狛荷屋ヤマトの宅配便   作:さば殿

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第四章 『力』イアンサとヴァレサ覚醒回

 ■  ■

 

 

 

「『配達』これにて完遂!」

 

 

 ヤマトの宣言と共に朝日が雲間から刃のようにのぞく。

 

 ヴァレサは一歩、砂の上で踵を滑らせて前へ出た。掌を伏せ、指先からほどけた黒い薄紗が、沖で蠢く巨影の心臓だけを静かに縫い止める。次の瞬間、巨影は内側から崩れて砂になり、暁の光に透けながら波に運ばれていった――終幕。

 

 

「終わったな」

「……ああ」

「うん。……わたし達、やったんだ」

 

 

 ヤマト、イアンサ、ヴァレサ。三人は言葉をそこまでにして、息を合わせる拍をひとつ置いた。朝の光が、砂に落ちた影の輪郭を少しずつ薄めていく。海の気が朝の底から押し寄せ、島の草は淡い橙に染まりながら風に揺れた。

 

 斜に突き立つ岩背は稲妻の矛先のように尖り、崩れた断崖は海へ半月形に欠けている。焦げの残る砂地はところどころ灰が混じり、波打ち際には円環の爪で抉られた溝が幾重にも連なって下流へ消えた。折れた樹の根が土から露わになり、石の輪のような廃構の縁には夜露を乾かす風の粉が薄く積もる。

 

 さらに、砂を横断する灼けた一本の線――表面が溶けてガラスのように固まり、朝日に歪んだ光を返す。岩の面には螺旋の削り跡、倒木の切り口は黒い縁を帯びて光った。

 

 海草は同じ方角へ一様に寝そろい、潮が一度だけ逆走したことを物語っていた。鼻先には鉄と塩が擦れた匂い、喉には微かなオゾンの刺さり。夜から朝へめくれた頁が一枚、力ずくで引き裂かれた――そんな手触りが、まだ空気の綴じ目に残っている。

 

 ヤマトは肩口の砂を指先で払う。ただそれだけで、背に貼りついていた異形の影が少年の輪郭へと収束した。

 

 イアンサの肩に燃えていた輪の焔は鎮み、拳の布だけが煤を抱く。

 

 ヴァレサの額からは仮面が星屑になって崩れ、残った破片は潮に溶けて光の粒へ変わった。

 

 

「語るには重いぜい。……だが『届いた』、それで十分だよい」

 

 

 イアンサは拳を握ってひと呼吸、肩の重さを背へ流す。ヴァレサは自分の影を見て、影の端が朝の色に薄まっていくのを確かめた。

 

 

 

 ■  ■

 

 

 

 さて、稲妻の娯楽小説換算にして約三巻分の冒険を繰り広げた三人は、ようやく息をついた。もう一巻分書けそうな顔をしているのは、たぶんヤマトだけである。イアンサは背、ヴァレサは腹、ヤマトは自尊心が少し減ったが、荷は届いたので採算は合う。

 

 崩れの縁を離れ、三人は島の浅瀬を踏んで舷へ戻る。水面を滑るたび、小魚が陽の線を切って散った。塩の匂いに、乾きかけの海藻の青い甘さが混じる。舟板は朝潮に滑り、やがて東の空を背に海峡を抜けた。豊穣の邦の赤い壁が近づくころ、陽は高く昇り始め、草の匂いに土の温みがまじる。

 

 

「まずは腹ごしらえだよい。難しい話はそれからだ」

「お腹が鳴ってる……ううん、これはもうお腹が歌ってるよ~」

「合唱団だな。なら指揮はアタシがやろう」

 

「それにしても、ヤマトの真の姿、凄かったな! あれがなきゃ、最初でやられてた!」

「途中、イアンサコーチが限界突破してくれなかったら……きっと駄目だったかもだよ」

「ヴァレサが内なるアビスの力を御したから、とどめを刺せたんだよい」

「最後は必死で何がなんだかだったし、ヤマトがわたしを『届けて』くれたからだよ~」

 

「今日は、ちゃんと褒めてほしいかな~? 娯楽小説三巻分はがんばったんだよ?」

「三巻は盛ってるな。だけど、良くやった」

「次は『腹ごしらえ編』だよい」

 

 

 ヴァレサは頬にかかった髪を耳へかけ、照れた笑いを指先で隠す。イアンサは爪の土汚れを親指でこすり落とし、ヤマトは靴の砂を舟縁でそっと払った。笑いがひとつ、息に混じって軽くこぼれる。

 

 赤い岸壁に沿う小路を、三つの影が並んだ。語られぬ顛末は置き去りに、今はただ、腹と心に温いものを落とす段取りだけを選ぶ。

 

 三人の歩幅は気づけばそろい、曲がり角では自然と互いの背をかばう位置におさまった。ヴァレサが袋を持ち替えれば、ヤマトが何も言わず端を受け取り、イアンサは前だけ見たまま「おう」と小さく合図を返す。

 

 風がひとつ抜け、塩の匂いが戻ると、ヴァレサがほんの少しだけ足を止め、イアンサが目だけで「大丈夫だ」と返し、ヤマトは頷いて歩幅を合わせる。

 

 前は任せ、背は預ける──その約束はもう言葉にしなくても、手の届く距離の中にあった。

 

 

「よし、腹ごしらえ編は特別増ページだ!」

「増ページってのは、食べる量のことか?」

「そういうこと~!」

 

 

 三つの影は笑いながら伸び、日の光に並んで揺れた。

 

 

 

 ■  ■

 

 

 

 太陽が天辺を過ぎた頃、豊穣の邦の市場。染め布の旗が呼吸をするみたいに膨らみ、梁から吊られた飾りが陽を受けて静かに鈍く輝いている。土間を撫でた足跡は乾き、焼いた穀の匂いと木脂の甘さが熱気にまじり、昼の空気を層にしていた。誰も朝方の海の騒ぎを知らない。だが、それで十分だ。

 

 

「おや、狛荷屋さんじゃないか。先日は助かったよ」

「うむ、狛荷屋は早さがモットーであるからな」

 

 

 通り沿い、宛先の老女が箒を掲げて笑い、紐を当てた包みの軽さを示すように腕を一度振った。ヤマトは包みを胸もとで抑え、短く礼の角度だけ返す。

 

 

「軽い。中身は大事だが、足取りは軽い方がいい」

「うん、足、まだふわふわするよ~」

「地面を一度踏み締めてから歩け。ほら」

 

 

 ヴァレサは言われた通りに踵で一度だけ大地を叩き、顔を上げた。

 

 

「イアンサコーチ! 俺の特訓の成果を見てくれ!」

「ああ、分かったよ。だけど、今日は先約があるんだ」

 

 

 練習場の脇で、筋の通った若者が胸を張る。イアンサは親指で腰の帯を軽く持ち上げ、視線で重心を直してやると、約束の印だけを残して歩を進めた。

 

 

「明日。……いや、明後日だ。今日は食べて寝る」

「いい判断だよい」

「賛成~」

 

「お、ヴァレサ。これ、出来立てだよ、持っていきな」

「わぁ、ありがと~」

 

 

 炭の上でじゅっと音を立てた串の油が、昼の光を受けて白く煙を上げる。ヴァレサは手を振り、熱の逃げ道を確かめるようにふう、と一息。頬の色が、日射しの橙を映してやわらいだ。

 

 

「半分、いる?」

「じゃ、ひと口もらうよい」

「アタシにも──いや、ヴァレサが食べな」

「じゃあ、三人でひとくちずつ食べようよ」

 

 

 三人の指先が串の温度を渡し合う。笑いは小さく、腹の奥に落ちていった。

 

 

「ね、あっちも見よ~」

 

 

 ヴァレサが指さす先で、色とりどりの菓子が光を吸ってころころ転がっている。

 

 

「砂糖がきらきら。……三つ、いや四つ」

「おいおい、増えてるぞ」

「じゃあ五つで手打ちだよい」

 

 

 ヴァレサの食欲にイアンサが笑い、ヤマトも乗る。店主が肩をすくめ、紙を三つに分けて包んでくれた。もちろんヴァレサの袋は一際膨らんでいた。

 

 通りをひと筋折れると、香草を吊るした店先から、青い匂いが風にのる。

 

 

「この葉、湯に落とすと頭が軽くなる。匂いは穏やか、眠りは深い」

「じゃ、アタシは腹の方を」

 

 

 ヤマトは香草を鼻先で確かめ、二袋を選ぶ。

 イアンサは炙り肉を厚めに切ってもらい、平たいパンを三枚重ねでもらった。

 

 

「厚いほど良い」

「賛成~。あ、これも!」

 

 

 ヴァレサは柑橘の皮を薄く干したものを見つけ、目を丸くする。

 

 

「さて、準備はこんなもんか。後は場所だが……」

 

 

 石段の上から広場を見下ろしながら、イアンサが独り言のように呟く。

 

 

「静かで、風が逃げる所がいい」

「静か……わたし知ってるよ。とっておきなんだ」

「へえ、案内してくれ」

「秘密のキャンプ場があるんだ、そこに行こう! ほんとは内緒なんだけど、二人には教えたげるね~」

「ほう、心惹かれる響きだよい」

 

 

 岸壁の裏へ回り、小径を抜ける。遠くで「沖の騒ぎ……」「あの三人……」と囁きが砂に吸われ、陽の影がすぐ背で二つ、三つと重なっては離れた。

 

 

 

 ■  ■

 

 

 

 夜の斜面は草の匂いを濃くして、露が足首に冷たかった。ヴァレサの「秘密」は、谷風を受ける小さな踊り場。岩の外縁が半月形に張り出し、空が一段近い。頭上には、磨いた石の輪みたいに白い月が据わり、青い群雲がゆっくりと角を変えながら流れていく。

 

 ヤマトは布を一枚広げ、平たい石を四隅に置いてずれないよう押さえた。持ってきた小さな灯を胸ほどの高さの岩にのせ、直に照らさず、白い面でやわらかく跳ね返す。風よけの布は紐で枝にくくり、結び目の向きを風下へ逃がす。湯の道具を出して、火は小さく、息を合わせるように整えた。

 

 鍋の縁に透明なゆらぎが立ち、白い息が一度だけすっと上がる。

 

 

「ヴァレサ、イアンサ。労いの一杯だ」

 

 

 ランタンの小さな金具が、からりと鳴った。

 木椀が触れる。音は立てないが、指先の温度で合図は足りる。

 

 

「良くやったな! ヴァレサ」

「わわ! ありがとう~!」

 

 

 敷物の上、木皿には炙り肉の薄切りがきらりと油をにじませ、パンは手で割ると麦の薫りだけをそっと逃がす。

 

 蜂蜜に沈めた果は陽を閉じ込めたまま透け、砂糖菓子は小石みたいに色とりどりに転がる。

 湯に浮かべた柑橘の皮が香りをひらき、香草の葉をひとつまみ落とせば、甘さがほどけて喉の奥で静かに落ち着いた。

 

 

「ほら二人とも、もっと食え!」

「はい! ヴァレサ、行きま~す!」

「ちょっと待て、オレの口は既に積載過多……むぐッ!」

 

 

 上機嫌のイアンサが木皿を回し、「ほら、たんと食え」と笑いながら、薄いパンや炙り肉、甘い果のひとかけを次々ヤマトの口元へ押しやる。抗議半分で受け止めるヤマトの頬が少しずつ丸くなり、それを見るやヴァレサも負けじと果をぱく、パンをぱくと自分の口へ。「みてみて、ほっぺがぱんぱん~」などと言葉がもごもご転がって、指で押さえた口角から笑いがこぼれた。「飲み込んでから喋れ」イアンサが真顔でツッコミ、三人とも吹き出す。

 

 柑橘の香りがふっとほどけ、甘さと塩気が交代で舌の上を歩く。今朝までの張り詰めた気配は見当たらず、残っているのは、互いの肩に寄りかかれる距離だけだった。

 

 三人は丘の上で川の字に横になり、頭の上に丸い月を置いた。遠い方で草がこすれる気配があり、谷風は衣の皺だけを撫でていく。人々の喧騒ははるか下、波の裏側のように低く、夜はほどよく澄んでいた。

 

 茶をもうひと口だけ足す。湯の白さはさっきより薄く、夜の温度に紛れて消えた。

 

 やがて、合図も要らずにそれぞれの息が揃い、三つの影は星の下で長さを変えずに並んだ。明け方、欄干の縄には新しい結び目がひとつ増え、薄い黒は潮に解けて見えなくなる。片づけの気配を残さないのが、良い仕事というものだ。

20話以降の狛荷屋ヤマトの方針について(活動報告に詳細アリ)

  • 今と同じ1話完結のお話を見たい
  • 中長編のストーリーを見たい
  • 別の作品として中長編ストーリーを見たい
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