「参ったな……」
とある日、私は少し途方に暮れていた。というのも――
「何でも屋の経営が順調すぎて他の事に手が付けられん……」
初日こそ依頼の数は一つだけだったが、あれから依頼の数が徐々に増えてきて今では一日に複数の依頼が届く事が珍しくない状況だ。流石に私一人では手が足りないので便利屋に助けを求める事も当たり前になっており、最近ではヒナと顔を合わせる回数よりも便利屋の方が多くなっているんじゃないかというくらいだ。しかし困った事に便利屋の手を借りてもなお人手が欲しいというのが現状だ。当初の構想としては数日ないしは一週間に一回依頼をこなすつもりだったのがとんだ誤算である。
「ご主人様、ロイテルマートに届いた依頼をこちらの書類にまとめておきました」
「ありがとうトキ。君が居てくれて助かった。いや本当に」
最近はミレニアムの拠点に住み着いているトキだが、こうして時折――いやかなりの頻度でテレポーターを介してゲヘナの拠点へ遊びに来ている。何でも屋の経営が波に乗ってからはこうしてトキが雑務を処理してくれておりかなり助けられている。流石はパーフェクトメイドを自称するだけはある。
そんなパーフェクトメイドがまとめてくれた書類に目を通して見ると――
「……なんだかまた依頼の数が増えていないか?気のせいだよな?」
「愛しのご主人様の為とあらば肯定して差し上げたいところですが、残念ながら気のせいではありません。先週と比べて約六割増といったところです」
増えすぎ。
先週の時点で遂行した依頼の数は既に両手では数え切れない。そこから更に増えるとは一体何の冗談だ。このままでは私と便利屋だけでは手が足りず依頼を回し切れなくなる。そろそろ受ける依頼を絞った方がいいだろうか。しかし何でも屋を名乗っておきながら依頼を選ぶというのは……何だか負けた気分になるので出来ればしたくない。
「ご主人様が方々へ節操なく手を出したペットを何でも屋に助っ人として呼んでみてはいかがですか?」
心なしか言葉に若干の棘を感じなくもないが、その案も考えなかったわけではない。しかし改めて考えてみると、私が今までペットにした生徒はキヴォトスの学園で地位の高い者が多く、それ故に多忙だ。ほぼありえないことだが、万が一ナギサに助力を願ったとして、彼女ならばどうにか時間を捻出しようとしてくれはするだろうが、それでも今溜まっている依頼を消化しきれる程の時間の確保は難しいだろう。
「ふーむ。私としてもこのままご主人様が依頼に忙殺されてしまうと構ってもらう時間が減ってしまうので困ります」
夜は普通に一緒にご飯を食べてゲームをしたりしているのだがまだ足りないと申すか……?なんなら君テレポーターがあるからって一緒に寝る程度には拠点に住み込んでからはべったりなんだが……?
「私は寂しがり屋ですのでこれでも我慢しているのですよ?そんなトキちゃんをほっぽりだすだなんて、ご主人様はひどいです。あまりの仕打ちに涙が出てきました。しくしく」
真顔で騙す気皆無な泣き真似を繰り出すトキ。しかしここで無視するとそれこそ本当にいじけてしまう可能性があるので適当にあやしながら人手不足について考える。本格的にノースティリスのペットを動員するべきだろうか。しかしあの子らは少しばかり過剰な部分が一つだけある。
それは火力。
護衛依頼を請け負う事もあるのでそれならば私のペット達でもこなせるだろう。しかし襲撃者は確実に死を迎える事になる。犠牲になるのがその辺の裏組織の者であるならば至極どうでもいいのだが、不良の生徒が相手となれば面倒な事になる。学園に身を置いていないとはいえ先生の感覚からすればあれらも生徒と見做している。私や便利屋が牽引すれば問題無いかもしれないが、少なくともペット単身で依頼を任せるには不安が残ってしまう。
「どうしたものかね」
トキの頭を撫でながら解決の見えない悩み事に頭を抱えていると、先生からモモトークが届いた。
【アリウスの件なんだけど、連邦生徒会から予算が下りる事が決まったよ】
頭を悩ませていたところに先生が吉報を持ってきてくれた。正直連邦生徒会には期待していなかったので嬉しい誤算だ。
【流石に自治区全体を修復出来る額じゃないけどね。リンちゃんが色々と動いてくれたみたい】
【それは何よりだ。リンちゃんには代わりに礼を言っておいてくれ】
【了解。それと学校の修復も順調だよ。もうじき完成すると思う】
それもまた良い報せだ。最近は何でも屋の事業にかかりきりでアリウスへ行けていなかったからな。未だにあの子達の主食は魚のはずだ。
しかしキヴォトスの建築は本当に時間が掛かるんだな。ミカや便利屋が私の建築を見て驚いていたが、どうやらノースティリスとキヴォトスでは建築の仕方が根本的に違うらしく、壁を囲んだとしても屋根は勝手に現れたりしないし形も自由に決められないらしい。
なんて不便なんだキヴォトス。文明的にはキヴォトスの方が圧倒的に進んでいるというのに建築だけは何故かこちらより遅れているとは。
【用件はそれだけじゃなくてね。君、授業に興味は無い?】
はい?
**********
「という訳で、久しいなお前達。元気にしていたか?」
「魚飽きたー!」
「肉が食いてぇ!」
「なんか作れー!」
「スバル先輩を放置するとは何事だー!」
「ばにたーす!」
今日も今日とてやかましい奴らだ。だがしっかりと農業を行う為の道具と種はしっかりと用意してある。勿論パルミアからパクってきたルビナス製だ。あのカジノの壁は私のお金で補填しているらしいし実質私が修復しているようなものだ。つまりあそこのルビナスは私の所有物と言えるので文句を言われる筋合いはないだろう。
「分かった分かった。今日の晩御飯は私が何か作ってやるから安心しろ」
「わーい」
「デザートも食いてぇ!」
「やったぁ」
「スバル先輩を放置するとは何事だー!」
「ばにたぁすっ!」
同時に喋るならもう少し話題の方向性を統一させてくれないかな。スバルというかアリウスのペット達に関しては会う事は叶わず申し訳ないと思っている。しかし何故この子達に糾弾されねばならんのだ……。
「今日は先生に代わり私が君達の授業を担当する。クイーン・セドナ号に乗った気持ちで授業を受けるといい」
「くいーんせどなごうって何?」
「多分船の名前かな?」
「難破しそうな名前してる」
「つまり、泥船ってこと……?」
「ばにたす……」
……こいつら本当に張り倒してやろうか。
先生の授業のおかげか色々と言葉を覚えてきているみたいだがまさかこんな煽りを受けるとは思わなかったぞ。それにクイーン・セドナ号は難破などしていないしノースティリスに存在する国が所有している船ではないがそれでも有名な船なんだぞ。
「……今日は特別ゲストを呼んである。彼女もお前達の勉強を見てくれるぞ」
そのまま部屋の外へ待機させていた彼女を入室を促すと、おずおずと扉を開けて入って来た。
「――久しぶり、皆」
「あれ、アズサじゃん」
「アズサちゃんおかえり~」
「トリニティはどうよ」
「生きとったんかワレェ!安心したぞぉ!」
「ばにたぁす!」
「う、うん、ただいま。その……ばにちゃんはともかくとして、なんだか皆雰囲気変わった?」
まぁベアトリーチェが健在の頃からこんなやかましかったらとっくにベアトリーチェに殺されてそうだ。私も頬を引っぱたいてやりたくなるし。むしろこの子達がやかましくない想像が私には出来ないんだがベアトリーチェが居た頃は一体どうやって生きてきたんだろうか。
「皆の知ってる通り、アズサはトリニティの生徒として君達よりも先に外の世界を知り、勉強をしてきている。先達であるアズサの事は敬意を込めて先輩と呼ぶ様に」
「師匠!?」
「よろしくお願いしますアズサ先輩!」
「元から年下だけどよろしくアズサ先輩!」
「私は年上だけどよろしくねアズサ先輩」
「同じ二年だけどよろしくパイセン!」
「ばにたっす!」
よし、アリウスのやる気も十分だな。では早速授業とやらを始めてみようか。
「先生!この数式が分かりません!どうやって解けばいいですか!」
「私が分かるわけがないだろう。冒険者は四則演算さえ出来れば大抵何とかなる。それと紛らわしいから私を先生と呼ぶな」
「えっ」
「それなら私が教えられる。前にハナコに教えてもらったところだ」
「教官!キヴォトスの地理についてなんですけど……」
「私はキヴォトスの外出身だぞ。知る訳がないだろう」
「えっえっ」
「そこはこの前ヒフミと一緒に勉強したところだ。確か――」
「アズサ先輩、ここってどうやって解くんですか?」
「それはページを一枚戻したところにある公式を当てはめるんだ」
「あ、なるほど。流石アズサ先輩!」
「いや、私はまだ師匠には遠く及ばない。もっと頑張らないと」
「えっどこが?」
「あの教官何しにきたの……?」
「びっくりするほど役に立たない」
「建築と釣りと料理と戦闘しか出来ない大人じゃん」
「それだけ出来れば十分では?」
「ばにたす」
思ったよりキヴォトスの生徒って色々な事を学ぶんだな。これも文明が進んでいるが故なのか、キヴォトス特有の物なのか分からないがどう考えても生きていく上で必要では無さそうな事まで覚える必要があるのはどういう事なんだ?少なくとも私が生きてきた中であんな小難しい計算なんてした事無いぞ。なんだるーとって。なんだたんじぇんとって。
「えへへ、貴方も勉強苦手なんですねぇ……なんだかちょっぴり安心しました」
……キヴォトスの勉学が出来ない事など全く気にも留めていなかったが、ヒヨリに謎の同族意識を向けられるとなんだか微妙な気持ちになるな。言葉にしたらヒヨリが泣き叫びそうなのでこの気持ちは胸に秘めておこう。
「そう言うって事はヒヨリは勉強が捗っていないのか?」
「は、はい……でも最近はマイアさんやミサキさんと勉強して頑張ってるんですよ。私達成績が同じくらいなので……」
「そうかマイアと……いや待て、今ミサキもって言ったか?」
正直ヒヨリが勉強出来ないというのは解釈通りというか、予想の範疇なのだがミサキまでも似た成績とは予想外がすぎる。
「……ヒヨリ、余計な事言わないで」
「あっ!ご、ごめんなさい!謝りますから蹴らないでください!うわぁぁぁん!」
……まぁあまり突っ込むのも野暮か。別に成績が悪かろうが私のペットとして何か不都合があるのかと言われたら特に無いしな。
「ところで先生はどうしたの?貴方が代わりとは言ってたけど」
「あぁ、公園でデモ活動が発生したらしくて鎮圧に行く事になったんだと」
そこで先生の代役――大人でありアリウスと関係も深い私に代わりをお願いしてきたのだ。「くれぐれも余計な事は教えないでね」と五回もしつこく釘を刺されてしまったが。人に頼んでおいてこちらの動きにケチをつけるとは一体何事だあの人は。こちらも何でも屋の依頼を合間を縫って時間を作ったというのに……!
「公園で?変わった事する人もいるんだね」
「全くだ。要求したい事があるなら相手の喉元にナイフを突き立ててやればいいものを」
その方が手っ取り早いだろ。スクワッドも私の意見に同意の様で首を縦に振っている。
「話を少し戻すが、サオリとアツコは勉強はどんな感じだ?」
「私は……ヒヨリ達の手前言いにくいのだが、優秀な方だと思う」
「リーダーはこの前のテストでも満点でしたもんねぇ……」
「私もサッちゃん程じゃないけど、結構点数取れたよ」
なるほど、サオリとアツコは優秀なんだな。てっきりミサキもこっち側なんじゃないかと勝手に思っていたのだが、まぁ過ぎた事だな。スバルはどうなんだろうか。
「私はその……平均、といったところですかね」
少し躊躇いがちに教えてくれたがどうやら自分の成績があまり良くないと思っているようで恥ずかしそうにしている。しかし平均が取れているなら十分だろう。アリウスは今まで勉学に励む機会など一切無かったのだからテストの点数が低いのは当然だ。どちらかと言えばサオリとアツコが異端なだけだと思うし、ヒヨリ達もこれからゆっくり覚えていけばいい。
「えへへ、そうですよね……!それに勉強が出来なくっても卒業したら貴方のところでお世話になるんですし、問題ないですよね……!」
本当にそうなんだよな。卒業後の進路が既に決まっているようなものだし。
あれ、ヒヨリ達が勉強する必要って本当に皆無では?
「あっそうだ。この前貴方に古聖堂で話した事、覚えてる?」
アツコに聞かれて少し記憶を探ってみる。――そういえば何やら話があると言っていた様な気がするな。
「うん、実はね。アリウス皆でアルバイトをしようと思ってて」
続けてアツコの話を聞くと、どうやらアリウス自治区の復興にかかるお金を自分たちでも工面しようという話になったらしい。それは素晴らしい事だとは思うがその相談内容は私よりも先生の方が適任では?と思ったのも束の間、どうやら先生には既に相談済みだったようで、アリウス総勢で社会科見学とやらをしに他の自治区へと出たりもしたそうだ。一部のアリウス生は既に他自治区でバイト先を見付けており、中にはトリニティの自治区内でバイトをしている子も居るのだそうだ。
「本当は貴方とも他の自治区に行ったりしてみたかったけど、忙しそうだったから会いに行ったり連絡するのは控えてたの」
「そうか、気を遣わせてすまなかったな。だが話を聞く限り私のしてやれる事は既に無さそうだな」
トリニティでバイトをしているという事はティーパーティーもこの件は一枚嚙んでいそうだな。私に相談されていたとしても同じくナギサに相談したりはしたかもしれないが、それも先生がしてくれているようだしいよいよ私の出番が無い。とはいえ何もしないのも心苦しいしゲヘナでも何か良いバイトが無いか探してみるとするか。テレポーターを使えば通勤も楽だろうしな。ついでだしトリニティアリウス間の直通テレポーターを設置しておこう。
「そんな事ないよ?まだお願いしたい事があるから」
「ん?そうなのか?」
「うん。ほら、貴方って最近忙しそうだったでしょ?いっその事私達を雇ってみない?」
なるほど。
なるほど。
「君は最高だアツコ。是非もない提案だ」
「ふふ、ありがと」
とんでもない名案を繰り出してくれたなアツコ。いやむしろバイトの話が出た時に何故思いつかなかったんだ私は。確かにスクワッドの子達であれば荒事も慣れているし護衛依頼も数回こなせばすぐに慣れるだろう。
「もし君達だけじゃなく他のアリウスの生徒達にもバイト先に困っていたら私の所へ案内してやってくれ。手伝いはどれだけいても困らないからな」
アリウスの生徒達が来てくれれば人手不足が一気に解決するので是非とも沢山来て欲しいものだ。バイト代に関しては依頼の成功報酬をそのまま渡すとしよう。幾らかマージンを貰う事も一瞬考えたがそこまでお金が必要というわけでもないし、自分でこなす依頼だけでも十分なお金が懐に入るしな。
「それと、何でも屋で働くならいずれ便利屋とも会う事になるかもしれないから今度顔合わせしておこうか」
「……へぇ、また新しい女ですか?」
「忙しさを理由にその便利屋にご執心だったってわけ?随分と良いご身分だね」
参った。黒髪コンビが突然不機嫌になられてしまった。
しかし便利屋に関しては親密以上の感情を向けられていないんじゃないかな。あっても精々が信頼程度ではなかろうか。なのでミサキとスバルが危惧するような事は一切無い。媚薬漬けにもしていないし卵を産ませてもいないので私は無実だ。エヘカトル様に誓ってもいいぞ……!
「ふーん」
「まぁ会ってみれば分かる事ですから、楽しみにしていますね」
くそっ、何故信用してくれないんだ……。
「「日頃の行いでしょ(ですね)」」
キヴォトスではかなり行儀よく過ごしているというのにこれ以上良くするってどうすればいいんだよ。誰か教えてくれ。
**********
あれから授業も恙なく終了し、その後アリウスの生徒達に農業を伝授した頃には夕飯時だったのでご飯を振舞う事に。ちなみに今日のご飯はラーメンだ。以前食べた柴関ラーメンを参考に色々と改善したおかげか前より上手く作れるようになった気がする。アリウスの生徒達にも好評だ。
「アズサもすっかり物を教える立場になったんだな。今日は助かった」
「だがサオリには教えられる事が無かった。むしろ私より勉強出来るんじゃないか?」
「一応お前達の教官だったからな。不甲斐ない姿は見せられない」
「リーダーは昔から要領が良かったですもんねぇ……ちょっと羨ましいです」
なるほど、サオリの優秀さは幼少の頃からだったか。そんなアズサ達の会話に耳を傾けながら食事を済ませた。アリウスの生徒達も食事を終えてからは思い思いに自由行動を始め、スクワッドの面々もアズサとの会話が弾んでいるようで未だに話し込んでいる。
邪魔をするのも悪いので会話に混ざるのはやめて姿の見えないスバルを探してみる事にした。幸いすぐに見付かったのだが、どうやらマイアや後輩達に囲まれているようだ。どうやら少し困った様な、照れている様な表情をしているように見えるが、何かあったのだろうか?
「ど、どうしても……ですか?」
「は、はい。スバル先輩さえ良ければ、久しぶりに先輩のハーモニカ聴きたいです」
……ほう?
「あ、教官だ」
「出たな建築と釣りと料理と農業と戦闘しか出来ない教官」
「ラーメン美味しかった!」
「教官も聴きたいよね?スバル先輩の演奏。聴きたいって言え!」
「ばにたすっ!」
「こ、このタイミングで貴方が来るんですか……」
私の姿を認識したスバルは既に赤らんでいた頬を更に赤くさせながら気まずそうに反応している。他人に演奏を披露するのが恥ずかしいのだろうか。
「スバルはハーモニカが吹けるのか?是非とも聴かせてもらいたいな」
ハーモニカであればノースティリスにも存在しているし私も習熟している。キヴォトスではどのような演奏をするのか興味があるし、何より演奏するのが自分のペットであるスバルが演奏するというのならば猶更だ。
「うぐっ……す、少しだけ……ですよ?」
「流石教官、スバル先輩をたった一言で堕とした」
「かーっ!見んね!スバル先輩がメスの顔しちょるばい!」
「かわいいので見ます」
「ところでなんで教官は石ころを手に持ってるんだろう」
「ばにたす……?」
「あまり余計な事言ってると聴かせてあげませんよ……!」
やかましい子達に茶化されながらもスバルはハーモニカを手に持って演奏の準備を進める。
無論、私も投石の準備は出来ている。
暫くしてスバルの演奏が始まった。やはり私の知らない曲だったが、とても落ち着いた曲調で、演奏を聴いていると頭の中で夕暮れの中たそがれているスバルの姿が情景として思い浮かんだ。どこを見ている訳でもなく、ただ視線を外に彷徨わせているだけのスバルが何を考えているのかは分からないが、スバルには夕日がよく似合うと、頭の中に浮かんだ光景を眺めながら漠然とそう感じた。
演奏のレベルも悪くない。少なくとも基礎は出来ている。恐らくはベアトリーチェの目を盗みながら練習していたのだろう。当時のアリウスの環境下でよくぞここまで腕を上げたものだと、素直に感心する。
これならば投石をしなくても良いのではなかろうか?確かに私にとっては拙い演奏ではあるが、スバルの当時の環境を思えばこれだけ演奏出来れば十分だし、演奏依頼を受けたとしてもある程度の成果は出せるはずだ。それに何より自分のペットが演奏し、あまつさえそれを聴くという貴重な経験をさせてもらったのだからいやだめだ我慢出来ねぇ!おらぁ!
しかし虚しいかな。残念ながら私の投石はスバルの顔の横を掠めるだけに留まり、命中する事は無かった。ばにたす。
『――えっ?』
「ちっ、外したか」
演奏していたスバルを始め、演奏を聴いていた子達も状況を理解し切れず困惑している。そんな彼女達の困惑を余所に私は構わずスバルの元へ近づく。
「えっと、その――」
「ハーモニカを貸してくれスバル」
「え、あっはい」
「良いかスバル。ハーモニカとは、この様に演奏するんだ」
スバルから半ば強引にハーモニカを受け取り、お手本として私の演奏を聴かせる事に。スバルはまだまだ演奏スキルが足りない。私を心から満足させるには努力が必要だ。
「え、うま……いやうまぁ!?」
「すげぇ……建築と釣りと料理と農業と戦闘だけじゃないんだ……」
「いやもうこれ勉強が出来ないとかいう欠点が霞むでしょ」
「ブラボー!」
「ばにたぁす!」
最初は困惑しきっていたスバル達だが、演奏が始まって暫くすると食い入るように聴き入っていた。一通り演奏を終えた頃には私の足元にはお金と何故かお菓子が幾つか足元に落ちていた。なるほど、キヴォトスにもおひねりの文化はあるのか。
「――はっ!演奏を聴いてたら何故かお金を投げていた……」
「あぁっ、私のなけなしのお金が……バイト代まだ先なのに」
「私のうんめぇ棒……」
「ゴリゴリ君が……」
「ば、ばにたしゅ……」
……どうやら反応を見るに無意識下での行動だったらしい。こんな反応を見せられてしまっては流石に可哀そうなので投げられたおひねりは彼女達に返す事にしよう。
「貴方は本当に何でも出来るんですね……私なんかよりずっとお上手でしたよ。……石を投げられた理由もよく理解出来ました」
少し気落ちした様にスバルが言うが、なにも実力の差を見せ付けるためだけにここで演奏した訳ではない。あくまでここで演奏してみせたのはお手本を見せる為であって、これからスバルも私と同じ境地へ至ってもらうつもりなのだから落ち込む暇など存在しない。
「えっと、それはどういう……」
「君を私と同じ一人前の演奏家にするという意味だ。安心しろ、私に任せておけ」
「――えっ?いえ別に演奏家を目指しているわけでは」
まずは演奏依頼だ。聴衆は多ければ多い方が成長が早くなる。ついでにオレンとプラチナコインも稼げるのだからこれはもうやらない理由が無いな。
「そうと決まれば早速ノースティリスへ行くぞスバル」
「えこれからですか!?あ、手を握って……じゃなくて!誰かこの人を止めてください……!」
「ど、どうしよう……このままだとスバル先輩が……!」
『一流の演奏家になっちゃう……!』
「……あれ?」
「何の問題も無いのでは?」
「スバル先輩は教官と一緒の時間が出来てラッキー」
「私達はスバル先輩の演奏が更に素敵になってラッキー」
「た、確かこういうのをうぃんうぃんの関係って言うんですよね……!」
「ばにたすっ」
『行ってらっしゃい!スバル先輩!』
この後滅茶苦茶演奏依頼を受けた。
イルヴァ豆知識
・クイーン・セドナ号
elonaにおいてオープニングで主人公が乗っていた船の名前。難破して行き倒れていた所に緑髪のエレアに主人公が拾われ、人肉を食わされる羽目になる。