狛荷屋ヤマトの宅配便   作:さば殿

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第六章 『超越』チャスカと初めての調停

 ■  ■

 

 

 

「そろそろ花翼の集に近づいてきたか」

 

 クァワカン断崖は、切り立った崖の上に位置する土地である。東、北、南の三方を崖に囲まれ、西側も急な斜面に覆われているため、花翼の集(トラロカン)の住民たちは気球を利用した昇降機や飛行能力を持つクク竜の力を借りて生活している。

 

 謎煙の主から花翼の集は北東方向にあるが、当然岸壁に阻まれてそのまま進む事はできない。崖を越えられない場合は、西側から遠回りして街道を進む必要がある。荷車を岩馬に牽かせているヤマトは当然街道を利用していた。

 

 西の街道を進む道中、ヤマトは道沿いの小屋の前で口論する男女に気がつく。その付近には人馴れした様子のクク竜が二頭、互いに寄り添っている。争う人と和やかな竜。花翼の集特有の気球型の小屋の前で見事なコントラストが描かれていた。

 

 

「おいおい、そんなに声を荒げてどうしたんだよい。こっちの竜達は仲良くしてるぜい?」

「あ、ああ。見苦しい所を見せたな、すまない」

「ごめんなさい、旅の方。でも、その『竜達』がわたし達の口論の的なの」

「なに?」

 

 

 遠くで竜呼びの笛の音がぴゅうと響く。これが、ヤマトの『調停』の始まりを告げる合図であった。

 

 

 

 ■  ■

 

 

 

 崖の赤は日が上がるほど薄くなり、白と橙と青の線だけが濃く残る。空の台では気球が大きく息を吸い、布がふくらむたび影が草地を横切った。土の道は小屋の前でいったん広がり、足跡と尾の跡が入り混じっている。潮と油がほんの少し鼻をかすめた。

 

 二頭の竜は肩を寄せ、互いの頬を軽くこすって、また同じ方角を見る。ヤマトは手のひらで風の向きを測り、二人へ向き直った。

 

 

「なるほど。どちらのクク竜がより素晴らしいかで朝から口論を──」

 

 

 ──暇なのか? とは続けて口にしなかった。余計な事は言わないのが狛荷屋のモットーである。

 

 口を噤むヤマトの様子に、二人は一旦の落ち着きを取り戻した。しかし、己の竜こそ一番だという自負までもが引っ込んだ訳では無いらしく、ヤマトに提案する。

 

 

「そうだ、旅の方。あなたはどっちの竜が良いと思う? 俺達では平行線だ」

「そうね、どちらにも面識のないあなたなら公平に見極められるわ」

「ぬ」

 

 

 思案するヤマト。残念なことに竜に対する審美眼は持ち合わせていない。けれど、仕事柄人と接する機会は多く、揉め事を仲裁したことも少なからずある。今回はそちらの経験が役に立つ。

 

 竜たちはヤマトの荷に鼻を伸ばし、藁の匂いに小さく身を震わせた。片方は瞳がまんまるで、片方は羽の筋がそろっている。日の光がどちらにも似合って、甲乙付け難い。ヤマトは手綱を直すふりをして、視線だけを二人に返す。

 

 

「ふむ。では、お互いに相手のクク竜の良い所を言ってくれ。そのほうが客観的に判断出来るだろうよい」

 

 

 二人は顔を見合わせる。ヤマトの思惑が理解できなかったからだ。しかし、自分たちの提案した事だ。困惑しながらも相手のクク竜を観察する。

 

 ヤマトは男に目をやり発言を促す。

 

 

「そうだな……君のクク竜は、目がくりんとしていて可愛らしいな」

「そうなのよ! そこがこの子のチャームポイントなの。よく分かってるじゃない」

「確かに、愛らしい瞳だよい」

 

 

 次はお前さんの番だと、女に視線を向けるヤマト。

 

 

「そうね……あなたのクク竜は、羽の流れが揃っていてキレイね」

「そのとおり! 毎日手入れをしているからな。君も見る目があるじゃないか」

「確かに、見事な羽だぜい」

 

 

 褒め合いは続き、二頭は得意の部分をほんの少しだけ誇張してみせる。まばたきが丁寧になり、胸の羽がふわりとふくらむ。見せ方の上手い竜達であった。

 

 

「うーむ……悩みどころだ」

 

 

 ヤマトは悩んだ様子を二人に見せる。もちろんこれは一種の見せ札(パフォーマンス)であり、次の一手への布石でもある。

 

 

「ところで、こやつらの雌雄はいかに?」

 

 

 問いが落ちると、空気が一拍だけ止まる。二人は互いの顔を見て、次に自分の竜を見て、また相手を見る。目の往復がさっきより短い。

 

 

「相棒はオスだ」

「うちの子はメスだけど、それがどうかしたの?」

 

 

 二人が答える。オスの竜は胸を少しふくらませては、尾で砂を掃いて線を一本描く。メスはまぶたを少し下ろし、丸い瞳を上に寄せる。仕草はどちらもやわらかい。

 

 

「うむ、こやつらの子がそれぞれの良さを受け継いだら、さぞ見事だろうと思ったまでだよい。見たところ本人……本竜達の仲は悪くない」

「それは──」

「──確かに」

 

 

 男は自分の竜の胸元を、女は相手の竜の横顔を見た。羽の縁が光をすくい、影と影が袖口のように重なる。砂の上では尾の先が二本の線を寄り添わせ、呼吸の間隔が同じ拍にそろっていく。

 

 つぶらな瞳に美しい羽。二人は夢想する。

 

 

「な、なあ」

「う、うん」

 

 

 声の角がほどけ、視線の往復はさっきより短い。竜は肩を寄せ、人も半歩だけ近づいた。二人はヤマトに礼を言い去っていく。背中の高さは、来たときより指一本ぶん低い。

 

 

 

 ■  ■

 

 

 

 二人と二頭が去った後の街道には、風の音だけが残った。砂は低く這い、草の穂は同じ方向へ伏す。さっきまでいた鳥も獣も、気配を畳んでどこかへ消えている。

 

 まるで、狩人の匂いを先に嗅ぎ取ったかのように。

 

 

「それで、お前さんもあのクク竜達に興味があったのか?」

 

 

 気付いていたか、と小屋の裏から姿を表す人影。

 

 茶の帽は金のくちばしと瞳の意匠。つばに青と赤の羽、下で橙と白が揺れる。右耳に青金の飾り。黒い短上衣は金の切り込みで締まり、二枚の布が背から流れてふくらはぎへ。布は背で割れ、金の飾りと橙の羽。右は黒手袋、左は射手の袖と金の環。赤いスカーフは房飾りを引き、右背へ。左の帯には風の神の目。脚は左右で丈違いの黒い脚衣、足元は黒の踵靴。帯から飾り紐が垂れ、膝下まで細工が連なる。

 

 ヤマトはその女性から猛禽の様な鋭さを感じた。

 

 

「見事な『調停』だった。どうだ、調停人に興味は無いか?」

「オレは配達員だよい。そういうお前さんは調停人なのかい?」

 

 

 調停人ならば先程の争いは止めなくてよいのか、と言いかけたヤマト。だが、考えてみればわざわざ調停人が出張るほどの案件でもなかった気がしてきた。

 

 その考えを察したのか「緊急性の低いものは後回しだ」などと言う女性。それに、と彼女の言葉が続く。

 

 

「私はチャスカ。察しの通り調停人だ。君は稲妻の配達員か……なるほど、君が懸木の民からの委託を受けたという狛荷屋のヤマトだな」

「耳聡いな」

 

 

 懸木の民の伝達師達は、一日の内にナタ全土を往復できるという。ならば、様々な寄り道(配達)を繰り返すヤマトよりも早くに情報を伝えることなど容易いだろう。

 

 

「これも何かの縁だ。花翼の集の集落まで案内しよう」

「助かるよい」

 

 

 ヤマトは迷わず同意する。未知の土地では、情報は荷より重い。住民の案内は最短の保険だ。

 

 

「さっきも言ったが見事な調停だった。君はああいった仲裁に慣れているのか?」

「たまたまだよい。あの二人の語気から敵意や害意は感じなかった。ああいった手合が争うのは得てしてお互いを見ていないか、自分しか見えていない場合だ。今回は自分ではなく竜だったが、本質は同じ。相手を意識するように仕向けてやれば諍いは収まる」

「ほう、確かに納得できる理屈だ。だが、それで収まらない場合はどうする?」

 

 

 ヤマトは腰の神の目を示し、手綱を軽く引く。岩馬は石の重みを前へ送り、車輪が土を一度だけ固く踏んだ。

 

 

こいつ()の出番だよい」

「ああ、やはり君は調停人に向いている」

 

 

 土の道をたどっていくと、赤い斜面の裾に出た。板の段が重なり、張り出した桟橋の影が草地を横切る。そこが花翼の集の入口だった。

 

 

「ほう、気球の昇降機か」

「ああ、花翼の集ではこうした気球を利用した生活をしている。たとえば……向こうの足場が見えるか? あの足場を支えているのも気球だ」

 

 

 見上げれば、広場そのものが空に浮いていた。土台は幾つもの気球に抱えられ、火の灯りが布の腹を内側から温める。崖下の風が渡るたび、丸い影が断崖をゆっくり滑った。

 

 

「それから、気球で移動している偵察部隊が戻ってきたようだ」

 

 

 霞の層を押し分けて、丸い腹の気球がいくつも列をなし、集落へ向けてゆっくり高度を落としている。布の白が日を拾い、影だけが先に到着した。

 

 

「うむ、ほとんど空で暮らしているようなものだな」

「いい表現だ。そうだな、我々は空で暮らしている。だからこそ、共に空で暮らすクク竜と相性が良いのかもな」

 

 

 

 ■  ■

 

 

 

 赤い断崖の縁に、板を継いだ桟橋が幾筋も張り出している。台座に繋がれた気球は胸いっぱいに空気を吸い、ふくらむ影が草地を横切った。小屋の前には樽と布包み、油と樹脂の匂い。子どもは結び目の練習をし、大人は結わえ直した索を手で確かめる。遠くではクク竜が輪を描き、空中の足場が会釈するようにすれ違う。ここでは、上へも前へも道が延びていた。

 

 チャスカの先達で配達を済ませると、台地の縁はもう昼の匂いだった。ヤマトは風の薄い窪みを探し、日のやわらかい場所に目を細める。そこへ、同じ風を測る足取りで、彼女がふたたび現れる。

 

 

「届けば十分、寝れば上等。オレは仕事の後の昼寝が一番の楽しみだよい」

「いい言葉だ。なら、私のとっておきを教えよう」

「ほう、そいつは期待できる」

 

 

 チャスカに続き、最も高い台地へ上がる。訓練の日は旗が動く場所だが、今は静かだ。登りづらい段だけが残り、踏む音も風にすぐ消えた。

 

 

「風が心地良い」

「そうだ。それにここなら──」

 

 

 遠い空気がざわつき、風の層がひとつ、逆立った。谷の向こうで人がかすかに集まり、言葉の角が擦れる匂いがのぼってくる。

 

 

「──こうしてすぐに飛んで行ける」

 

 

 狩人は、目を見張るほど巨大な銃『スピリットリボルバー』に飛び乗る。帽の羽根が一拍遅れて揺れ、布がふくらむ。

 

 

「ここからは調停人の仕事だ。また会おう、ヤマト」

「ああ、また」

 

 

 遠景のざわめきは鋭さを増し、諍いの声が悲鳴に変わる。弾丸の輝きがひとすじ、空へ走った。

 

 ヤマトは窪みへと体を預ける。白と橙と青の塗り跡が崖を渡り、上では複数の気球が台地の土台を支えて、昼の光をまるく吸い込んでいた。桟橋の影は細い縞になって草をわたり、吊り橋の向こうで籠が上下する。地上は忙しく、空は静かだ。その差だけが心地よい。彼は視線を空から外し、目を閉じた。

 

 

「あれ、飛ぶのか……」




アンケートの回答ありがとうございます。
今後の参考にさせていただきます。

20話以降の狛荷屋ヤマトの方針について(活動報告に詳細アリ)

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