地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~   作:かくろう

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氷刃の魔将セレーネ

 空気が――凍った。

 息を吐くたび、白い霧が散る。

 たった一歩進むだけで、地面の水分が氷結していく。

 

 湿原全体が、ひとつの巨大な氷原へと変貌していった。

 

「……これが、氷刃の魔将セレーネ」

 リンカの声がかすれる。

 彼女の弓弦が凍りつく前に、魔素を流し込み、瞬時に氷を砕いた。

 

「感覚が鈍る……寒気で、身体が止まる」

 ルミナスが小さく呟く。

 彼女の肩口から淡い炎が立ち昇る――凍結を防ぐための微調整だ。

 

 氷の女王のような女が、静かに歩みを進めてくる。

 その一歩ごとに、音がする。

 ガキン――ガキン――

 音が湿原全体を叩くように響く。

 

「ふふ……美しいでしょう?」

 セレーネの声は、氷の鈴のようだった。

「熱も、痛みも、悲鳴も……この氷の中では全て止まる。

 それが静寂。私の望む“世界の形”よ」

 

「ずいぶん傲慢な理想だな」

 僕は剣を構える。

 柄を握る手が冷たく痺れる。だが、構わない。

 

「お前たち魔将は、“静寂”や“支配”ばかりだ。

 けれど、生きてる人間は――痛みを通して、前に進むんだ」

 

 セレーネの瞳がわずかに細められる。

「言葉遊びね。……ならば、その“痛み”とやらを凍らせてあげる」

 

 次の瞬間、氷の柱が地面から噴き出した。

 まるで蛇のようにうねり、僕の頭上を狙ってくる。

 

〈加速ストック:4000/4000〉

 

 地を蹴り、跳ぶ。

 視界を掠める白い線――すれ違った瞬間、髪の先が凍りついた。

 

「速い……っ!」

 リンカが弓を構え、三本同時に放つ。

 矢は氷を裂き、空へと抜ける。

 だが、セレーネは微動だにしない。

 

「それでは足りないわ」

 指を鳴らした瞬間、風が氷片に変わり、全方位から襲いかかった。

 

「防御展開!」

 セレスの祈りが光となって広がる。

 だが――氷が光を反射して、逆に散乱。

 祈りの結界が“鏡面化”されていく。

 

「祈りを……反射してる!?」

「氷は純粋。光を拒まない。

 けれど、光が届けば届くほど――自分を写すだけ」

 セレーネの声が、遠く近くから響いた。

 姿が消えた。

 

「来る!」

 リンカが叫ぶ。

 

 氷刃が、風とともに現れた。

 目にも止まらぬ速さ――僕は剣で受けたが、腕がしびれる。

 

 金属音が一瞬で凍りつく。

 衝撃が伝わるより先に、刃が割れた。

 

「ぐっ……!」

 

「セージ君!」

 リンカが駆け寄る前に、氷の鞭が彼女を弾いた。

 ルミナスが反応する。

「――《フレイム・バースト》!」

 

 爆炎が走る。

 だが、炎は空中で弾かれ、結晶化して散った。

 

「炎を凍らせる……!?」

 ルミナスの眉がわずかに動く。

 

 セレーネが微笑んだ。

 

「面白い。あなた、“光炎の一族”ね。

 なら、あなたの炎がどこまで届くか――見せて」

 

 その手が上がる。

 空が、砕けた。

 氷塊が雨のように降り注ぐ。

 

「ルミナス、後ろ!」

「任せて!」

 

 彼女の炎が広がり、氷と衝突する。

 爆風が巻き起こり、湿原の氷が一瞬だけ蒸発した。

 けれど、それも一瞬。すぐに冷気が再び押し寄せた。

 

「温度差で、魔素が暴れてる!」

 リンカが叫ぶ。

「セージ君、下手に魔力放出すると暴発する!」

 

「了解。……なら、ためる」

 

〈魔力ストック:4000/4000〉

〈攻撃回数ストック:4000/4000〉

 

 剣を握り直し、視界を見据える。

 氷の霧の中に、かすかに見える輪郭。

 

「見えた――!」

 

 踏み込み、一閃。

 氷の壁を突き破り、セレーネの前に迫る。

 

 彼女の瞳がわずかに動いた。

「……人間の反応速度じゃないわね」

「そう言われると、嬉しいな」

 

 刃と刃が交錯した瞬間――空気が砕けた。

 衝撃波が湿原を裂き、地面に亀裂が走る。

 熱と冷気がぶつかり合い、白と赤の閃光が混ざる。

 

 ――だが、終わらない。

 

 セレーネの周囲に、氷の分身が現れた。

 十、二十、三十――数え切れない。

 

「影すら凍らせる。あなたの動き、もう見切ったわ」

 彼女の声が幾重にも重なって響く。

 

 背筋に、冷たいものが走る。

 だが――それでも、笑った。

 

「……そうか。なら、試してみよう」

 僕は剣を構え直し、仲間に叫ぶ。

 

「全員、同調開始! 祈りを――ためろ!」

 

 ルミナスが炎を纏い、セレスが祈りを紡ぎ、リンカが矢を番える。

 それぞれの光が僕の背に流れ込む。

 

〈祈りストック:+4000〉

〈共鳴率:上昇〉

 

 氷の分身たちが一斉に動いた瞬間、

 僕は踏み込んだ。

 

「放つ――!」

 

 光と氷が交錯した。

 凍結した空気が砕け、衝撃波が天へと走る。

 その瞬間――湿原の空が、初めて割れた。

 

 氷の閃光が――空を切り裂いた。

 十を超える氷刃が一斉に突き刺さる。

 それらの一つ一つが、まるで生き物のように動いていた。

 

 僕は跳躍し、刃を弾き、滑空しながら反撃の一閃を叩き込む。

 だが、切り裂いたはずの氷が再び形を取り、背後に迫る。

 

「ルミナス、右後方!」

「見えてる」

 彼女の声と同時に、紅蓮の弾が放たれた。

 氷の分身を吹き飛ばす――が、爆炎の中から、すぐに次の氷が芽吹く。

 

「再生が早すぎる……っ!」

「氷が死んでない。魔素が生きてるんだ!」

 リンカの声が飛ぶ。

 

 湿原全体が、セレーネの支配領域――【氷界】に変わりつつある。

 空気そのものが、彼女の延長だ。

 

 セレーネが片腕を上げる。

「――静寂に沈みなさい」

 

 その言葉と共に、音が消えた。

 僕の鼓動だけが響く。

 世界の動きが、すべて遅くなる。

 

「……っ、空気が……止まった……!?」

 リンカが動けない。

 氷の時間停止――そうか、これがセレーネの本領か。

 

「時間を……凍らせてるのか」

「気づいたのね。けれど、もう遅いわ」

 

 彼女の指が振り下ろされる。

 氷刃が降り注ぐ。

 音も、風も、熱も、奪われた世界の中で――ただ、光だけが動いた。

 

 ルミナスの瞳が燃える。

「――《フレイム・バースト・ノヴァ》!」

 

 炎が爆ぜた。

 冷気の壁が割れ、空気が震える。

 氷の空間が一瞬だけ砕けた。

 

 僕は踏み込む。

 

〈加速ストック:4000/4000〉

〈攻撃力ストック:4000/4000〉

 

 一瞬の突破口。

 セレーネの背後を取る。

 

 だが――刃が届く寸前で、空気が再び凍りついた。

 

「……無駄よ」

 セレーネの唇がかすかに笑う。

「あなたの“ため”など、この世界では通用しない。

 溜める行為そのものが、私の“停止”に閉じ込められる」

 

 ――ためを、封じる能力。

 

 これまで戦ってきた魔将の中でも、最悪の相性だ。

 だが、僕の背後で小さな声が囁く。

 

「……セージ、聞こえる?」

 ルミナスだ。

 意識の奥、フィーリングリンクが共鳴していた。

 

「ああ、聞こえる。大丈夫か?」

「問題ない。……彼女の氷、構造が見えた。

 温度差じゃなく、“祈り”の方向が逆転してる」

 

「祈りの方向?」

「うん。氷の魔素が、“放つ”じゃなく“止める”祈りをしてるの」

 

 僕は息を呑む。

 つまり、氷は“静寂を祈っている”。

 

「……じゃあ、祈りそのものを、上書きすれば――」

「――消える」

 ルミナスの声が重なった。

「炎と光の共鳴で、“反転祈祷”の逆を作る」

 

 セレスの祈りが背後から重なる。

「ルミナス様、セージ様。共鳴率を合わせてください!」

 

「行くぞ」

「任せて」

 

 僕とルミナスが同時に息を吸う。

 視界が光に染まる。

 熱と冷気がせめぎ合い、湿原の空気が爆ぜた。

 

〈祈りストック:8000/8000〉

〈共鳴率:臨界〉

〈想念同期:完全同調〉

 

「――《神炎光輪(ディヴァイン・フレア・リング)》」

 

 光輪が生まれた。

 赤と白、二色の光が絡み合い、巨大な円を描く。

 それは炎ではなく、“祈り”の形。

 すべての熱が意味を持ち、すべての冷気が言葉を失う。

 

 セレーネの瞳がわずかに揺れる。

「……それは……何……?」

「氷を焼く炎じゃない」

 僕は剣を構えた。

「想いを、溶かす光だ」

 

 光輪が放たれる。

 轟音とともに、氷の城が崩壊していく。

 湿原の空が紅白に染まり、音が戻る。

 氷界が砕ける音――それは祈りの鎖が解ける響きだった。

 

 

 セレーネがよろめく。

 肩を押さえ、息を荒げる。

「……炎と光の共鳴……そんな祈りが、まだこの世に……」

 

「祈りは、凍らない」

 僕はそう告げて剣を下ろした。

 

 彼女の唇が、微かに笑った気がした。

「――なら……次は、“時の檻”で止めてみせるわ」

 

 その声とともに、彼女の身体が氷の霧となって消えた。

 

 戦いは終わった。

 だが、湿原の奥にまだ、時間が止まったような気配が残っていた。

 

 次の気配――それは、セレーネ以上の“静寂”を孕んでいる。

 僕の背筋に、冷たい汗が伝った。

 

 

 

 

 

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