るのだった。
「ふフふ……あっハは……」
――――――――――
「……嬉しいですけど、少し恥ずかしいですね……」
トレーナさんからの応援がこちらに届く。これで少しでも不安が和らいだのならいいのだけれど、やっぱり少し照れてしまう。
「出走前に惚気るのはやめてもらえるかしら?」
呆れた様子でそう言ったのは、アドマイヤグルーヴことアルヴさんだった。
「の、惚気てなんて⋯⋯そんなこと⋯⋯」
否定しかけた所で、出走者たちの視線がアルヴさんと概ね同じ雰囲気だったので、諦めて口を噤む。
「全く⋯⋯戻ってきたかと思えばこれだもの。ここは競争者の舞台よ。そんな浮ついた状態で勝てるとでも?」
トリプルティアラの頃から、この人とは幾度となくぶつかってきた。今回は去年のエリ女以来の対峙になるので、かなり久々に競うことになる。
相変わらず刺々しい物言いだけれど、言葉の奥にほんのり暖かさを感じたのはきっと気のせいじゃない。
「⋯⋯心配してくれてありがとうございます。でも、私⋯⋯必ずあの方に勝利を捧げますから」
「心配なんてしてない。私の憧れた貴女が、そうやってふわふわしてるのが気に入らないだけ」
アルヴさんはそっぽを向いていたけれど、頬がほんのちょっぴり赤かった。
「あ〜っ!スティルじゃない!あんたも参加してたのね!」
快活な声が聞こえてきたので、そちらに視線を向けるとスイープさんがそこにいた。
今回のレースで一番警戒すべき、とトレーナーさんからは念押しされているけど、やっぱり話している時の印象はとても可愛らしい人だ。
「ふふん、魔法少女スイーピーのとっておきの魔法を見せてあげる!あんたも含めて全員まとめて一掃してやるんだから!」
「やってごらんなさいよ、ぜ〜んぶ食らい尽くしてあげるんだから」
(ちょ、ちょっとルージュ!?)
突然表に飛び出したルージュが、スイープさんに食ってかかる。楽しそうに笑いながら言い放っているので、そこに悪意は感じない。
なので大丈夫だとは思うけれど、わざわざ挑発しなくても⋯⋯
「ああっ!?出たわねヴァンパイアの方!!ぜ〜ったいギャフンって言わせてやるんだから!!」
「⋯⋯楽しそうですね。皆さん」
「あ、メサイアさん。初のエリ女だけど調子はどう?」
「コンディション自体は悪くないです。貴女達ほど余裕があるわけでもないですが」
ルージュの問いに苦笑しつつそう答えたのは、ティアラ界の新星エアメサイアさん。少し前に様子をみたときは結構固くなっていたように見えたけれど、私たちのやりとりを見て、いい意味で肩の力が抜けたみたいだった。
「⋯⋯ちょっと、皆さんって私も含まれてるの?」
「そのように見えましたけど、違いましたか?」
「心外だわ」
不満そうに言及したアルヴさんに、メサイアさんがきょとんとした顔でそう返す。そのあまりに純粋な反応に、アルヴさんは諦めたように嘆息した。
「⋯⋯皆さん、今日はよろしくお願いしますね」
改めてここに集まった強豪の方々に一礼する。
こんな晴れやかな気持ちでレースに臨めるのはいつ以来になるのだろうと、高揚している自分がいた。
きっとすごくいいレースになる。そう信じて、私はゲートに向かった。
――――――――――
賑やかになっているパドックを遠くから見つめながら、俺はゆっくりと席へ座る。
「頑張れ、二人とも……」
後ろへもたれ掛かって、完全に脱力したその時だった。
『み ぃ つ け た』
「ッ?!」
突如悪寒が走る。必死で忘れようとしていたあの記憶が瞬く間に蘇ってくる。
鮮明に、鮮烈に、真紅に染まったあの記憶と時間が脳裏によぎった。
最悪の予想、一抹の不安は当たってしまっていたのだ。
『ねぇ……ア ナ タ ?』
耳元で囁かれる。その甘美で陶酔してしまいそうな、危険を感じさせる声が聞こえてきてしまう。
「……どう、して……」
『どうしテ……?アナタが 最も欲しがっていたもの ナのに?』
そうだ。最も欲していた。だがそれでは、本当に大切なものを守れなくなってしまうからと、一度は完全に断絶してしまったものだ。
それがどうして、今になって俺の目の前に現れる。
「……今更どういうつもりなんだ」
自分の体が震えている。それが声に伝播しないよう必死に抑えながら言葉を発する。
そうやって、自分の身を守るのに精いっぱいでいると、思考にノイズが走り始める。
『コ こ ま で き テ 』
「うわああああああああああ!!」
決死の覚悟で【ソレ】を振り払うように、叫びながら頭を振った。
少しでも隙を作れば、必ずそこに付け込まれてしまう。もうそれは、考えなくてもわかることだった。
『強情な人……ホントは 欲しいクセに』
「振り返らないって決めたんだ……あの子たちに笑っていて欲しいから……!!」
なけなしの声を振り絞る。焦がれるほど欲していても、余裕なんてなくても、それでも二人の笑顔を奪うことだけは絶対に許さないと意思表示をするように。
そんな俺を、つまらなさそうに見ている。
『……どちらから変えルのか その順番が入れ替わるだケ なら……』
俺から視線を外し、丁度ゲートインが完了したスティルの方を見た。嫌な予感がする。
「っ!!やめろ!!これ以上あの子たちから奪おうとするつもりなら……!!」
『ヒトツ賭けをしましょう 乗るか 反るか ア ナ タの自由』
「え……?」
いきなり提案され、驚きを隠せなかった。構わず言葉が続く。
『今から あの子たちの所へ行く 再びヒトツになれれバ ワタシの モノにする』
『もし それに 抗うことができタのなら 今度こそ 永遠にサヨナラ ワタシは 退く』
「……っ」
どのみち俺には防ぐ術もない。今の言葉が真実である保証もないが、今の二人ならば……
一人のトレーナーとして、パートナーを信じてみせないで、どうするというのだ。
少しの間。そして深呼吸をし、先ほどの提案に答えを出す。
「……いいよ。乗った」
『うフふ……そう こなくっちゃね?』
「……もう終わりにしよう」
一度は真っ赤に染まりあがった心。欲するもののためではなく、守りたいもののためにその心と決別した。
それは、スティルとルージュにも伝わっている。何故なら彼女たちも、俺と同じことを成したからだ。
俺の返事を聞き終わり、妖しい笑みを浮かべた【ソレ】は、彼女たちの元へと飛んでいく。
「……どうか負けないで。二人とも……」
――――――――――
これから始まるレースに、私はとてもわくわくしている。
本当に久々の、約一年ぶりとなるレースだが、それでも足が走り出したいとうずうずしていた。
不安を抱えながらも、私たちをレースへ再び送り出してくれたトレーナーさんには、本当に感謝しかない。
(もう……落ち着きなさいったら)
まるで遠足前の子供のようにソワソワしていると、ルージュが心の中で再び私へ声をかけてくれた。
(レースはその前のめりな気持ちが大事だけど、暴発させないようにね?)
私よりも遥かに落ち着いている彼女。優しい声音で諭すその姿は、レースが始まってからはより頼りになりそうだ。
ただでさえ慣れない先行策で行くので、二人分の視野があるのはきっと大いに役立つはず。
「見事です!スイープトウショウがゲートにすんなり収まりました!良かったです~!」
「ちょっと、どういう意味?!」
スイープさんがプンスカ怒っているのを横目に、苦笑いしながら私はスタートの準備を整える。
いい感じに緊張もほぐれたので、うまくスタートを決められそうだ。
「霧時雨のような、京都の天気です。態勢完了して……」
一瞬の間、そして……
「……今、スタート!」
エリザベス女王杯が幕を開けた。
――――――――――
「…………」
レースは始まった。ゲートから各ウマ娘が綺麗なスタートを切れたのが確認できる。
今のところ、スティルは順調に先行ポジションで走れている様子だった。まだ干渉を受けてはいないようだ。
ただ先ほどの提案から察するに、大方レース中の二人へ纏わりついて取り込む腹積もりなのだろう。
今一度自問自答した。彼女らが、あの危険因子に抗うことが果たして本当に出来るのかどうか。
「――想いは変わらずここにある」
想い。彼女を信じる気持ち。守るという気持ち。そして……
忘れたい過去を相手に、三人で戦うという決意。
ターフを走れない俺ができることは限られている。でも、俺にしかできないこともある。
……その名を、【こちら】へ戻ってくるまで呼びかけ続けることだ。
名前とは、自分が自分であることを主張するものであり、今を生きる者の証。
今を生きるのは、俺たちだ。その当然の権利を、誰だろうと奪わせはしない。
彼女に変化が訪れるまで、俺はじっと見守り続ける――――
――――――――――
(想定では先行するつもりで飛び出してみたけれど……)
それよりも先に、グングンと前へ出て大分リードを付けながら逃げているお相手が一人。
その少し後ろに付く位置を取り、今は様子を伺いながらポジションをキープしている。
スローペースを防ぐための策が、裏目に出てしまったように感じる。
(落ち着いて。トレーナーさんも言ってたでしょ。その瞬間の最善で動けばいいって)
(……うん、ありがとう。下り坂に差し掛かったら、ペースを少し緩めてみるから)
私の焦りが少し出てきたところで、すかさずルージュが窘めてくれた。確かにトレーナーさんの言っていた通り、こういう形で冷静に判断できるようになるのは助かっている。
後方集団とはそこそこ距離がある。この位置を保ちつつ、先頭の逃げが崩れればそのまま抜かしつつゴールまで逃げ切ることができたなら、きっと勝利は近い。
「……ここで、少し息を……」
最終直線に備えるため、息を入れようとしたその時だった。
『ヒ ト ツ に なりましょう?』
「なっ……?!」
(……アンタは!!)
その声を聞いた瞬間。私たちは瞬時に理解する。完全なる決別をしたはずの【ソレ】が再び姿を現したことを。
それも、まるで狙っていたかのようなタイミングに。レースが佳境に入るこの瞬間に。
『ねぇ あの人が 最も欲しているものを 捧げたくは なぁい?』
「……そ、れは……」
あの人が何を犠牲にして私たち二人を助け出したのか、そのことをよく知っている。
金鯱賞を走り終えたあの時、私の心にもよぎったものだ。あの人が向けてくれた、優しい笑顔を……
(私は……それが欲しいのではないと否定して。欲しているのは、激しいほどに焦がれるあの恍惚な笑みであると……そして、それを求めてしまった)
この身をつなぎ止め、トレーナーさんと再び歩み出した時から、心の奥底でちりちりと燻っていた感情が存在していることを、私は否定できない。
……でも。
「……もう、迷わないって決めたの。あの人が、渇望してやまないものを切り捨ててでも、私たちを守りたいと覚悟を決めたんだもの!」
(ふふ、そうよね。アナタがその揺らがない意思を持っていてくれて、本当に良かった)
私の主張に、ルージュは安堵したような声で同調してくれた。
私は、もう戻らない。自身の心や力に惑わされ、自分を見失ったりなどしない。
あの人のために、生きて、二人で償うのだとそう誓ったのだから。
『なぁんだ つまらない…… アナタ達も そうなの?』
その口ぶりから察するに、トレーナーさんへ既に接触していたようだ。
どうするべきか、少しの間思案していると……
(アナタはレースに集中して。ワタシがケリをつけるから)
「ルージュ?!で、でも……!」
(アナタは覚悟を示した。今度はワタシが為すべきことをする番よ)
『あラ アナタが ワタシと 踊ってくれルの?』
(お望み通り、相手してあげるわ。アンタには言いたいことも山ほどあるしね)
「⋯⋯⋯⋯」
(ワタシを、信じてくれるかしら?)
「⋯⋯ええ」
返事を聞き届けたルージュと、それに付いていった【ソレ】は、私の心の中へ収まったのが感覚でわかった。
きっとそこで、全てを終わらせるつもりなのだと思う。
今、私にできるのはルージュを信じることだけだ。
「私たちは⋯⋯『ここ』にいる」
――――――――――
小高い丘に、夕焼けの空。そして木製のベンチ。
この場所は、あの子にとってやはり特別なのだと思う。
それだけ、彼との出会いとあの時交わした言葉が、あの子に大きな影響を及ぼした、ということなのだろう。
いつからだっただろうか。
ワタシが彼女の中に存在し、そして恐れられるようになり。
そして、彼から向けられていた想いを奪われて。
⋯⋯それを羨ましく、妬ましく思うようになったのは。
想いの昇華というのは、端から見れば美しいものなのだろうが、残された方はどうしようもなく惨めだ。
そしてワタシは⋯⋯取り残された側の存在。
魂が分かたれた後、それをより意識するようになり、この世界から消えてしまいたくなるほど、心は蝕まれた。
⋯⋯でも。
彼女はワタシが消えることを、許してはくれなかった。
到底分かりあうことなどできない、ましてや手を伸ばしてもらえるなど思ってもいなかった。
ワタシの存在は、あの子にとっての害でしかない、そう思っていたのに。
『うん。一緒に』
その一言が、ワタシにとってどれほどの救いとなったのかは、きっとあの子自身も想像できないだろう。
止まりかけていた足は、ゆっくりと再び動き出した。
ふと、小さな声が聞こえてくる。
『心の片隅でいいのです。私の居られるところを……』
「!!」
『私だって……貴方を、守りたかった…………っ!』
幾多の感情が、ワタシの中に流れ込んでくる。よく知っている声なのに、それを聞いた記憶がない。
後悔。悲しみ。嘆き、そして⋯⋯。
切なる望み。
そのすべてが混ざり合って、ワタシの心に直接訴えかけてくる。
『……っ、すみません。……髪が、ちゃんと……乾いていなくて』
「…………」
聞いた記憶がないハズなのに、心に、魂に、確かに刻まれている。
これは、『今』のワタシ達が知らない物語。不思議と、その確信があった。
何故こんなことがここで起こっているのか、当然知る由もない。
元々、心の中というのは現実と比べて大分ふんわりとした場所であり、明確な意思を持ったやり取りでなければそのうち記憶からも消えてしまう。
これも、アイツが行っている揺さぶりの一種なのだろうか?
仮にそうだとしても、決して主導権を握らせなどしないが。
気がつくと、【本能】が目の前に姿を現していた。
「それで?アンタの提案に関しては願い下げなワケだけど、何か企みがあるなら言ってごらんなさいな」
『随分 強気なのね? ワタシと同じで 壊すことしか できないクセに』
狂気に身も心も委ねていたあの頃だったなら、それを否定することは出来なかっただろう。
今はもう違う。
「確かに前はそうだったわ。黒い感情がずっと渦巻いて、あの子に彼を取られてしまうことを、何より恐れていたから」
そもそも二人共、大概お人好しが過ぎると思う。
これだけ二人の邪魔をしておいて、勝手にいなくなろうとしたワタシに、もう一回一緒に歩き出そうなんて言ってくるのだから。
そこまで気持ちを寄せられてしまっては、応えたくなるのも仕方がない、と。
『今更 許される と 思ウの?』
「だから償うの。消えたらそれも叶わなくなるって、言われちゃったし」
先ほどから微塵も怯まないワタシが気に食わないのか、【本能】は心底つまらなそうにしている。
元々同類だったからなのか分からないが、急に我を通すようになったワタシとの差異を、受け入れられないのだろうか?
「ねぇ、結局アンタ自身はどうしたいワケ?あの人と、ワタシたちと一つになりたいの?」
『それが 後少しの所デ 叶わナかったから ここに来たの』
有馬記念が出走取り消しになった、あの地下バ道で起こった出来事を思い出す。
あの子が、狂気に染まりかけていた時、心から抵抗する意思を見せたあの瞬間。
その姿を、本当に美しいと思った。
直接伝えるのは癪だから嫌だけれど、あの子の放ったその輝きには、ずっと憧れていたのだ。
「奪うとか一つになるだとか。そういう場所で戦ってたんじゃないのよ、あの子は。あの人を守る、それだけのために己の命を燃やした」
『ソレほどまでに 想い合っていルなら 尚の事 一つに なるべき じゃないノ?』
「わかってないな。何であの二人が、互いに愛し合っているのかを」
遠く、けれど近く、見つめ続けていた。本当は、生まれたときからずっとあの子のことを見ていたから。
あくまで表面に現れるきっかけが、レースだったというだけの話。
ワタシが明確な意思を持って、あの子を乗っ取ろうとしたのは金鯱賞のすぐ後だ。
他でもない、あの子が走り続けると決めて、またとないチャンスだと思ってしまった。
「⋯⋯そういう意味では、ワタシもアンタと大して変わらないのかもしれないわね」
今にして思えば、あまりにも未練がましい、浅ましい自分だったように思う。
あのまま身を引けば、穏やかな日々が待っていたことなど明白なのに。
結局は、囚われる道を選んだ、選ばせてしまったというわけだ。
『アナタは それで 満たされルの?』
「満たされる資格なんてないのよ、最初から。ワタシがそれを手にするには、あまりに大きな罪を犯してる」
想い合う二人の邪魔をして、果ては奪い取ろうとした。それを清算するために、ただ共に過ごすだけでは到底足りていない。
だからこれは、ワタシにできる始まりの贖罪。
あの二人がそうしたように、ワタシもそれに倣うように、【本能】へと手を差し出す。
「……壊すんじゃなくて、繋げるの。たとえそれが、かつて遠ざけていた存在であろうとも」
『…………』
「ほら、災い転じて福となす、って言うでしょ?」
これが、ワタシの出した答え。この国には貧乏神でも手厚く祀れば、それが福の神に変わるっていう逸話があるくらいだし、そういうことがあったっていいと思う。
問題は【本能】が、それを聞き入れてくれるかどうかだが……
『そう……ふふ、もう大丈夫そうね』
「ふぇっ?」
『んーん、その答えが聞けたから、もう充分よ』
「え、ええ?!ちょちょ、いきなりどういう……」
態度が一変して、穏やかな口調でそう語る【本能】にワタシは驚きを隠せずにいた。
『ワタシはもう満たされているから。残されたアナタが、どんな道を歩くつもりなのか確認したかっただけ』
「あ、アンタねぇ……!勝手に終わらせようとしてるみたいだけど、アンタが暴走しなきゃこんなことには……!!」
『アナタたちは身勝手に生きるのでしょう?ワタシもそうだから。自分の欲望に忠実なだけ』
「こ、こんのぉ……!!」
予想外な事態だが、試された感じがして正直面白くない気分だ。
やりたい放題やって、勝手に消えるなんて随分虫のいい話……
「……人のコト言える立場じゃなかったわ」
まるで自分の生き写しではないか。憎たらしいったらありゃしない。
『ふふ、でも消えるワケじゃないわ。お空の彼方から見守っているから』
「それは、世間一般で言うとこの『消える』とほぼ同意義だからね……?」
呆れながらそう告げると、【本能】が少しずつ消え始めていることに気づく。
もう、私たちにその力は必要ない。そう示すかのように。
『こんなこと、とても言えた義理じゃないけど……』
『……どうか、あの子の支えになってあげて』
「……ん、まぁ、そこに関してはお互い様だわ。アンタの分も背負っていくから……」
「おやすみ」
――――――――――
「残り300m!今年は遂に逃げ切るか?!アドマイヤグルーヴ来た!アドマイヤグルーヴ来た!」
もう、決着まで時間がない。今更負けるつもりもないけれど、やはり土壇場で一人なのは少し堪えるものがある。
大逃げを展開した娘は、まだ先頭で必死に粘っている。実況が聞こえてきたおかげもあり、アルヴさんが後方から仕掛けてきているのも察知できた。
いつも通りの作戦なら、私はここで猛然とスパートをかけられるが、今回ばかりは流石に一気に突き放すのは難しい。
彼女に【本能】を任せている以上、ここは何とか切り抜けるしかない。
残り200m。最後の大詰めだ。沢山の足音が、後方から徐々に迫ってくる。
「……くっ!!」
限界が近い。必死に前へと足を動かすが、猛然と迫りくる末脚がすぐそこまで来ていた。
「パキラ・ガーベラ・グラジオラス!さぁ、覚悟しなさい!アンタたち!!」
「外からスイープトウショウ!!外からスイープトウショウ!!一気に飛んできた!!」
その時、女王の頂へ至る道は姿を一変させた。すべてを吹き飛ばしてしまうような……
まるで魔法のような豪脚を、私は目の当たりにした。
――――――――――
「スイープトウショウです!大外から差し切りました!やっぱりこのウマ娘は強い!」
「ふっふ~ん!アタシのとっておきの魔法はまだまだスゴくなるんだから!」
敗れた。私の全力を尽くして、奇策ではあったけれど勝つためにそれへ全てを賭けて。
それでもなお豪快に差し切った、小さな魔女の末脚に今はただ感服するばかりだ。
一つ、心残りがあるとするなら⋯⋯
「⋯⋯勝ちたかった、な⋯⋯」
わかっていたことだが、レースの勝者はいつも一人。
勝負というのはいつも残酷だ。だからこそ、勝ちをもぎ取った者がより美しく輝くのだけれど。
不意に、一筋の涙が頬を伝っていくのを感じた。
やっぱり、『今』の私では勝利を捧げることは叶わないのだろうか。あの子がいてくれなければ⋯⋯
「ねぇスティル!次はどのレースに出走するの?」
「えっ?あ、えっと⋯⋯まだ、決めてないのですが⋯⋯」
あんな激闘の後なのに、息も切らさずにそう言ってのけたスイープさん。思わず涙が引っ込んでしまう。
しかし、実際一緒に走ってみて分かった。
この方はこれからどんどん強くなる。そしてきっと、常識を打ち破るほどの傑物になるのを確かに感じたのだ。
そして、もう次を見据えている。本当に、自身のやりたいことにとことん真っ直ぐな方。
「……私も、次を望んでいいのでしょうか……」
「あったりまえじゃない!アタシの特大魔法を完成させるために、アンタにも付き合ってもらうんだから!」
強気に笑ってそう言ってのける彼女に、私もつられて笑ってしまう。
私は、『ここ』にいていいのだと、そう思うことができたのだった。
――――――――――――
エリザベス女王杯が無事に終わり、日が沈んで夜が訪れる。
どちらから言うこともなく、気がつけば俺達は、あの丘にやってきていた。
肌寒い時期なのもあり、繋いだ手がとても暖かく感じている。
木のベンチへ座ろうとする前に、スティルがタオルをカバンから取り出し、それをベンチへ敷いてくれた。
この時期は座る部分が冷えているので、その気遣いがとてもありがたい。
「⋯⋯何から話せばいいでしょうか?」
そう口にした彼女の横顔は、何というかとても大人びて見えた。
また一つ、大きな出来事を乗り越えたからだろうか?もう学生が纏っている雰囲気ではなくなってきている気がする。
「どこからでも構わないよ。いくらでも待つからさ」
「⋯⋯わかりました。ありがとうございます」
こくりと頷き、彼女は語りだした。
「⋯⋯金鯱賞の後のこと、覚えていらっしゃいますか?」
確かにどこからでも、とは言ったもののまさかそこまで遡るとは少し予想外だった。
しかし、わざわざその話を選んだのには理由があるのだうと思い、頷いて続きを待つことにする。
「⋯⋯あの時、再び走り始めたいとトレーナーさんにお願いしたのは⋯⋯」
「欲しいものが⋯⋯あったからなんです」
「欲しいもの?」
彼女の言っている、欲しているものについては、物理的なものではないというのはわかる。
金鯱賞が終わった直後、俺たちはひと時の安らぎを得るお出かけをしていた。
まさかそのお出かけが、一歩間違えば最後の休息になるところだったなんて、今思い出してもゾッとしてしまう。
「それは……」
彼女は、一度深呼吸を挟む。そして、再び口を開いた。
「……レースで【本能】を開放している時にしか、見せて下さらない……あの笑顔……です」
「…………」
そんな気はしていた。それにどうしようもなく焦がれていた自分がいて、そして、それを求めてしまえばいずれ自分も彼女も壊れてしまうことを、戻れなくなってしまった時に知ることになる。
当初の自分は、それに気づくことなく彼女の提案を聞き入れ、共に苦難への道を歩み始めた。
少しずつ異様な変化が表れ始めていることを実感したのは、シニアの宝塚記念が終わったあたりからだ。
「……本当はわかっていたんです。あのままレースを引退してしまえば、暖かな日々に戻ることができたことは」
「……けれど、私は……結局【本能】を自分の意思で呼び覚ましてしまった」
その理由は、先ほど告げてくれた通りなのだろう。多少の違いはあれどお互いに【本能】を、抑えきれないほどに渇望していたというわけだ。
スティルが、カバンに付けているコウモリのキーホルダーを優しく撫でている。あの時にプレゼントした物だ。
「……あの日の笑顔が嫌だと言いたいわけでは決してないのです。ただ……」
「それじゃ満たされなかったってことでしょ?なら、俺と同じだ」
そこから先の事は、多分説明されずとも大体わかる。
「……ここから先は、あの子に」
そう言ったスティルは、目をつむり祈りを捧げるように両手を組む。
本来、入れ替わる際に特別な動作は必要ないと見受けていたのだが、恐らく言の葉を紡ぐのに覚悟がいることの証だと、俺は思った。
やがて、もう一人の彼女が顔を出す。
「お待たせ。ちょっとだけ、心の準備が必要だったから」
ルージュは少し気まずそうな表情でそう言った。
本当はレースが終わった直後、すぐにでも確かめたかったことがあったのだが、ルージュから少し待ってくれと頼まれて、今に至る。
恐らく、【本能】と本格的に対峙したのは彼女の方なのだろう。
「単刀直入に言うわね。【本能】と邂逅することは、もう二度と無くなると思う」
本来であれば、一番の危険因子を避けることができて喜ばしいことのはずだが、ルージュの表情はどうにも複雑だ。
「お空の彼方から見守っている、ですって。勝手よね、あれだけワタシたちを振り回しておいて」
「えぇ?!急にどういう心変わりなんだろうねそれは⋯⋯」
彼女の言う通り、これまでの所業を考えると、いきなり手を引くというのがどうにも違和感が凄かった。
【本能】が本当に欲していたものとは、一体何だったのだろう、と。
スティルがかつて話してくれた限りでは、やはり魂のぶつかり合い、しのぎの削りあいをこよなく欲している存在のハズなのだ。
少なくとも、激しい気性の持ち主であることは間違いないと思っていたのだが。
「満たされたとも言ってたわ。だから、あとはワタシたちの好きにしろってことなんだと思うけど……」
「うーむ……」
二人して、頭を悩ませる。やはり不可解だと言わざるを得ない。
まるで、こうなることが最初から分かっていたかのような、【本能】がそういう立ち回りをしているようにも見えてくる。
謎は深まるばかりだ。
「ん、まぁそれは一旦いいわ。とにかく、今後は危ない目にあわないで済むっていうだけだから」
「そうだね……時間はあるんだし、ゆっくり考えればいいか」
「もう一度、金鯱賞の話に戻るんだけどさ」
ルージュはそう言うと、あからさまに表情を曇らせた。
多分、本当は口にしたくないけれど、伝えておかなければならないことなのだろう。
「……あの子、【本能】を呼び覚まそうとしたことしか話さなかったでしょ?」
「そうだね……ってことは続きや裏があるってこと?」
「裏っていうか、酷いことを企んでいたっていうか……」
変わらず、ルージュは酷く歯切れの悪い物言いだ。その過去を明かすことを相当躊躇っていることがわかる。
こういう時は、変に急かさずに言い出してくれるのを待つべきだと判断した。
丘に、少し冷たい夜風が吹く。
やがて、彼女は意を決したように俺の方へ向き直る。
「……ワタシ、本当はあの子の事を、乗っ取ろうとしたの」
少しの間絶句した。話の流れから察するに、スティルが【本能】を呼び覚ましたタイミングで、その行動に至った、ということだろう。
乗っ取る。それはつまり、スティルの存在を抹消し、自身が本物のスティルに存在ごと成り代わろうとしたということ。
もしそれが本当なら、あまりにも……
「あの子が【本能】を再び蘇らせる。そこへ更に、あの子は【本能】へ暴れて構わないと告げていた」
「自身の意思で制御ができなくなることを、覚悟の上であの子はあの悪魔と再契約したの」
「…………」
「そして……ワタシはそれを千載一遇のチャンスと受け取った」
【本能】が力のままに暴れれば、スティルの心や意思は、どんどん押し込められてしまう。その状況を利用して、彼女はスティルを壊してしまおうと画策していたのだ。
それに呼応するように、俺も壊れ始めていた。ヒトツになる、というのは共に果てへ向かうということであり、また、同じ存在になるということでもあったのだろう。
「最初に想いを受け取っていたのはワタシ、決してあの子のものになるのは受け入れられないって、そう歪んだ心を抱いてて」
「そんなやり方で、君は本当に報われるのか?」
「醜いでしょう?それでもね……その想いが欲しかったの」
気が付けば、ルージュは瞳を涙で潤ませていた。それが頬を伝わないように、必死でこらえているその様子は……
本当に苦しそうで、何と言葉をかけたらいいのかわからなかった。
かつて温泉で言葉を交わしたとき、ルージュは既にまともな会話ができるようになっていたと思う。
スティルから拒絶されることに怖がっていたのも、今なら納得できる。
これほど酷いことをしておいて、許しを請うなど烏滸がましいのだと、彼女はきっとそう考えている。
「アナタが寄せてくれた想いを、あの子に奪われた。……そう勝手な勘違いをした憐れなもう一つの意思、それが私の正体よ」
諦めたような、自嘲するような乾いた笑みを浮かべる彼女。今しがた、そっと握った手は、心なしか冷たく感じてしまうようになっていた。
確かに、今告白された事実は、到底許されるべきではない所業だ。その重圧に耐えきれずに、自分の罪から逃げてしまいたくなる気持ちになるのは無理もない。
けれど、それと向き合わなくては、いつまで経っても前に進めないから。
きっと彼女は、それを分かった上で全てを話してくれたのだと思う。
「許されない過ちだと思う。でも……」
こちらも覚悟を決め、今一度その真紅の瞳をじっと見つめる。
「それなら、君はどうして……」
「スティルを助けてくれたんだ?」
その奪いたい気持ちが、今も変わっていないなら、スティルを守るために【本能】と本気で相対することなどないだろう。
取り入るためにやってきた【本能】と手を組み、スティルを無理やり押さえつけることだってできた。
それをしなかったのは、もう彼女の心は変わっていることの紛れもない証拠。
「…………」
「その罪を、本気で背負う覚悟ができたから、こうして話してくれたんでしょ?」
「……消えたら償うことも叶わなくなるって、あの子がそう言っていたから」
やはりそうだ。それならば、俺からも一つ伝えておかなくてはならないことがある。
「君は、自分だけが悪いと思ってるみたいだけど、俺も立派な罪人なんだよ?」
「え……?」
先ほどから彼女は、自身の悪いところばかりを羅列しているようだが、俺は俺で望むものが変わったり、ルージュをないがしろにしていた時間があった事実と向き合わなくてはならない。
要するに、償うべきなのはルージュだけではないということで。
「どうしてスティルがその身を削っている時、俺も共に壊れていっていたかわかる?」
「……アナタも、わかっていて尚その状況に身を委ねていた、そういうことね」
真っ赤な世界、ドロドロになっていく思考、そして満たされていく狂気。
これはあくまで推測でしかないが、他でもない俺自身が変わり果てていく自分を望んでいたと、今はそういう考え方をしている。
与えられたチャンスに、喜んで飛びついたのは俺も同じだったのだ。
だから、要するにつまり……
「……二股だったってこと?」
「ぶっふ!!」
そうなのだ。結局はその気持ちが行ったり来たりを繰り返して、再び狂気を望んだのだからズバリそういうことになる。
なるんだけど……
「も、もうちょっとオブラートに包んでくれない?」
「サイテー」
「返す言葉もございません……」
「……でも」
「ん?」
一連のやり取りで、少しだけ空気が和らぐ。彼女は続けて口を開く。
「あの子を愛する想いも、ワタシに焦がれる想いも、両方とも本物。違う?」
「そうなんだけどさ⋯⋯」
二人の女性を愛するというのは、とてもじゃないが褒められたものではない。
想いの本質は少し違うだろうけども、やってることはそんなに変わらないのは間違いない。
「だったら両方とも捨てなくていいと思う。ワタシ達が普通じゃないことなんて、とっくに分かっているもの」
「だけど⋯⋯」
再び言葉を紡ごうとした俺の唇に、ルージュは人差し指を当てる。その先は言わなくてもいいと、そう優しく言い聞かせるかのように穏やかな笑みを浮かべながら。
「あの子には純愛を⋯⋯ワタシには親愛をくれる?」
「ワタシがそれ以上を望むのは、流石に許されないから」
真実を告白したときのような諦観した様子ではなく、今度はありのままの事実を受け入れ、気丈に笑ってみせるルージュがそこにいた。
運命を変えることは、必ずしもいい結果を導き出すとは限らない。
それでも、定められていた結末より、ほんの少しだけ多くのものを拾えたように感じる。
「……君が、それがいいと言うなら」
答えはもう決まった。あとは、行動に表していくだけだ。
「行こう。一緒に」
「……一緒に、ね」
俺が差し出した手を、ルージュは少しためらいつつも握ってくれた。
これが正しいのかは、未だによく分からないでいる。
それでも、自身の心や信念に従って歩いていけるように、夜空を翔る流れ星へそう誓ったのだった……
――――――――――
「フライバイ」
幾千、幾万もの宇宙。それらが生まれては消えていく。
「『あなた』は……『断絶』を、埋めたんだね」
この軌道の終着点。それを観測していたはずだった。
いつしかそれは、観測者の目から離れ、特殊な軌跡を描き始めていたのだ。
「ネオユニヴァースも、スティルインラブの『しあわせ』を祈ってる」
本能や憎しみは、次元を超えられない。超えられるのは……
愛だけ。
彼女たちの中に生まれた、その愛の名は……
「……ふふ。スフィーラ」
彼女は、今宵も星の海を眺めている。この地に降り立つ、すべての新たな生命と共に―――――
fin
……前回より長くなってんじゃねーかというツッコミは、アリでいいです(諦め)
だって書きたかったんだもん!しょうがないんだもん!
まぁそれはさておき、今回が一応最終回となります。
いかがだったでしょうか?
本編からの一部抜粋と共に、独自の解釈を投げ込んでみたりしたのですが、地の文より遥かに多くの心理描写とかポエムがズラズラ並んでるやないか……w
いいんです商品化するわけでもあるまいしw
一個意識してたことがあるんですが、全部を救いたかった。です。
本編と違い、計3つの人格が存在するわけなんですが、本人であるスティル、もう一個の人格であるルージュ、ほんで【本能】。
本来、【本能】はすべてをブチ壊して、二人の関係をボロボロにしてしまうのですが、自分の解釈はそこを無理やり捻じ曲げてみました。
要は、中々表に出てこれずにいるルージュを表に出すために、わざとああいう振る舞いをしたってことにしてしまいましたw
いやだからって、命の危険があるのを棚上げしたらいかんのですがね……
ただ吊り橋効果っていうのかな?窮地に陥った時、それを共に乗り越えることでより絆を深くするって言うことなんだと思います(なぜ他人事)
まぁなので分かりやすい話、ワシの書いた【本能】ちゃんはお節介焼きってことです。
二重人格自体、珍しくはあるけど存在しているので、それを抱えながらも暖かい日常に戻っていきました!めでたしめでたしっていうのを見たかったんですよね個人的にw
しかし、前にも話したと思うんですが、本編はすごいお話で、泣きながら読んでたんですよ。
でも、どうしても切ない終わりが辛かったから、こうしてやるああしてやるって筆を取りながら奇声を上げておりましたw
スティルのシナリオが実装されてから、今日で丁度一年です。
前々から徐々に書き進めてはいたのですが、ここに何とか間に合わせたくて、急ピッチで仕上げました。
なので、気が付いたら修正入ってたりとかはあると思います。本筋は変わらないでしょうけど。
やっぱり、伝えたいことを常に据えて書くのが大事なのかなって素人目線ながらそう思います。
長くなりましたが、これにてスティルの妄想話も終わりです。
自分と同じく、切なくて苦しいって人が、一人でも共感してくれてたらそれだけで十分です。
ではではサラバ!