狛荷屋ヤマトの宅配便   作:さば殿

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第05話 狛荷屋ヤマトと終末番早柚の昼寝場所

 ■  ■

 

 

 

 稲妻の城下を外れ、坂を越えて小川沿いの林へ入ると、潮の匂いは遠くに退き、葉の青さが鼻先にやわらかい。網を干す音の代わりに、川音が石を撫でるように低く続き、木漏れ日は風の揺れに合わせて地面に模様を描いた。荷車の(ながえ)を握るヤマトは、額の汗を指で拭い、ふうと息を吐く。眠気を連れてくる匂いだ、と内心で笑った。

 

 林の奥、岩の根元に、小さな影がひとつ丸まっている。耳と尻尾のようなものが風に揺れ、呼吸は穏やかで、寝息が草をそよがせた。

 

 

「……荷車の横で寝るのはオレの専売かと思ってたが」

「むにゃ……やば……」

「起きたかい」

「……見つかったのだ。拙は今、修行の最中でな。寝るのも忍びの稽古なのだぞ」

 

 

 片目をぱちりと開けたのは終末番の忍び、早柚(さゆ)。ムジナの装束が陽に鈍く光る。

 

 

「修行なら邪魔はしねえが、ここは荷車が通る。場所を選んだほうがいい」

「なら、より良い昼寝場所を探せばよい。日向はぬくいが、直射は敵。音は川音くらいが適度。地面は柔らかい苔が望ましい」

「達者だな。じゃあ勝負といこう。どちらが先に寝落ちできるか。ついでに、どちらの寝床が邪魔されないか」

「受けて立つのだ」

 

 

 

 ■  ■

 

 

 

 ふたりは木立を移り歩く。早柚は枝先の光を指で確かめ、ヤマトは小石の転がり具合を靴裏で量る。やがて、早柚が顔を上げた。

 

 

「ここが良い。葉の影が薄く重なって、風の通りがちょうどよいのだ」

「なら、オレはこっちだな」

 

 

 ヤマトは掌を軽く打ち鳴らした。地面が小さくざわめき、光を帯びた岩片が寄り集まる。蹄を備えた岩の馬がすっと立ち上がり、影を広く地面に落とした。

 

 

「相棒の影は涼しい。音も遮る」

「ずるいのだ。道具持ち込みは反則では」

「忍びが道具を使って何が悪い」

「む……道理だな」

 

 

 それぞれの寝床に腰を下ろし、息を静める。早柚は仰向けに、ヤマトは荷車の車輪を枕にして目を閉じた。

 

 

「……すぅ」

「おいおい、もう寝たのか」

 

 

 すると、草を分ける足音。子供らが三人、木陰に飛び込んできて声を上げた。

 

 

「わーい、タヌキだ!」

「いや、タヌキではない! 拙は早柚、終末番の忍びなのだ!」

「でも耳も尻尾もあるよ」

「それは装束! 触るな、むにゃっ」

 

 

 むくれる早柚は身を翻して印を結ぶ。影がふっと薄れ、木の幹と同じ色に溶ける。さらに葉の間を小さな影が駆け、子供らは「もう一匹いる!」と笑いながら追いかけていった。やがて足音は遠ざかる。

 

 

「……ふう。騒がしいのは苦手だ」

「人気者はつらいねえ」

 

 

 今度はヤマトの番である。岩馬の影は心地よく、瞼が落ちかけたそのとき、どこからともなく猫が二匹、三匹と現れた。荷車のあたりをうろつき、鼻先で木箱をつんつんする。港で積んだ魚の匂いがまだ残っているのだろう。

 

 

「こら、そいつは商品だ。噛むんじゃねえ」

 

 

 ヤマトは指先で輪を描いた。岩馬の足元から低い石の柵が生え、荷車の周りをぐるりと囲う。猫たちは「にゃっ」と身をすくめ、柵の外に座り込んで尻尾を振った。

 

 

「……見られていると落ち着かねえな」

「ふみゃ……同感だ。視線は眠りを浅くする」

 

 

 ふたりは顔を見合わせ、同時に肩を竦めた。

 

 

「結論。葉陰は子供に弱い」

「岩影は猫に弱い」

「どちらも最強ではないということだ」

「最強は、邪魔の来ぬところだな」

 

 

 

 ■  ■

 

 

 

 林の奥へ、さらに一段高い場所がある。小川が岩を回り込み、音を和らげて、風は枝に絡んではゆっくり解ける。ふたりはそこへ並んで腰を下ろした。

 

 

「ここならどうだ」

「……よい。地面が柔らかい。背に当たる根も、ほどよい」

「荷車はこの木に括りつける。岩馬、少し離れて見張ってろ」

 

 

 岩馬が歯車を鳴らし、影だけをふたりの近くに落とす。葉の縁から光がこぼれ、頬にぬるい斑を作った。

 

 

「ヤマト」

「ん」

「拙の昼寝は、修行であり、背を伸ばすためであり、忍務の一部なのだ」

「いい心がけだ。オレの昼寝は、働くための準備で、働いたあとのごほうびだ」

「似ているようで、ちょっと違うな」

「でもまあ、邪魔されないのが一番だ」

「うむ。では――おやすみ」

「おやすみ」

 

 

 川音が遠くで続き、林の匂いは甘くなる。風鈴を隠したような葉擦れが、時折、舌打ちのように小さく鳴った。

 

 どれほど時が過ぎたか、影の形が少し伸びた頃、ふいに遠くで子供らの笑い声が跳ねた。岩馬が首を上げて一度だけ低く鳴き、また目を閉じる。ふたりは起きない。眠りは澄んで、浅瀬の水のように揺れ、何も攫わない。

 

 やがてヤマトが先に薄目を開け、隣の寝息に耳を澄ませた。早柚の胸は小さく上下し、口元には満足げな気配が宿る。

 

 

「……勝負は引き分けだな」

 

 

 誰にともなく囁いて、ヤマトは背を反らし、こりをひとつ抜いた。空は高く、港の喧噪は夢の底に沈んでいる。

 

 

「起きたら、団子でも買って帰るかね」

 

 

 そう言い置いて、もう一度、目を閉じた。眠りはやわらかい布のように折り重なり、ふたりをすっぽり包んだ。

20話以降の狛荷屋ヤマトの方針について(活動報告に詳細アリ)

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