狛荷屋ヤマトの宅配便   作:さば殿

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第06話 狛荷屋ヤマトと偵察騎士アンバーの護衛便

 ■  ■

 

 

 

 葡萄棚の影が、丘の斜面にまだらを落としていた。アカツキワイナリーを背に、畑と森の縁をなぞる街道は、昼下がりの風に土と果実の匂いを漂わせる。岩馬に荷車を牽かせたヤマトは、気ままな歩調で揺れに身を任せていた。荷台には稲妻から来た珍味の樽や、名の知れぬ素材を詰めた木箱が積まれている。蓋の隙間から、唐辛子のような香りと、潮のひびのような匂いが交じり合って鼻をくすぐった。どれも中身は覗かぬが道理、狛荷屋(こまにや)の評判は「運ぶ手の確かさ」で立つ。

 

 道ばたの柏の木を見上げ、ヤマトは枝の角度を確かめる。昼寝にちょうどよい影か、風の抜け具合はどうか――そんなことを考えては、また歩き出す。急ぎの荷ではない。だが狛荷屋の名に恥じぬよう、足取りはのんびりでも、道筋だけは外さない。葡萄の葉擦れが眠気を誘い、丘の向こうでは小さく鐘の音がした。

 

 ひゅう、と空を切る音がした。葡萄の葉を撫でた風が、たちまち人の影を伴って降りてくる。陽を背にした影は滑るように傾斜を下り、軽やかに土を蹴った。茶の革と赤の飾り、風に揺れるウサギの耳飾り。西風騎士団の紋章が胸で光る。偵察騎士、アンバーである。彼女の背には滑空翼、肩には使い慣れた弓。眩しさまで元気にしてしまうような笑顔で、こちらへ駆け寄ってきた。

 

 

「やっほー! 旅行者さん……じゃない、配達屋さんだよね? このあたりは魔物も出るから、モンド城まで私が護衛するよ!」

「そりゃ心強い。にぎやかな道行きも、たまには悪くねえよい」

 

 

 アンバーは弓を肩に戻し、空を見上げて笑う。青が深く、雲は薄い。葡萄棚の向こうでは、清泉町に抜ける道が白く光っていた。風は西から、葡萄の熟れかけた香りを運ぶ。ヤマトは荷車の柄に手を掛け、岩馬の首筋を軽く叩く。砂利がしゃらりと鳴り、木陰がゆっくりと流れる。昼寝に良さそうな根の起き上がりを横目にしつつ、二人と一頭は、風の匂いのする街道をゆるやかに進みはじめた。

 

 

 

■  ■

 

 

 

 街道は崖の間を抜け、緩い起伏を踏みながら森の縁へと続いていた。草いきれに混じって獣の匂いが漂い、木々の影からは小鳥の声が絶え間なく響く。陽を遮る枝葉の間に、遠く清泉の屋根瓦がちらりと見えた。アンバーは視線を走らせながら先を行き、ヤマトは荷車の軋みを子守歌のように聞きながら、木陰の形を目で撫でては通り過ぎる。

 

 

「この辺り、最近はヒルチャールが森側に寄ってきてるんだ。清泉町の人たちも気にしててね、パトロールを増やしてるの」

「そりゃあ厄介だ。けど、道は綺麗によく踏まれてる。人も風も、よく通ってる証拠だよい」

「油断は禁物! でも、この風はいいね。……そうだ、モンドの風って初めて?」

「配達じゃ何度か来てるが、今日のは特別だな。葡萄の香りは眠気を連れてくる」

「任務中に寝ないでよ!」

 

 

 清泉町に近づくと、川のきらめきと燻した獣肉の匂いが鼻をかすめた。干し網の並ぶ庭先で、子どもたちがこちらに気づく。

 

 

「アンバーお姉ちゃん!」

「やっほー! 怪我してない? 最近危ないから、町の外には出ないこと!」

「ウサギ伯爵見せて!」

「また今度ね、今はお仕事中!」

 

 

 子らの笑い声が背へ弾み、アンバーは軽く手を振った。ヤマトは肩をすくめる。

 

 

「人気者だなあ。オレは荷物にしか手を振られねえよい」

「そんなことないって。……ところで、その荷って何が入ってるの?」

「稲妻からの珍味と、名の知れぬ素材の寄せ集めさ。開けずに運ぶが狛荷屋の作法」

「爆発物じゃないよね?」

「モンドにゃ爆発物がよく届くのか? 香りは辛く、少し潮。……食い物の気配はするぜい」

 

 

 アンバーは頷くと、路肩の茂みへ一歩。草の倒れ方、獣道の跡、折れ枝の高さ――偵察騎士の目が素早く拾い上げる。

 

 

「足跡は新しいけど、数は少なめ。風向きも街道側に抜けてる。行こう、今のうち」

「なら、もう一つだけ寄り道を」

 

 

 ヤマトは街道脇の大石を顎で示した。苔が柔らかく、根が風を受けて影をほどよく落とす。

 

 

「ここは帰りの昼寝に良さそうだ。風も騒がず、鳥は遠い。……印をつけとくよい」

「印はつけなくていいから! 覚えておいて!」

 

 

 笑い合い、再び歩き出す。木々の間を渡る風は軽く、馬上の視線の高さでは、葉の裏が光に透けて細かな鱗のように揺れている。荷台の樽がこつんと鳴り、岩馬が耳を揺らす。アンバーは歩幅を合わせつつ、ちらりと荷車の側板に目をやった。

 

 

「釘、緩んでないね。ロープの結びも固い。……器用だね」

「荷を縛るのは織物みてえなもんさ。目を揃えて、緩めず、締めすぎず」

「へえ、今度団の新人に教えてあげてよ」

「講義の前に昼寝の時間をつけてくれりゃ、やってやらんでもない」

 

 

 

 ■  ■

 

 

 

 清泉の外れ、畑の端で花を摘む婦人が会釈し、遠くで猟犬が吠えた。街道は森を抜け、草原の陽射しをまといはじめる。木々の影はまばらになり、風が広く流れる。アンバーは弓の弦を指で弾き、草を渡る音に紛れる気配を探るように耳を澄ませた。

 

 

「……さっきから、鳥の鳴き方が変わってる。森の縁、少しだけ静か」

「風も重い。枝の鳴りが一拍遅れる」

「気のせいじゃない。ここから先は私が前に出る。ゆっくり、でも気持ちは前へ」

「任せるよい。オレは荷と昼寝のことを考えてる」

 

 

 アンバーは笑い、地を蹴った。滑空翼は畳まれ、偵察騎士の背は、風の匂いの中へ薄く溶けていった。

 

 乾いた裂帛が森の陰で弾け、次の瞬間、荷車の側板に黒い矢羽が震えた。木が低くうめき、稲妻の珍味を詰めた箱がわずかに揺れる。唐辛子めいた匂いが強くなり、風向きが変わったのが分かった。土と蒲公英の匂いの中に、焦げの前ぶれのような匂いが混じる。

 

 

「来るよい」

「伏せて、後ろに!」

 

 

 アンバーは弓をひねり、矢を三つ指に掛ける。森の影に立つヒルチャールの影が、風の切れ目に覗いた。赤い羽飾りが陽を弾く。彼女の指が離れ、三条の矢が風を割った。応じるように別の影が飛び出し、低い唸りとともにスライムが道をはう。

 

 

「荷がやられたら、届け先も泣き顔に変わっちまうぜい」

 

 

 ヤマトは片手を打ち鳴らす。石畳の縁がざわめき、砂利が吸い寄せられる。荷車の前へ、岩馬が鼻息を鳴らして立ちはだかった。さらに掌を返すと、身の丈ほどの岩壁がアーチのように盛り上がり、樽と木箱を抱え込む。

 

 

「助かる!」

「前、任せたぜい」

 

 アンバーは短く頷くと、ウサギ伯爵を草むらへ放った。耳飾りを揺らす人形が陽に煌めき、ヒルチャールの視線がそちらへ引き寄せられる。間髪いれず、彼女は矢尻を火にくぐらせるように滑らせ、火矢を連ねて放った。爆ぜる音が一拍遅れて丘に広がり、炎がヒルチャールの足を縫いとめる。

 

 岩壁の影でヤマトは荷の重心を確かめ、揺れを吸うように車輪の角度を変える。岩馬がひづめを打ち、さっと位置を微調整する。スライムが膨らみ、道の中央で弾けそうに震えるのが見えた。

 

 

「伯爵、もう一回!」

 

 

 伯爵がひょこりと姿を見せ、ヒルチャールが吠える。その隙にアンバーは低く滑り込み、狙い澄ました一矢でスライムの核を貫く。炎が短く噴き上がり、あっけなくしぼんだ。森の陰から最後の矢が飛ぶ。ヤマトは指先で合図を送り、岩馬が首を振る。ひづめが地を打つ音に合わせ、岩壁の縁が伸び、矢を受け止めて鈍い音を立てた。

 

 

「よし、押し切る!」

 

 

 アンバーが風を切って前に出る。滑空翼を半ば開き、足場を軽やかに移す。矢の間合いを外しながら、火矢を、そして通常の矢を交互に織り込むように射る。燃えた枝がぱちぱちと弾け、ヒルチャールの影が二つ、三つと倒れていく。

 

 静けさが戻るまでに、そう長くはかからなかった。柏の木の葉がまた風に鳴り、焦げの匂いは薄らぐ。ヤマトは岩壁を手で撫でてほどき、岩馬のたてがみを軽く叩いた。石が砂利へ戻っていく音は、雨上がりの川底みたいにさらさらとしていた。

 

 

「ごめん、矢に気づくのが一瞬遅れた。荷物は無事?」

「かすり傷もねえよい。伯爵がよく引いてくれた」

「ふふ、ウサギ伯爵は優秀だからね!」

 

 

 アンバーは弓を肩にかけ直し、倒れた影に目を走らせた。致命の数、逃げた方向、風の変わり目。偵察騎士の目は、戦いの後も気を抜かない。ヤマトは刺さったままの矢羽を抜き取り、側板の割れ目に指を当てた。木はまだ柔らかく、乾きすぎていない。

 

 

「板は後で替える。今は……」

 

 

 彼は顔を上げ、草原の向こうを見た。鳥の鳴き方が、少しずつ元に戻っていく。湖からの湿った風が頬を撫で、草いきれと混じって漂った。アンバーは深呼吸し、笑ってみせる。頬に汗が光るが、目はまだ冴えている。

 

 

「スピードで押すだけじゃダメ、ってのがよく分かったよ。守るものがある時は、落ち着きが何よりだね」

「急ぐのも悪かねえが、急がば寝ろ、ってな」

 

 

 アンバーは吹き出した。風が笑い声をさらい、草原の緑が陽に揺れた。荷は無事、道は湖畔へと延び、モンドの城壁までは、もう少し。

 

 

 

 ■  ■

 

 

 

 城壁が丘の肩越しに現れ、風は湖の水気を帯びた。蒲公英の綿毛が門前の空気にゆらぎ、尖塔の鐘が遠くで一度だけ鳴る。草原を抜け、湖の水面を渡る風が道に広がる。やがて石畳がしっかりとした響きに変わり、門楼の上で見張りが手を挙げた。

 

 アンバーは先に歩を進め、騎士団の物資係へと事情を簡潔に告げる。荷台の樽と木箱は番号と印を確かめられ、受領の札が一枚、風に揺れて光った。

 

 

「アンバーお姉ちゃん!」

「やっほー! 元気にしてた? 転ばないようにね!」

 

 

 城門の近くでは、見張りを待つ子供たちが声を上げて手を振った。アンバーは軽く片手を掲げ、笑顔で応じると、すぐに巡回の指示を受け取る。彼女の背で滑空翼が小さく鳴り、肩の弓が陽を返した。

 

 

「助かったよ、狛荷屋さん。荷も綺麗なまま。やっぱり頼りになるね!」

「礼には及ばねえよい。届けばそれで十分さ」

 

 

 受領が済めば、荷車は空の音を取り戻す。ヤマトは城門のそば、大きな木陰に目を留めた。石畳の端には蒲公英が揺れ、影は涼しい。腰の縄を枕に丸め、岩馬の鼻面を軽く叩く。たてがみが砂利をこぼすみたいにほどけ、石は地へ帰っていった。

 

 

「ほんと、マイペースだなあ!」

「昼寝は急ぎの特効薬よい。起きたら、また迅速に運べる」

 

 

 アンバーは笑い、門外の風へ駆けた。蒲公英がふわりと舞い、城壁の影がひとつ深くなる。荷の列が通り過ぎ、靴音が遠のく。ヤマトは目を閉じ、肩の力を静かに解いた。陽は穏やかで、風は涼しい。世界は届くべきところへ届き、今はただ、眠るにふさわしい午後であった。

20話以降の狛荷屋ヤマトの方針について(活動報告に詳細アリ)

  • 今と同じ1話完結のお話を見たい
  • 中長編のストーリーを見たい
  • 別の作品として中長編ストーリーを見たい
  • どうでもいい
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