「ふむ、ここが……」
今日は何でも屋の依頼を受けてとある自治区へと来ていた。そこは――
「こ、ここが山海経なんですね……」
「当然の事だが、アリウスともトリニティとも雰囲気が違うな」
「あっ、あれなんだろう。ちょっと見てくるね」
「ちょっと姫、単独行動しようとしないで」
そう、スクワッドと共に山海経という自治区へと足を運んでいた。
ここには初めて来たが、やはりというべきかサオリの言う通りトリニティやゲヘナ、ミレニアムとも雰囲気が全く異なる。
面白いものだ。ただ学校が違うだけでここまで特色が変わるというのは。今までも薄ら思っていた事ではあるのだが、これではまるで学校というより違う国へ来たかの様だ。これだからキヴォトスにこれだけ長居しても飽きがこない。全くもって素晴らしい世界だ。
ノースティリスで山海経と一番近い雰囲気と言えば……やはりネフの里やミフの里が該当するだろうか。しかしそことも趣は異なる。近いようで遠い――そんな印象だ。道行く生徒の服装の趣も今までとは全く異なっている。今まで私が関わってきた学校の制服と言えば、デザインは個々によって個性はあれど、基本的には上着にスカート――あるいはミサキのようにズボンを履いている事が多かったが、山海経の制服は上下一体の服を着ており、身体のラインの出やすいぴっちりとした服装をしている者が多いように見える。どちらかと言えば制服というよりドレスと形容するのが正しいのではなかろうか。服装一つでこれだけの感想が出るのだから、やはり新天地は面白い。
「今回の依頼は確か……山海経の生徒会長直々の依頼だったか?」
「そうだ。そして珍しい事に依頼遂行人として私を指名している」
何でも屋の依頼を遂行するのは私だけでなく便利屋――そして今ではアリウスの生徒達も行っているが、こうしてわざわざ私を指定してくるのは初めての事だ。今回の依頼は手紙にて送られてきたものなのだが、私を指名するという事と、依頼内容は直接会った時に改めて話すという旨しか書かれていなかった。なので現時点ではどんな依頼が待ち受けているのかも分からないのだ。
だが私を求めるという事はノースティリスの知識を求めているのか、あるいは。
「山海経の黒い君主からの直々の指名……どうせロクな依頼じゃないよ」
「それはそれで構わない。対象が生徒でなければ暗殺だろうと請け負うさ」
私がこの山海経について知っている事は多くない。今回の依頼主は玄龍門という生徒会組織の長であり、周囲には畏敬の念を持って門主と呼ばれているという事と、ナギサの好む茶葉が山海経産という事くらいか。やろうと思えば幾らでも情報は集められたが、折角の新天地という事で今回は事前の情報収集は一切行っていない。
「で、でも……指名依頼なのに私達が付いてきて良かったのでしょうか……?も、もしこれで私達が居る事に腹を立てて怒らせちゃったら……。私のせいで貴方が依頼をこなせなくて、それを機に何でも屋に悪評がついて依頼も来なくなって、折角の私の食い扶持も無くなっちゃうんですよね?うぅ……私達はもうおしまいです!やっぱり人生って辛いんです……うわぁぁぁん!」
何でこの子はこんな妄想逞しいのかな。確かに私を指名してはいたが、他に誰も連れて来るなとは手紙には書かれていなかったし、念の為門主とやらには私一人で会いに行くつもりだ。ここに彼女達を連れてきたのは、この前アツコが私とも社会科見学をしてみたかったと言っていたので良い機会だと思って連れてきただけだ。
「だからあまり泣くなヒヨリ。ほら、ハンカチだ」
ヒヨリの涙を拭いながらハンカチを鼻に添える。
「うぅ……ずびーっ」
「あの時言った事覚えててくれてたんだね」
「君達との時間もあまり取れていなかったし丁度良いだろう?本当はスバルも居れば良かったんだが……」
「この前ノースティリスでデートしたんでしょ。なら今回は留守番」
と、このように以前ノースティリスに連れて行った事を引き合いに出されたスバルは仕方なく今回はアリウスで他の生徒達を牽引する為に残る事になってしまった。だがおかげでスバルの演奏スキルもかなり上達した。最初は商人を満足させるくらいの実力だったが、今ではガードすらも満足させられるものにまで上達したのだ。流石にまだビッグシスターを喜ばせる程ではないが、スバルならばその域に達するのも時間の問題だろう。実に素晴らしい子だ。
「話を変えてすまないが、周囲の視線には気付いているか?」
「――あぁ。やたらと見られているな」
私達の装いは山海経と異なるおかげで余所者である事が丸わかりだ。その所為か通りすがりの人達にはかなり視線を向けられる。しかしその視線に込められた感情は様々で、好奇の視線もあればこちらを疎んでいるような視線もある。
「不思議なものだ。ただ道端を歩いているだけでこれだけ視線を向けられるとは」
「気持ちは分かるかもしれない。私もアリウスに見知らぬ人物が練り歩いていたら気になるだろうからな」
確かにアリウスなら気になるだろうな。だが、サオリが共感するという事は山海経もアリウスと似た閉鎖的な場所という事か?とはいえアリウスと違って普通に出入り出来たのであそこまで極端ではないだろうが……。
「とはいえここまで視線に晒されるのも面倒だ。対策をするとしようか」
「対策?」
「――どう?似合ってるかな?」
スクワッドを連れて訪れたのは山海経にある服屋だ。ここで山海経の雰囲気に合った服――いや、ドレスと言うべきか。それを買いに来ていた。インコグニートや透明化の魔法でやり過ごす事も出来たが、今日は観光のつもりで来ているのでそのような手段を取るのも無粋だろうと判断しての事だ。
アツコは半袖の白色の山海経風のドレスを身に纏い、下はスカートの様にふわりとした質感で足首程までの丈があり、ぱっと見はワンピースのようにも見える。髪型も普段とは変えて髪を後ろ手に結ってローポニーテールとなっている。アツコの雰囲気によく合った透明感のある装いだ。とても良く似合っている。
「ふわぁ……!雑誌で見たような綺麗な服を着れる機会が来るだなんて……も、もしかして私、夢を見ているのでしょうか……!?」
ヒヨリは自身の髪色と似た色合いのドレスを選んだようで、浅葱色のアツコと同じタイプのドレスを着ている。違いと言えばアツコより少し丈が短く、こちらは膝下くらいの丈である事か。
……以前アツコからヒヨリの肉付きが良くなったと謎の報告を受けていたが、身体のラインが出やすいこの衣装を着ているのを見ると確かに以前より肉付きが良くなっている事がよく分かる。しかし太ったというわけでもなく、どちらかと言えば健康体に近くなったと表現するべきだろう。
「ヒヨリも似合っているな。夢では無いから安心していいぞ」
「えへへ……ありがとうございます」
むしろヒヨリはあの当初のアリウスの環境下でよくもここまで育ったな。ミサキなんかは少し心配になるくらい細身なのだが、ヒヨリは至って普通の体型だ。末っ子気質のある子だから食料を多めに分けてもらっていたりしたのだろうか。
「折角ならヒヨリもアツコの様に髪型を変えてみたらどうだ?」
「髪、ですか?と言われても私、他に出来る髪型が無くて……」
「ふむ、では少し後ろを向いてくれ」
素直に後ろを向いたヒヨリに近付き、懐から櫛を取り出しヒヨリの結われた髪を解いて櫛で梳かす。やはりヒヨリは髪が長いな。髪を降ろしたら太ももまで届いているうえにボリュームも多い。これだけあれば色々な髪型が出来そうだ。
一旦肩くらいの長さで一本にまとめ、そこから三つに分けてそれらを最初は緩めに編んで毛先に近付くにつれ少しずつ固く結ぶ。こうすることでボリュームのあるヒヨリの髪の毛でも結んだ部分だけ細くなりすぎて全体のバランスが崩れるという事も無く、自然な一本の三つ編みにする事が出来る。
「よし、こんな感じでどうだ?」
「わぁ……す、すごいです……こんな綺麗な服も着られて、髪型もお洒落で……わ、私、こんなに幸せで良いんでしょうか……うわぁぁぁん!」
泣きながら全身鏡で自分の姿を何度も確認しているヒヨリ。こんなに喜んでもらえるとは、服を着替えるというのはほんの思い付きだったが、買いに来て正解だったな。
「良かったね、ヒヨリ。すごく似合ってるよ」
「ありがとうございますぅ……」
「じゃあ、私にもヘアアレンジして欲しいな?」
頼まれてしまっては断る選択肢は無い。
アツコもそれなりに髪が長いので一旦髪を解いて頭頂部の髪を少し掴み結び、一回転させる。そうする事で結び目に穴が出来るのでこの結んだ髪は一度そのままにし、結んだ髪の下でハーフアップにする。こちらも同じように一回転させたら先程の頭頂部で結んだ髪の穴にハーフアップにした髪を通し、二つ合わせてぎゅっと結べば、ふわりとしたハーフアップの完成だ。
「すごく綺麗……ありがとう」
「どういたしまして」
「でも、なんだかすごい手馴れてるね。もしかして色んな女の子にこういう事してた?」
まぁ……あながち間違いではないのだが、正しく言えば拠点に居る妹達にねだられて身だしなみを整えてあげる事があってそのおかげで慣れているという感じだな。可愛い妹達の為に鏡台で色々と練習したものだ。だからジト目でこちらを見るのはやめてほしい。
「遅くなってすまない。こちらも着替え終わった」
そう言いながら出てきたサオリの選んだドレスは紺色のノースリーブタイプのドレスで肩を露出させている。下半身もアツコやヒヨリの選んだものとは異なり、丈はアツコと同じ足首まであるものだが、それより目につくのはスリットの深さだ。足首から太ももの付け根まで大きく開いており、動きやすさを重視した装いである事は容易に想像がつく。ある意味サオリらしいセンスと言えるかもしれない。
「ど、どう……だろうか」
「綺麗だぞ。そのタイプのドレスは身長の高いサオリに良く合うな」
「そ、そうか?自分ではあまりよく分からないが……だが、ありがとう」
「サオリ姉さんも凄く綺麗で素敵です」
「うん、それにかっこいい。――そうだ、どうせならサッちゃんの髪型も変えない?」
「髪型?そういえば二人共いつもと髪型が違うな」
アツコとヒヨリの髪型は私が弄った事を説明し、髪をいじる為に後ろを向いてもらう。まず高めの位置でポニーテールを作り、束になった髪を二つに分けて片方を三つ編みにする。そうしたらポニーテールの根元に三つ編みにした髪を巻き付けてもう片方の束も三つ編みに。こちらも根元に巻き付け、最後にシュシュで固定するように巻いてやれば――
「お団子というやつだ。どうだ?きつかったりしないか?」
「問題ない。しかしなんというか、本当に手先の器用な人だな」
「まぁそれなりにな」
後はミサキだけか。あの子は確かサオリと同じタイプのドレスを選んでいたからもうすぐ着替え終わるだろう……と思っていたのだがミサキは中々姿を現さない。何かあったのかもしれないと思い、少し様子を見に行こうと考えた時、ミサキからモモトークが届いた。
『ちょっときて』
人を待たせておいてなんとも端的な用件だ。とはいえ問題があって動けないようだし三人に話をしてとりあえず私だけ様子を見に行く事に。ミサキが居るであろう試着室まで来たが当然ながらカーテンは閉まっているのでカーテン越しに声を掛ける。
「来たぞミサキ。何かあったか?」
「あ、うん。カーテン……開けていいよ」
ふむ、許可を貰えたのはいいが何だか妙に歯切れが悪いような。
「分かった、入るぞ」
何があったのかは分からないがとりあえずカーテンを開けてミサキの様子を窺う。ミサキは既に着替え終わっていたようで、黒色のドレスを身に纏っている。上はサオリと違い長袖タイプで、スリットは足首から膝まで入っている。普段から露出の少ないミサキらしい装いだ。
しかし、今はそれ以上に目の付く部分がある。それは首元と手首。普段ならば包帯が巻かれていて腕の包帯も長袖を着ていても尚見えるくらいにはしっかりと巻き付けられている筈のものが無くなっている。そのおかげで手首は長袖に隠れて見えにくいが、首元のそれは良く見える。
――決して少なくない数の切り傷の跡が。
なるほど、普段ミサキが隠しているわけだ。
もしこの傷跡が誰かにやられたものであれば、ミサキも抵抗して切り傷が歪んだりするはずだが、首元に付いた傷跡は全て綺麗な直線のものばかりだ。つまり、これは誰かに傷付けられたものではない。まぁ誰かに斬られそうになった時にミサキが何の抵抗も示さなかったと考える事も出来るが、ミサキに初めて会った時の状態の事を考えれば……それは自傷によって生み出されたものであると考えるべきだろう。
……ミサキの虚無主義はここまでのものだったか。
「その、こんな日に限って包帯の替えを忘れちゃってさ。貴方なら包帯とか持ってないかなって思って」
「悪いが持っていないな。私にとっては今や必要のない物だからな……」
エイシュランドに出会ったばかりの頃は包帯で傷を塞いで助かった命が幾つかあるが、今となっては魔法で全て解決してしまえるおかげで包帯を常備する事は無くなってしまった。
「……そっか」
「一つだけ聞かせてもらっていいか?」
「……なに?」
「その傷、最近増えたりしたか?」
「最近は……増えてない。貴方と会った日から」
そうか、その言葉だけ聞ければ十分だ。
「包帯は無いが、どうにかしてやれるかもしれん」
そう言ってミサキに近付き首元の傷跡を軽く撫でる。元より疑ってはいなかったが、確かにミサキ言う通り最近出来た傷では無い事が分かる。そうして傷跡の状態を診ながら詠唱を開始した。
「――ジュアの癒し」
私の持つ最上級治癒魔法――これを唱えるのは二度目だな。一度目はアツコで二度目はミサキと、どちらもアリウスの子というのが何とも言えない気持ちにさせるが、それはともかくとしてジュアの癒しを受けたミサキの傷跡はみるみると治癒していき、やがて完治。傷跡が残っていたとは思えないほど綺麗な肌へ戻す事に成功した。流石はジュア様の名を冠する魔法なだけはある。今度ジュア様の抱き枕を抱いて寝るとしよう。
「治ったぞ。これでこれからは一々包帯を巻くなどという面倒な事をしなくて済むな」
「いや、流石に想定外なんだけど」
「細かい事は気にするな。――さて、そろそろアツコ達も待ちくたびれる頃だ。そろそろ行こう」
「……待って。他に何か言うこと無いの?私の――」
「無いぞ。何も。既に私の聞きたい事は聞いた」
先程のミサキの言っていた答え。それだけで私にとっては本当に十分なのだ。ミサキが何故あのような自傷行為に走ったのかなど、アリウスの当初の環境を考えればおおよその検討はつく。それを改めてミサキの口から喋らせる必要も無い。ミサキの傷跡も私と出会ってからは増えてない以上、私にとっても、そして今のミサキにとっても最早過ぎた事だ。
……あぁいや、一つだけ言わなければならない事があるか。
「『私のペットになった以上、虚しさからは程遠い生活を送らせてやる』……私が以前言った言葉だ。覚えているか?」
「それは……あの時の出来事を忘れられるわけないでしょ」
それもそうか。調教した直後の事だったしな。
「ここにもう一つ、約束を追加しよう」
これから先、ミサキの傷を新たに増やさせる事はしない。
既にミサキは私のものだ。もしミサキがこれから先、またも自死を望むようになればそれは――ミサキにそういう思いを抱かせた私の責任となる。ペットとして懐に入れた以上、そのような事をさせるのは主人として失格だ。
「ま、そもそも私のものとなった以上、私の許可なく死ぬ事も許すつもりはないがな」
本当にミサキが死を望まない限り、何度死んだって蘇生させてやる。
「なにそれ。……ほんとに勝手な人」
「不思議とノースティリスに居た頃からよく言われるよ」
「……ちゃんと責任、取ってよね」
「無論だ。これから先もずっと、ミサキの事を見ている」
「……ん」
少しばかり長くなってしまったな。アツコ達も待ちくたびれている頃だろう。余計な心配をかける前にそろそろ戻った方がいいな。
「ではそろそろ戻ろうか」
「そうだね」
ミサキの準備も終わったので戻ろうと背を向けた時、不意に私の指に違和感を感じた。何かと思って見てみるとミサキが私の小指に自分の小指を絡めていた。ミサキは何故かこちらを見ようとせず顔を背けている。
「なに?言いたい事でもあるの」
「……いや、何でも無い」
なんともいじらしいというか何というか。不都合があるわけでもないし、何より可愛らしいので黙っておこう。下手に言及しても余計に恥ずかしがらせるだけだ。
しかし、改めて考えてみると常に包帯を巻いて過ごしていたミサキが、遠出をすると分かっている日に包帯を忘れるなんて事があるのだろうか。
もしや……あれを見せる為にわざと――いや、これ以上考えるのは野暮か。
「どうかした?」
「ん?そういえばもう一つ言い忘れていたなと思ってな」
「?」
「ドレス姿、良く似合っている。可愛いぞ」
「…………あっそ」
絡んでいた指が更に強く握られたような気がした。
イルヴァ豆知識
・鏡台
ゲーム内においてはプレイヤーの見た目を変更出来る家具。
そこから見た目を変えられるという事は自分で変えていると解釈し、ティリス民はヘアアレンジにも精通しているという設定を考えてみた。