地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~   作:かくろう

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血翼の侵攻

 夜明けの空を切り裂くように、赤い霧がゆっくりと地平を覆っていった。

 遠くに見えるのは、グランデル方面――国境沿いの街。その上空に浮かぶ霧は、朝陽を遮るようにどす黒く蠢いている。

 

 僕たちは、南西の戦線へ向かっていた。

 街道には補給部隊と冒険者の一団が列をなし、空には偵察鳥が飛び交っている。

 緊張と覚悟が入り混じった行軍――それでも、誰もが前を向いていた。

 

 先頭を歩くアテンさんが、立ち止まり、霧の方角を見据えた。

「……やはり、血の瘴気が風に乗っている。普通の魔物の気配ではない」

「まるで土地そのものが腐っていくみたいね」

 フェンネルが眉をひそめ、杖の先に冷気を灯す。

「結界を張った方がいいかも。空気そのものが毒されてる」

 

 セレスが祈るように両手を組み、聖光を広げた。

「《ピュリファイ》――この地を清めてください」

 純白の光が辺りを包み、赤黒い霧の端が少しずつ薄れていく。

 

 だが、その向こうにはまだ――息を潜めるような不気味な気配があった。

 

「……来る」

 ルミナスの低い声に、全員が武器を構える。

 霧の中から、翼のようなものが現れた。だがそれは鳥ではない。

 血で形作られた、歪な肉の翼。そこから滴る液体が地面を焦がす。

 

「血翼の軍勢……!」

 リンカが弓を引き絞り、光矢を放つ。

「【ホーリー・アロー】!」

 矢が閃光となり、前衛の魔物を貫いた――が、倒れた身体が再び蠢き始めた。

 

「再生してる!?」

「血が媒介……奴らの体は“呪陣”の延長線上で動いている」

 アテンさんが剣を抜き、前へ出る。

「ここで止める! 各隊、持ち場につけ!」

 

 《煉獄の騎士団》が一斉に展開し、後方支援を担当する《奈落の希望》が位置につく。

 セレスが防御陣を張り、ルミナスが詠唱を始める。

 

「《サンダーストーム》――!」

 雷鳴が轟き、赤い霧を切り裂くように落雷が走る。

 次いでフェンネルが手を掲げる。

「合わせるわ! 《アブソリュートコキュートス》!」

 大地が瞬時に凍り、霧の中の魔物たちを氷像に変えていく。

 

 その光景に、ザークが低く唸った。

「やべぇ……見事な連携だ。だが数が減らねぇ!」

 

「リンカ、右側面を抑えてくれ!」

「了解! 【流星穿破】!」

 空一面に光の雨が降り注ぎ、血翼の軍勢が一気に崩れた。

 

 だが――それはほんの序章にすぎなかった。

 

 霧の中心が大きく揺らめき、何かが姿を現す。

 人のようでいて、人ではない。

 赤黒い翼を広げた女のような影が、空に浮かび上がる。

 

「……人間の声?」

 セレスが息を呑む。

 その女は、血の翼を翻しながら微笑んだ。

 

「ようやく来たのね――“ためて・放つ”の英雄、セージ・タブリンス」

 

 呼ばれた名に、僕は反射的に剣を構えた。

 

(……やはり、見られている)

 声だけで分かる。この存在が、血翼の軍勢を統べる者――

 七魔将の一角、《血翼の魔将ラミエル》。

 

 アテンさんが低く呟いた。

「姿を現したか……奴がこの呪いの源だ」

「でも、上空に……!」

 リンカの警告と同時に、ラミエルの翼が羽ばたく。

 その一振りで、血の雨が降り注いだ。

 

「全員、結界内へ!」

 セレスが叫び、聖光が瞬時に展開される。

 だが、血の雫が触れた地面が溶け、黒い瘴気が吹き上がる。

 

「っ……くそ、こいつは……!」

 僕は剣を構え、叫んだ。

「皆、下がれ! ここからは――僕が行く!」

 

 風が吹き抜け、赤い霧が渦を巻く。

 ラミエルが笑う。

「“英雄”が単身で挑むの? 面白いわ」

 

 僕は深く息を吸い込み、目を閉じた。

(――ためる)

 全身に走る魔力の流れを感じ、剣に光を宿す。

 この赤き空を――一閃で断ち切るために。

 

「【雷光一閃】――!」

 

 閃光が地平を貫き、赤い霧を切り裂いた。

 光と血がぶつかり、世界が震える。

 

 そして、空の彼方で――ラミエルの瞳が、愉悦に染まった。

 

「ようやく、“本物”が来たわね……」

 

 その声が、血の霧に溶けていった。

 

 血のように赤い雨が降っていた。

 それは雫ではなく、呪いそのもの。

 地に落ちるたび、魔物の亡骸が再び蠢き出す――まるで、命を逆流させるように。

 

「まずい……っ! 再生が止まらない!」

 フェンネルが叫び、氷結魔法を連続で放つ。

「《フロスト・バリア》! 《アイシクルフィールド》! くっ……冷気で押さえきれない!」

 

 氷の結界が展開されても、血液はその隙間を縫うように滲み出してくる。

 ルミナスが隣に並び、両手を掲げた。

「炎で焼く。《ノヴァ・インフェルノ》」

 轟音とともに炎の柱が立ち上がり、凍りついた大地を焦がす。

 氷と炎が混ざり、白煙が立ちこめる――それでも、霧は消えない。

 

「……この程度じゃ止まらないか」

 アテンさんが前線に立ち、剣を構える。

「ザーク、左翼を守れ! フェンネル、後方の防壁を維持しろ!」

「了解!」

「任せておきなさい!」

 

 轟音と閃光が交錯する。

 その中心で、空に浮かぶラミエルが微笑んでいた。

「人の光は、いつだって綺麗ね。だからこそ、壊しがいがある」

 その翼が大きく広がり、無数の羽根が降り注ぐ。

 一枚一枚が血の結晶のように赤く輝き、地に触れた瞬間――

 悲鳴が上がった。

 

 

「ぐっ……毒だっ!」

 周囲の冒険者が膝をつく。

 セレスが咄嗟に祈りを掲げる。

「《サンクチュアリ・ウォール》!」

 純白の光が展開され、浸食を防ぐ。

「皆さん、結界の中へ! 外は呪いに満ちています!」

 

 冒険者たちが退避する間に、僕は剣を構えた。

 

「ラミエル! お前の呪いは、ここで断ち切る!」

「断ち切る? 面白い……“ためて・放つ”の英雄。あなたがどこまで放てるのか、見せてもらうわ」

 

 その声と同時に、空気が震えた。

 ラミエルの血の翼が広がり、空全体が赤く染まっていく。

 その羽ばたき一つで、大地が揺れ、空気が歪む。

 あまりの圧に息が詰まりそうになる――だが、退くわけにはいかない。

 

「セージ、援護します!」

 リンカが矢を放つ。

「【鳴神一矢】!」

 雷光を帯びた矢が一直線に飛び、ラミエルの結界を貫いた。

「ほう……狐族の弓使いか。悪くない」

 

 ラミエルが軽く羽を振ると、雷の光が弾ける。

 それでもリンカは怯まない。

「効かなくても構わない。私は、セージ君の矢として放たれる!」

 

「リンカ……!」

 その言葉に胸が熱くなる。

 ルミナスがすかさず詠唱を重ねた。

「《凍結雷槍》!」

 氷と雷の複合魔法が空を貫き、ラミエルの翼を撃ち抜く。

「ぐっ……!?」

 血の羽根が散り、地面に燃え落ちた。

 

「今だ、セージ君!」

 セレスの声が響く。

「《神威祈祷》――!」

 祈りの光が降り注ぎ、身体の奥が熱を帯びる。

 仲間たちの力が、フィーリングリンクを通じて一つに繋がるのが分かった。

 

(――行ける!)

 

 僕は地を蹴り、血の空を突き上げた。

「――【破魔斬光陣】ッ!」

 光が奔り、ラミエルの結界を真っ二つに切り裂く。

 赤い雨が一瞬、止まった。

 

 しかし、ラミエルは笑っていた。

「綺麗……本当に綺麗ね。その光、壊したくなるほどに」

 

 次の瞬間、彼女の身体から巨大な血の輪が放たれた。

 それはまるで、死を告げる鐘の音のように大地を震わせる。

 アテンさんが叫ぶ。

 

「全員退避! これは――呪陣の暴走だ!」

 

 視界が赤に染まる。

 轟音。衝撃。

 僕は剣を突き立て、辛うじて立ち上がった。

 そこには、笑うラミエルの姿があった。

 

「次は、もっと深く“血の底”まで堕ちてもらうわ」

 

 その声を残し、ラミエルの姿は霧の中に溶けていった。

 

◇◇◇

 

 霧が晴れるころには、戦場は跡形もなく崩壊していた。

 だが、全員が立っていた。

 誰一人、欠けることなく。

 

 セレスが祈りを終え、静かに息を吐く。

「……今のは、前哨戦にすぎません。あの者、本気ではありませんでした」

 

「わかってる」

 僕は剣を見つめ、血の雫を拭った。

「でも、今の一撃で確信した。ラミエルは“七魔将”の中でも別格だ。あれは……神をも穢す力だ」

 

 アテンさんが頷く。

「だが、怯むことはない。我々がいる。煉獄の炎と奈落の光、共にあれば道は開ける」

 

 その言葉に、胸の奥で何かが灯った。

 たとえどんな闇に包まれても――仲間となら、必ず突破できる。

 

 血に染まった大地の上で、僕らは静かに誓いを立てた。

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