■ ■
山からの香辛料、港からの鮮魚、屋台で焼かれる菓子の甘い匂いが、風に乗って交じり合う。石畳の上を行き交う人々の足音と、商人の声が幾重にも重なって、まるで波のように港の通りを揺らしていた。
そんな折、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。ふと横を見ると、団子屋台の前に人だかりができている。その真ん中で、黒と赤の衣をまとった一人の娘が、両手いっぱいに串を抱え、店主と何やらやりとりをしていた。
「おっちゃん、これ全部包んでくれる? 往生堂のみんなで食べるんだ~」
「お、お嬢ちゃん、そんなに買ってどうするんだい……。持ちきれんだろう」
店主が困った顔をしていると、娘は楽しげに笑い、腰をひょいとひねった。
「ふっふっふ、こういう時にこそ配達屋の出番だよねえ?」
視線は真っ直ぐにヤマトへ。
「……やれやれ、嫌な予感がするよい」
ヤマトは荷車の取っ手に手をかけたまま、穏やかに目を細める。
「そこの狛荷屋さん、ちょうどいいところに! ほら、荷車空いてるでしょ? これ全部、
娘は悪びれもせず、どっさりと団子の包みを荷車に載せ始めた。
「……胡堂主か。七十七代目、往生堂の若き堂主様、ってやつだな」
「ふふん、名前を知ってるなら話は早い! いやあ助かるよ、配達の神様だ~!」
「狛荷屋に神格はねえよい。……まあ、荷が傷まなきゃ引き受けてもいいが」
「よーし決まり! さっそく出発だ! 団子は待ってくれないからね」
■ ■
荷車はたちまち甘い香りに包まれた。ヤマトは苦笑しながら取っ手を押し、人の波に紛れて進み出す。
道中、団子の匂いはすぐに周囲の注意を引いた。子供たちが鼻をひくつかせ、走り寄ってくる。
「うわぁ!いっぱい団子だ!」
「お姉ちゃん、それ全部食べるの!?」
胡桃は子供たちを見下ろし、ニヤリと口角を上げた。
「全部は食べないよ、往生堂のみんなに分けるんだ~。でも……そうだな、ここで一句!」
彼女は団子の串を一本掲げ、声高らかに即興の詩を詠み始めた。
「団子三つに心も三つ、丸めて焼けば香ばしく、食べれば笑顔、なくなりゃ夢に出てくるよ!」
子供たちはぱちぱちと拍手し、笑い転げた。
「へへっ、なんだそりゃ!」
「夢に団子って変なの!」
胡桃は肩を揺らして笑い、次の串を取り出す。
「次は早口団子言葉!『団子だんだん段重ね、三段団子でどんぶらこ!』」
子供たちは真似しようとするが、舌がもつれて「だんごごご!」と転んでしまう。その様子に胡桃は腹を抱えて大笑いした。
ヤマトは荷車を押しながら、岩馬の幻影を呼び出し、揺れる荷を安定させる。
「まるで見世物だな。……配達ってのは、こんな騒ぎも込みなのかねえ」
「いいじゃんいいじゃん、にぎやかな方が楽しいでしょ? 死んだみたいに静かなのは、お葬式の時だけでいいんだから!」
その言葉に一瞬の真顔が混じったが、すぐにまた明るい笑みに戻った。
「さあ、次はどんな子供が来るかな~」
胡桃の声に、さらに数人の子供が加わり、団子行列はちいさな祭りのようになった。
団子行列は港の石畳をゆるゆると進んでいった。子供たちは先頭で跳ね、胡桃は団子の串を指揮棒のように振り回す。まるで祭りの山車か行列のようで、行き交う大人たちも足を止め、笑いながら見送っていた。
「ほらほら、団子の隊列が通りまーす!つまみ食いしたら罰として一句詠むこと~!」
胡桃の高らかな声に、子供たちは「団子だ! 団子だ!」と合いの手を入れる。ヤマトは荷車の取っ手を押し、後ろからのんびりと付いていった。
「……これじゃあ屋台を運んでるみてえだな」
■ ■
岩馬の蹄音が石畳を刻み、荷をしっかり支えている。香ばしい匂いが風に乗り、さらに人だかりを呼び寄せた。
そのとき、路地の影から犬が一匹、鼻を鳴らして駆け寄ってきた。次いで猫が二匹、尾を立てて団子の香りに吸い寄せられる。
「わんっ」
「にゃーっ」
動物たちは荷車に群がり、子供たちは歓声を上げた。
「わー、犬まで来た!」
「猫ちゃんも団子が欲しいんだ!」
胡桃は大笑いしながら、犬に向かって串を掲げる。
「よーし、ここで一句! 『犬も猫も団子が好きで、人も死んでも団子を夢見る』!」
子供たちは「なにそれ!」と転げ回った。犬はじゃれつき、猫は荷車に飛び乗ろうとする。ヤマトは眉をしかめ、手を振って追い払った。
「おいおい、荷を荒らされたら配達どころじゃねえよい」
「だーいじょうぶ、団子は逃げないよ!」
胡桃は猫を抱き上げ、鼻先を突き合わせる。猫は小さく鳴いてから、彼女の肩に飛び乗った。
「ね? 団子も猫の肉球も、人を笑わせるためにあるんだから」
軽口に混じるその一瞬の真剣さに、ヤマトは肩をすくめた。
「……まあ、にぎやかなのは悪くねえけどよ」
■ ■
やがて往生堂の門前に到着した。石段の上に立つ建物は、外から見れば静謐な佇まいを見せているが、その前で団子行列が足を止めると、中から弟子たちが慌てて飛び出してきた。
「堂主!? なんですかこの騒ぎは!」
「ただいまー! みんなで団子パーティーだよ~!」
胡桃は串を高々と掲げ、子供たちに合図を送った。
「団子団子、三段重ね~!」
子供たちは一斉に唱和し、弟子たちは呆然とした顔で見守るしかなかった。ヤマトは荷車を止め、岩馬を消す。
「ほらよ、無事にお届け。……まあ、途中で屋台に化けてたがな」
弟子の一人が苦笑し、荷を受け取った。
「狛荷屋さん、本当にありがとうございます……堂主のお遊びに付き合わせてしまって」
「気にすんなよい。配達は荷を届けりゃ終いさ」
胡桃はすでに子供たちに団子を分け与え、笑い声が境内に響いていた。犬や猫も交じり、まるで小さな縁日のようだった。
日が傾き、子供たちが家へ帰って行ったあと、胡桃は門前の石段に腰を下ろした。ヤマトも荷車の取っ手を外し、隣に腰を下ろす。
「ねえ狛荷屋さん、どう思う?」
「なにがだよい」
「死ぬのも生きるのも、団子を食べるのと同じ。たくさん集まったほうがにぎやかで楽しいんだ」
胡桃の瞳は夕焼けを映し、いつになく真剣だった。ヤマトはしばし黙り、空を見上げた。
「……そうかもな。だが、食ったら昼寝を忘れるなよ」
胡桃は吹き出し、手にしていた串をかざした。
「夢の中で団子食べちゃダメだよー! お腹空いて目が覚めちゃうから!」
彼女の笑い声が往生堂の屋根に反響し、赤く染まる空へ溶けていった。ヤマトは目を閉じ、石段に背を預ける。
――団子の香りと笑い声に包まれながらの昼寝も、悪くはない。
20話以降の狛荷屋ヤマトの方針について(活動報告に詳細アリ)
-
今と同じ1話完結のお話を見たい
-
中長編のストーリーを見たい
-
別の作品として中長編ストーリーを見たい
-
どうでもいい