地味スキル「ためて・放つ」が最強すぎた!~出来損ないはいらん!と追い出したくせに英雄に駆け上がってから戻れと言われても手遅れです~   作:かくろう

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日常が続く尊さ

 あの忌まわしい襲撃から数日。ダータルカーンの街は、ようやく落ち着きを取り戻していた。

 教団の尖兵たち――かつてリンカと同じチームだった者たちが合体し、異形の怪物となって襲ってきた事件は、街の人々に深い爪痕を残した。それでも、冒険者たちと僕たちで撃退できた事実は、確かな安堵を与えている。

 

 市場を歩いていると、やけに子どもたちの声がにぎやかに響くのが耳に入った。声の主を探すと、そこにはルミナスがいた。

 黒髪を腕輪で隠しているとはいえ、彼女の異質な雰囲気はやっぱり隠しきれない。それでも子どもたちは、彼女を恐れるどころか好奇心いっぱいに取り囲んでいた。

 

「お姉ちゃん、魔法見せてー!」

「ちっちゃい火とかでいいから!」

 

「ん……いい。ほら、《ファイヤ・スパーク》」

 ぱちり、と指先で小さな火花を散らすルミナス。子どもたちは歓声を上げて飛び跳ねた。

 

「すごい! かっこいい!」

「もっとやって!」

 

「ルミナス、子ども、しつこい。……でも、悪くない」

 彼女は不器用な笑みを浮かべ、子どもたちに囲まれていた。いつも無表情に近いルミナスが、少し照れくさそうに口角を上げている。その姿を見て、僕も自然と頬が緩んだ。

 

 一方のリンカは、ギルドの中庭で模擬戦をしていた。銀狐族らしい俊敏さで跳ね回り、双剣で相手の剣を鮮やかに弾き飛ばす。

 観戦していた冒険者たちから、どっと歓声が上がった。

 

「すげぇ……さすがはこの前の大立ち回りを切り抜けたリンカ嬢だ!」

「まるで風みたいな動きだな!」

 

 リンカは剣を収め、汗を拭いながら笑顔を浮かべてこちらへ駆け寄ってきた。

「セージ君、見ててくれた? 少しは成長できてるかな」

「十分すぎるほどだよ。模擬戦相手も本気だったろうに」

「ふふ、ありがと」

 彼女の耳が嬉しそうに揺れていた。

 

 

 セレスは街の広場で、人々の目を引いていた。腕輪の力で髪の色や瞳を変えていても、その佇まいは隠しきれない。

 市井の人々が彼女を「どこか特別な人」と感じるのは当然だった。子どもが「お姉さん、きれい!」と声を上げ、大人たちも敬意のこもった視線を向ける。

 

 セレスはそのたびに微笑んで応じていたが、僕たちだけがいる時には小さく溜息をついていた。

「……わたくしの存在が、町の方々に迷惑をかけてしまうのではと、不安になります」

「セレス、それは違うよ」

 

 僕は即座に否定する。

 

「君が笑うことで救われる人もいる。光を見て希望を感じる人だって、確かにいるんだ」

「……セージ様」

 

 彼女の瞳が揺れた。迷いと、それを振り払おうとする意志。その姿は、確かに“聖女”としての資質を宿していた。

 

 ◇◇◇

 

 昼下がりのミルミハイド商会。豪奢な応接室で、エリスが優雅に紅茶を傾けていた。

 その横には、氷のような無表情を貼り付けたメイド――アンナが控えている。

 

「セージ様、街の復興が思いのほか早く進んでおりますわ。冒険者ギルドが総出で働いているおかげでしょう」

「そうだな。被害を受けたはずなのに、むしろ活気が増しているように見える」

「ふふ……セージ様がいてくださるからですわ」

 

 エリスはにこやかにそう告げ、視線を絡めてくる。その声音には確かな愛情が宿っていた。

 一方で、アンナは冷たい面差しのまま、すっとカップを差し出してきた。

 

「ご主人様、喉が渇いているでしょう。……毒は、入っていません」

 

 ぞくりとするような無表情。だが、その言葉の裏に小悪魔的なからかいが混じっているのは分かっている。

 僕は苦笑して受け取った。

 

「安心するような、しないような台詞だな」

「反応を楽しんでいるのです。……次は、膝に座りますか?」

 

 淡々と、表情筋ひとつ動かさずにそんなことを言うアンナ。エリスが慌てて顔を赤らめた。

「ちょっ、ちょっとアンナ! そういうことを平然と言わないで!」

「セージ様は喜ぶと思いましたので」

「……いや、まあ……」

 僕が言葉を濁すと、エリスがむっと睨んでくる。

「セージ様っ!」

 ――こうして二人のやり取りは、いつも妙に賑やかになるのだった。

 

 ◇◇◇

 

 その夜。皆が寝静まった頃、ベランダに出ると、エリスが月を見上げていた。

「セージ様。……わたくし、時々思うのです」

「何を?」

「この街が、こうして穏やかに過ごせるのは一体いつまでなのか、と」

 

 彼女の横顔には、王都で過ごしてきた年月の影が差している。

「ベアストリア教団は、確実に牙を広げていますわ。ですが……」

「大丈夫だ」

 

 僕は静かに言った。

 

「ここには俺たちがいる。エリスも、アンナも、皆が」

 

 エリスは目を細め、やがて笑みを浮かべた。

 

「ええ……セージ様がそうおっしゃるのなら、わたくしは信じます」

 

 背後では、アンナが無表情のまま控えていた。

 

「……情熱的な会話。わたしは空気ですか?」

「アンナっ、違いますから!」

 

 エリスが慌てて取り繕う。だがアンナはいつも通りの無表情で、しかし確かに楽しんでいる気配があった。

 

 

 ◇◇◇

 

 翌朝。

 

 朝の光が窓から差し込み、石造りの屋敷を柔らかく照らしていた。

 僕が食堂に降りると、すでにテーブルは賑やかな空気に包まれていた。

 

「セージ様、おはようございます」

 ミレイユが微笑みながら深々と一礼し、僕の好物である焼きたての黒パンと香草スープを並べる。彼女の笑顔は、相変わらず柔らかく温かい。

 

「おはよー! セージ様!」

 シャミーが手を振った瞬間――カラン、と食器を落としかけた。

「きゃっ! あっぶなーい!」

 慌てて拾おうとしたところで、すかさずレイシスがぴしゃりと言う。

 

「シャミー。規律がなっておりません。食器の扱いは丁寧にと、昨日も申し上げましたよね?」

「えへへ、ごめーん。でも大丈夫、割れてないからセーフ!」

「セーフではありません。再発防止が重要なのです」

 

 二人のやりとりに思わず笑いそうになったが、ミレイユが小さく咳払いして僕に視線を向ける。

「セージ様、昨夜はあまり眠れなかったのでは? 少しお顔が疲れて見えます」

「……うん、ちょっと考えごとしてたんだ。図星だな」

 優しく見抜いてくる彼女に、僕は苦笑で返すしかない。

 

 一方でアーリアは、食卓の端で分厚い本を開きながら控えめに口を開いた。

 

「……セージ様、もし……お時間あれば……この本の感想を……」

「お、本か。後で一緒に読んでみようか」

 僕がそう返すと、アーリアは耳まで赤くしてうつむいた。

 

 そんな中でも、レイシスはきっちりと言葉を挟んでくる。

「セージ様、日課の素振りは本日まだ100回に到達しておりません。朝食後に実施を推奨いたします」

「朝から厳しいなあ……」

「健康と実力維持のためです。甘えは許されません」

 

「ほらほらー、レイシスったら堅いんだから!」

 シャミーがケラケラと笑う。

「堅いのではなく、正しいのです」

 レイシスは全く揺るがない。

 

「ふふ……みんな元気ね」

 リンカが呆れ笑いを浮かべ、エリスも隣で優雅に微笑んでいる。

 

 だが、静かな空気をぶち壊すのはやっぱりこの人だ。

「セージ様」

 アンナが無表情で僕を見据えたまま、いつもの唐突爆弾を落とす。

「今夜は……わたくしが寝室でお待ちしております」

「なっ……!?」

 思わずパンを喉に詰まらせそうになる僕。周囲も「!?」と固まった。

「おいおい、アンナさん……」

「冗談、です」

 表情筋一つ動かさず、そう告げるアンナ。絶対冗談に聞こえないからやめてくれ。

 

「……ルミナス、分かる。セージ、モテすぎ。大変」

 ルミナスが小声でぼそっと言い、テーブルは笑いに包まれた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 僕たちは商会の一室に集まっていた。トトルムさんが用意した豪勢な食事の席に、リンカ、ルミナス、セレス、そしてエリスも揃っている。

 ギルド長も合流し、真剣な表情で口を開いた。

 

「セージ。お前たちが防いだ襲撃は確かに大きな勝利だった。だが、ベアストリア教団の影はまだ濃い。次はどこで牙を剥くか分からんぞ」

 

「……その通りですわ」

 

 エリスが頷いた。

 

「敵は既に国家規模で動いております。ダータルカーンも、いずれ本格的に狙われるでしょう」

 

「それでも、俺たちはやるしかないな」

 

 僕は剣を見つめながら言った。背後には、仲間の視線を感じる。

 リンカが力強く頷き、ルミナスが「ん……やる。セージと一緒なら」と呟き、セレスは静かに手を胸に当てた。

 

 ――嵐の前の静けさ。

 僕たちは、確かにその中にいた。

 

 

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