地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~   作:かくろう

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国境の街グランデル

 祭りの余韻がまだ街に漂っている頃、僕たちはエリスの屋敷で出発の支度を整えていた。

 背後の窓からは、昨日の花火の残り香のように、まだ少しだけ喧騒が残っている。それを眺めながら、胸の奥が少し締めつけられた。

 

(……また、旅が始まる。あの領地を立て直した日々は、ほんのひとときの安らぎに過ぎなかったんだな)

 

 荷物は全て【ストレージ】に収めてある。それでも仲間たちは、それぞれの形で準備をしていた。

 リンカは尻尾をゆったりと揺らし、幻色の腕輪を外した銀髪を夜明けの光に晒している。

 

「リンカ、やっぱりリンカにはその銀色が凄く似合うよ。僕がひと目惚れした銀色だ」

 彼女は微笑んだ。

「ふふ、ありがとう。本当の自分でいるって、すごく清々しい気分だよ」

 

 誇らしげな声音に、僕の胸がじんと熱くなる。

 

 彼女は嬉しそうに目を細め、さらに尻尾を一振りした。

 

「セージ君も、ありのままの姿でいられるようになったらいいね」

 

「……そうだね。いや、実質的にもう正体を隠す意味も薄れてきた。僕もそろそろこれを外しても良い頃かもしれない」

 

 僕は幻色の腕輪を外し、本来の黒髪に戻る。感覚的に違和感があるわけじゃない。

 

 でも、妙に清々しい気分だった。

 

 一方、ルミナスは窓際で腕を組み、いつもの調子で呟く。

「出発。面倒。でも……退屈よりマシ」

 その目は退屈そうでいて、どこか楽しそうだった。

 

「相変わらずだな……」と苦笑する僕に、ルミナスは小さく首を傾げて言った。

「セージ。硬い。もっと、楽に」

「……気を抜いたら、誰かを守れなくなる」

「ふむ。そういうとこ、好き」

 唐突に呟かれ、思わず言葉を失う。ルミナスは小悪魔のように唇を歪め、視線をそらした。

 

 セレスは、そんな二人のやり取りを見守りながら、そっと祈りを捧げるように両手を組んだ。

「セージ様……」

 柔らかな声音に呼ばれ、僕は振り返る。

「どうした、セレス」

「この旅路に、神の御加護がありますように。……ですが、セージ様ご自身が光となってくださるのです。私たちは、その背中を信じていますから」

 

 真剣な眼差しに、胸の奥が熱を帯びる。

(……俺は、こんなにも信じてもらっているんだ)

 

「ありがとう、セレス。……必ず守るよ。みんなも、この未来も」

 その言葉に彼女は静かに微笑み、「はい」と頷いた。

 

「夜のような漆黒の髪。とても素敵ですわ」

「そうか?」

 

「はい。本来のセージ様のお姿、初めて見ました」

 

 そうか。なんだかんだでセレスにこれを外した所を見せたのは初めてだったか。

 

 

 

 エリスとミレイユも現れ、支度を終えた僕たちは一堂に会する。

「では……行きましょうか」エリスが毅然とした声で言う。

 ミレイユは少し迷うように僕を見たが、やがて真っ直ぐに頷いた。

「……セージ様。私は、エリス様と共に参ります。けれど……心は常に、故郷と、そしてあなたと共にあります」

 

 僕はその想いを受け止めるように頷いた。

「……ありがとう、ミレイユ。必ず帰る。また一緒に故郷を歩こう」

 

 静かな決意の中で、僕たちは旅立ちの一歩を踏み出した。

 それぞれが背負うものを胸に抱きながら。

 

 

◇◇◇

 

 ダータルカーンの石畳を離れ、僕たちは北へと進んでいた。

 馬車の車輪が小気味よい音を刻み、朝の冷たい風が頬を撫でる。空は高く澄み切っていて、遠くには国境沿いの山並みが青く浮かんでいた。

 

 街を出て間もなく、背後から聞こえていた喧騒は遠ざかり、かわりに鳥のさえずりと川のせせらぎが耳に入ってくる。

(……こうして外を歩いていると、戦いや謁見が嘘みたいに思える。でも、きっとすぐにまた現実に引き戻されるんだろうな)

 

 リンカが隣で歩きながら、銀の髪を揺らした。

「……やっぱり外の空気はいいね。尻尾も、ずっと抑えなくて済む」

 ふわりと広がる銀色の尻尾が、朝日にきらめく。

「堂々とできるのはいいことだな。……僕も、少し肩の力が抜けるよ」

 自然と笑みがこぼれ、彼女も目を細めて頷いた。

 

 一方、ルミナスは馬車の幌に腰をかけ、ぼそりと呟いた。

「退屈。まだ着かない」

「歩き始めて一刻も経ってないぞ……」

「だから。退屈」

 そう言いつつも、尻尾を出したリンカをじっと眺めているあたり、何かを考えているらしい。

「ルミナス?」

「……似合う。銀色。セージ、好きでしょ」

「っ……」

 図星を突かれ、思わず咳払いでごまかした。

 

 セレスは馬車の前方に座り、静かに両手を組んでいた。

「この道の先には、国境の街があります。……必ず、神の御心が働きますように」

 柔らかな祈りの声が流れ込むように響き、僕の胸の奥のざわめきを鎮めてくれる。

 

◇◇◇

 

 夜明けの光を背に、僕らは国境沿いの街グランデルへと歩みを進めていた。

 遠くに見える石造りの防壁は、かつては堅牢を誇ったはずなのに、今はどこか陰鬱で、疲弊した空気を漂わせている。

 砦の上に立つ兵士たちの顔には覇気がなく、誰もが夜通し見張りをしたかのように目の下に深い影を宿していた。

 

(……やっぱりだ。民の不安がそのまま街を覆っている。魔将の影響……いや、それ以上のものかもしれない)

 

 門をくぐった瞬間、胸を刺すような緊張が広がる。

 露店の並ぶ大通りは人影もまばらで、行き交う者たちの視線は怯えに曇っていた。

 

 そんな中――

 

「やあ、やっと来たな」

 

 炎のような赤髪を朝日に照らし、アテンさんが姿を現した。

 その立ち姿はいつもと変わらぬ凛然たるもの。だが街の空気に合わせるように、その表情には厳しさがあった。

 

「……なるほど。黒髪の君を見るのは、これが初めてだな」

 視線が僕の髪に留まり、低く告げられる。

 

 僕は思わず背筋を伸ばし、真剣に答えた。

「はい。貴族でも英雄でもなく、一人の冒険者として在りたい……そう思って、これまで隠してきました。でも、もう誤魔化すつもりはありません」

 

 アテンさんは一拍置き、静かに頷いた。

「謙虚さを失わぬ者こそ、大きな力を扱える。……それでいい」

 

 そのやり取りを遮るように、フェンネルさんが肩をすくめて笑う。

「ふふん、黒髪セージちゃんもいいわね~。なんだか色っぽくなったんじゃない?」

 

 すかさずルミナスがぼそり。

「色気……ゼロ。子供」

 

「お、お前な……」

 額を押さえた僕の横で、ザークさんが豪快に笑い声を響かせる。

「がっははは! いいじゃねぇか! ますます頼れる後輩になったってことだろ!」

 

 シズカが顎に手を当てて真面目に呟く。

「漆黒……影の象徴。サクラでも“夜の忍び”と呼ばれる者に似ているでござる」

 

 最後にセレンが一歩前に進み出て、柔らかに告げる。

「闇を抱きながらも光を掲げる……黒髪のセージ様は、その象徴です」

 

 胸の奥がじんと熱くなり、自然と剣の柄に手が伸びた。

(……これでいい。僕は冒険者であり、この髪もまた、僕の歩む道の一部なんだ)

 

 国境の街を覆う冷たい風が吹き抜ける。

 その中で僕たち《奈落の希望》と《煉獄の騎士団》は、肩を並べ、街の奥へと歩を進めていった。

 

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