赤い光弾ジリオン勝手続編シリーズ〜A GIFT FROM GOD〜   作:LLZILLION

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※すいません、ハーメルンのシステムがよくわかっていなかったので再投稿となります

本編完結の1週間後くらいのお話です。
JJとアップルのデート話に、アディやジョニーなど作中に登場した子どもたちのその後の考察を入れたりしてます。
ラストのホテルでのシーンは元々オマケでしたが、あのフレーズを使いたかったのでねじ込みました。


ホープシティの休日

 「うーん……」

 セシルのポスターを前にして、JJはひとり悩んでいた。

 キャンペーンで使われたものを土下座せんばかりに拝み倒して手に入れただけあって、その水着ポスターはJJの宝物といって良かった。

 その一端を剥がしかけたまま、JJはこの深夜に、もう10分ほども悩み続けていた。清純派のセシルには珍しい、大胆なカットのビキニに包まれたスリムな肢体に、透き通った白い肌、少し厚めのセクシーな唇。お気に入りのこのセシルに、おはようとおやすみのキスをするのがいつものJJの日課だった。だが、衛星リルから帰還してのこの一週間というもの、その日課は遂行されなくなって久しい。

 「セシルちゃん……」

 JJはセシルの目線を避けるように俯いた。

 その前に、セシルの控えめに主張する膨らみがあった。アイツのは……もっと大きくて、とってもいい匂いがして……すごく、柔らかかった……。無駄なくついた筋肉を女性らしい丸みで包んだ身体の心地よい重さと、健康的に日焼けした肌の滑らかな感触……それを独り占めした一夜を思い出し、JJは思わず腰を引いた。

 「許してくれ、セシルちゃん……!」

 JJは断腸の思いで最後のポスターをくるくると巻き取ると、クローゼットに放り込んだ。待ち構えた同じような何本もの紙筒が新入りを迎え、ぽこんと音をたてた。

 

 その数時間ほど前、ノーザ前線基地の偵察から帰還したホワイトナッツは、整備待機という名の暇をもて余していた。

 偵察とは言っても、ノーザが去ったあとの敵基地に危険はほぼなかった。本来なら特殊部隊の出る幕ではないはずだが、平時の訓練を兼ねてか、Mr.ゴードはバーンスタインに掛け合い、アタックチームにそうした任務を散発的に与えていた。

 

 「あ゛~、ヒマだ~」

 待機ロビーに間の抜けた声が響いた。

 「JJ、こないだ遊んでたゲームはどうした?」デイブが訊ねた。

 「もうクリアしちまったよ、あんなもん」

 「たった3日で? すごいなJJ、ホワイトナッツが解散になっても、この先ゲーマーでやっていけるよ」

 「調子にのせないで、デイブ。JJは根気がないから、仕事でゲームなんて無理よ」

 アップルがピシャリと言った。

 「はいはい、お邪魔さま。ガレージにいるから、用事があったら呼んでくれ」と言って、デイブはそそくさと部屋をあとにした。

 

 リルからの帰還以来、急速に親密さを増したJJとアップルを、他のメンバーは微笑ましく見守っていた。元々、二人が惹かれあっていることは、本人たち以外には、誰の目にも明らかだった。もっとも、中にはエイミのように「どうしたの? なにがあったの? いまは付き合ってるの? どこまで進んじゃったの?」とかぶりつきで問い詰めてくる例外はあったが。

 

 「ところでさ、チャンプの奴はどこ行ったんだ?」

 「聞いてなかったの、JJ? チャンプは軍の射撃コンテストに審査員として出席するって言ってたじゃない。JJも誘われてたでしょ?」

 「そうだっけ? ま、オレはスナイパーってガラじゃねえし、そーゆー面倒なのはチャンプに任せるさ」

 アップルは微笑した。

 「ひがまないひがまない。チャンプは明日も審査だそうよ。久々の休暇なのにね」

 「あいつは仕事が好きなんだろ。やらせとけっての」

 「ふふっ、グータラな誰かさんとは大違い。JJは明日どうするの?」

 「明日は……ん、そうだ」

 ソファに寝っ転がっていたJJは身を起こした。

 「明日、アディの誕生日なんだ。それで、アップルに頼みがあんだけど……」

 「なあに?」

 「アディにさ、ちょっと女の子っぽい格好させたいんだが、女物の服なんか全然わかんなくてさ。アップル、適当に見繕って貰えないかな?」

 「アディに? いいわ、かわいいのを選んであげる。じゃあ、明日はデートね」

 「デ、デート!? いやぁ……」JJは頭を掻いた。

 「アップルとデートかぁ……いまさら、なんか……いやぁ……」

 赤面しつつ、ちらとアップルを伺う。

 「な~にJJ、なにかヤラしいことを考えてない?」

 「……そ、そんなこと考えてねぇよ!」

 「そう、良かった。じゃあ明日、セントラルパークに10時にね。ウフフッ」

 アップルは軽やかに立ち上がり、くるりと回ってJJに手を振ると、スキップするような足取りでロビーを後にした。

 

――そしてJJは、初デートに高鳴る胸を紛らすために、夜中まで部屋の片付けで時間を潰してしまった。何度もの逡巡のあと、結局セシルのポスターもすべて剥がした。明日来ていく服も決まらないのに、時刻は1時を回っている。JJは乱暴にシャワーを浴びると「もう知らねぇ、俺は寝る!」と宣言し、頭から布団をかぶった。

 

 だが悶々とした気分は、いつまで経っても一向に去る気配はなかった。

 

 

 ジリリリリリッ!

 

 目覚ましが鳴ると、布団からぬっと伸びた腕が袖机を乱暴に手探りし、写真立てを倒した。目覚ましをなんとか手に取り、馴れた手つきでベルを止めた。

 「……うぁ~?」

 寝ぼけマナコのJJはパジャマの肩をはだけ、とろんとした目付きで身を起こした。

 

 結局、よく眠れなかった。

 

 食パンをかじり、顔を洗った。服は、適当に秋っぽい感じのものを選んだ。

 ブラシを取りにベッドに戻ったJJは、倒してしまった写真立てを起こした。セシルと、ホワイトナッツのみんなの集合写真に、直筆のサイン入り。セシルはスケジュールが押していたのに、エイミが到着するまで撮影を待ってくれた。

 JJは頬を緩め、その写真を袖机に置き直した。

 「……これくらいは、いいよな」

 髪をとかし、鏡に笑いかけたJJはもう寝不足気味のグータラではなく、いつものホワイトナッツの元気印に戻っていた。

 「よっしゃ、今日は俺の魅力で惚れ直させちゃる!」

 

 「おはよ、JJ。待たせちゃった?」

 大柄のワンピースに身を包んだアップルは小走りに駆け寄ると、JJが答える間も与えずその唇を奪った。

 「……えへっ」

 「え゛……、わ、わわっ!?」

 ドギマギして慌てて周囲を見回すJJをアップルは楽しそうに見つめていたが、ややあって、その眉がぴくんと跳ね上がった。

 「JJ……なあに、その格好?」

 ダブダブのコートに、これまたダブダブのズボン。派手な柄のシャツに、怪しげな色眼鏡。色だけは秋っぽいが、全体として、密輸でもやっていそうな風体だ。

 「ねぇJJ、まずあなたの服からいきましょ。彼氏がこんな格好ってありえないわ」

 「彼氏……って、俺のこと!?」

 JJが眼鏡を外し、間の抜けた顔で尋ねた。

 「えぇ、あなたの他に誰がいるの? さ、行きましょ!」

 アップルはJJの腕を取った。

 あれ……俺、今日コイツをリードするはずだったんだけどな……?

 

 

 腕を組んで歩いていると、本当に世界が変わって見える。終戦記念セールに沸く商店街を見ていると、つい先週まで種の存亡の危機に瀕していたというのに、人類のバイタリティにほとほと感心してしまう。

 あの無差別爆撃から急速に復旧しつつある街並み、その街を色とりどりに照らすネオン、帰還した夫や息子、恋人と笑いあう女性たち、そして、俺にはできすぎた「彼女」の笑顔。

 「なんか……幸せだな」

 JJは呟いた。

 「うん……」

 傍らのアップルが微笑み、JJの腕にひたと身を寄せた。

 

 「あ、あの……JJさんじゃありませんか!?」

 振り向くと、22,3歳くらいの女性が頬を上気させてJJを見つめている。さりげなく身を離したアップルの体温を惜しみながら、JJは言った。

 「あのー、失礼ですがどちら様で?」

 「ミナっていいます。JJさん……ホワイトナッツの英雄、JJさんですよね? 雑誌で見ました!」

 

 JJとアップルは素早く視線を交わした。

 

 先週行われたマリス軍の祝勝会で、壇上に上がった彼らホワイトナッツに焚かれたフラッシュはおびただしいものだった。その中の一枚が、出席者の誰かの手で週刊紙にリークされた。特殊部隊のメンバー情報は門外不出の機密事項のはずだったが、その機密の最たるもの――3丁しか存在しない対ノーザ究極兵器――が失われ、かつ終戦を迎えたいま、軍の情報統制はきわめて緩くなっていた。

 

 その日以来、チャンプへのファンレターは倍増し、アップルには多数の企業からCM出演の依頼が殺到していた。なんでも、別の週刊紙ではひそかに撮影されたアップルの写真を急遽グラビアにする計画まであるという。まさに一夜にして、一躍時の人となった格好だ。ただ一人、その掲載された写真でおどけたポーズを見せたJJには、田舎の親戚からの連絡があったのみだったのだが――

 

 JJはなるべく普段の調子で言った。

 「ごめん、人違いみたいだ。俺はシシオドシ=ゴンスケ。でも、そのJJってヤツも、きっと俺みたいにカッコイイんだろうな」

 「フフフッ。カッコイイっていうよりカワイイって、ファンクラブのみんなにも評判なんですよ」

 「ファ、ファンクラブ!?」

 「ええ、私は800番台ですけど、毎日500人くらい増えてるんです」

 「そんなに!? ……と、とにかく、俺はその人とは違うんで。じゃっ!」

 返事も待たず、そそくさときびすを返した。

 「わかりました~。そういうことにしておきますね、ゴンスケさん!」

 思わず振り向いたJJに、ミナは大きく手を振っていた。

 慌ててアップルの手を取りショッピングモールに駆け込むと、中庭噴水前のテラス席にへたり込んだ。

 「……ふ~、びっくりしたぁ」

 手早く注文を済ませると、あっという間に二人の前にジンジャーエールとココナッツミルクが差し出された。

 「でもよかったじゃないJJ、ファンクラブまでできて。いつもチャンプを羨ましがってたでしょ?」

 「そ、そんなことねーよ! ただ、なんで週刊紙のあの写真、俺だけあんなのを選んだんだか……」

 「選んだわけじゃないんじゃない? あのときJJ、ずいぶん失礼なことしてたじゃない。大あくびはする、お尻は掻く、鼻唄は歌う、あと、つまみ食い」

 「もう覚えてねーよ、暇だったってことしか」

 「それでもファンクラブができるっていうんだから、世の中よくわからないわね…」

 そういうアップルを、複数の女性客が見つめていた。こちらから一時も目を離さないまま興奮ぎみに電話にまくしたてている中年男性もいる。

 JJはココナッツミルクを飲み干すと、代金をテーブルに置き、アップルの手を取った。アップルもJJの意図を察して頷いた。

 「ごちそうさん!」

 言うが早いか、ダッシュでJJたちは店を脱し、買い物客でごった返す雑踏に消えた。

 

 「はぁ、はぁ……もう、この辺でいいだろ……」

 モールの裏側の通路で、JJは一息ついた。

 「なんだかエライことになっちまったなぁ? アップルなんて、もうセシルちゃん並みの人気じゃねえか」

 「ヘンなこと言わないでよ、もう……」

 まんざらでもなさそうなアップルに、JJはニヤリと品のない笑みを浮かべた。

 「……でも、アップルのあんな顔やあんな声は、俺しか知らないんだよな……ってイデデデデッ!」

 ほっぺたを思いっきり引っ張られ、JJは悲鳴をあげた。

 「こういうときのJJってホンットサイテーよね! さあ、プレゼントを買いに行くわよ!」

 JJはそのまま引きずられ、人けのまばらな通路に情けない声を響かせた。

 「いててて、この暴力オンナ! ちょっとカワイイと思った俺が間違ってたぜ!」

 

 「じゃあ、JJはこれでいいわ」

 20分ほど吟味したあと、アップルは満足げに言った。

 「これでいいって……ズボンとネクタイだけじゃねーか」

 「こういうのは、コーディネートが重要なのよ。チャンプにも言われなかった?」

 「知らね。アイツの服のウンチクなんか聞きたきゃねーし」

 「そのへんのマメさの違いが、JJとチャンプに来るファンレターの数に表れてるのね」

 「別に俺、無理してモテる必要ねえもん。俺はアップルさえ……」

 言いかけて、JJは口をつぐんだ。

 「ほ、ほら……なんてーのかな……い、いいだろそんなの!」

 言えば言うほど顔が火照ってくる。

 アップルも顔を赤らめ、JJを促した。

 「と、とにかくアディのプレゼントを探しましょ? JJ、どんなのが希望なの?」

 

 着替えを済ませ、トイレから出てきたJJに、さっそくアップルの厳しい指導が待ち受けていた。

 ズボンをもっと上げて。ベルトももっと上ね。コートは脱いで、畳んで腕に下げて。バッグは肩から長めに、シャツはもう一つ上までボタンを止めて。ほら、ネクタイが曲がってる!

 うん!カンペキ!

 「……女って、こういうの好きだよなあ。ホント、よくわかんね」

 「ええ。女の子はいつだって、素敵な彼でいて欲しいもん。その素材がJJだってね」

 アップルはJJの腕に手を回した。

 

 「あ、これ、写真撮れるヤツ……」

 モールの出口近くにあったフォトボックスの前で、JJが足を止めた。

 「珍しいわね、JJ。こういうの好きだった?」

 「いや、普段はやらねえけど……いまちょっと、部屋が殺風景だから」

 「この機種なら、エイミと撮ったことがあるわ。やってみる?」

 二人はフォトボックスに潜り込んだ。

 「へぇ、6回も撮れるのか」

 「じゃあ、3回は私に決めさせてね。JJはどんな写真がいい?」

 「そうだな……」

 JJは首をひねった。3枚しか撮れないとなると……。

 「……アップル、これで自撮りしてくれないかな? なるべくアップで」

 アップルは目を丸くした。

 「自撮り? JJ……わたしの写真が欲しいの?」

 「だ、駄目か? ……ならいいんだ」

 アップルは満面の笑みを浮かべた。

 「いいわ、撮ってあげる」

 「助かった。なるべく色っぽいやつを頼むぜ」

 「チョーシに乗らない。じゃあ、JJは外で待ってて」

 

 ブースで何度かフラッシュが焚かれ、音楽が変わった。

 「いいわ、JJ。入ってきて」

 笑顔で迎え入れたアップルに笑いかけたJJの目は、しかしスクリーンに釘付けになってしまった。

 スクリーンには、アップルの撮った写真が表示されている。微笑した一枚。おどけた挨拶をした一枚。そして……

 「……あんまり見ないで、恥ずかしいじゃない」

 最後の一枚は、目を閉じたクローズアップだった。胸元をはだけ、悩ましく口を半開きにした――そう、通称「キス顔」と呼ばれるアレだ。

 

 JJの鼓動が早まった。密着したアップルの些細な動きが、もうなにもかも艶かしく感じられる。

 「なんだか……最近のアップルって、積極的だよな」

 「……幻滅した?」

 「いや、なんていうか……可愛くなったよな、いまのアップル」

 「……ありがとう」

 アップルはJJをまっすぐ見つめて言った。

 「他人の目、他人任せの評価を気にしなくていい。って教えてくれたのは、もしかしたらあなただったのかも。……好きよ、JJ……」

 二人は唇を重ね、フラッシュが残りの世界を白く塗り潰した。

 

 

目的地までもう少しのところで、アップルが突然声をあげた。

 「いっけない! ジョニーに今度、キャラメルポップコーンを買っていく約束してたんだった」

 「キャラメルポップコーン? 店の指定は?」

 「ううん、特にないけど……」

JJはニヤリと笑った。

 「運がいいなアップル。ここの裏にある店、穴場中の穴場だぜ」

 そう言うと、JJはアップルの手を引いて一つ裏の路地に回った。

 「ここの4階。メシも旨いぜ」

 雑居ビルのエレベーターの前でJJが言った。扉には「整備点検中」とある。

 「あちゃ~。仕方ない、走るぜアップル!」

 言うが早いか、JJは非常階段を駆け上がった。  「ちょっ、ちょっとJJ!?」

 アップルもJJを追った。

 4階の踊り場で待ち受けたJJは、追いついたアップルの腰に素早く手を回した。走ってきた勢いを活かしてくるりと回ると、JJはバレエのようなポーズでアップルをのけぞらせ、その唇に口づけした。

 「リンゴ姫、どうぞこちらへ」

 JJは流れるような動作で恭しく礼をした。アップルは貴婦人然とした微笑で頷き、ワンピースの裾を上げて答礼した。

 

 一歩店に入ると、甘い香りがふたりの鼻孔を刺激した。  「オヤジ! キャラメルポップコーンの大ひとつ。あとブリトーのミートをふたつ頼むぜ」

 黒人店主はジロリとアップルを伺った。バケツのような容器に溢れるまでポップコーンを掬い入れ、「色つけといたぞ、JJ」とニヤリと笑ってトレイを差し出した。

 「サンキュ!」

 二人はカウンターに並んでブリトーを頬張った。

 「美味しいわ、これ」

 「だろ?」

 JJが得意げに答えた。

 「良かったJJ、ビーフボウルだけじゃなくて、こんな美味しいものもちゃんと食べてたのね」

 「うちの特製でね。どっから嗅ぎ付けてきたのか、今じゃすっかり常連さ。女連れで来たのはあんたが初めてだけどな」店主がJJを指して言った。

 「おいオヤジ! よけーなこと言うなよな!」

 

 「……ありゃ」

 店を出ると、エレベーターの入り口は開いていた。

 「なんだよ、点検中じゃなかったのか?」

 乗り込んだJJは扉を閉めるとポップコーンを一つ口に放り込み、アップルにも差し出した。

 「こっちも絶品だぜ」

 アップルはJJの手を取り、ポップコーンを口に入れた。一瞬、その唇がJJの指に触れ、JJはドキリとしてその姿勢のまま硬直してしまった。

 「……美味しい!」

 アップルは瞳を輝かせて言った。

 「今度また来ましょ? ……また、あの階段でね」

 扉が開いた。エレベーターに光が射し込み、歩みだしたアップルのシルエットを眩しく縁取った。

 

 

 もともと政府の保育所だったというその施設は、戦争が長引くに連れ増えていった戦災孤児の受け入れや、ギャングから逃げ出した不良少年の更正まで、いまや、あらゆる階層の子どもの生活を支える場となっていた。

 

 アディは叔母のジルの妊娠を期に、自分からここに入ることを申し出た。

 マリス軍最高司令長官からもらった勲章を誇らしげにかざしながら、「あ、でもクリーニングの手伝いは続けるからさ。ジル、お腹がおっきくなったら大変でしょ?」と言うアディに、ジルも「週末だけはジルの家に泊まること」を条件に、遂に折れた。

 

 施設の中は、様々な歳の子どもの声でごった返していた。  JJが受付を済ませて振り返ると、中の職員が二人を盗み見、密かに盛り上がっている様子が見えた。

 「まったく、これもアレの影響かね?」

 JJは苦笑した。

 

 「ほらほら、じゅんばんこだよ! 滑り台に乗りたい子は階段に並んでー」

 小さい子どもたちを仕切っていたのは黒人の男の子だった。

 「……ジョニー、あんなに泣き虫だったのに……」

 アップルが微笑して言った。

 

 母ひとり子ひとりだったジョニーは、母のフランソワーズが亡くなったあと、この施設に入った。地球にいる祖母はジョニーを引き取ることを希望したが、本人が両親と住み慣れたマリスから離れたくないと断った。アップルはその後、ジョニーが成人するまでの後見人となっていた。

 

 「なんだかんだ言って、子どもも大変だよなぁ……。でもジョニー、なんか逞しくなったな?」

 JJがジョニーに話しかけようとしたとき、横から鋭い声が飛んだ。

 「ジョニー、ちゃんと見て! ズルした子がいるじゃない」

 ジョニーは振り向いて、頭を掻いた。声の主――アディは小走りにやって来ると、JJとアップルを一瞥した後、ちょこちょこと歩き出した小さな男の子を掴まえ、列の後ろに並ばせた。

 「アディ、約束通り来たぜ」

 JJが言うと、アディはそれに答えず、アップルの方を向いた。

 「二人はデートなの?」

 「ア、アディ……!?」

 「そう、ついでに寄らせてもらったんだけど……」

 アップルが答えると、アディはJJをジロリと睨み付け、その剣幕にJJはたじろいだ。

 「それ、キャラメルポップコーン!?」

 突然、ジョニーが目を輝かせて言った。

 「お姉ちゃん、そうでしょ!? 約束したヤツだよね?」

 アップルはポップコーンの容器をジョニーに手渡した。  「ジョニー、いきなり来ちゃってごめんなさい。はい、約束のキャラメルポップコーン。一人で全部食べちゃダメよ?」

 早速ジョニーは包みを開けた。

 「いー匂い! ありがとう、お姉ちゃん! ……ねえアディ、これもらっていい?」

 「いいけど、半分はみんなにあげるよ。残りをあたいたちで食べよう」

 アディが答えると、ジョニーは「うん、わかった」と言って、施設の職員へと容器を持っていってしまった。

 「JJ、今日は時間あるんでしょ? 少し遊んでよ」

 アディがJJの手を引いた。戻ってきたジョニーもアップルの手を引く。

 「アスレチックをやろうよ。難しいんだ。体操の先生だって、一番難しいルートは行けないかもって」

 

 しかしその難コースは、初見で易々とJJに突破されてしまった。続いたアップルも危なげなくクリアした。特殊部隊に要求される身体能力を考えれば当然なのだが、ジョニーも他の子どもたちも、すっかり二人に尊敬の眼差しを注いでいた。

 「じゃあさ、二人はどっちがすごいの? 勝負して!」

 アディが言い出し、子どもたちが囃し立てた。結局二人は、クライミングコースでレースをやる羽目となった。

 「勝負は勝負。全力でやりましょ」

 「お~こわ。姫様、お手柔らかに」

 「よ~い、どん!」

 ジョニーが合図した。

 JJは足場を間違えて出遅れた。先行するアップルに追い付こうと手を伸ばした瞬間、

 

 「あっ、パンツ!」

 

 小さな男の子が叫び、下を向いたアップルが急に体勢を崩した。JJはそれを受け止めようとして――結果、アップルを抱えて地面に激突した。幸い、地面は落下に備えて柔らかいマットでできていたので怪我はしないで済んだが、手足を絡め合ったJJとアップルに、アディは「JJっ! まぁたイチャイチャして!!」とプリプリして言った。

 「ごめんごめん。んじゃ、これくらいにしとこう」

 JJは埃を払いながら立ち上がった。

 「アディ、今日は誕生日だろ? プレゼントを買ってあるんだ」

 

 屋内に入ったJJは、紙袋を提げて戻ってきた。

 「アディ、10才の誕生日おめでとう!」

 「開けていい?」

 「もちろん」

 袋を開けると、フリルのついた白のショールに、お揃いの帽子とスカートが出てきた。

 「わぁ、すごーい! あたい、ちょっと着替えてくる!」

 駆け去ったかと思うと、あっという間にアディは戻ってきた。

 ショールとスカートを身に付け、帽子をかぶった姿は、先ほどと同じ女の子とはちょっと思えないほど違う印象を与えた。

 「うわあ。すごい、かわいい! アディ、女の子みたいだ」

 ジョニーが興奮ぎみに言い、「みたい」じゃないでしょ、とアップルにたしなめられた。

 「でもあたい、あんまりこういう格好ってしないからさ……」

 アディも照れくさそうに言った。

 「でも、たまにはいいだろ? それ、アップルが選んだんだぜ」

 アディは一瞬キョトンとし、アップルをまじまじと見つめ……そして、頷いた。

 「……ありがと、アップル。あと、JJもね」

 アディはそのあと、群がる施設の女児たちに囲まれてしまった。華麗に変身したアディを、子どもたちが口々に誉めそやす。

 それを見ていたアップルが呟いた。

 「……子どもって、かわいいね」

 JJはドキッとしてアップルに聞き返した。

 「え、そ……それって……」

 「……やだJJ、なに考えてるの?」

 「い、いや、なんでもねえよ!? 子ども、かわいいよな? ははっ、はははははっ」

 「ふふっ、そうしてるとJJも子どもみたい。わたしも、ファンクラブに入れてもらおうかしら?」

 

 しばらくすると、ジルが仕事を終えてアディを迎えに来た。ジルの家で開かれる誕生パーティーには、ジョニーをはじめ、施設の子どもたちが招待されていた。二人はパーティーへの参加は固辞したものの、アディとジョニーには近日中の再訪を固く約束させられた。

 

 JJとアップルは職員に礼をして、施設を後にした。

 「……悪ぃなアップル、今日は一日付き合わせちまって」

 「ううん、とっても楽しかった。またデートしましょ」

 黄昏どきの空に花火が上がった。

 「あぁ、約束だ」

 JJはアップルを抱き寄せ、ふたりのシルエットがゆっくりと重なった。

 そのシルエットを祝福するかのように、希望の街ホープシティに花火が上がる。その空の向こうに、衛星リルが大きくかかっていた。

 

 

 「――アディ、JJのことが好きなのね。警戒されちゃった」

 寄り添って歩くJJとアップルを、時おり閃く花火がまばゆく彩っていた。

 「んでも、最後は懐いてたじゃん。ワケわかんねぇ」

 JJは口を尖らせた。

 「ふふっ、JJは分からない? 女の子ってね、服で会話できるのよ」

 アップルは一歩進んで、くるりとJJを振り返った。

 「ね、JJ。このあと食事でもしてく? それとも帰る?」

 人目につく表通りを避けたふたりは、いつの間にか、ネオンを点け始めたホテル街に差し掛っていた。気付いたアップルが慌てて身を縮める。

 目線を泳がせたJJが、鼻の下を擦った。

 「な、なぁアップル……ちょっと、寄っていこうか?」

 アップルはうつむいたまま、小さくコクリと頷いた。

 

 中に入ったJJは、落ち着きなくキョロキョロとあたりを伺った。特にカウンターもなく、説明の看板もない。

 まごついていると、次のカップルが入ってきた。お互い気まずそうに視線を避けながら、彼らは壁の自販機に近づき、パネルを操作すると、鍵が吐き出された。

 「なるほど……良くできてるなぁ」

 感嘆の声を上げたJJは、眉間にシワを刻んだアップルに手をつねられた。アップルに部屋を選んでもらい、そそくさと鍵を受け取ると、JJたちは二階に上がった。

 

 部屋は思いのほか明るく、広々としていた。

 「あのとき以来ね、JJ……」

 アップルが体を寄せ、キスをした。

 「……一週間がこんな長いなんて、知らなかったよ」

 JJもアップルを強く抱いた。

 「わたしも」

 二人は舌を絡め合い、互いの背をまさぐった。

 JJの手からコートが落ち、ネクタイが乱暴に外された。アップルのベストが強引に脱がされ、アップルはJJの胸に手をついた。

 たまらなくアップルが欲しい。彼女を大切に思う心とは裏腹に、身をよじるアップルをJJは背中から強く抱きすくめ、アップルの肌を全身で味わった。

 「…っ、くふぅん…っ! JJぇ……っ」

 引き締まった胸板と意外に筋肉質な腕に包まれたアップルは、JJを全身に感じて甘い声を上げた。

 「んっ…JJ、だめよっ…」

 JJにその声は届かなかった。身体を密着させ、アップルの首筋にキスをする。

 「…ああんっ……もう、ホントに…ダメだったら…っ!!」

 アップルがJJを突き飛ばし、JJはどすん、とカーペットに尻餅をついた。

 「…はぁっ、はぁ……」

 アップルは服を繕いながら身を起こした。

 「……JJ、まずシャワーを浴びましょ? さっきはあんなに運動したんだから……ね?」

 諭すようにアップルが言った。

 「そ、そうか? ……そうだよな、アハ、ハハハ……」

 JJは力なく笑い、バツが悪そうに立ち上がったが、ズボンを引っかけてたたらを踏むと、そのまま壁にぶつかってにぶい音をたてた。

 

 

 「お待たせ」

 バスタオルに身を包んだアップルがドアを開けた。熱い湯を浴びたからか、それとも先ほどの余韻なのか、アップルの頬は上気して、ほんのりと色づいていた。

 その美しさと艶かしさに、JJの喉がごくりと鳴る。

 アップルが灯りを操作し、部屋が暗くなった。

 

 「アップル……さっきは、乱暴にしてゴメンな」

 「ううん、わたしも何だか焦っちゃって……でも」

 アップルは口を尖らせ、人差し指を立てた。

 「彼女はもっと大事に扱ってね。そうしたら……」

 言葉が不意に途切れた。頬を朱に染め、大きな瞳が恥じらいに揺れた。

 JJは思わず笑った。

 「わかってるよ。可愛いぜ、アップル」

 「……もう、JJったら……」

 

 激しくも優しく互いを確かめ合うふたりを、惑星マリスの帷が覆ってゆく。

 やがて、花火の残光に代わって、衛星リルがあの日のように彼らを照らした。

 

 「いますごく、幸せ……好きよ、JJ……」

 「アップル、俺も……」

 

 JJの腕を枕にして、アップルが微笑んだ。顔にかかる一筋の髪が、悩ましく揺れた。

 そのままJJに抱きすくめられたアップルは、悪戯っぽい瞳で尋ねた。

 「……JJ、もっとしたいの?」

 「え、そ、そりゃあ……でも、いいのか? 門限とか……いろいろあるだろ?」

 「あるけど……別に、いいじゃない?」

 アップルが無邪気に笑いかけ、JJの首に腕を回した。

 

 ふたりの夜は、まだ始まったばかり――。

 

<了>

 

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