狛荷屋ヤマトの宅配便   作:さば殿

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第6箱「窓辺」

 ■  ■

 

 

 

 璃月(リーユェ)は契約と貿易の国だ。多くの富が集まり、それ故争いも生み出されていた。そこで、璃月を統治する『璃月七星』の一人『天権』は細かな法律を制定した。しかし、それらに精通している者は多くない。

 

 法律家という職業はそういった事情から誕生した。人に代わり法を知り、法に替わり対価を得る。

 

 とりわけ煙緋(エンヒ)という半仙の少女は、璃月港で最も優れた法律家として知られている。曰く、『万の法を熟知し、あらゆる依頼を完璧にこなす』と。

 

 そんな彼女の耳に狛荷屋の噂が届いたのは、もう何週間も前のことだ。

 

 璃月港の法律家の頂点を自称する彼女の元には多くの顧客と情報が集まる。可愛らしい猫の噂。それに隠れた岩のような馬の噂。そして更に埋もれた妙に落ち着いた雰囲気の配達員の影。

 

 煙緋はその配達員が狛荷屋のヤマトであるとにすぐに察した。当然、旧知の仲である彼が自分を訪ねてくると思っていたし、なんなら部屋を掃除したり少し高い酒を買ったりもした。

 

 しかし、あの朴念仁は待てど暮らせど一向に姿を表さない。

 

 煙緋は激怒した。必ず、かの無知蒙昧の男を懲らしめなければならぬと決意した。

 

 

「はぁ、まったく。ヤマトの奴……」

 

 

 呆れ混じりの声が漏れる。だが、胸の奥の怒りは、どこか甘く温かい。

 

 外套を羽織り髪を払う。午後の時間帯、狛荷屋は埠頭で荷物を纏めている事が多いはずだ。

 

 

「外勤は別料金だというのに」

 

 

 埠頭の遠鳴りが、煙緋の決意を後押しするように響いた。

 

 

 

 ■  ■

 

 

 

 煙緋が拠点とする玉京台から、狛荷屋が主に活動しているチ虎岩の埠頭へと向かうには、緋雲の丘を経由して大きく迂回する必要がある。煙緋は不便だと思いつつも、璃月港の活気を一身に感じられるこの道が嫌いではなかった。

 

 しかし、この時は違ったようだ。足音が石畳に落ちるたび、彼女のまとう気配に周囲の空気がわずかに張り詰める。

 

 馴染みの商人らは声を掛けようとしてはその雰囲気に口を閉ざし、その背をただ静かに見送るばかりであった。

 

 やがて目的地にたどり着くと、積み上げられた荷の向こうに二本の尾がゆるりと揺れるのが見えた。陽を受けた毛並みは、波間に落ちる光のようにちらと瞬く。

 

 特徴からして、噂に聞く狛荷屋の片割れに相違あるまい。

 

 煙緋は外套の裾を払うと、影を踏まぬよう静かに歩み寄った。

 

 

「やあ、そこのお嬢さん。少し時間を頂いても?」

「わたしですか? こんにちは! 何かご用ですか?」

 

 

 その声色は明るく、港の陽射しのようにまっすぐだった。活発でありながら礼を失わぬ物腰に、煙緋は思わず目を細める。

 

 

「うむ、あなたは狛荷屋の配達員で間違いないかな?」

「はい! 狛荷屋の綺良々です! えっと、お姉さんは……」

 

 

 綺良々の視線が煙緋の頭へ吸い寄せられる。薄紅の髪と青碧の瞳。そしてなにより、白磁の角。その一条が、彼女の身に秘められた仙気を静かに物語っていた。

 

 

「すまない、自己紹介が遅れたようだ。私は煙緋、法律家だ」

「法律家……わたし、何かやっちゃいましたか?」

 

 

 法律家という肩書に、翡翠の瞳が小さく揺れる。その動揺に呼応するかの如く、埠頭の風が一拍だけ止む。

 

 

「安心するといい。君ら狛荷屋が法を乱したとは聞いていない。むしろ、よく勉強していると見える。璃月に詳しい案内役でもいたのかな?」

 

 

 綺良々は胸を押さえ、ほっと息をつく。叱られるのでは、と勝手に想像していた自分が可笑しくなるほどだった。

 

 

「あっ、そういえば璃月に着いたばかりの頃、ヤマト先輩が行秋さんにいっぱい質問してたっけ……」

「ほう、やはりヤマトが来ていたか」

 

 

 綺良々の尻尾がぴんと立つ。声音に混じる暖かさを感じ取ったからだ。

 

 

「ヤマト先輩のお知り合いですか?」

「ああ、ヤマトから私のことを聞いていないか?」

「えっと……聞いてない、です」

 

 

 綺良々の尾がしゅんと下がる。煙緋の纏う静かな圧が胸に刺さったからだ。

 

 

「それで尋ねたいのだが、ヤマトはどこに居るのかな? 一緒ではないようだが」

「今日はたしか、玉京台のお友達に会いに行くって言ってたような……」

「ほう、私を差し置いて……そうかそうか、つまり君はそんな奴なんだな、ヤマト」

 

 

 ますます大きくなる圧に、綺良々はそわそわと足の置き場を探した。その時、積み荷の隙間から、狛荷屋を呼ぶ声が聞こえる。

 

 

「え、えーっと、わたし、呼ばれてるので……!」

「おっと、長々とすまなかった。これは情報のお代だ」

「うぇっ!? だ、だめです、受け取れません!」

「そうか? 稲妻人は謙虚だな。では、璃月の法で迷うことがあれば私のところへ来るといい。割引しよう。これが住所だ」

 

 

 煙緋が懐から名刺を抜き出す。紙縁の刺繍が陽を受けて銀のように光り、香墨の香がふわりと漂う。

 

 名刺を両手で受け取り、胸元に抱いた綺良々。その様子に、煙緋は満足げに頷きその場を後にした。

 

 

 

 ■  ■

 

 

 

 さて、これからどうするか。煙緋は一人呟く。どうやら目的の人物は他に用事があるらしい。わざわざ詮索して問い詰めるのも野暮だ。彼女はひとまず玉京台の事務所に戻ることにした。

 

 しかし、遥々遠いチ虎岩まで来たのだ。急ぎの用事も無いことである、少しくらい寄り道を楽しんでも良いだろう。

 

 

「そうとなれば万民堂にでも、と……うん? あれは……」

 

 

 煙緋の視線の先。万民堂の前で、件の男が料理を包んで貰っていた。

 

 

「それじゃあ、お代の百万モラ! 耳を揃えてきっちり払ってもらうよっ」

「おうよ。これが百万モラだ」

「わあ、太っ腹だねえお客さん。また来てね、ヤマト!」

「次は綺良々と来るよい」

 

 

 どうやら店員の少女とヤマトは冗談を言い合う程度には仲が良いらしい。料理を受け取ったヤマトは、どう見ても百万モラには届かない額を渡したがお互いに気にした様子は無い。むしろ和気藹々としている。

 

 料理を抱えて通りを行くヤマト。それを物陰から見送る煙緋。

 

 

「って、なんで私は隠れているんだ……」

 

 

 煙緋は無意識のうちに物陰へと身を寄せてヤマトの動向を探っていた。それがどういった感情から来る行動なのか彼女にも分からないが、どうやらヤマトは緋雲の丘の方へ進んだらしい。すかさず後を追う煙緋──。

 

 

「──いやいや、事務所に戻るにはここ(緋雲の丘)を通らねばならない。たまたま道が同じなだけだ、うん」

 

 

 そんな言い訳を誰にするでもなく、煙緋は付かず離れずの距離で事務所に戻る(ヤマトを追う)

 

 道中、ヤマトは酒屋に入っていく。しばらく近くの露店を冷やかす煙緋だが、視線は露店から外れている。

 

 ヤマトが酒屋から出てくるのにそれほど時間はかからなかった。その手には酒壺が抱えられている。高級、と言うほどではないが、それなりに値が張る逸品だ。

 

 

「料理に酒、ね」

 

 

 十中八九『お友達』への手土産だろう。ヤマトがそれほどの礼を尽くす相手が、この璃月港に居る。しかも、自分よりも優先される人が。

 

 一体何処の誰なんだと、煙緋が思案する間にヤマトは次の店に向かっていた。

 

 

「贈り物用に見繕ってほしいんだが」

「プレゼントですか。お相手は女性ですかな?」

「ん? まあそうだな。久しぶりに会うから、文字通り再会に花を添えようと思ってな」

「ほほう、であればこちらはどうでしょうか」

 

 

 彼は花を買うらしい。店主が示した花をいくつか選び、短い言葉を交わしている。

 

 花々は陽を受けて柔らかく色づいている。白、淡紅、薄紫――どれも祝い事に添えられることの多いものだ。

 

 

「贈り物、か……」

 

 

 小さく息を吐くように囁いた。胸の奥で、何かがちくりと引っかかる。

 

 自分には挨拶に来ない。手紙もよこさない。そのくせ、随分と気の利いた真似をするではないか。

 

 

「……ふん」

 

 

 鼻で笑い、理屈を探す。旧友が誰に花を贈ろうが、それ自体は何の問題もない。

 

 法にも、契約にも、何一つ触れていない。

 

 それなのに。

 

 ヤマトは花を受け取り、丁寧に包まれたそれを手に石畳を進んで行く。多くの荷物を抱えながらも乱れない足取りは、彼が配達員たる故だろうか。

 

 その背を見送りながら、煙緋は外套の襟を正した。

 

 

「考えすぎだな」

 

 

 自分に言い聞かせるように呟き、踵を返す。仕事でもなく、依頼でもなく、ただの私情でこれ以上追うのは分が悪い。

 

 そう自分を納得させた、その時だった。

 

 玉京台へと続く石段の下で、彼の背中が立ち止まる。

 

 

「……?」

 

 

 ヤマトは少しだけ周囲を見回し、そして真っ直ぐと、煙緋の事務所がある方角を見上げた。

 

 花を整え、料理と酒壺を抱え直す。まるで、大切な人を訪ねるかのような仕草で。

 

 煙緋の思考が、一瞬だけ止まった。

 

 

「……まさか、な」

 

 

 胸の奥で、拗ねとは違う温度が静かに灯る。

 

 それを否定するように視線を逸らし、逃げるように歩き出そうとしたその瞬間、事務所の扉が軽く叩かれる音がした。

 

 その時煙緋は悟った。あの男が用意していたもの。それらの贈り先が誰であるのかを。

 

 彼女の口元が少しだけ震える。それは怒りでも、呆れでもない。

 

 ただ、少しだけ――。

 

 

 

 ■  ■

 

 

 

 ヤマト達が璃月に足を踏み入れてから、既に一月ほど経過していた。

 

 当初の予定では時間をかけて業務の基盤を整えるつもりであったが、飛雲商会のお陰で準備はトントン拍子で進んだ。

 

 璃月の物流を担う和記庁との話し合いや、狛荷屋の宣伝。物流拠点の候補地探しに、実際の配達業務まで。

 

 むしろ、順調すぎて猫の手も借りたいような忙しさであった。

 

 そんな経緯で遅れていた『友人』への挨拶に訪れた訳であるが、どうやら留守にしているらしい。

 

 流石は璃月港の法律家の頂点。事前に手紙を出していたとはいえ、忙しくしているようだ。

 

 料理は持ち帰って綺良々と食べるか、などと考えていたヤマトの背後から声がかかる。

 

 

「──はぁ、まったく。お前という奴は……」

「再開して早々にため息をつかれるとは。オレも一角の人物になったってことかねえ」

 

 

 ヤマトが振り返ると、薄紅の髪を夕刻の風に揺らした半仙の少女『煙緋』がそこに立っていた。

 

 呆れたような言葉とは裏腹にどうもご機嫌らしい彼女は、ヤマトとは旧知の仲である。

 

 

「それで、連絡も無しに現れて一体なんの用だ? ヤマト」

「む? 手紙は出していた筈だが、見ていないのか?」

「な、なにぃ!?」

 

 

 煙緋は焦った様子で事務所の扉を開け、すれ違いざまにヤマトの腕を掴み中に引きずり込む。そのまま奥の部屋に放り込まれたヤマトを尻目に、机に積まれた書類の山を漁り始めた。

 

 

「業務連絡の類は全部ここにあるはず……いや、そうか! 私信の方は後回しにしていたんだった! ヤマトっ、なんで狛荷屋名義で重要印を押してよこさないんだ!」

「友人への手紙にそんな仰々しい事はしないだろうよい」

 

 

 うがーっ、と。掃除したばかりの事務所を荒らしながら、手紙を探す煙緋。

 

 そんな彼女を眺めつつ、ヤマトは奥の部屋で手土産を広げていた。

 

 

「お前さんは豆腐が好きだったな、煙緋。万民堂で包んでもらったかにみそ豆腐だ。それからこっちは──」

「──ああ、奥の棚に杯がある! それと空いてる花瓶が窓際にあったはずだ!」

「……煙緋、お前だったのか。後をつけていたのは」

 

 

 煙緋は、恥ずかしそうに目を逸らしたまま、うなづいた。

 

 意外な犯人が自白したことに苦笑するヤマト。璃月に追跡罪は無いのかと法の穴を案じていると、手紙を手にした煙緋が彼に詰め寄る。

 

 

「私からすればお前の手紙は地味すぎる! もっと縁に刺繍をするとかさ!」

「オレの雰囲気には合わないぜい」

 

 

 それはそうだが、と言いつつも納得していない様子の煙緋。しかし、卓に並べられた料理や酒を目の前にして、いつまでも不機嫌でいることは出来なかった。

 

 

「……そうか、私の好物を覚えていたか。関心関心」

「まあな」

 

 

 さも当然のように応えるヤマトに、ことさら機嫌を良くする煙緋。

 

 やがて二人はどちらともなく席につき杯を掲げる。

 

 

「ふむ、うまい。いい感性だ、ヤマト」

「店主が味見させてくれてな。気に入ったのなら良かった」

「なら、こちらも注がねば無作法というものだ」

 

 

 煙緋は事前に用意していた酒をヤマトの杯に注いだ。少し、いや結構高い酒だ。

 

 

「ほう、こいつは美味い。随分と用意がいいな。何かいいことでもあったのかよい」

「それは、ヤマトが来るかもと思ったから……」

 

 

 酔いが回りはじめたのか、普段よりも幼気な表情を見せる煙緋。彼女の寂しげな様子に昔を思い出したヤマトは、その小さな手にそっと触れる。

 

 

「そうか……遅れて悪かった、煙緋」

 

 

 手の甲に感じる温かい指の感覚に安心したのか、煙緋の顔が和らぐ。

 

 

「いい、来てくれたし。忙しいの?」

「まあな。だが、ようやく落ち着いてきた。頼りになる後輩も居ることだしな」

 

 

 途端に険しい顔になる煙緋。

 

 忙しい表情だな、とヤマトは口にはしなかった。余計なことは言わない。狛荷屋のモットーである。

 

 

「あの可愛らしいお嬢さんか。たしか、綺良々さんと言ったか」

「なんだ、知ってたのか」

「ヤマト先輩だなんて呼ばせて、随分と懐かれているじゃあないか」

「懐くとは随分な言い草だな。犬猫でもあるまいに……いや猫か」

 

 

 オレもアイツも、と一人で納得するヤマト。

 

 更に険しい顔になる煙緋。

 

 

「まったく、若い女の子に言い寄られて鼻の下を伸ばすとは、良いご身分だな」

「綺良々は別に言い寄って無いし、鼻の下は伸びてないぜい」

「ふんっ、どうだか」

 

 

 絡み酒に移行した煙緋は空にした杯を突き出す。慣れた手つきで酌をするヤマトに気を良くした煙緋は、すぐさま飲み干して再び杯を突き出す。

 

 酌を重ねるごとに言葉の角は丸くなり、いつしか煙緋の表情には隠しきれない上機嫌が滲んでいた。

 

 

「まあ、確かに? あの子の人柄は好ましいものだ。私も気にかけてやらなくもない」

「そうか、ありがとう。煙緋が気にかけてくれるのなら安心だよい」

「ふふん」

 

 

 酒精で潤んだ瞳にふと、窓辺の花瓶が映る。今朝までは空であったその花瓶には数本の花が飾られ、夕焼けの中で静かに色を宿していた。

 

 

「(あれ? あの花……)」

 

 

 ヤマトが贈ってくれた花の中に、ひときわ目を惹く一輪があった。

 

 

「(花言葉は確か……)」

 

 

 昔手に取った詩集の頁に記されていた花言葉が脳裏をよぎる。気恥ずかしいほどに甘いものだと、かつては鼻で笑ったそれも、己に向けられたものだと思うと──。

 

 

「(──いや、ヤマトの事だ。店主に言われるがまま買ったのだろう)」

 

 

 それでも、つい頬が緩むのを抑えられなかった煙緋は、誤魔化すように杯を呷る。

 

 その後も二人は万民堂の料理に舌鼓を打ち、互いの酌で話に花を咲かせた。

 

 街に灯がともり、玉京台の夜気が窓辺に忍び込む。傍らで花の香がほのかに漂いながら、言葉にされぬ想いとともに、夜は静かに更けていった。

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