赤い光弾ジリオン勝手続編シリーズ〜A GIFT FROM GOD〜 作:LLZILLION
ホワイトナッツ解散前夜、それぞれの葛藤もあったり、久しぶりにJJ、チャンプ、アップル、エイミで集まったり、JJとアップルが夜のドライブデートをしたりする話です。
ホワイトナッツの解散は、三ヶ月後と決まった。
アタックチームの三人はそれぞれの進路に向けて動きだし、朝のミーティングを除いては、共に過ごす機会も、時間も、目に見えて少なくなっていた。
チャンプはマリス軍の二つの部門を頻繁に行き来していた。
一つは、スナイパーとしての腕を買う陸軍。狙撃教官として招かれ、不定期に後進の指導にあたることになっていた。
もう一つは、現場指揮能力の高さを買った参謀本部。かつては人間関係において頑な面が指摘されていた彼だが、ホワイトナッツ配属以降の性格面での改善が評価され、戦略戦術研究機関への転属が内定していた。
ファンレターの数は相変わらずマリス軍でNo.1。いまや順風満帆なキャリアを歩んでいる彼だが、時折垣間見せる自嘲気味の笑顔は、これまでの冷たいエリートというイメージから、彼を遠いものにしていた。
アップルは、大学に入った。
講師としてインテリジェンス(諜報活動)の講義を行う傍ら、学生として子どもの教育を学び始めた。
度重なる軍の慰留にもアップルは頑として首を縦に振らなかったが、アップルはジョニーが成人するまで、危険な仕事に就くつもりはなかった。
これまで十分、命の危険は味わってきた。だからこそ得られた経験はかけがえのないものだったが、軍に入った理由――マリス星の危機――がなくなった以上、軍を辞めることは彼女にとって自然な流れだった。まだ軍に籍を残しているのは、最後までホワイトナッツメンバーでいたい、という感傷的な理由からだ。
JJもアップルと同じ大学に入った。
こちらは純粋に学生として、だ。そして、マリス陸軍で各種車輌の運転を教える指導教官のアルバイトをしている。
大学に入るよう勧めたのはアップルだった。他人を指導するなんてとても出来ないというJJに、わたしの学校で勉強すればいいじゃない? と促した。
もちろん、勉強と名のつくあらゆるものが苦手なJJが突然勉学に励むはずもなく、遅刻、居眠り、早弁と、早くも教授陣の間では要注意学生としてマークされていた。それでも、学生の間では彼の人気は高く、ちょっとした有名人であることも手伝い、学食ではランチを共にしたがる学生がいつもJJに群がっていた。
「――さん、戦場における精神的外傷について、具体例をいくつか挙げられる?」
講義中、うつらうつらしているときにアップルに指され、JJは眼をしばたかせた。
アップルに本名で呼ばれるのは不思議な気持ちだった。なんだか落ち着かないような、くすぐったいような。
いかにも女教師然としたアップルの服装に、こういうのもいいよな……と改めて思ったJJの心を見透かすように、アップルはJJを睨み付けた。
「え、えーと……そう、例えば、自分を苦しめた敵兵が羊に似ていたら、羊にトラウマが……いや、虎でも馬でも羊でもないことはわかってんだけど……」
しどろもどろに答えるJJに、学生たちが笑った。アップルはついいつもの調子で叱り飛ばしそうになり、やっとの思いで自重した。
もっとJJと話したかった。こうやって学内で顔を会わせることはあっても、愛を囁くことも触れることも出来ない。JJの隣の女子学生がなにか言って、JJが頭を掻いた。
あぁ、なんかヤだな…JJを誘うんじゃなかったかも……。
アップルは頭を振って雑念を払い、講義をなんとか終わらせた。
アップルは、同僚の教授のひとりと親しく、なった。年齢を重ね、人生経験に裏打ちされた彼女の言葉は、知識だけではない、深い知性をアップルに感じさせた。
休み時間、学食でひとり紅茶を楽しむ彼女の隣に、アップルはお気に入りのアップルパイと共に座った。
話が互いのパートナーのことに及ぶと、教室の出来事で感情的になっていたアップルは思いの丈をぶちまけた。
「とにかく! スケベで、ぐうたらで、デリカシーがなくて、子供っぽくて、鈍感で、だらしなくて、お調子者で、品がなくて、時間にルーズで――」
もっとJJの声が聞きたい。いつも一緒にいて、その腕でずっと抱きしめていて欲しい。そんな思いとは裏腹に、口をついて出て来るのは罵詈雑言ばかり。
一通りアップルの罵倒を聴き終えた彼女は、「……貴女、意外と情熱家なのね」と意味ありげな笑みを浮かべて紅茶を啜り、なにごともなかったように次の話題に移った。
*
三人揃ってのディナーはずいぶん久しぶりだった。今日はエイミも一緒だ。デイブとMr.ゴードはバーンスタイン長官と打ち合わせがあるとかで欠席だった。
エイミはホワイトナッツ解散が決まったとき、それを受け入れられずに泣いたが、いまは前向きに受け止めているようだ。
「私、いつまでもホワイトナッツの秘書ですから! みんなが困ったときには、いつでも相談して欲しいんです!」
急に秘書意識に目覚めたエイミにみな驚き、目を丸くした。
「でもさーエイミ、これまでと違って、みんな仕事も場所もバラバラなんだぜ? 専門も違うし。助けてくれるのはありがたいけどさ」
「私、勉強します! みんなの仕事も理解して、絶対役に立って見せるんだから」
鼻息荒く宣言するエイミに、アップルは心配そうに言った。
「エイミ……無理しなくていいのよ?」
「アップル、エイミがやりたいって言ってるんだし、ここは素直にお願いしておこうじゃないか。エイミ、これからも、よろしく頼むよ」
チャンプはエイミに軽く敬礼した。
「ラジャー!」
エイミが元気に答えた。
「さぁ、明日から勉強しなくっちゃ」
チャンプは張り切るエイミを微笑して見守っていたが、急にJJの方を向いた。
「そういやJJ、お前もいまは学生だったな? 青春してるか?」
アップルがじろりとチャンプを睨んだ。チャンプは慌てて手持ちのグラスを飲み干した。
「が、学生の本分は勉強だよなぁ!? JJ、学んでるか? ……おねーさん、お代わり頼む!」
チャンプは大げさにグラスを振り回した。
「JJが学生やってるって、想像できなーい。ホントなの?」
「それどーいう意味、エイミちゃん?」
JJは口を尖らせて言った。
「一応、続いてるみたいよ。教授たちの評価はさんざんだけど」
「でも萌えるシチュエーションじゃない? 同僚にして教師と生徒、学園に燃え上がる禁断の愛……!」
ブーッ!?
JJが飲みかけの茶を吹き出した。
「うわっ、汚ねぇ!」
「エイミ、からかわないでよ、もう」
アップルは少し顔を赤らめて言った。
「えへ、ごめんなさい」
エイミは舌を出し、ペコリと頭を下げた。
「それでJJ、どんな勉強してるの?」
エイミがけろりとして言う。変わり身の早さは相変わらずだ。
「んあ? んー……」
JJは腕を組み、首をひねった。
「……うーん、そうだなぁ……大抵はよくわかんねえし、面白くもねえんだけど、歴史はちょっと楽しくなってきたかも」
「へぇ~、意外~。ねぇねぇ、どんなの? ちょっと聞かせて」
JJが興味を持ったのは、惑星マリスの歴史だった。ノーザとの戦いでマリスのあちこちに飛んだJJだったが、各地で見られる遺跡については、それまで初等教育程度の知識しか持っていなかった。
遺跡を作った先史文明と、ジリオスにあったジリオニウム。最新の研究では、マリス先史文明は未曾有の危機に際し、ジリオニウムの力を用いて宇宙に脱出したらしい。彼らがその後どうなったのかはわからないが、それがどのくらい前だったのか、どこから宇宙に向かったのか。遺跡を調べることで、わかることもある。
「――だからさ、そのマリス人は一旦は宇宙に逃げたけど、自分達の故郷を忘れたわけじゃないと思うんだよな。そんで危機が去って、そのうちオレたちがやって来て、その後ノーザもやって来た。オレ思うんだけど、故郷がメチャクチャにされちゃたまんねぇ、ってんで、宇宙からオレたちにお節介をしたくなって送ってきたのが……」
「……ジリオン、か……」
導かれるようにチャンプが呟いた。
「ご名答~。まっ、これは仮説だけどな」
「……やっぱり、ジリオンに戻ってくるのね、私たち」
アップルも呟いた。
「でもJJ、すごーい! さっすが大学生」
「意外と研究職とか、向いてるのかもな。お調子者に勤まるかは別として」
「本当、JJは興味があることには、凄く優秀よね」
「……ちぇっ、二人ともなんか引っ掛かる言い方すんなぁ」
フフッとアップルが笑い、皆が笑った。釣られてJJも笑った。まだしばらくは、「ホワイトナッツのJJ」でいられそうだ。
閉店まで騒いで、会はお開きとなった。JJとチャンプは宿舎まで歩きで、アップルはエイミを家まで車で送ることになった。
「また明日! JJ、もう遅刻しないでねっ!」
エイミが窓から手を出して振った。
「うーっ、寒みっ」
夜風が吹き、JJはコートの襟を立てた。
「大丈夫かJJ。バカだから風邪は引かないと思うが、気をつけろよ」
「バカは余計だっつーの!」
JJは深い緑のコートを着ていた。以前のJJにはなかった渋いセンスだ。彼女のチョイスなのだろう……チャンプの心にさざ波が立った。
「JJ、アップルは……大丈夫なのか?」
「はぁ? なにが?」
「前線の兵士から、いきなり大学の先生だ。悩んだりすることもあるんじゃないか」
「さあなー、あんま変わんねえぜ。相変わらず怒りっぽいし。可愛げも……い、いや、なんでもねぇ」
わかりやすいJJと話していると、内面が洗われるような気がする。おそらくアップルもそうなのだろう。この、まったく女心を理解しない男にこそ、男女問わず、人の心を癒やす力がある。
チャンプは屈託のないJJの横顔を見つめた。こいつになら……託せる。
「……JJ、アップルを頼んだぜ」
「んあ?」
「俺はいまも、これからも、軍の人間だ。一般人になる彼女を…オマエが守ってやってくれ」
「チャンプ……お前、なに言ってんだ? 水くさいぜ」
「なにィ?」
「オレたちは仲間だろ。エイミじゃないけど、3人揃ってでアタックチームじゃねえか。頼るのも頼られんのもお互い様。あんだけの修羅場を一緒にくぐって来たんだぜ? ちょっと職場が離れたからって、それがなんだってんだ」
「……」
このバカ、俺の言ってる意味がちっとも伝わっちゃいねぇ。……でも、JJの言葉にも真実があり、それがこの単純な男の美点なのだろう。
「……そうだな、オマエに頼むのは間違ってたぜ。アップルを泣かしたら承知しないからな、JJ」
「なんでオレがアップルを泣かせんだよ!?」
「さあなあ? 旦那の甲斐性なしに泣くアップルとか、見たくないもんだ」
「なんだとー、誰が甲斐性なしだこのヤロー!」
「オマエに決まってんだろ! こらJJ、髪に触るなっ!」
「――アップルは、このまま大学の先生になるの?」
助手席のエイミがアップルにたずねた。
「どうかな……たぶん、ならないんじゃないかしら」
「じゃあ、芸能人? それとも、大臣の秘書?」
「エイミ……知ってたのね」
「あっ……えっと……」
エイミは少しだけ申し訳なさそうに下を向いた。
「断ったわ。もっとやりたいことがあるもの」
「そうなんだ……」
エイミはちょっと残念なような、ほっとしたような気持ちで言った。
「……それで、エイミは?」
「戻って、学生。両親がどうしてもって。Mr.ゴードもそうした方がいいって」
二人とも、それきり黙りこんだ。アップルがラジオを点け、地球の古い音楽が流れた。
「エイミ、着いたわ」
車が停まった。シートベルトを外すと、エイミはアップルに抱きついた。
「エイミ……」
「……みんな、自分の道に行くんだよね……。私の道はまだわかんないけど、みんながホワイトナッツに戻るときには、いつも私がいるから……私が、みんなのお母さんになるから」
懇願するように言うエイミはアップルに抱き止められ、母親というよりは、どちらかというと母にすがる幼女のようだ。
アップルはエイミの髪を撫で、優しく背中を二、三度叩いた。
エイミを送り出し、一人になったアップルは自分の肩を抱いた。秋の夜は気温が下がっている。エイミの心地よい体温がなくなって、寒さが急に身に染みた。アップルはキーを回し、ヘッドライトを点けると手早く車を出した。
*
……JJ!?
マリスベースのすぐ近くの道で、アップルはウィンカーを出し、車を止めた。
JJはベース前の道路をぶらぶらと歩いていた。アップルに気付くと、片手を挙げ、ニッカと笑った。
アップルは車を降りると、小走りに駆け寄ってJJの胸に飛び込んだ。
JJはアップルを受け止め、力強く抱擁してキスをした。
「JJ……どうしたの?」
ほとんど顔をくっつけた状態で、アップルが尋ねた。
「いや……なんか、落ち着かなくてさ」
JJは苦笑した。
「チャンプのヤツ、今日は妙におセンチだったんで、オレまで調子狂っちまった」
「……ドライブでもする?」
アップルはキーを取り出した。
「いいけど、オレに運転させてくれよな」
「……買い直したばっかりの、大事な車なんだけど?」
「オレ、いまは指導教官なんだぜ? 少しは信頼してくれていいんだけどな」
「フフッ、そうだったわ。じゃあ、お任せしちゃおうかな」
アップルはJJにキーを渡した。JJは助手席のドアを開き、恭しくアップルを座らせると、自分もシートに収まり、キーを回した。
小気味良くスタートした車は滑らかに加速した。
「いい車じゃん」
「ありがと」
いまから400年も昔の車を模したデザインは、アップルのお気に入りだった。何かにつけてサイズの大きい車だが、小柄なJJにもよく似合っていた。
JJはベースからホープシティに向かい、別荘地から丘に入り、峠を登った。
森が開けた一角に、JJは停車した。
「さぁ、着いたぜ」
JJに続いて車を降りたアップルは、目を見張った。
「わあ……」
そこはホープシティが一望できる場所だった。
もう10時も過ぎたというのに相変わらずネオンが眩しい繁華街、明かりが規則正しく並ぶ住宅街、復興に向けて昼夜関係なく稼働する工業地帯、そしてそれらを動脈のように繋ぐ幹線道路。
「スゲェよな……この明かりひとつひとつが、誰かの生活なんだぜ」
いつの間にか隣に並んだJJが言った。
「わたしたち……みんなを守れたのよね?」
「あぁ……そうさ」
JJはアップルを後ろから抱きしめた。
「JJ……」
アップルは眼を閉じてJJの手を取り、愛しげに頬を擦り寄せた。
「あったかい……」
ふたりはそのまま身じろぎもせず、ホープシティの夜景を見つめた。
「……ふ、ふぁっくしょん!」
JJが派手にくしゃみをした。
「あっ、ごめんなさい! わたしばっかり暖まって。車に戻りましょ」
車内に落ち着いたふたりは、月明かりの下で唇を重ねた。
「んん……んっ!?」
JJは首に回された腕の力強さに面食らった。
「JJ……っ」
アップルは上気した顔でJJの顔を両手で押さえた。
なにか訴えたげな、潤んだ瞳がJJを見つめる。
「アップル……なにか、悩みでもあんのか?」
JJはさっきのチャンプの言葉を思い出して訊いた。
「……なんだか、前よりJJが遠くなった気がして……本部でも、学校でも」
「アップル……」
JJもそれは感じていた。ノーザは去ったのに、いや、去ってからの方がより、アップルとの時間が少なくなっている気がした。JJはアップルを胸に抱き寄せ、そのまま抱きしめた。
「ごめんな、アップル……寂しくさせて」
「JJ……」
アップルもJJを抱きしめ、JJはもっと強くアップルを抱き返した。
ふたりは互いの頬を寄せ、軽くキスをした。それを合図にしたかのように、ふたりの唇は情熱的に互いを求めあった。
舌と舌を絡ませながら、JJは脇から腕を差し入れ、アップルをしっかりと胸に抱いた。助手席のアップルに身をもたせかけ、そのままシートを倒す。
「んん……っ」
アップルもJJの首と背中に腕を回し、JJを引き寄せる。互いの髪に指を差し込みながら、角度を変えて幾度も相手の唇をついばみ、吸い、味わった。
JJはボタンを外し、アップルのブラウスの前をはだけた。艶かしい曲線にゆっくりと手のひらを沿わせると、アップルの唇から甘い喘ぎが漏れた。
「JJ…好きっ…」
「……アップル……愛してる、アップル……!」
――リルの満月の下、JJもまたアップルを満たし、溢れさせた。
ぐったりと自分にもたれかかったJJの髪を、アップルは優しく梳かした。柔らかな黒髪はリルの光を受けて、神秘的な色を見せていた。
JJのまだ熱い吐息を身近に感じながら、アップルは自分が今ここでこうしていることの不思議さを改めて感じた。
これからは、平凡な人生になるんだろうか? ……でも、それも悪くない気がした。なんだか、小さいことでくよくよしてたけど……みんなこうやって大人になったんだわ、たぶん……。
JJが身体を起こし、アップルを見つめた。
アップルもJJを見つめ、微笑んだ。――平凡な人生にはならなそう。だって……そばにJJがいるんだから。
「……その笑顔、反則」
JJは笑いながらアップルにキスをした。
*
「アップル……オレ、部屋を借りようかと思ってんだ」
峠を下る帰り道、今度は助手席に座ったJJが口を開いた。
「それでさ……できれば、アップルも……」
「それって……ルームシェア、ってこと?」
「シェアっていうか……いや、そういうことじゃなくてさ」
JJが頬を膨らませた。
「ふふっ……ごめんね、意地悪して。わかってるわ」
「ちぇっ! ほんと、意地が悪いぜ」
JJが拗ね、顔を背けた。
「わたしもちょうど引っ越さなきゃ、って思ってたの」
アップルはJJの手を取り、シフトレバーに手を重ねた。
「一緒に探しましょ? わたし達の部屋」
アップルとJJは笑みを交わし、一気にトップまでシフトした。
アップルはアクセルを踏んだ。ヘッドライトが夜を切り開き、峠のくねった道を力強く照らしていった。