地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~   作:かくろう

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愛し、愛され

 ミルミハイド別邸へ戻った僕たちを、エリスがぱっと明るい声で迎えてくれた。

 

 オークションで保護した女の子達は、既にミルミハイド商会を通じて故郷に帰される者、新しい働き口を求める者と分かれる事となった。

 

 ただ、ほとんどが売られたりして帰れない者達ばかりなので、エリスの屋敷で雇うことになるらしい。

 

「さあさあセージ様。長い一日もこれでようやく終わりですわ。本日は奔走なさってさぞお疲れでしょう。我が家自慢の大浴場にて、湯浴みの用意を整えております」

 

「え、大浴場……湯浴みってことは、お風呂のこと?」

「ええ、そうですわ。お父様がわたくしのお誕生日祝いに建ててくださったものですの」

 

 ……やっぱりスケールが違う。ダータルカーンきっての大商人、トトルムさん。

 あのほっこりとしたおひげの紳士が、娘の誕生日にお風呂を建造するなんて、やることが豪快すぎる。

 

「そうだね、せっかくだから入らせてもらおうかな。……でも、先にリンカたちでどう? ミレイユたちも疲れてるだろうし」

「まぁ、セージ様ったら。馬車の中でも申し上げましたが、主人を差し置いてメイドが入浴するなど言語道断です。こういう場面では、まず主人が一番でなくては」

 

「そ、そうかな……僕は気にしないんだけど。ミレイユたちは?」

「もちろんです。セージ様を差し置いて入浴するなんてあり得ません。それに……もし許されるなら、背中を流させていただきたいくらいです!」

 

「そうですっ! セージ様にご奉仕したいもんっ」

「私も」

「わたしもっ!」

 

 4人のメイド達が口々に奉仕したいと名乗り出る。でも今の僕にはそれを受け止める心構えでできていなかった。

 

「そ、それは流石に恥ずかしいから! ……分かった、一番風呂いただくよ。すぐ終わらせるから」

「ふふ、そうと決まれば話は早いですわ。アンナ、セージ様をご案内して差し上げて」

「畏まりました、エリスお嬢様。それではセージ様、こちらへどうぞ」

 

「リンカさんとミレイユさんたちは、少しお話がございますので、わたくしの私室までお付き合いくださいませ」

「う、うん。分かった」

「はい、承知しました」

 

 何やら意味ありげな話があるらしい。僕はアンナさんに導かれ、屋敷の奥へと足を進めた。立派な金細工で装飾された扉の前に立つと、思わず声が漏れる。

 

「こ、これが浴室? なんだか桁違いだね」

「大きな風呂を持つことは権威の象徴でもあります。旦那様はダータルカーン随一の大商人であると同時に、この王都でも最大規模の冒険者ギルドを所有する御方。貴族に対して威光を示す意味もございます」

 

「なるほど……お金をかける場所が大事ってことか。……なんだか落ち着かないな」

「慣れていただくしかございません。特に――これからお嬢様の伴侶となられるお方であれば」

「そ、その話はまた今度にしよう」

 

 実のところ、今回のオークション騒ぎの最中に、僕とエリスは【ある契約】を交わしている。いずれリンカたちにも経緯を説明しなくては。

 

 扉が開くと、中は更に豪華。棚がずらりと並び、籠が整然と置かれている。

 タブリンス家の屋敷にも風呂はあったが、僕は使わせてもらったことは一度もなかった。冷遇されていた僕が入れるのは井戸水を浴びるか、布で体を拭うくらいだった。

 だから、こんな大きなお風呂にひとりで入るなんて、生まれて初めてだ。

 

 感慨に浸りつつ上着を脱ごうとすると――柔らかな手がそっと僕の手を押さえた。

「え、あの……アンナさん?」

「さあ、セージ様。こちらは私にお任せを」

 

「いや、あのっ、自分で脱げますから」

「そうは参りません。お嬢様から厳命を受けておりますので。それに……これからはミレイユ様方のご主人様となられるのですから、こうしたことにも慣れていただきませんと」

 

「そ、そういうもの?」

「そういうものです。……ただ、もしどうしてもとお断りになられるのなら、私はお嬢様の不興を買って解雇され、娼館に身を寄せるしかなくなり……二束三文で処女を売り払う未来が待っております。オヨヨヨ」

 

「わ、分かった! 分かったから、そんな怖いこと言わないで!」

 

 アンナさんの真顔でのブラックジョークに、反論する余地もなかった。……っていうか、この人、処女なの?

 綺麗な顔立ちだし、恋人のひとりやふたりいてもおかしくないと思ってたのに。

 

「ちなみに、わたくしはエリスお嬢様の所有物。ゆえに自動的にセージ様の所有物でもあります。お手付き、いつでも大歓迎でございます」

「し、しませんっ! 絶対にしませんから!」

 

 そんなやり取りのうちに、下着姿にまでされてしまった。

 

「では、最後の一枚も」

「さ、流石にこれは自分でやらせてください!」

「そうですか……残念。……シューン。古い文献風に表現するなら……ショボーン(´・ω・`)」

 

 座り込もうとするアンナさんを慌てて制止し、僕はそそくさと扉の向こうへ逃げ出した。

 ……なんだか本当に残念そうだったけど、あれは冗談なんだよな、きっと。無表情で堅物に見えて、意外とユーモアに溢れてるのかもしれない。……ブラック寄りだけど。

 

「し、失礼します!」

 パパッと服を脱ぎ捨て、タオルで前を隠しながら、僕は大急ぎで浴場の扉を開いた。

 

 ◇◇◇

 

 

「ふぅ……ああ……。お風呂って、こんなに気持ちのいいものだったんだなぁ……」

 大きく伸びをしながら湯に肩まで沈むと、全身がとろけるように緩んでいく。

「世の中にこんな贅沢があるなんて……。僕もいつか、自分の拠点を持ったときはお風呂を作ろうかな」

 

 磨き抜かれた大理石の床、金箔のように煌めく壁面、立ちのぼる湯気がほんのり甘い香りを含んでいる。

 僕の知っている「風呂」といえば、井戸水を桶に汲んで頭から被るか、濡れ布で体を拭く程度。

 雑用係だった僕には、この広くて清潔な浴場を「掃除する」以外の権利などなかった。

 

「……僕は、これからは自分の人生を生きていいんだよな」

 思わず声に出す。胸の奥に長く引っかかっていたものが、じんわりと湯に溶け出していくようだった。

 

 マハルとの因縁に決着をつけ、ミレイユ達を救い出せた。

 タブリンス家に、もう僕の心を縛る存在は残っていない。

 ……ゴルドール・タブリンスに母上への謝罪をさせるという最後の目標はあるけれど、奴の強大さを考えれば、それはまだ遠い未来だ。

 今は、関わらずにいよう。あと数年は――。

 

 そんなことを考えていると、不意に「カタン」と扉が軋む音がした。

 

「……え? ま、まさか……」

 振り返った僕の目に飛び込んできたのは、バスタオルをぎこちなく体に巻き付けたリンカの姿。

「リ、リンカ⁉」

「セ、セージ君……。その……お背中、流そうかと思って……」

 

 彼女の尻尾は小刻みに震えていた。声も、少し掠れている。

 

「い、いやっ、自分でできるから大丈夫だよ!」

 思わず慌てる僕に、リンカは首を横に振った。

「……いいの。流させて。助けてもらったお礼も言いたいし……。それに――」

 

 言葉が途切れた。肩が震えているのを見て、僕はようやく理解する。

 奴隷として過ごした恐怖、屈辱。僕には想像もできないほどの重さを背負って、ようやく解放されたのだ。

 

 失敗だった。ミレイユ達も同じじゃないか。

 彼女達が受けた屈辱は如何ばかりか……。僕はなんて思慮の足りない男なんだ。

 

 情けない。

 

「……そうか」

 僕は湯船から上がり、タオルで腰を覆いながら静かに頷いた。

「じゃあ……お願いするよ」

 

 リンカは真っ赤な顔をして、恐る恐る笑った。

 大きな尻尾がタオルを持ち上げてしまいそうになり、僕は慌てて視線を逸らす。

 心臓がやけに早く打っていた。

 

 二人で椅子に並んで座ると、リンカが泡立てた石鹸を手に取り「これ、見て。すごい石鹸だよ。貴族のお屋敷って、本当に……」と無邪気に驚く。

「これだけで二万ルクスはするよ。庶民じゃとても買えない」

「ええっ、そんなに⁉」

 リンカはぽかんと口を開けたが、すぐに僕の背に手を添え、柔らかい泡を滑らせていく。

 

「……すごいね。セージ君、背中……。たった一ヶ月で、すごく大きくなった」

 その声は、どこか誇らしげだった。

「ルミナスと一緒に高難易度のクエストを受け続けてたからね」

「ルミナスちゃん……あの魔族の女の子だよね?」

 

「うん。ちなみに三百歳だって」

「さ、三百⁉」

 

「本人は飄々としてるけどね。ルミちゃんって呼べ、とか言い出しそうだよ」

「ふふっ……なんだか想像できる」

 

 泡を流すお湯が背に伝うたび、疲れや緊張が溶けていく。

 僕はふと、言葉よりもずっと深く「守ってやらなきゃ」という気持ちが強くなるのを感じた。

 

「……ありがとう、リンカ」

「ううん。私の方こそ……ありがとう」

 

 そして今度は僕がタオルを受け取り、リンカの背に手を伸ばした。

「今度は僕の番だ。リンカを洗わせて」

「せ、セージ君……え、エッチ……」

「ち、違う! でも……やってもらってばかりじゃ、悪いから」

 

 意を決してそう告げると、リンカは恥ずかしそうに頷き、胸を押さえてタオルを外した。

 椅子に座った彼女の背中は、雪のように白く、思わず息を呑むほど美しかった。

 その光景に、僕はしばらく動けなかった――。

 

 

「は、恥ずかしいから早くして」

「あ、うん、ごめん。じゃあ洗うね」

 

 スポンジと呼ばれるフワフワの繊維に石鹸で泡を立て、リンカの背中を洗っていく。

 

「んっ……ぁ……はぁ……」

「リ、リンカ、変な声出さないで」

 

 男の子の心臓に悪いですっ。そうでなくてもリンカの肌色成分にいろいろと限界が迫っているというのに、この上そんな色っぽい仕草をされたら溜まりませんってば。

 

「だって、気持ち良いんだもん」

 

「リンカの背中、綺麗だ。真っ白で、雪が降った新雪地帯みたいだ」

 

「それって胸がないから平原みたいだって言いたいの?」

 

「ち、違うよっ! 変な意味じゃないってば。あと背中の話だからねっ。変な意味に取らないでよ」

 

「ふふ、冗談よ。ありがとう、スッキリしたわ」

「じゃあ流すよ」

 

 再び汲み上げたお湯でリンカの背中を流し、洗い終えた僕たちはこの先でどうするか決めあぐねていた。

 

 だけどここまできたら動かなきゃ男じゃない。

 

「リンカ」

「ぁ…セ、セージ、君」

 

 僕はリンカの手を取って立ち上がらせ、できるだけ局部が見えないように顔を近づけて密着ギリギリまで寄せる。

 

「一緒に、入ろう」

「うん……」

 

 僕とリンカは手を繋いで湯船に戻り、お互いに一糸まとわぬ裸体を晒して身を寄せ合った。

 

 互いの体温が感じられるくらい近く、また決して離れまいとお湯の中で手を繋ぐ。

 

「リンカ……」

「なぁに?」

 

「僕、改めて今回の事で思い知らされた。僕にとって、リンカはもう掛け替えのない人なんだって」

 

「セージ君……きゃ」

 

 僕はリンカの体を抱きしめ、可能な限り密着させる。

 もう二度と離したくないという想いを込めて。

 

「リンカ、君が好きだ。愛してる……僕と結婚して欲しい」

 

「セージ君……うん。あなたの、妻になります」

 

 互いの顔がお湯の熱で浮かされている。それでも僕たちは見つめ合う瞳から目を逸らすことができなかった。

 

 やがてそれはドンドン近づいていき……互いの大切に思う気持ちを込め合って、優しく触れていく。

 

「ん……んっ…ふ、ん」

 

 リンカの微かな息遣いが聞こえる。心臓の音が高鳴り、お互いが裸同士で抱き合っている事を思い出してもなお、その心地良い空間から動くことはできなかった。

 

「リンカ」

「はい……」

 

「今夜、君が欲しい。今じゃなくていい。僕の子供を産んでほしいんだ」

「うん、今夜は新月だから……獣人族が1番愛を確かめ合いたい気持ちが強くなる日だよ……」

 

 獣人族は、新月の夜に愛を育み、満月の夜に交わる事で子供を孕むというのを聞いたことがある。

 

「リンカを、愛したい」

「うん……愛して、くだ――」

 

 そう言いかけて、僕たちの気持ちが一つになりかけた時、お風呂場にやってきた更なる来客に心臓が飛び出そうになる。

 

「大変すばらしいですわっ!」

 

「「うわあああああっ」」

 

「エ、エリスッ」

 

 タオルを巻いた女体が更に何人も。抱き締め合っていた僕とリンカは恥ずかしさのあまりその場で固まってしまった。

 

 

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