「崇高というものは二つの側面を持っている。一つは到底辿り着く事の叶わない神秘。そしてもう一つが、不可逆の恐怖。この二つはコインの両面の様に切り離す事は出来ない関係にある。しかし宙に投げられたコインが最終的にどちらか一方の面を見せるのと同じように、崇高もまたそのような形で顕現するのだ。と、こうして語ったものの……お恥ずかしい話だが実のところ私達もそれを真に理解出来ていたわけではなかった。つまり私達は――」
へぇ……さっぱり分かんない。
マエストロが目の前にある教義とやらに手を加えている間こちらは手持無沙汰だったのでマエストロに色々聞いていたのだが、次から次へと難解な解説が続くので理解に苦しむ。彼等ゲマトリアは当たり前のように神秘やら恐怖やらを知覚しているようだが、私には全く感じ取れない代物なのでどうにも反応に困る。興味はあるし知りたいと思ってはいてもそれを理解出来るだけの土俵に上がれないのではどうしようもない。
「――そして恐怖はまた別の意味で似ているような部分があり、概念としては――失礼、少々語りすぎてしまった。退屈させてしまったな」
「構わない。見たところ、完成は間近といったところか?」
マエストロの眼前には赤い外套を被った細めの体型をした人型が立っている。うーん、びっくりするくらい追放者にそっくりな見た目をしているな。体躯が普通の人間よりも遥かに大きい事を除けば、追放者の村に居た長と見紛う程に似ている。
「もうじき形にはなりそうだ。しかし……これでは不完全だ。これ以上の物を作り上げるには他のゲマトリアの力を借りる他無いだろう」
「それは残念だな。完成した時は私が性能テストをしようかと思っていたんだが」
というかその為に待ってたんだけど。この時間全部無駄だったって事……?
「芸術家としては完成させてから披露したいところだが、貴下の力を観測できる機会は貴重だ。良ければその力を奮ってくれたまえ」
是非もない。ゲマトリアの作品ともなれば何か目新しいものが見られるかもしれん。
「――完成したぞ。これが人工の天使にして神性の怪物。太古の教義に関わる名を借り、この作品はヒエロニムスと名付けるとしよう。不完全ではあるので福者から聖人へ成る事は叶わないだろうが、いずれはその奇跡すらも叶えてみせよう。さぁ、喝采の――いや、不完全な作品に求めるものではないな」
ヒエロニムスと名付けられたそれは、マエストロの合図を機にそれまで垂れ下がっていた首が徐々に上がりだす。そしてこちらを視認したであろう瞬間、両手に黄金の武器らしきものを構え、背中にも同じくやけに絢爛な黄金の装飾が現れた。
しかし――神性の怪物とは、大きく出たなマエストロ。神格を殺した私の前でその言葉を出したんだ。それなりの期待をさせてもらうぞ?特別サービスだ。ノースティリスでのフル装備に着替えたうえで相手をしてやる。
「ヒエロニムスも貴下も私達の求める崇高とは違うものではあるが、それでも見せて欲しい。貴下が今まで払ってきたであろう……幾千の命を引き換えに得た輝きを!」
「良いだろう。……喜べ、私がキヴォトスで全力で戦うのは、これが初めてだ」
だから――すぐに終わってくれるなよ。
「まずは耐久テストだ。来たれ、終焉の炎――メ」
「ねぇ、ここ一応トリニティの自治区だけど、本当にこのまま戦っても大丈夫?」
「「…………」」
「なんか、ごめんね?」
「いや、アツコが謝る事では無い……むしろ私達がアツコに感謝をするべきだろう」
「そうだな。私も自分の作品が完成したからと少しばかり我を忘れてしまっていた」
私はバカか?
少しばかりテンションが上がってしまったとはいえ、こんな所でフル装備状態のメテオを撃とうものなら古聖堂どころかその周辺全てが木っ端微塵だったぞ。
「残念だが、ヒエロニムスとの再戦は完成してから改めてという事にしよう」
その方が更に楽しめるだろうからな。私が。
そしてあわよくばヒエロニムスの卵を持ち帰らせて欲しい。
「異論無い。このまま戦わせたとて、お互い満足する結果は得られなかったやもしれん」
そういえば不完全との事だったな。そう考えればやはりフル装備はオーバーキルだ。相手にすらならなかった可能性が高い。
「っと、そうだ。聞いておきたい事がある。カイザーがアビドスにて探しているという宝に心当たりはあるか?」
それと今も黒服はカイザーと繋がっているのかどうか。マエストロの時のように知らぬ内にゲマトリアの計画をまたもご破算にしてしまっていた。なんて事は避けたい。
「宝……黒服は自分の興味の対象ではないと言っていたが、詳しい事は聞いていない。そして今はカイザーと連絡すら取っていないはずだ。暁のホルスを手に入れられなかった時点で私達はアビドスから完全に手を引いているからな」
そうか。これ以上は自分で見つけるか黒服に対価を示す他ないか。しかし今の言葉でより確信を持てた。黒服はカイザーが何かを探している事を知っている。これだけでアビドスには何か眠っている物があるという事が分かっただけでも十分な収穫と言えるだろう。
「失礼、そういえば私からも黒服から伝言があったのを失念していた。ロイヤルブラッドよ。ベアトリーチェから渡されていたマスクはまだ持っているか?」
「うん、持ってるよ。――これがどうかしたの?」
「黒服が言うにはそのマスクは無名の司祭の技術を使った特殊な防御を施されたマスクだ。ヘイローを破壊する爆弾ですら、無傷とはいかないがそれでも生命を維持出来るだけの防御力がある。肌身離さず持ち歩いておくがいい」
へぇ、そんな大層な物を渡していたのか。そういえばアツコと初めて会った時もそのマスクをしていた。あの時はアツコが儀式の犠牲になる前に助け出す事が出来たと思っていたが、もしかしたらこのマスクのおかげでアツコは儀式によって死ぬ事無くその命を繋ぎとめていたのかもしれないな。
「返さなくてもいいの?」
「それの所有権は既にベアトリーチェに渡っているうえに、そのベアトリーチェは居なくなった。であればそれはロイヤルブラッド、其方の物だ」
「分かった。ありがとうマエストロ」
「それでは私はアジトへと戻るとしよう。一刻も早くこれを完成させたいのでな。これが完成した暁には必ず貴下の元へ訪れよう。その時には、喝采の用意を」
「完成を心から楽しみにしている。また会おう、マエストロ」
こうしてお互いに僅かばかりの不完全燃焼感を残しながらも今日のところは別れた。
**********
調印式という長い一日を終えて暫く経ち、今日はトリニティへ向かう。
用件はETOに関する話……というわけでは無く、ナギサから土地の用意が出来たとの連絡を受けたので、拠点を建てる為に会いに行く事にした。そうしてトリニティ総合学園の敷地内へと入り、ティーパーティーの部室へと向かう最中、懐かしい人物と出会った。
「アズサ?一人とは珍しいな」
「――!師匠!今はヒフミと待ち合わせだ。今日はももフレンズの映画を観る約束をしているからな。師匠こそ、今日はどうしてトリニティに?」
あー、モモフレンズか。確かヒフミが好きなペペロニアという名前のマスコット的なキャラクターが登場するやつだったな。以前ナギサと話した事だから覚えている。アズサもあれが好きだったのか。いや、というよりヒフミの影響を受けたのかもしれない。
「少しティーパーティーと約束をな。アズサ達はあれから補習授業を合格したと聞いたぞ。おめでとう」
「ありがとう。ただ、また暫くしたら定期テストが待っている。コハルはまた自分の学年より上の範囲を受けるらしくて、少し心配だ」
それもうオチが見えてるだろ。ハナコもまともにテストを受けるとも思えんし、次の補習授業部は早くも二人確定してしまったようなものだ。アズサならば勤勉だし、トリニティで過ごして時間も経つので余程の事が無い限りは心配ないだろう。ヒフミは知らん。モモフレンズ関連の出来事とテストが被らなければ大丈夫だろ。……いやこれアリスの言っていたフラグというやつか?
「ところで師匠、その……アリウスは今どうなってる?」
「順調に復興は進んでいる。スクワッドも元気にしているぞ」
「そうか……それなら良かった。本当に」
自分の古巣だしそりゃ気になりもするよな。アズサであれば恐らく問題無いだろうし、少し誘ってみるか。
「今度私がアリウスへ向かう時、一緒に行くか?実際に見て確かめたいだろう」
「いいのか?だが、私は裏切り者だと思われていないだろうか」
大丈夫だと思うけどな。アリウスでアズサを悪く言っている生徒を見た事は無いし、むしろスクワッド達もアズサの事は気にかけている様子が時々見られる。
「それに、最近は先生がアリウスで授業を行っているらしくてな。良ければ先達として教えてあげてくれ」
「わ、分かった。出来るだけ最善を尽くすと約束する」
「それと私はこれからトリニティに拠点を建てるから、完成したら遊びに来ると良い」
トリニティからアリウスへのテレポーターを設置すればアズサも会いに行きやすくなるだろう。
「あぁ、必ず行く。師匠とは中々会えなかったから、会える手段が増えるのは嬉しい」
「それについては悪かった。これからは好きな時に会いに来てくれ」
それからヒフミが来るまで軽く雑談を交わし、二人が遊びに行くのを見送ってから改めてティーパーティーの元へと向かった。
ノックをして扉を開け室内へと入る。そこにはナギサとミカがテーブルを囲んでティータイムを取っていたらしく、優雅に紅茶を飲んでいた。セイアはまだ来ていないようだな。
「お待ちしておりました。さぁ、こちらへおかけください」
ナギサは席へ案内してくれた後、慣れた手付きで私の分の紅茶を淹れ私の手元へ置いてくれた。
「ありがとう。今日はちょっとした手土産を持ってきている。良かったら食べてくれ」
今日持ってきたのはデラックス雪プチケーキだ。ホールのショートケーキの上に雪プチをあしらった砂糖菓子が飾られている。
「わっ!この上に乗ってる子かわいい!」
「料理が出来る事は知っていましたが、お菓子作りも得意なのですね」
「ある程度はな。どれ、切り分けるから少し待っててくれ」
「――あっ、でしたらナイフを持ってきますので、しばらくお二人でお待ちください」
「それなら持ってきている。気にしなくても大丈夫だ」
「そ、そうでしたか。えっと……あっ!ケーキを頂くならセイアさんを呼びに行かなくてはなりませんね。で、ですので、私は少し席を外させて頂きますね」
……これ突っ込んだ方がいいのかな。あまりにナギサが挙動不審過ぎる。いやまぁ意図は何となく伝わっているのでこのまま行かせておこう。ナギサの挙動不審な様子を見たミカが両手で顔を覆って絶望したかのような様子を見せているが、これも気にしないでおく。
「……分かった。ではよろしく頼む」
「はいっ!それではお二人共、ごゆっくり……」
ナギサはそそくさと立ち上がり、足早に退室していった。
「……ナギちゃん、そりゃないよ……いくらなんでも下手すぎるじゃん……」
手で顔を覆ったままミカが呟く。恐らくナギサ達はミカと私の二人だけの状況を作りたかったのだろうが、あまりにも状況の作り方が下手くそすぎて気まずい空気が流れてしまっている。いっその事最初からミカ一人だけの方が良かったんじゃないかな。セイアがここに居なかったのもそういう事なのだろう。
「ははっ、微笑ましいとはこの事を言うのだろうな」
「笑いごとじゃないよ……!恥ずかしい思いしたの私だし……」
それに関してはかわいそうだと思う。
「さて、こうしてまともに君と言葉を交わすのはこれが初めてになるか」
というより今まではあえて避けていた、というのが正確なところではあるのだが。
「……うん。貴方にはまだ言ってなかったから、ちゃんと言わなきゃと思って。その……ありがとう。貴方と先生が居なかったら、私のバカな思い付きのせいで取り返しのつかないところまで進んじゃってたから」
なるほど、これを伝える為に私との時間を作ったのか。なんとも律義な子だ。しかし、少しばかり気にかかる事がある。
「受け取っておこう。だが、バカなどとそこまで自分を卑下するものではないと思うぞ」
「え?」
「そもそもとして、君の行動の根底にあったものはアリウスとの和解だろう?」
確かにミカは手段を間違えたし、ベアトリーチェの手によってミカの最初の想いは捻じ曲げられもした。だがアリウスの現状を知って行動を起こそうとした事、それ自体は褒められはすれど咎められる謂れは無い。トリニティからすればアリウスとは政治的問題もあったしミカもまた短絡的ではあったかもしれないが、忘れ去られて久しいアリウスとの和解を願える善性と、こうしてゲヘナである私にすらお礼を言える子の気持ちを否定出来るほど私は偉くもない。
「君の抱いた希望を否定するつもりは無いし、君自身が否定する必要も無い。自分で自分を否定するのは、誰かに否定されるよりよっぽど傷が残りやすいからな」
間違えてしまったのなら次から改善すればいい。その為の禊は済ませているし、未だアリウスとの和解をミカが望むのならば、これからナギサ達と話し合っていけばいい。今ならナギサも前向きに検討しているしな。
「ミカはよくやった。次からはもう少し慎重にな」
「……うんっ、ありがと。……あぁ、そっかぁ。ナギちゃんはこれにやられちゃったんだ」
……いやまぁ少しでもゲヘナデバフを打ち消しておきたいという下心からミカを肯定していたのは確かなのだが、小声でそういう事を言われても私の耳は普通に聞き取ってしまうからやめてほしい。大変きまずい。
「あーあ、これで女の子にだらしないところが無ければ良い人なのに」
などと考えていたら突然の罵倒やめてもらえるかな。
「――ナギちゃんの事、よろしくね。後ついでにセイアちゃんも。泣かせたりしたら絶対ダメだよ?」
「あぁ、約束しよう」
「うん。じゃあ改めて、これからよろしくね☆」
とりあえずはナギサの相手として認められたと解釈して良さそうか。改めて二人で話した事でゲヘナデバフも大分取り除けたし、仲も少し深まった気がする。この場を用意してくれたナギサ達には感謝しなければ。
「あ、それと――これ以上女の子誑かしたりしてもダメだよ。ナギちゃんの為にも!」
「…………」
「……あれ、聞いてる?」
「勿論だ」
「じゃあ約束ね?」
「………………」
「……あれ?もしもーし。もしかして聞こえない振りしてる!?もう!やっぱりさいてーだよこの人!」
出来ない約束はしない。それが大人というものだ。
ちょいと短めですがキリが良いのでここで。
エデン条約編は今回で粗方終わりなのですが、ETOとしての活動があったり、アリウスの復興をしたりと後片付けのようなものはこれからもまだまだ続きます。
次回以降の展開ですが、最終編までに片付ける事を列挙すると、
・デカグラマトン編、知恵の蛇の進行。アバンギャルド君お披露目
・何でも屋の依頼を受けて他自治区へ行く
・ペット達との交流
・アビドスの問題解決(最終編以降も続きそう。多分)
・百鬼夜行へ行く(アヤメ問題未解決)
・カルバノグこわれる(特に二章)
なるべくネタバレしない範囲ですとこんな感じになりますが、他にもやりたい事があるので最終編までに100話超えそうなくらい無駄にボリューム出てくるかも……。流石に削った方が良いかなこれ。
カルバノグに関してはティリス民が干渉する予定は無かったのですが、ちょっと思いついた事があるのでもしやるとしたら書いてある通りこわれます。よろしく!
そして何故か昨日だけお気に入りとアクセス数が爆増してました。理由がさっぱり分からないのが怖いですが、本当にありがとうございます。ついでに評価も頂けますと幸いです。
新章に入る拙作をこれからもよろしくお願い致します!